ドライバー・ミーツ・ガール

紅苑しおん

前編

 霧の濃い夜だった。

 大通りを抜けて雑居ビルの立ち並ぶ裏路地まで車を回すと路肩につけて車を停める。

 往来を行く人の流れに少しだけ目を凝らすとコンソールボックスから薬局で処方された目薬を取り出して点眼する。

 刺激ばかり強い市販の物と比べると物足りない気もするが、実用性で考えればこちらのほうが疲れ目には遥かに良い。

 霞む景色は眼が潤んでいるからという訳でもなく、フロントガラス越しに感じるネオンの光が下世話な町を照らし出していることもひとつの原因なのだろう。


 歓楽街の夜は長い。

 メーターの表示を空車に切り替えるとハザードをたいてタバコに火を点けた。

 車内を清潔に保つのはドライバーとしての最低限のマナーだと教育されたが、ここではあまり関係ない。

 タバコや酒どころか薬物や汚物の臭いを撒き散らしながら乗車してくる輩も多い。それでも客は客だ。

 金を落とすなら貴賤の別はない。

 歩合制のタクシードライバーにとって割増料金で走れる深夜が最も稼ぎ時であることに違いはない。


 ウインドウを開いて煙を少し外に逃がすと野婢な男物香水の薫りが鼻に飛び込む。毛先のひとつひとつにまで神経を尖らせた水商売の男が女の腰に手を回しながら歩いてくる。

 女のほうは薄目のメイクであまり自分を主張してくるようなタイプには見えなかった。ほのかに頬を染める朱色はチークの色ではなく、アルコールの影響だろう。

 声が聞き取れるほどの近さまで来ても会話の内容は良くわからなかった。

 聞き取れなかったわけではない。

 近頃の若者の話す言葉は呪文のように意味をすり抜けていくばかりだ。

 女の髪からスミレの薫りが漂いだし、それは男が着けるワックスのベタついた果実の匂いと一緒になって車内を満たした。

 タバコを投げ捨てるとウインドウを閉じる。

 サイドミラー越しに見えた男の腕はわずかに女の臀部に触れているようだった。


 正面から仕事終わりの風俗嬢が5人連れで流れてくる。ブランド物のバッグに年齢を隠す濃いメイク。

 声を掛けられるのも面倒でメーターを回送に切り替えるとシートを倒して新聞紙を被った。

 紙面の煤けたにおいがくすぐったかった。

 こうして鼻と口をおおって顔全体を隠してしまうとまるで死人のような気分になってくる。

 死臭とインクの臭いはまったく似てもいないのに、何故だか薄汚れたスポーツ紙の紙面は強く死を連想させた。

 顔を上げると風俗嬢の背中が遠くに消えていくところだった。


 ハンドルの横についたシフトレバーを動かす。

 回送のメーターを再び空車に切り替えると車を出した。

 これ以上ここにいるメリットはなさそうだ。


 交差点で二回ほど曲がって人気のない路地へ出る。雑居ビルに入った店の裏手側に当たるこちらには従業員や店の関係者が比較的良く通る。

 酔って暴れだした客が運び出されるのもこちら側で前後不覚になって帰る手段を失った連中がタクシーを利用する事も少なくない。

 当然、連中は柄が悪い。

 嘔吐物で座席を汚す可能性もある。

 故に穴場だった。

 誰も面倒な客は乗せたがらない。


 前方を行く軽自動車のテールランプが小さくなる。

 直進する軽の背を見送って十字路を左に入る。

 街灯が申し訳程度にひとつ設置してあるだけの一際暗い通りに出ると前照灯をハイビームへ変更した。

 わずかに広がる視界の先で手が挙がる。

 客だ。ビルの隙間から小柄な姿が覗き見える。

 街灯の少し下、消火栓の標識の脇に女が立っていた。

 伸ばした手の先はちょうど車の天井部へ達するかどうかの高さにある。

 指先と視線が直線で結べる位置。

 小柄…一般的な成人女性の身長を平均よりも大きく下回る高さに女の顔はあった。

 徐行して近づくと女が暗がりから一歩前へ進む。


 驚愕した。

 思わずブレーキを思いきり踏み抜いてシートベルトにしたたかぶつかった身体が反動で揺れると軽い脳震盪を起こしかけた。

 手を挙げる女をもう一度見る。

 見間違いというわけではなかった。

 身長120センチ前後と思われる女はこの寒い冬空の下、上着も着ずにワンピース姿で、足元は素足にサンダルだった。

 中央に造花をあしらったそのサンダルはずいぶんと傷んでいて使い古されたものだと一目でわかる。

 そして女…いや、少女自身は全身から血を浴びて頭から爪先まで真っ赤だった。

 元は白かったのだろうワンピースも赤い直線が服の上を幾筋も流れて、まだら模様を作り、さながらピエロのような出で立ちだった。

 長い黒髪も血がこびりついたのか、毛先はほつれてみすぼらしい。

 少女の出で立ちでもっとも目を引いたのは背中に背負ったランドセルだった。

 全身を染める血液にも負けないほどに存在感を放つそれはわずかな明かりの下でさえ、血よりも赤く艶めいていた。


 レバーを引いて左側の後部ドアを開ける。少女は躊躇うことなく車へ乗り込んだ。


「金はあるのか?」


 俺の問い掛けに少女は背中のランドセルを引き寄せ、抱き抱えるように持ち直すと中をまさぐって茶封筒を取り出した。

 それはまたしても血に濡れてぬらぬらと光っていた。

 少女が中から札束を取り出してコンソールボックスの上へ放り投げた。


「これで、行けるところまで。できるだけ遠く」


 100万とまではいかないだろう。

 だがそれなりに分厚い札束だった。

 少なくとも一番上の一枚は偽札には見えない。

 視線を正面に戻すと車を走らせた。


「どっちに走ればいい?」


「道とかわかんない」


「とりあえず港のほうへ走らせる」


 返事はない。

 了承したという意味に受け取って車を広い通りへ向けた。

 それ以外は互いに言葉はない。

 客を目的地まで運ぶ。

 自分の仕事はそれだけだった。

 だから、他には何も考えない。

 疑問も差し挟まない。

 ネオン街を抜けて国道沿いを走る。

 始めの2キロを過ぎると料金メーターが710円から800円に変わった。


 信号待ちの間にバックミラーを下向きに傾けた。ワンピースの裾から覗く少女の太ももがわずかに映り込む。

 健康的な引き締まった足。

 透き通るように白い肌の鮮やかさは血の赤とのコントラストで余計に輝いて見えた。

 もう少しだけ上方修正すると顔が映った。視線をさまよわせていた少女とミラー越しに眼があった。

 射抜くような眼差し。

 何物も恐れていないような意思が双眸に宿っていた。


「拭くものちょうだい」


 少女が口を利いた。

 視線は外さずにグローブボックスを開くとその中から厚手のタオルを取り出して後部座席に放り投げる。


「それで拭け」


 少女も視線を背けることはせずミラーを挟んで軽く視線を交錯させながら無言の対話は続いた。

 少女はまず顔に付いた血をぬぐい取ると濡れた髪を拭くようにタオルで毛先を挟み込んでほつれた部分をときほぐしていった。

 白かったタオルが血を含んで茶色く変色しても少女の身なりは変わらずみすぼらしかった。

 開けっぱなしのグローブボックスからタオルをもう一枚取って投げる。

 何も言わずにそれを受けとると少女は血に染まったほうを座席に放り捨てて新しいタオルで髪を拭い続けた。


 少しずつ車の通りが多くない道へと進路を切り替えた。

 人目にはつかないほうがいいだろう。

 乗っている少女にとっても、乗せている俺にとってもそのほうが都合がいい。

 少女は髪から血を取り除く事を諦めたのか膝の上にタオルを乗せたまま車外に視線を向けている。

 ランドセルはシートの上。

 憂いを帯びた横顔。

 青い瞳。

 汚れの落ちた跡から覗いたのは東洋人離れしたすっきりした目鼻立ちだった。

 アンバランスなランドセルがなくなるだけでずいぶんと垢抜けて見える。


「お前、家に帰らなくてもいいのか?」


「いえって何?」


「家は家だろ。住む場所のことだ」


「知らない。そんなのないし」


 嘘をついている風でもない。

 物を知らないようでもない。

 大人びているわけでもない。

 子供らしくもない。

 ただ…圧倒的に彼女は異質だった。


「行きたいところはあるか?」


 少女がミラーを見た。


「言ってみろ」


「デニーズ」


「飯が食いたいのか?」


「うん」


「まずそのなりを何とかしろ」


「じゃあイオン」


「できるだけ遠くに行きたいんじゃないのか?」


「じゃあ遠くのイオン」


 進路を頭に思い描くとアクセルを踏む足に力を込めた。

 他に車のいない道はやけに広く感じる。

 ヘッドライトが闇夜を切り裂いて中心線を照らし出し、薄く立ち込める霧の中の小さな埃すら浮かび上がらせた。

 料金メーターが90円単位で上昇を続ける。

 2330円。

 子どもの支払能力では大金の額を当に越えても、札束を抱えた少女は眉ひとつ動かさなかった。


「何も聞かないの?」


「さっきから何度も質問してる」


「じゃなくて…」


「何だ?」


「"どうしてあんなとこにいたのか?"とか"どうして血だらけなのか?"とか」


「俺が最初にした質問覚えてるか?」


「えっとぉ…金はあるのか?」


「そうだ。そしてお前は金を払った。金を払った以上、お前は客だ」


「だから?」


「お前が誰で、どこで何をしていようと関係ないということだ。お前が望む場所まで俺はお前を運ぶ。それが金を払った客と受け取った俺との間の契約だ」


「けーやく?」


「そう、契約」


 ガキに小難しい説明をするつもりはない。これは俺が決めた俺だけのルールだ。金を払えば誰であろうと乗せる。運ぶ。理由や理屈は必要ない。

 そんな物には意味がない。


「そっか。じゃあ言わない」


 はにかんだ少女は楽し気でもあり不満気でもあった。

 実際問題として俺にとって少女があの場所で何をしていたかなどに関心はない。

 あの場所は歓楽街のど真ん中であり、日常茶飯事とは言えないにしても血が流れるなどということはあり得る可能性のひとつでしかない。

 少女が大金を持っていた事に関しても捨て置ける些末な事項のひとつだ。

 俺と客との関係は目的地まで到達した時点で解消される。

 それだけの関係性に過ぎない。

 彼女に明確な目的地が定まっていなかったとしてもこの道程は金が底を尽きたときには終わる。

 文字通り、金の切れ目は縁の切れ目だ。


 サイドミラーに影が映り込む。

 法定速度を大きく超えた速さで駆け抜けた後続車が車線変更して俺の走らせるクラウンの前に滑り込んだ。

 アクセルを緩めて速度を落とす。

 黒塗りのセダンの背はそのまま遠ざかって消えた。

 バックミラーに4つの光。

 ぴたりと並走して2台の車が俺の背後に迫っている。

 速度は変えずにしばらく走り続けた。

 セダンが再び視界に入ってくる。

 後ろの1台が速度を上げて前を往くセダンに並んだ。

 明らかにこちらの進路を塞いでいる。


「知り合いか?」


 少女は無言を貫いた。

 バックミラーに自分の姿が映らないように身体をシートの左に寄せているようだった。


「なんとか言え」


「撒いて」


 言葉を受けて路上に意識を集中する。

 片側二車線の人気のない通りで明らかにこちらを追尾してきていると思われる車を振り切るのは不可能だ。

 奴らはこちらの進路を遮るだけでなく少しづつルートを誘導しているようだった。


「無理だ」


「お金はある」


「そういう問題じゃない」


 沈黙。

 溜め息。

 金具の擦れる音。

 ランドセルを背負った少女。


「じゃあここで降ろして」


「ここで?」


「そう。ここで」


 急ブレーキを踏んだ。

 後ろの1台が慌ててハンドルを切って中央線を大きく右にはみ出した。

 後部座席のドアを開く。

 少女は膝を二度ほど手のひらで払う仕草を見せると開いたドアから外に降り立った。外気が社内に侵入して俺は空調を少し強めに回すとシートを倒して軽く寝そべった。

 少女の背がフロントガラス越しに見える。ランドセルの横についたキャラクターのストラップが揺れていた。


 2台の黒塗りセダンから男が4人降りてきた。ダークスーツに赤いネクタイ。

 襟元には代紋エンブレム

 文字までは読み取れない。

 地域を考えれば銀正会か、あるいは龍刃会か。

 右に車体を逸らしたセダンからも遅れて二人の男が続く。

 ノーネクに着崩れした安物のシャツ。

 ひとめでわかる格下のチンピラ。


 赤いネクタイの男の内、角刈りの男が少女の細い腕に手を掛けた。

 タバコに火を点けようとしていた手を止めてシートを戻す。

 料金メーターの5390円。

 コンソールボックスに乗ったままの札束。

 契約は履行されていない。

 俺はドライバーズシートを這い出した。


 面倒だが仕方がない。

 少し話をするか。


「おい、おっさん。何出てきてんの。あんたに用事ねーって。早くウチに帰んな」


 チンピラが諭すように言った。

 無視して俺は角刈りに近づく。


「その手を離せ」


「関係ねえよなぁ、お前はこの件に」


「ああ。関係ないな」


「じゃあ首を突っ込むのはよせよ。この女、明らかにおかしいだろうが。見てわかれよ。カタギが関わんな」


「だが、その女は俺の客だ」


「あ?」


「支払いが済んでない。まだ俺の客だ」


 チンピラが近づいてくる。

 横目に固めた拳がちらついた。


「わけわかんねーこと言ってんじゃねえよ、ジジイ」


 右拳が風を切る。

 頬を掠める前に身を落とした。

 身体を起こす際の遠心力を使ってチンピラの股間を蹴り上げた。


「か…かはっ」


 そのままくず折れるのを確認すると角刈りから少女を引き離して後ろに庇う。


「何してくれちゃってんの、てめえは!」


 もうひとりのチンピラが駆け出した。

 大きく振りかぶった拳の下をくぐってベルトのバックルの調度真上にあたる部分へ組みつく。

 苦しそうにチンピラが息を吐いた。

 背後に回る。

 シャツの襟首を掴んで車のボンネットに叩きつけた。

 同じ手順を三度繰り返す。

 鼻の中心が大きく横に歪んだチンピラを路上に投げ捨てた。


「取り囲め」


 角刈りが指示を出すと他の赤ネクタイが放射線状に散らばる。

 角刈りは中心の一番安全な場所へ陣取った。恐らくこの中では奴が一番格上なのだろう。

 だとすれば奴の動きにだけ注意を払っていればいい。

 他の連中は角刈りからの指示が無ければ無茶はできないはずだ。


「車の中に入ってろ」


 後ろで立ち尽くす少女へ顎で指図した。

 衝撃でボンネットがへこんだクラウンはいまだに賃走の表示を光らせている。

 停車時間1分30秒ごとに90円。

 制服の袖口をまくって腕時計に目を向ける。

 ここに来てから既に450円分の時間が経過している。

 暴行障害の罪を犯さなくてはならなくなった代償としては少々安すぎる。


 少女に動く気配はなかった。

 口を利く気配もなかった。

 両の肩に力を込める。

 このまま相手をするしかなさそうだ。


「お前、そのガキがどういう女かわかってんのかよ」


 角刈りが呆れた眼でこちらを見据えた。

 クラウンからハイビームの直射が伸びて連中の姿が影になる。

 俺は少しだけ立ち位置を変えて奴らを影の外に出した。


「客の個人的事情に興味はない」


「だったら手を引け。今ならそこの二人をのしたことは忘れてやる」


「怖いのか?」


「あ?」


「御託ばかり並べやがる。やる気がないならお前らこそ手を引け」


 角刈りの口から笑みがこぼれた。

 同時に眉の上に走る青筋が小刻みに震えても俺は表情を変えず、奴らに視線を注ぎ続けた。


「殺していいぞ」


 指示が告げられると三人が一斉に距離を詰めた。

 一度だけ後ろに視線を送った。

 ランドセルの赤が目尻の端へ飛び込むと俺は反射的に少女の身体を後方に突き飛ばし、クラウンを背に体勢を整えた。

 闇夜に男たちの姿が浮かび上がる。

 奴らから見ていま俺は逆光の中にいる。

 激しい光に当てられて三人が目をしばたかせた瞬間、タイミングを合わせて正面の男に飛び付いた。

 がっちりと腰を固めると、足を払って転倒させる。勢い余って自分の身体も前方へ崩れた。

 完全に崩れ落ちるかどうかの刹那、右膝を大きく突き出して、転倒した男の顔面に負荷をかける。

 膝の皿に骨が砕ける感触がしっかりと伝わると、男の顔はひしゃげた音を残して潰れた。

 倒れた身体を引き起こす為に地面に手のひらを突いた隙をつかれ、背中へ一撃を浴びた。

 振り返って向き直る。

 拳が飛んできた。

 左手で受け止める。

 逆から飛ぶもう片方の拳を払って、顔面を打つ。

 殴り合いになった。

 互いにノーガードで頬を張り合う。

 唇が切れて下顎の窪みに血が溜まった。

 腫れ上がった顔が眼前に迫る。

 尚も拳で食い下がろうとする相手に向かって霧状の血液を吹き掛けた。

 目を閉じて俯いた相手の側頭部に両手をかけて引き下げる。

 左膝で鼻筋を撃ち抜いた。

 男は力なく地に伏せると意識を失ったようだった。

 三人の内、最後に残ったひとりがわずかに後ずさる。

 気後れしているのか。

 怯え始めた相手を狩るのは容易い。

 荒事は勢いに乗ったヤツが制する。

 離された分だけゆっくりと距離を詰めた。

 やけになったスーツの男が引けた腰から拳を打ち出した。

 かわすこともせず、その手を捻り上げるとそのまま男の身体を持ち上げて、背にかつぎ、地面へ向かって投げ落とした。

 それで終わりだった。

 身体を屈めた拍子に額からこぼれた血が顎を伝って地面に落ちた。

 流れる血液を拭おうと手を上げたところで頭の後ろに冷やりとした感触を覚えた。


 背後に立った角刈りの右腕から俺の後頭部へ向かって銀色の塊が伸びていた。

 冷静さを欠いた男の荒い息づかいを背中ごしに感じながら俺は両腕を肩の高さまで持ち上げる。

 安い芋焼酎の青臭さが軽く鼻先を突いた。


「遊びは終わりだ。手間取らせやがって」


 銃口を突きつけたまま角刈りは俺の膝裏を蹴りつけた。

 促されるままに地面に膝を折ると顔を伏せた。


「ねえ、まだだよ」


 地面を睨む俺の視線の先に色褪せたひまわりの花が見えた。

 眼球だけを動かしてひまわりからすらりと伸びた足の先に目を向ける。

 血染めのワンピースがライトに照らされて鮮やかに浮かび上がる。


「遊びの時間は終わらない」


 少女が言うと同時に頭の後ろを圧迫していた抵抗が消えた。

 屈めていた身体をバネのように跳ね上げる。

 振り返った先に角刈りの姿はなかった。

 角刈りは夜空を仰ぎ見る形で地面に打ち捨てられていた。


 打ち捨てられる。

 そう表現するより他に適切な言葉が見つからない。

 彼の首は本来ならば可動しないであろう位置に捻れていて、口からはみ出した舌が力なく垂れ下がっていた。

 瞳には何も映してはいない。


「お前は…何者なんだ?」


 背中のランドセルを身体の前に回して指先で汚れを削っていた少女が始めて俺に対して笑顔を向けた。


「アヤナ」


 アヤナ・スルツカヤ。

 それが少女の名前だった

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