Mille Migliaの夢と車のキーと

川辺 夕

序章

 4年前の3月12日、午後5時20分頃。午後から降り出した雨と日没で、京葉道路は視界が悪く濡れていた。

 この日、親父は修理が終わった顧客の車の走行テストを行うために、退屈していた中学入学間近の俺をリアシートに乗せて(助手席には書類の束が置かれていて、そのために俺は助かったとも言える)、武石インターから東京方面へ向かった。

 俺は詳細にその瞬間を記憶している。車好きの俺は景色よりも走行している車を見るために、右側の窓から追抜き車線を走る車を眺めていた。

 花輪インターの出口の数キロ手前から、京葉道路は渋滞の様子を体し始めていた。おそらく船橋料金所がこの先にあるからだろう。遠くに赤く光るテールランプの群れが見える。

 親父が運転するこの車の前方、車3台くらいの間隔で追抜き車線を白いトラックが走っていた。

 リアガラスに瞬くヘッドランプに気づき、俺が後方に目を向けると、1台の車が凄いスピードでトラックとの車間を詰めているようだった。

 あっという間に俺の目の前に並んだブルーの車は、レースカーのようにたくさんのステッカーで飾られていて、フロントを揺らしながらエンジンブレーキの排気音を2度吹かすとテールランプの赤い残像を俺に残した。

「カッコいい……」

「大門、掴まってろ!」

 俺の呟きは親父の叫び声にかき消された。急ブレーキの勢いで俺は頭を運転席に軽くぶつけた。

 ブルーの車はトラックと接触したようだった。遠くに輝いていたはずのテールランプの群れはいつの間にか目前に迫っている。

 ブルーの車のリアが、親父の視界を遮って左に流れた。ボディ側面の『555』と書かれた黄色い文字が近づく。俺は去年テレビで観ていた仮面ライダーをふと思い浮かべる。

 俺のからだは体験したことの無い激しい衝撃を受け、シートから宙に浮くと助手席の背中に向かって投げ出された。


 刺すようなサイレンの音と焦げた匂い。遠く誰かの声が聞こえる。体中を考えられない痛みが襲った。身動きができない。

「助けて、お父さん」

 薄く開けた目の先に親父は寝ていた。運転席をリクライニングさせてドアとシートの間に頭を挟んだまま、静かに寝ていた。

 窓ガラスは外が銀世界かと思えるほど真っ白に輝いている。

 ほどなくして寝起きを無理に起こすように車ごと激しく揺らされた。

 運転席のガラスが割られ(輝いて見えたのは全面にヒビが入っていたせいだ)何人かのヘルメットを被った人たちが何やら声を張り上げた。空き缶を潰すような音がして、俺の頭の上に細かなガラスの破片が舞った。

 エアバックも効果がなく、親父は即死だった。

 ブルーの車のドライバーも死んだ。

 後から聞いた話だが、そのドライバーはレーサーではなく、ただの格好をつけた走り屋だった。

 自己満足でスピードに取り付かれ、どこを目指して誰と戦っていたのか全くもって興味は無いが、あいつの欲望のおかげで俺の心に傷が残ったことは、永遠に変わることがない。

 レースは嫌いなんだ。

 間抜けなことに、かつての本物のレーサーは、サーキットから遠く離れた道路上で、レーサー気取りの一般ドライバーが起こした貰い事故により、あっけなく死んだ。

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