上空4000mの個室の隙間から

ちびまるフォイ

ピンチは二度、三度

トイレには誰もいなかったのと、

個室だらけだったのですぐに駆け込むことができた。


「ふぅ、まにあったぁ……」


便座に座ってひと段落しているとカウントダウンがはじまった。


3。


2.



1……。



テイクオフ。



「え?」


トイレは個室ごと上空へものすごいスピードで吹っ飛んだ。

壁についているカウンターには『上空4000m』と表示された。


わずかに開いている隙間から、町が小さく見える。


「なんだよこれぇぇぇ!?」


トイレの個室には風がびゅうびゅう吹き込んでくる。

こんな眺め、気持ちがいいと言えばいいけれどどうすればいいんだ。


ドア開けるのも怖すぎる。

あやまって落ちたりでもしたら間違いなく命はない。


「そうだ! 個室の隙間から紙を出して存在を知らせよう!

 俺が宙に舞い上がっていることに誰か気付けばきっと助けてくれる!」


いまがピンチの最高潮。

これ以上悪いことは起きないから落ち着いて対応すれば問題ない。


「よし、トイレットペーパーを……」



壁には、トイレットペーパーの芯だけがむなしく残っていた。


「うおおおおおい!!! 誰だよ補充してない奴はぁぁぁ!!!」



上空4000mの状況で紙を補充することなどできない。

服でふき取るか……いやそれはさすがにいやだ。


「落ち着け……落ち着け……落ち着くんだ、俺」


この個室でこれ以上のハプニングは起きない。

落ち着いて考えれば少しづつ対応が見えてくるはずだ。


「このトイレは最初地上にあったわけだから、

 俺より前の利用者だっていたはずだ。

 だから、このトイレは必ず地上に戻るはず」


その時に紙を補充して、悠々と戻ればいい。


「地上に戻るボタンは……これか!?」


ウォシュレットが流れた。


「これか!?」


シャゴーとトイレが流れた。


「これに違いない!!」


上空5000mまでさらに舞い上がった。



「どうすれば地上に戻れるんだよぉぉぉ!!」


一応、目に入るすべてのボタンを押したが戻ることはできなかった。


このままトイレの中で衰弱して死ぬなんて一番かっこ悪い。

俺にはきゃわいい女の子と合コンする予定だってあるんだ。


ぜったいにここを出てみせる。


「なりふりかまってられない!!」


俺は服を脱ぐと袖をつなぎ合わせてパラシュートを作った。

気休めにしかならないがそれでもないよりはいい。


幸い、パンツ一丁になったとしてもここは上空5000m。


どこかの森や山に着地できれば誰にも見られることはない。

俺のスカイダイビング経験がトイレで生かされることになろうとは。


「よし……いくぞ!!!」


俺は服のパラシュートを思い切り広げてドアを開けた。

目の前に広がった光景は……。




個室が並ぶトイレだった。


ちょうどトイレにやってきた1人と目が合った。



「ああ、そうかバーチャル映像だったのか……。

 それで水も流れてウォシュレットも出たわけか」


かくして、俺は命を取り留めた。




が、女子トイレにパンツ一丁で

自分の服をアーチ状にしながら出てきた不審者として

俺の社会的な寿命は完全に終了した。

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