5th 嵐の前の静けさな転生2日目②
「ねぇ、ノイさん」
窓から差し込む明るい日差しに照らされた食卓で朝食を摂りながら、俺は声をかけた。
「ん? 何かなぁ、クレハちゃん」
にっこりと、生理的に嫌悪感を催す微笑みを浮かべながら答えたノイさんに、俺は面倒ごとを遠ざけるための苦肉の策を切り出す。
「昨日、ノイさんと一緒にいた人いましたよね?」
「あぁ、アンのことかな〜?」
へぇ、最後の希望たるあの人はアンって名前なのか。
「えぇ、多分そうだと思います」
「それで、アンがどうかしたのかなぁ?」
「はい、ノイさんにしたのと同じように、アンさんにも命を助けて頂いたので、お礼をしたいな、と」
これは、避難をするための理由だけど本音でもある。
命を助けられたのは本当だからね。
「あー、そっか。いやぁ、クレハちゃんはいい子だね〜。場所はわかるかなぁ?」
あら、予想以上にあっさりと。
場所に関しては......とりあえず、今はわからない振りをしておこうか。
「あ、そういえば......わかりません」
「あはは、そうだよねぇ? 私が案内しようか〜?」
あんまりノイさんと一緒にいたくはないなぁ。
何を仕掛けてくるかわからないし。
「い、いえ。そこまでしてもらう訳にはいかないので、場所だけ教えて頂ければ」
ん?
なんか今、一瞬だけノイさんが
どこでミスったんだ?
いや、もう撤回はできないんだし、忘れよう。
《......マスター、ちゃんと打開策をですね》
『あーあー聞こえな〜い』
《バッチリ聞こえてるじゃないですか》
『な、何のことかな?』
《マスター......はぁ〜》
溜息を吐かれてしまった。
いや、だってさ?
しょうがないと思うんだ。
「あれ、クレハちゃん? どうしたのかなぁ?」
っと、いけね。
今はノイさんと話してるんだった。
「あ、すいません、ノイさん。少しぼーっとしちゃってました」
「まだ体調が悪いんだったら、休んでてくれてもいいんだよ〜?」
そういう訳にはいかない。
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけなので」
「そっかぁ。大丈夫ならいいんだけどね〜」
よし、さっさと話を進めてしまおう。
「それで、アンさんのお家はどこなんでしょう?」
「あー、そうだったねぇ。アンの家はぁ、村の端っこの方だよぉ。ここを出てから左にずっと進めば着くからね〜」
1人で歩くのは基本周りが敵しかいない今の状況だと危ないとは思うけど......
まぁ、500mくらいしかないから大丈夫でしょ。
「わかりました。ありがとうございます。それでは、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい〜。あ、少し遊んできてもいいからねぇ?」
なん......だと⁉︎
きっと何か裏があるはず。
まぁ、そんなこと考えてもしょうがないから素直にお言葉に甘えるんだけどね。
* * * * *
「あの、すいませ〜ん。アンさんいらっしゃいますか?」
とまぁ、アンさんの家に着いた訳だけど。
言いたいことがたくさんあるけどまず一つ。
なんでこの村の人達みんな筋肉が普通じゃないの?
なんで老若男女みんなレスラーみたいな体してるの?
おかしくない?
確かにマップでは格下表示されてるし、多分勝てるとは思うけど。
山賊かとか色々言いたくなる。
男だけならまだわかるんだけどさ。
本当に老若男女みんな筋肉達磨とはこれ如何に。
ふぅ、なんか色々と吐き出したらスッキリしたからいいや。
《すごい荒れようですね、マスター。おっと、アンさんが来たようですよ》
あ、本当だ。
次の瞬間、ドアが開く。
「あれ?あぁ、昨日の娘じゃん!元気になったの?」
出て来たのは、緑の瞳で明るい茶色の髪をショートにした15くらいに見える少女。
「はい、おかげさまで。あ、俺の名前はクレハと言います」
「クレハちゃんかー、いい名前だねっ!それにしても、元気になったみたいでよかった〜。あ、そうだ!ちょっと上がっていきなよー」
なんか、元気な娘だな。
それと、とりあえずお言葉に甘えることにしよう。
「それじゃあ、お邪魔しますね、アンさん」
「あー、私は“さん”なんて柄じゃないから。普通に呼び捨てにしてよー!」
少し恥ずかしそうに呼び捨てを求めるアンさん。
本当に呼ばれ慣れてないみたい。
「それじゃあ、呼び捨てにさせてもらいますね、アン」
「うん、そうそう。それでいいのー。それじゃあ、どうぞ上がってー!」
家に入って行ったアンに続く。
《かなり明るい娘ですね、マスター》
『うん、そうだね』
シクレと言葉を交わしつつ中に入る。
意外と綺麗に整頓されてるな。
「クレハちゃん、何か飲むー?」
そこまでお世話になるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です」
「あ、そお? んー、でも、せっかくだからクレハちゃんの分も持ってくね」
奥から出て来たアンは、まんまるいお盆に木製のコップを二つ載せて戻って来た。
「はい、どーぞ」
人懐っこい笑みとともに手渡されたコップの中には、赤い飲み物が入っていた。
「これねぇ、ノイにもらったんだけどさー。飲みやすくて美味しいんだよね!」
「......ノイさんに、ですか」
「そうそう、ノイにもらったの!」
極力飲みたくはない。
んだけども......
あのアンの笑顔を見て飲まない選択肢は取れないよなぁ。
う〜ん、でも、なんだろう......この、嫌な予感。
くっ、しょうがない。
腹を括ろう。
「じゃ、いただきますね」
コップを持ち上げる。
片手じゃちょっと足りなかったから両手で。
恐る恐る顔に近づけて......とりあえず一舐め。
んむ、味は悪くない......どころか、美味しい。
あ、そういえばノイさんは料理上手だったね。
っていうか、よくよく考えれば俺に毒は効かないじゃん。
それに、アンは俺に対する敵意を持ってない。
害になる可能性は低かったな。
「ぷは、美味しいですね、これ」
「えへへ、そうでしょ〜? 本当に、ノイは料理上手なんだよね!」
言いながら、アンはコップ一杯を一気に飲み干していた。
「あー、お代わり持ってこなくちゃ。クレハちゃんはいる?」
俺のコップにはまだ半分くらい残っている。
というのも、6歳の体だから口も小さいんだ。
「いえ、まだ大丈夫です」
「そっか、じゃ、私の分だけ入れてくるね。クレハちゃんもお代わり欲しくなったら言ってねー?」
いやぁ、にしても。
アンの笑顔はノイさんとは正反対と言ってもいいほどに好感が持てるなぁ。
すっごい癒される感じがする。
と、そんな笑顔を浮かべて戻って来たアンは開口一番にこんなことを聞いて来た。
「ねぇ、クレハちゃんって好きな食べ物とかあるー?」
思わず笑いそうになっちゃう質問。
小学生みたいだな。
っていうか、普通は倒れてた理由とか聞くもんじゃないかな?
......アンの優しさ、なのかな。
「そうですね、お肉が好きです」
だから俺も、素直に答える。
と言っても転生者だとバレない程度にね。
「えぇー、どんなお肉〜?」
そんな問答や雑談を繰り返していく。
それは、なぜか懐かしささえ感じるようなやりとり。
妙に落ち着くような......少なくとも、楽しいという事だけは言えた。
ふと窓の外を見る。
気づけば、太陽が中天を超えに超えて四時近くを示していた。
あー、そろそろ帰らないとかな。
もう少しも夕焼けだろうし。
にしたって、全く飽きがこなかったどころか、いつのまにか時間が過ぎてたな。
アンに挨拶をしよう。
「アン、そろそろ帰りますね」
......あれ?
返事がない。
窓からアンの方に視線を戻す。
......いない。
え?
ドユコト?
なんでいなくなってんの?
と、そこで急に後ろに気配を感じる。
「ひゃんっ」
ふ、不覚......っ。
耳に息を吹きかけられたとはいえ、変な声を出してしまうとは......
ってかこの気配は。
そこで後ろに振り返る。
そこにいたのは、だらしなく口元を緩め潤んだ瞳をこちらに向ける真っ赤な顔のアン。
......もしかしなくてもこれ、酔ってるよね?
まさか、このノイさん特製ドリンクってアルコール含んでた?
それで、今急に酔いが回ったと?
え?
これ、どうしたらいいの......
そんなことを考えてる合間にも、アンは上機嫌で四つん這いのままこちらに迫ってくる。
捕まれば何をされるかわからないぞこれ......っ!
迫るアンと、後ずさる俺。
その勝敗の行方は......
とん、と背中に壁が当たる感触。
辺りを見回すも......どうやら角に追い詰められたらしい。
ゆっくりと近づきながら舌なめずりをするアン。
あぁ、冷や汗が止まらない。
すっと伸ばされる手を、俺はどうすることもできず。
見守るしかなかった。
「ひんっ、ちょ、ちょっと、アンさん? ま、一旦落ち着こう......」
必死の説得も虚しく、さらに俺の体の上で踊るかのように動く手。
「あ、ちょっ、ひんっ、ふあぁ、ま、待って、ひゃっ」
お腹を、腋を、背中を、果ては耳たぶまで蹂躙されていく。
「んふふふ〜」
あぁ、ま、待って待って待って!
「そ、そんな、そんな無慈悲な......」
ゆっくりとさらに近づいてくるアン。
「あ、んっ、だ、だめだって......ねぇ、だめだってば......ひっ」
抵抗などできるはずもなく。
「にゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
村中に俺の悲鳴が響きわたったとかなんとか。
- - - - - - - - - -
というわけで、いかがでしたでしょうか?
はい、少し調子に乗りましたね。
アァァ、待って待ってブクマとかお気に入りとかフォローとか解除しないでぇぇ!!
じ、次回が若干鬱の予定だからさ、多少は......ね?
で、次回の更新は12/13の予定です!
サボりがちなTwitter
→ @tama_717
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