その他大勢なモブ男の日々

膝毛

第1話 魔法少女だってエロイこと考えるときくらいある

「アラサーの魔法少女ってどう思う?」


突然こんなことを言われた。

「いや、どう思うって言われても・・・」

夜中突然歳の離れた従姉の電話で呼び出されて来た公園で、そんなことを聞かれれば戸惑うに決まっている。

「怒らないから正直な感想を言ってみろ。」

こう言う人の八割は内心メッチャ怒るのだが、これ以上返答しないとそれはそれで怒られる気がしたので正直に答えることにした。

だが少しでも相手を怒らせないようにするため、精一杯の笑顔でこう言った。


「とりあえず・・・少女はないと思います・・・ハハハ。」

言った直後顔面にグーパンされた。

まぁそうなるよね。



「あたしだってさ・・・やりたくてやってるわけじゃないんだよ!!いつまでも正義の味方でいたいわけじゃないの!!」

正義の味方は一般人に理不尽な暴力を振るって何も感じないのだろうか。

やっぱり正義なんて一個人のエゴでしかないのだ。今それを学んだ。

「でも偉いですよこんな歳になるまであんな恥ずかしい格好で悪と戦っているなんて。」

言った直後顔面にまたグーパンされた。

今度はほめたつもりだったんだがなぁ・・・


俺は園田茂部雄、名前の通り何の特徴もないいわゆるモブキャラと呼ばれる存在の一人だ。

どこかのライトノベルの主人公みたく、平和な日常から突如刺激あふれる非日常に変わる予定もない。

本当に何も持っていないただの人だ。

だが、先ほど俺を二回ほど殴ったこの女性は違う。

先ほどの会話から推測できるようにこの人はいわゆる魔法少女と呼ばれる存在だ。

魔法少女なのだ・・・うん・・・。


話を聞くと中学二年の頃にマスコット的なかわいらしいものから勧誘を受け、魔法少女として活躍したらしい。

ここまで聞くとまぁ普通のそこらへんにいる魔法少女だったのだが・・・。


「なんで私29にまでなって魔法少女やらされてるの!?普通中学か高校卒業のタイミングで引退するでしょ!!」

と、いうことらしい。

分かりやすく例えると、定年退職したあともずっと働かされるようなものだろうか。

「私だって自分自身がキツイ存在だってことは重々承知しているよ!!でもあの小さい悪魔どもが引退を許してくれないんだもの!!」

いつから魔法少女はブラックな仕事になってしまったのだろう。

まさか社会の闇がこんなところで蔓延っているとは誰も思うまい。

とりあえず世の中の正義の味方は、悪の組織を潰すより先に社会の歪みを正したほうがいいのではないだろうか。


とにかく今はこの社会の闇に飲まれつつある従姉を救わねばなるまい。

「いいじゃないですか魔法少女!三十路まで続けていられる人なんてなぎさ姉さんだけですよ!」

言った直後に胸倉をつかまれ、

「29歳だからまだ20代な?」

「ヒィッ!・・・」


正直ちびるかと思うほどの迫力だった。

「あんたはそう思うかもしれないけど世間は違うのよ!!」

いや俺も29で魔法少女はキツイと思っているんだがこれは心の奥にしまっておこう。


「しかも29歳になった今でも魔法少女としての才能は伸び続けてるみたいだから尚のことやめさせてくれないし!」

「ま、まあそれはいいんじゃないですか?才能はあるに越したことはないでしょう。」

「そうでもないのよ・・・ほら、私にはラブリービームって必殺技があるじゃない?」

「ああ、あのピンク色のよくわかんない光線ですね。」

「そう、魔法少女始めたての頃はあの光線が当たると心なしかちょっと熱くなってなんだかんだ怪人が爆発する必殺技だったんだけど・・・」

「いやもうその時点で大分怖いです。」

「最近じゃあ光線の温度が一兆度にまでなって一瞬で怪人を消し炭にできるようになっちゃったの。」

「怖すぎですよ!!一兆度ってもはやゼットンの光弾レベルじゃないですか!」

「他にも変身しているときの握力が10万トンだったり、サイコキネシスで怪人を洗脳することもできるようになってきているわ。」

「もはやスペックが完全にウルトラ怪獣レベルですよそれ!」



なぎさ姉さんの愚痴はとどまることを知らない。

「私たち魔法少女にはね、一年に一回歴代の魔法少女たちが集まって強大な敵を倒すというオールスター企画があるの。」

「あー、やってましたねそんなの。今では40人以上いるんでしたっけ?」

「そうよ・・・そのときはなんか不思議な魔法の力で10代のピチピチの少女の姿になれるのよ。」

「え?じゃあ特に問題ないんじゃ・・・」

そんな当然とも言える疑問を口に出すと、なぎさ姉さんはものすごく悲しい顔になってしまった。

「・・・見た目はなんとかなるのよ・・・でもね中身はれっきとした29のお姉さんなのよ・・・」

「・・・あっ」

姉さんが言わんとしていることが分かってしまった。

「時々ね・・・新人の若い子達がこそこそ言っているのが聞こえてくるのよ・・・特にピースしてる黄色い子がね・・・『29で魔法少女ってきつくない?(笑)』ってね・・・」

とんでもない地雷を踏んでしまった。

地雷っていうかほぼ核弾頭だ。

「うるせえよ!!!わかっとるわそんなこと!!!お前らもあと10年したらこうなるんだからな!!覚えとけよ!!って思うんだけどね・・・そのときの自分の歳を考えると・・・またね・・・」

「っ!?・・・・・」

悲しすぎる。

こんな莫大な悲しみ俺にはどうすることもできない。

だが、今までの人生を悪と戦ってきた人の結末がこんなのでいいのだろうか?いや、いいわけがない!

どうにかして立ち直ってもらわなければ。


「で、でもそれだけ長い期間やっているとファンも結構な数いるんじゃないですか?ほら!魔法少女って人気すごいじゃないですか!」

これなら地雷を踏み抜くことはないだろう。

彼女のことを慕ってくれている人々のことを思い出せばきっと元気が出てくるはずだ。

「ファン・・・ね・・・・。」

・・・あれ?なにかおかしいぞ?

なぎさ姉さんの顔がさらに曇ってしまった。

「私のファンが魔法少女業界でなんて言われているか知ってる?」

これ以上聞いてはまずい・・・気がする。


「魔法熟女愛好家集団ですって・・・ハハッ。」


やっちまった・・・

地雷回避するどころか地雷原の上でタップダンス踊ってしまったようだ。

なぎさ姉さんは目に涙を溜めたまま続ける。

「自分がメインの同人誌がマニアックってカテゴリに属してしまっている私の気持ち・・・わかる?」

「あ・・・え・・・。」

言葉にならなかった。

いや、この感情を言葉にすることができなかった。

この人の背中にはとんでもないものが圧し掛かっているのだ。

自分の無力さがこんなにも悔しく感じたのは初めてだった。

彼女は泣き崩れることなく、黒目勝ちに澄んだ双眸に涙を溜め込んだままでいた。

重く、苦しい雰囲気が二人に圧し掛かった。


な・・・何とかせねば・・・

このままでは一人の魔法少女が社会の闇に沈んでしまう。

「い、いや・・・あれ・・・ですよ・・・29なんてまだ全然若いですよ!うん!熟女なんて失礼なこと言う人いるんですね!あははははは・・・」

「魔法少女が大好きな連中なのよ・・・30どころか高校卒業した時点でBBAよ・・・」

魔法少女好きな連中全員捕まればいいのに。

「じゃ・・・じゃあいっそのこと魔法少女をやめましょうよ!ね!なぎさ姉さんだって十分頑張ったんだし、世間だって快く引退を受け入れてくれますよ!」

「やめられたらいいんだけどね・・・」

「え?」

「魔法少女はね、純粋で綺麗な心をもった美少女がなれるものなのよ。それで大体の魔法少女は中学、遅くても高校で引退するでしょ?」

「まぁ・・・そうですね。」

再びいやな予感がした。

「その理由はね・・・大体の魔法少女が純粋じゃなくなるからなのよ・・・」

「どういうこ・・・あっ」

もしかしたら今日一番の地雷に突っ込んでしまったかもしれない。

「そうよ!!お察しの通り!!大体の魔法少女は中学、高校卒業のタイミングで彼氏ができてそいつと合体してるのよ!私以外のみんなはね!!」

そうか・・・よくよく考えれば魔法少女なんてみんな美少女だ。

そりゃあ引退した後すぐに彼氏ができたとしても不思議ではない。

ということはつまりそういうことなのだろう。

なんといやらしいことか。

「普通は魔法少女じゃいられなくなるから自然に引退するんだけどね・・・私の場合未だに現役だし、定期的に魔法少女にならないと魔力が暴走して町一つ吹き飛ぶらしいわ・・・」

もはや設定が完全に魔法少女ではない。

「な・・・なぜこんなことに?」

「そんなこと私が知りたいわよ!!!変な白いマスコットに『君には魔法少女の才能がある!僕と契約して魔法少女になってよ!』って言われたからなってみたら・・・あああああああああああ!」

世の中には悪いマスコットもいるもんだ。

きっとそいつは今までも何人もの少女を不幸のどん底に突き落としてきたのだろう。

やっていることは完全に悪行にカテゴリされる。

「で、でも流石にいい感じになった男の子とかいたんじゃないですか?」

「ええ・・・確かに学生時代にはあったわ・・・そういうの・・・。」

そういったなぎさ姉さんは遠い目をして昔を懐かしんでいた。

この人にそういう人並みに幸せな記憶があってよかった。

「そう・・・魔法少女の力で助けた男の子といい感じになって一緒に下校してたのよ・・・ああ、あのときはよかったなぁ・・・」

なぎさ姉さんの顔に笑みが戻った。

なんとかこの最悪な雰囲気から逃れられたようだ。

このまま昔の甘酸っぱい初恋トークでお茶を濁して帰ろう。そうしよう。

結果的に付き合えなかったのだとしても、話しているなぎさ姉さんのこの雰囲気的にいい感じの話で終わるのだろう。


「で!その人とどうなったんですか?!」

少し食い気味に聞いてみた。

「確か・・・帰りの途中で不良たちに絡まれたのよね・・・あのときは大変だったなぁ・・・ふふっ。」

おお!いい感じだぞ!!この調子で行け!!

たぶんこれは男がどんな形であれ守ってくれた的な話だろう。

「一体その不良たちに会ったあとどうしたんですか?教えてくださいよー!」

「えっとね・・・確か・・・私怖くて仕方なくて・・・そうそう!


近くにあった金属バットで全員血祭りにあげてやったんだった!!」


Oh・・・なんか思ってたのと違う・・・。

「え!?そんな血なまぐさい話なんですか!?さっきの『ふふっ』はなんだったんですか!?」

なぎさ姉さんは飛び切りの笑顔で

「そのときの男の子にいいとこ見せたくって頑張っちゃったの・・ふふっ・・・ああよかったなぁあの頃・・・」

と言った。


この人はたぶん魔法少女から狂戦士に改名したほうがいいと思う。

というか乙女っぽく言っているけれど、完全に頑張りどころを間違えている。

「え?いい感じの男の人がいたって話じゃなかったんですか!?これじゃやっていることおもいっきりヤンキー漫画の一ページですよ!?」

「ああ・・・あのときの子はシャイボーイみたいでね、血祭りに上げたあとすぐに恥ずかしがって帰っちゃったみたいなの・・・それ以来会ってないな・・・」

それは生物としての生存本能が正常に働いたからではないのだろうか。

自然の中で生活することがなくなった現代人にも、そういった生物としての原始的な仕組みはまだ働いているようだ。

なんかかわいそうな人かと思っていたが、実はこの人にも原因はあるのではないだろうか。

「そうそう・・・そのあとクラスでその話が広まってね、みんな私のこと2-1のアルティメットゴリラって呼んでたわ・・・。」

もはや学生の女の子につくあだ名ではない。

「最近じゃあここら辺の不良は私のこと見るだけで失禁するようになったわ。」

「もはや範馬勇次郎レベルじゃないですか!」

もうこの人は地下闘技場に行った方がいいんじゃないだろうか。


とりあえずこのままこの公園にいても仕方がない、というかどうしようもできない。

俺みたいなモブキャラがこんなにも深い心の闇を取り払うなんて土台無理な話だったのだ。

今日はおとなしく家に帰り、ゆっくり心の傷を癒すのが得策だろう。

「な、なぎさ姉さん、もうそろそろ帰らないか?最近はここら辺も物騒みたいだし。」

「・・・そうね、こんな時間に女の子が出歩いていたら危ないわよね・・・。」

アルティメットゴリラより怖い者がこの世にあるのかは疑問だが、どうやらこのどうしようもないほど暗い空間から抜け出すことができそうだ。

「仕方ない、コンビニでビールとチー鱈でも買って帰るか。」

そんなことをしているからモテないんじゃないのか、そんなことを思ったときであった。



夜の闇の中からこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。

おそらく背格好から男であることは分かるがそれ以外の情報は見出せない。

なぜなら男は漆黒のマントで体をすっぽり覆い隠し、顔もマスクとサングラスで完全に隠しているからだ。


・・・見るからに怪しい。

こんな明らかな変質者を見るのは初めてだ。

なぎさ姉さんも警戒をしている。


「はぁはぁ・・・お嬢さん・・はぁはぁ・・こんばんわぁ・・・」

男がゆっくりとしゃべった。

息切れが激しくこの不審人物が興奮状態になっているのがわかる。

明らかに普通ではない。

「茂部雄ちゃん・・・」

なぎさ姉さんも真剣な顔をしていた。

「私・・・久しぶりにお嬢さんって呼ばれたわ・・・」

なぜ少し喜んでいるのだろうか。

「それどころじゃないでしょ!!」


「はぁ・・・・はぁ・・・」

男はゆっくりとこちらに近づいてくる。

そして・・・

「私の体を・・・・見てください!!!」

そう言うと男はマントを投げ捨てた。

俺はとてつもなくいやな予感を感じ取ったのでとっさになぎさ姉さんの目を手で覆い隠した。

「え?ちょっと?何!?」

「見てはだめです!嫁入り前の人が見るものじゃありません!」

なぎさ姉さんは何がなんだか分からないようだ。

どうやらとっさに目を隠したのは正解だったらしい。

男のほうを見てみると・・・



マントの下はやはり全裸であった。

見事なまでのすっぽんっぽんだ。

意外にいい体をしている。

アレも・・・見事であった・・・うん。


「どうですか!私の体は!!ホラ!遠慮しないで見てもいいんですよ!!」

男は恥らう様子もなく素っ裸で腕を組んで堂々と立っている。あっちも堂々と勃っていた。うん。

こんなもの誰が好んで見たがるのだろうか、そしてこいつも何で見せたがるのだろうか。

露出狂の考えることは全く理解できない。

この窮地をどうやって脱出しようか考えを巡らせていると、

「茂部雄・・・」

なぎさ姉さんがつぶやいた。

「もしかしてだけど・・・今そこにいるのって・・・露出狂なの?」

「うん・・・そうだよ・・・だから目を開けちゃいけ」

「今そこに生のチン○ンがあるのね?」



・・・ん?

今この女性は何を言ったんだ?

「そうなのね茂部雄、今私の眼前には○ンチンがあるのね。」

何を言っているんだこの三十路魔法少女は。

「いや・・・まぁ・・・そうだけど・・・」

従妹の予想外の反応に俺はただただ困惑していた。

普通なら「キャー!」とか「変態!」とかそういう反応をするはずなのだ。

なのになぜこの女性は冷静に生のチ○チンがあるかどうか状況を分析しているのだろう。


「そう・・・か・・・」

なぎさ姉さんはそう言って一呼吸整えた。

そこには先ほどまで自分の半生を嘆いていた女性の姿は無かった。

何か決意に満ちた表情をしていた。


「茂部雄、手をどけなさい。」

「え?」

手をどけろだと・・・!?

そんな意図の分からない言動に俺はさらに動揺した。

「そ、そんなことをしたらなぎさ姉さんあの汚物を見ることになるんだよ!?」

「そうね・・・私はチンチ○を見ることになるでしょうね・・・」

その言葉には微塵も動揺を感じられなかった。

「まさか・・・!?」

俺は気がついてしまった。この言葉の意味を・・・気づかなかった方が幸せだった事実を。

脳内で何度も否定した。曲がりなりにもこの女性は魔法少女なのだ、そんなことあるわけがないと。

だが確認をしなければいけなかった。


「なぎさ姉さん・・・もしかして・・・」

次の言葉が出なかった。

理性が、本能が止めるのだ。

言葉にするのを、それを聞くのを。

しかし聞かなければ話が進まない。

意を決して言葉の続きを紡ぎ出した。





「もしかして・・・チン○ン見たいの?」




「めっちゃ見たいッッッッッ!!!」



絶望に塗れた30年は一人の女性の心を壊すには十分であった。

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