第43話 モブキャラだって部活ぐらいする1

「俺、部活始めようと思うんだ」


とある日の昼休み、俺の友達の「夢見 憧」は突然こんなことを言い始めた。

「いや・・・部活始めるってお前・・・もう高校2年生の夏だぞ?」

「フッ・・・男が夢に向かって走り出すのに時期なんて関係ないんだよ」

憧は自分の前髪をさっと払ってカッコつけて言う。

「夢ってそんな大層な野望持ってたっけ?」

こいつとは結構長い付き合いだが、そういった将来の夢などは聞いたことがない。

ただ、「ある日突然エロいお姉さんに童貞奪われるのが夢なんだ・・・」とは言っていた気がするが、これを夢というには低俗すぎるだろう。

まぁ自分の将来の夢を友達に話すのは少し恥ずかしいから今まで言わなかった、っていう理由ならまだわかるが・・・


「スポーツ系の部活に入って女子からモテたい!」


「・・・そりゃ結構な夢ですこと」

なんともまぁありがちな夢だった。

「お前・・・そんな呆れたような顔してるけどよお!お前だってモテたいだろ!」

俺が少しだけあきれ顔を見せたら、憧が激しい剣幕を見せた。

全く何を言ってるんだか・・・そんなもの答えは一つだ。


「モテたいに決まってんだろ!」


俺は憧の胸倉をつかんで思いっきり叫んだ。

高校2年という最高の遊び盛り、そんな人生のゴールデンタイムを野郎とずっと一緒に過ごすなんて悲しすぎる。

誰だって彼女が欲しい、女の子とキャッキャうふふな思い出を作りたいのだ。

そのためなら恥も外聞も少しだけ捨てる覚悟はある。

「じゃあモテるための努力をしなきゃいけねぇじゃねぇか!何もしないで女の子が寄ってくるわけねぇだろ!ちょっとでもモテる確率を上げるために部活を始めようとすることの何が悪いっていうんだよ!」

「ぐっ・・・」

確かにこいつのいう通りではある。

努力なしに得られるものなど限られているのだ。

しかも俺たち高校生には時間がない。

即刻行動に移さなければあっという間にゴールデンタイムは終了してしまう。

モテるために今から部活を始める、その行動自体は合っているのだ。


だが俺たちの通う「主人高校」ではそう簡単にいかないのである。

なぜなら、ここには物語の主人公が死ぬほどいるからだ。

「わかった・・・俺の知り合いにスポーツ系の部活をやっている奴がいるから、そいつに頼んで部活見学に行こうじゃないか・・・」

「マジか!じゃあ早速行こうぜ!」

期待に胸を膨らませる憧だが、この男はこのあと知ることになる、この高校でモブキャラが部活をやることが如何に大変かを。




「ようこそ!主人高校サッカー部へ!」

ジャージに着替え、グラウンドに来た俺達を明るく出迎えてくれたのは、日に焼けた笑顔がよく似合う男だった。

体はそれほどがっちりしているわけではないが、汚れた練習着や体のあちこちにある擦り傷から、普段厳しい練習をしていることが察せられる。

そうこの男こそ

「こいつが現サッカー部のキャプテンの『円堂 翼』、キャプテンだけど俺らと同い年だ」

「へぇー、俺は『夢見 憧』よろしく!」

憧と翼は笑顔で固い握手を交わす。

「キミかぁ!モブ君から話は聞いたよ!サッカー部に入りたいんだってね!?でもなんでこんな時期に?」

「ああ!実はモテたく・・・じゃなくて・・・この前ここのサッカー部の試合を見て思ったんだ、俺もサッカーがやってみぇって・・・でも今までサッカーをやったことはないんだけどそれでも大丈夫か?」

もちろん、試合を見に行ったなんて真っ赤な嘘である。

オフサイドすら知らないのに、よくもまぁこんなスラスラと嘘をつけるもんだ。

「もちろん!サッカーが好きなら初心者でも大歓迎だよ!」

だが翼の方はそんなウソに気づかず、サッカー好きの同志が増えるのを純粋に喜んでいるようだ。

・・・なんだかこんな純粋な奴に嘘をつくのが申し訳なくなってきた。

まぁかと言って今更真実を伝えるわけにもいかない。

このまま成り行きに任せよう。


「じゃあ早速だけど、ちょっとここの練習を体験してみようか?」

「おう!よろしく頼む!」

憧は気合十分といった様子だ。

動機は何であれ、やる気があるのはいいことだ。

だが・・・それだけでは何とかならないのがこの世界なのだ。


「よし!ウォーミングがてらまずボールに慣れるとこから始めようか」

「(よしよし・・・サッカーのコツとか昨日ネットで調べたし、体育でもやったことあるから何とかなるだろ!)オッケーだ!カッコよく決めてやるぜ!」

「じゃあまず・・・


ボールから炎を出してみようか?」


「・・・えっ?」


先ほどまでウキウキしていた憧の動きが止まった。

その顔からは表情が消え、まるでフリーズしたゲーム画面のように動かない。

人間は急に理解できないことを急に言われてしまうと、こういう風に止まってしまうのだろう。

そのまま10秒ほど時が流れ、

「はっ・・・!・・・い、いやだなー翼君!いきなりそんな冗談かましてくるなんてズルいよーハハハ・・・」

ようやく憧が口を開いた。

どうやらこいつは翼が面白くない冗談を言ったと思っている(思い込もうとしている)ようだ。

しかし・・・

「えっ?冗談なんて言ったつもりないんだけど・・・」

「・・・えっ?」

「えっ?」

そう、この男は本気でボールから火を出せと言っているのだ。

「いやいやいや・・・ボールから炎出すなんてどうやって・・」

「えーと・・・こうやって蹴れば普通にでるよっ!っと」

そう言いながら翼に軽く蹴られたボールは、


シュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


と物凄い音を立てながら、10メートルほど先にあったゴールネットに収まった。


「・・・」

憧は受け止めきれない現実に言葉を失った。

そりゃあ目の前で炎のシュートを見せられればそうなる。

「こんな風に体育の授業でやるみたいに軽く蹴ってもらえれば」

「いや体育の授業でこんなことやってるやつ見たことねぇよ!!」

現実に戻ってきた憧がようやくツッコんだ。

「え?みんなできるでしょこれくらい?」

「ボールから炎出すなんて非常識なことホイホイとできるわけねぇだろ!」

「炎を出すことができない?そんな・・・」

翼は本当に理解できないという風な難しい顔をしている。

対して憧は必至の形相で反論する。

「人生で生まれてこの方やったこともねぇし、炎出すやり方なんて検討もつかねぇよ!」

「やり方がわからない・・・?あ、なるほどわかったよ!」

翼は掌に拳を置き、わかったというジェスチャーと共にパっと明るい顔を見せる。

「なんだ・・・そうならそうと言ってくれればいいのに・・・」

「ん?やっとボールから炎出すなんとことできないってわかってくれたのか?」

「ごめん、ごめんこっちの配慮が足りなかったね



炎じゃなくて雷を出してもいいよ?」


「属性の問題じゃねぇよ!!!」

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