episode03
──7月1日01:05 公安局討伐課第1班執務室──
「今回の反省をする前に……リサーナ、怪我の具合は?」
目の前に3人の部下が整列している。その真ん中、俺の正面で腕を胸の前で吊るしている女性に声をかける。
「軽傷です。大したことはありませんが念のためにと先生が……」
バツが悪そうに答えると、その表情は徐々に苦虫を噛み潰したようなものへと変わり、悔しさを露わにしていく。
【リサーナ・マーキュリー】
24歳 公安局討伐課第1班所属
入社2年目、入社時の成績は
才能は一級品だが、組織で動く
「勝手なことをすれば今回みたいな事にもなるんだ。最悪、命を落としてしまうことだって多い。ある意味ではいい経験だったな」
何とかしてチームプレイというものを教えようとしているが、これがなんとも上手くいかない。本人曰く「身体が勝手に動く」らしい。どこぞのヒーローみたいで大変素晴らしいことだが、それはコミックの中の話だ。
「助けられませんでした……」
悔しそうに俯きながら、リサーナは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「お前が早まったことをしなければ助けられたかもしれないがな」
「っ!?──ですが、目の前で苦しむ人がいるんですよ! 早く助けてあげないと! 私達はそのためにいるんじゃないんですか!」
弾かれたように顔を上げてまくし立てる。その瞳に宿る正義感が俺を鋭く睨みつける。
「俺達が助けるのは市民だ。
彼女を諌めるように言ったつもりだったが逆効果だった。元々つり目がちの目元が更に鋭く険しくなる。
「彼等も市民です!」
「元市民だ」
すかさず彼女の意見に反論する。ココだけは理解させないといけない重要な事だ。そして彼女の強過ぎる正義感が引き起こしている最大の勘違いでもある。
【公安局討伐課 通称:アサルト】
斬裂き魔の排除を専門とした特殊部隊。あらゆる武器の携行が許され、緊急時の際には独断での武力行使も許されている。
公安局には3つの部署が存在する。
それぞれの部署が専門的な分野で協力して、この浮遊都市アーバレストに住む市民を護っている。
俺達は市民の命を脅かすであろう危険分子を排除する事で市民の安全を確保しているのだが、彼女は斬裂き魔と化した市民すらも護る対象だと捉えている。なので今回のように任務内容を保護と認定すると、事を焦ってしまう傾向にあるのだ。
だからこそ、隣りに突っ立っている男に手網を任せているはずなのだが……
俺は彼女の左に立っている長身短髪の爽やかイケメンに向き直る。
「クラウス……」
俺が何度言っても聞かないので、彼にも指導を協力して欲しいと頼んでいたのだが、どうにも進歩が見受けられない。ジト目で彼を睨む──
「スンマセン、先輩。返す言葉も無いっス」
そう言いながら勢いよく頭を下げる。
【クラウス・ファンペイン】
33歳 公安局討伐課第1班所属 愛称は"シェパード"
入社15年目のベテラン。顔立ちはどう見てもインテリ系のイケメンなのだが、最終学歴はハイスクール中退。旧市街で
「せっかく入ってきた新人なんだ。お前の今後の為にも指導力向上に努めてほしい。俺だっていつまでも面倒は見れないからな」
「理解はしているつもりなんすけど……なかなか……スンマセン」
声も徐々に力強さを失ってきている。今までもこういう事は何度かあったが、リサーナが負傷したのは今回が初だ。案外怪我をした彼女よりも、怪我をさせてしまったクラウスの方が堪えているかもしれない。
「ロジャーさんは……」
リサーナがゆっくりと口を開いた。表情はさっきよりも落ち着いているように見える。
「ロジャーさんは、助けたくないんですか?」
「助けられるならもちろん助けるし、最善は尽くす。だがな……さっきも言ったが、俺達が護らなければならないのは市民だ。救けるべき相手を間違えてはならない」
リサーナは黙り込んで喋べろうとはしなかった。
彼女は頑固者だ。そう簡単に理解してもらえるとは思っていないが、せめてもう少し聞き分け良くなってくれれば良いと思う。
「そうやって、奥さんまで殺したんですか──」
自分の耳を疑った。どうして彼女がその事を知っているのか。公安内部で知っているのは、支部長やクラウスといった数少ないベテラン勢だけだ。
「どうやって調べた」
俺の質問に少し間を空けてから、リサーナは口を開き始めた
「私、これでも優秀ですから。捜索課の方にお願いして、後学の為にと過去の案件の資料の閲覧許可を頂きました。その時に見つけたんです。ロジャーさんが、15年前に旧市街で暴れていた斬裂き魔2体を排除。そのうちの1体はロジャーさんの──」
「リサーナッ!──」
クラウスの力強い声が、リサーナの言葉を遮り、部屋中を静寂が支配していく。
忘れるはずも無い。あの時の事は今でも鮮明に覚えている。確かに俺は妻を殺した。
「リサーナ。今日はもう上がっていい。報告書は後日メールで送ってくれ」
リサーナは無言のまま一礼して、部屋を後にした。
「あの──」
クラウスの反対側に立っていた細身の青年が。今にも倒れそうですと言わんばかりの弱々しい声を発した。
【デンゼル・スチュワート】
20歳 公安局討伐課第1班所属 愛称は"トータス"
今年に入って支部長が連れてきた謎多き青年だ。機械の知識が豊富で、ドローンやカメラといった電子機器の操作にも精通している。おまけにネットワークを介して、警備課の定点カメラの映像まで入手してしまう。俺はコイツを元ハッカーか何かだと推測しているが、支部長は黙秘を貫いている。
「どうした? デンゼル」
「僕も帰っていいですかね? 眠いです」
そう言いながら、眠気を噛み殺している。これで盛大にあくびをしようものなら、どうしてやろうかと思ったが、一応は堪えたようなので今回は良しとしよう。
「あぁ、緊急の要件は無いしな。お疲れさん」
「お疲れ様でした。失礼します──」
そう言って一礼してから部屋をあとにする。アレはあれで自由人だ。まぁ現状自分の仕事はキッチリとこなしているのであまり大きい声は出せない。無論出す気もない。疲れるし──
「お前ももういいぞ。後は俺だけでもいい。帰って寝ろ」
「うっス……」
力無い返事と供に一礼してドアへと向かう。
「クラウス──」
「はい。なんすか?」
ドアへと向かう背中に声をかける。大きな体をしているくせに今は何故かやたらと小さい。
「そろそろ上の子誕生日だろ? 何日だ?」
「え、10日ですけど……」
この仕事は不規則な生活になりがちな上、いつ出動になるかも分からないが、それでも家族との時間は大切にして欲しい。俺も一応は父親という立場にもある。そういった配慮は上司としてもしてやりたい。
「休暇の申請、出しとけよ」
「っ!?──はい!」
弱々しかった返事も小さく見えた背中も何処かへと消え去って、いつものクラウスが目の前に戻ってきた。やはりコイツはこうでなければならない。
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