9番目のゲート その1

「中に……ダンジョンの中に入ろうって言いたいのか?」


 我が意を得たりとばかりに東が手を叩き満面の笑み浮かべる。

 正直に言おう、俺もちょっとそれはアリだなと思ってしまった。

 |現実(ここ)では金属バットでゴブリンを追い払うしかできないが、あの中では違う。

 アビリティを使い超常の力でモンスターを駆逐できる。


 だが事はそう簡単に決められるものでは到底ない。

 死なないという保証などどこにもない、もし何かあった場合誰が責任を負うのだ。

 どれだけ権力があろうが金があろうが徳を積もうが、所詮人は人でしかない。

 本当の意味で人の死を背負う事など誰にもできやしない。


 俺はなんとか現状打てる最善手を模索しようとするも、それより早く東が痺れを切らし立ち上がる。


「俺は一人でも行くぞ!見ろよこの現状を!人がこんなに死んでんだぞ、ここで行かなかったら攻略者になろうとした意味がねぇ。ここで行かねぇなら俺はダンジョン学園を退学する」


 そういえば前に一度だけ東に何故ダンジョン攻略者になりたいのか聞いたことがあった。

 確かその時はダンジョンの奥にある秘宝がどうのと言っていたが、今の東から感じるのは何か別の物のような気がする。

 ただこのまま一人で突っ走らせるわけにはいかない。

 ここから見えるだけで既に50人近くの死体が道端に打ち捨てられている。そんな惨状を見て俺だって何も思うところがないわけじゃない。


「つれないこと言うなよ、俺も一緒に行くぜ。ただし人が集まらなきゃ犬死にするだけ、最低4人だ。最低4人集まらなかった場合はこいつでぶん殴ってでもお前を止める」


 ゴブリンの返り血を浴びドス黒い赤色に染まった金属バットを、俺は東の目の前に突き出す。

 俺と東、そして俺以外にもう一人の攻撃役と要でもある回復役は最低でも欲しい。

 それが集まらないのであれば、戦いから逃げることも視野に入れなければならない。

 そしてふと脳裏をよぎったのは杏花が躊躇いもなく手を挙げる姿。

 最低だ、、、俺ははなから杏花は自分についてくると、勝手に頭数に入れていたのではないだろうか。

 そう思った瞬間自分はなんて矮小な奴なんだ時酷い自己嫌悪に陥る。

 他人の好意を利用するなんて決してやってはいけないことなのだ。


「無責任かもしれないけど、俺は誰かが死んだって責任なんか取れやしない。だから強制はしないし、付いて来てくれと頼む気もない。だが、俺とこいつの無謀に勝手について来たい人がいるなら挙手してくれないか」


 俺と東が行くのは確定として、残り6人の内2人が手を挙げたならあのゲートを潜る。

 固唾を飲んで見守る中、俺の予想とは大いに反して簡単に手が上がっていく。

 しかも6人全員が手を挙げたときた、正直こいつらどうかしてるとさえ思ってしまった。

 しかも先ほど公園で聞いた時には乗り気でなかった、慶瞬と蘭丸までもがすんなり手を挙げていることには驚きだ。


「別に無理してまで来なくていいんだぜ?来なかったから後でぐちぐち言うとかないし、なあ、本当にいいのか?慶瞬?」


 数が多いに越したことはないが、流れとかで手を挙げたのならば挙げた手を下げてもらわねばならない。


「誰かが死んだって責任なんか取れやしないなんて台詞、無責任な人に言える台詞じゃないよ。僕だってダンジョン攻略者を目指してるんだ、ここで引くくらいなら僕も学園を去る」


 普段感情を荒げることのない慶瞬は静かに闘志を燃やしていたようだ。

 揺らぐことのない水面に落ちた一粒の雫。

 形容するならそんな言葉だろうか、静かに、しかし着々とまるで波紋が広がるように慶瞬はこの惨状に怒りを膨らませていた。


「僕も行く。ここで逃げたら僕はきっと憧れの人に一生追いつけないから」


 慶瞬に続き蘭丸までもがその固い決意を口にする。

 初対面の相手であれば50%くらいで女子に間違えられそうな可愛らしい容姿ながら、蘭丸は結構頑固なのを俺はよく知っている。

 ならば俺から言うことは何もない。

 むしろ俺よりも強そうな覚悟に挟める言葉など俺は持たない。


「真司くん、私も行くから」


「当然うちも行く。仲間はずれは嫌いなの」


「わたくしも参ります。絵汰の人間としてこの状況は看過できませんから」


 杏花、鍵束、絵汰の女子3人は俺達男勢とは反対にあっさりとした口調で決意表明していく。

 まるで放課後にカラオケでも行くかのような軽さに、思わず拍子抜けしてしまうほどだった。

 こういう時男よりも女の方がよっぽど肝が座っているのかもしれない。

 そして最後に柳生が静かに口を開く。


「皆お前について行くと言ってるんだ。それに理由はどうあれここにいる全員、戦うことを覚悟してダンジョン学園に入学している。覚悟を決めるのはお前ではないのか?」


 全くもって一部の反論の余地もないごもっともご意見だことで。

 俺は人の覚悟を確かめることで、ただ逃げ道を探していただけなのかもしれない。


「おい真司。言われっぱなしでいいのか?」


「わかってるよ東。俺だって覚悟くらいできてるさ。時間が惜しい、行くぞっ!」


 そう、もう何年も前に覚悟を決めるなんて済ませている。


「へっ、そうこなくっちゃ。なに心配すんな、どんな強敵が立ちはだかろうが全員俺が守るからよ。だから未来が見えなくてもさ、一筋の光を見つけて前だけ見て進んでくれ」


 急に真剣な顔付きになり妙に演技がかった口調。そしてどこか聞いたことのある台詞。


「って、お前それ映画のセリフじゃねぇか。しかもそいつ10分後くらいに死んでたし」


 やっぱり俺と杏花のデート的なものを尾行し、映画も一緒に観ていたようだ。

 やはり全て片付いたらとっちめてやろう。


「え?あっ、そうなの。全然知らなかったわ〜。奇遇だな、うん。そんなことよりほらリーダー、作戦を立てようぜ」


「まぁ、いいけど。とはいえ作戦なんてねぇよ。とにかく音を出してモンスターを出来るだけたくさん引き付けながら、数百メートル先にあるあのゲートの中にモンスターを連れて突っ込む。実際問題他に無くね?」


 予想を超えて8人集まったとはいえ、所詮はそれだけでしかない。

 現状打てる手なんてそれくらいしかないだろう。

 念のため他の人に確認のため視線を送るが、返ってくるのはどれも同じで他にないだろうという頷き。


「それじゃあ先頭は東と慶瞬、殿は俺と柳生。側面は他で固めて中央は一般の方々でいいな。皆さんはモンスターが俺達について来た後野球店の中に入ってください」


 シャッターの暗証番号である4桁の数字を東が伝え、隊列を組み全ての準備が整った。あとは実行するのみ。

 のはずなのだが何か忘れているような気がする。

 何かすごい大切な、、、


「ねぇ真司くん?私達っていつまで戦えばいいの?」


 杏花の言葉にようやく失念していた大切なことを思い出す。

 時間無制限、いつ来るかもわからない味方を待ち続け戦うのは精神的にもよろしくない。

 何より不安は小さなミスを誘い、小さなミスが大きなミスに繋がるのだ。


 だがそんなに待つ必要はないだろう。

 すぐにプロの攻略者が援軍に来て、俺達はプロに任せて大人しくスイッチすればいい。

 混乱で道が混んでいることを踏まえても精々30分程度だろう。

 30分待てば俺達の勝利な訳だ。


 しかし杏花の言葉に全員の顔に暗い影がさす。

 一体どこに落ち込むよう要素があるというのだろう?

 そんな疑問を解決してくれたのは柳生だった。


「今日は第一ダンジョンの30階層攻略の日、この辺りの主要な攻略者はほとんど出払ってるから、いつ来るか見当がつかない」


「あぁ、なるほど……」


 運が悪かった。俺の嫌いな言葉の一つだが、この時ばかりは思わずにはいられなかった。

 ともかく、援軍が来ないというなら作戦は当然中止しなければならない。

 そう思った矢先ふと脳裏によぎったのはある人物の姿。

 いるじゃないか、近くに優秀な攻略者。


「あっ、それなら俺に当てがある、ちょっと電話してみるよ」


 ポケットにしまっていた携帯を取り出し、連絡先の上から3番目。まだ一度も掛けたことのない番号だが、たぶんこんな時のために登録していたのかもしれない。

 今ではそんな気さえする。

 電話を掛ければワンコールしないうちに繋がり、電話の向こう側の慌ただしさが物音だけで伝わってくる。


『どうも多桗です』


『このくそ忙しい時に連絡してきたってことは今の件に関係あるんだろうな』


 既に騒ぎが伝わっているようで何より。

 これで説明の手間も省ける。


「こちらも忙しいので簡潔に言います。今、俺と剛力、前田、大河内、灰音、鍵束、絵汰、柳生の8人ですぐ近くにいます。今からゲートを通って突入するんで助っ人に来てくれませんか?」


 普通ならば間違いなく止めるだろうが、俺の電話の相手なら止めないような気がした。

 この人なら俺達と同様危険を顧みず同じ選択をするだろから。


『……そうか……本当なら止めなければ行けない立場なのだがな。覚悟の上なんだろう?なら許可しよう、責任は私が取る』


「ありがとうございます。あぁ、あとピンチに颯爽と登場とかはいいんで、ピンチになる前に来てくださいね」


『強がりを言えるなら上等だ。しかしな、交通機関も麻痺してるのを踏まえると40分……いや30分で行こう。それと責任は取ると言ったが死んだ奴の面倒までは観きれんからな』


「誰も死なないよう努力します。それでは失礼します」


『あぁ。死ぬなよ少年』


 通話を切り軽く頭を下げ携帯をしまう。

 後顧の憂も無くなった、これで安心して戦える。


「30分だ。30分耐えたら俺達の勝ち、頼れる味方の登場だ」


「おう!……って、電話の相手は誰だよ?信用できるんだな?」


 見事なノリツッコミと見せかけた素の切り返し。東らしいと言えば東らしい。


「学園長に電話した。多分先生達を連れてきてくれると思う。上級の攻略者がほとんど出払ってら今、ここから一番近くて頼れるのは元S級ばっかのうちの先生達かなって」


「あーなるほどな、わーった、わーった。それだけ聞けりゃ十分だ。それじゃあ行くぞ。お前ら置いてかれんなよな。ふぅ……とぉおつげきぃぃいい!!」


 納得して何度も頷いたあと、大きく息を吸った東の張り裂けんばかり怒号が、狂乱の市街の中遠くこだました。

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