第2話
「2人で旅に出ませんか?」
彼女の言葉に動揺は隠せなかった。が、俺には反対するいわれもなかったことも事実だった。
俺は彼女の言われるまま、荷物をバッグに詰めエルフの家を後にした。眠った記憶はないものの、彼らに恩が言えないことだけが少し寂しい。
とはいえシミルも一緒だ。きっとあの2人も納得してくれるだろう。誘拐と間違って全速力で追いかけてこられても困るので、シミルに念のための書き置きをしてもらった。さようなら、そしてありがとうを告げた。
「旅に出るのは嫌でしたか?」
俺の不安を読み取ったのか、彼女は俺の心の穴をつく。
「そんなことは......いや、正直何をしたいのか決めかねているんだ。シミルには何かあるのか?」
「いえ......私も倫也さんと同じです。けど、こうしないと困ったことになるんです」
「困ったこと? 一体何が起こるって言うんだ?」
「実は、私はエルフ一族にとってあまりよく思われていないようなんです。他の人と同じように氷の能力は使うことはできますが、根は人間族。みなさんは私のことを受け入れてはもらえなかったみたいです」
「そんなことないんじゃないのか? 2人はまるで本当の両親みたいに......」
「それはきっと、2人に子供がいなかったからですよ。最初私はエルフ族の集落に住んでいたのですが、1カ月前にここに引っ越してきたんです。とはいえエルフ族のみなさんに感謝をしていないというわけではないのですが......」
彼女の言い分もわかる。けれど救われた身としては文句の言いようがない。懇願するだけして贅沢されてもたまったもんじゃない。
確かに俺たちは国が違うだけで変に確執が生まれたり差別をしたりする。それと同じようなものか。
「シミルはあの2人をどう思っていたんだ?」
「パティルお母様はいつも優しく私に接してくれ、お料理まで作れるようになりました。ハンフスお父様は私の戦闘術を鍛えてくださり、おかげで収穫に手間取らずに済むようになりました。もし私が勝手に甘えることが許されるのなら、自慢のお父様とお母様です」
14歳なのに頭が冴えている。というよりもむしろその言葉がまるで大人のように聞こえる。もしかして身長が低いだけで本当は......
いや、やめておこう。最悪凍らされる。
「なら気にすることなんてないんじゃないか? お前はあの2人が好きで、2人はお前のことを愛している。これ以上の幸せなんてないだろう?」
「確かにそうかもしれません。このままあそこで幸せに暮らすのも可能でした。けれど、そのために2人を巻きこむわけにはいきません。あの2人も一族の和には戻りたいはずですから」
そうか。彼女は厄介者としてエルフ族の中では存在していたからかもしれない。それを秘密裏にする形であの2人に世話を......
それを知ってしまったシミルは、今こうして新たな大地に足を踏み出しているわけか。状況は俺とほとんど変わらないな。
「悲しくはないのか?」
「言わないでください......本当なら私だって......」
今度は俺がナプキンで彼女をぬぐった。それはそれは綺麗な涙が彼女を覆っていた。彼女が悲しみを流し終えるまで、俺はそれを止めなかった。
彼女が真剣な表情になった瞬間、俺は目の前の異変に気が付いた。森が燃えている。誰がやったんだ。これじゃ遠回りになるな。
「あんたら、何者?」
本でしか見たことのない生き物が姿を現した。2つの触覚に1本の尻尾。悪魔。顔だけ見れば美少女だが......
いくら死なないとはいえ、シミルは別だ。彼女だけでも何とか逃がして......
「走るぞシミル!」
「はい!」
俺たちは反対方向に駆け出した。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。まずは様子見......
「私の能力からは逃げられないよ?」
彼女の甘い言葉と共に俺たちの目の前には全身が炎に包まれた鹿がこちらを睨んでいた。
「氷凛・薔薇!」
鹿を凍らせ距離を取る時間を稼......げない。
かくなるうえは俺が犠牲になってでも......
彼女は俺の腕を離そうとはしなかった。
「大丈夫です。私があの生き物を何とかします。倫也さんは彼女をどうにかできますか?」
「わかった。任せるぞ」
「はい!」
ナイフを片手に悪魔に走り出す。俺の一撃がどこまで通用するか、見せてもらう。
「ふふっ、ナイフで突っ込んできたのはアンタが始めてかも。悪魔もずいぶんなめられたもんだよね。ひょっとして勝つ気ゼロ?」
「そんなことはない。それより1つ賭けをしないか?」
「賭け? そういうの大好キ」
「じゃあ1本勝負だ。お前が俺を殺せたら、お前の自由にするといい。だが殺せなかったら、その時は俺たちに協力してもらう」
「オッケー、いいわ。同時に終わりだけどね」
彼女の拳がたたきつけられる。ナイフが彼女の体を裂いた。俺の体が再生を始めるとともに距離を取る。
「ハァ!? なにその能力?」
「約束は約束だ。俺たちの言うことを聞いて......」
「ナニソレ? 知―らない」
さすが悪魔といったところか。留まることなく悪びれることもなく俺に意味のない衝撃を加える。ナイフは皮膚が硬くて受け付けない。氷ならどうだ......
鹿がこっちに戻ってきた。まさか......俺は歯を食いしばり彼女の頭に衝撃を与えた。
「悪魔らしくて助かるよ。こっちも変に動揺しないで済む」
「それはどうも。鹿ちゃんも戻ってきたみたいだし、君も終わりダネ」
「氷凛・骨氷柱!」
鹿の体中から氷柱が現れそれは姿を消した。残るは悪魔だけか。とはいえ何か貫けるものがないことには......
「シミル、それ貸せ!」
「はい!」
彼女の氷柱なら何とかなるか? いやどうにかして貫通させてみせる。こんなところでのんびり生活を終わらせてもらっても困るしな。
俺が氷柱を構えた瞬間、彼女は両手を挙げた。紛れもなく降参を示していた。俺のこの考えをどこに持って行けばいいのか、少し不安になった。
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