誰も得しない(仮)

@yu_3122

第1話 のみすぎ、休みに城に行ったら冒険者にされる

「ちょっとアンタ、王様に呼ばれたから代わりに行って来てくれる?

お母さん今ラムちゃんの足の毛切ってるから。」

「えー。でも呼ばれたのお母さんなんでしょ?

代わりの人行ってもさー対応してくれないと思うよ?

それに折角の休みくらいダラダラさせてよ。」

犬の毛をカットしている母の背中から不穏な気配がする。

「ちょっと用事聞いてくるだけなんだから、

普段何も家の事していないんだから少しくらい家族に貢献しなさいよ。」

雲行きが段々ヤバくなってきた。こんな時は自室に篭るに限る。

「やー、持ち帰ってきた仕事あるからやらな…」

「いいからとっとと行けや!」

追い出された。


私の名前は酒野美杉(さけのみすぎ)。

どこにでもいる普通のアラサーだ。

ちょっとお酒が大好きすぎるため、周りの皆からは

「のみすぎ」というあだ名が付いた。やれやれだぜ。


行くしかないので仕方なく城まで出かけ、門番に声を掛ける。

「あ、酒野(さけの)さんの家の方ですね。

詰所に連絡が来ていたので大丈夫ですよ。どうぞお入りください」

既に連絡済かよ、母め。


謁見の間に通された。某王道RPGのような作りのイカニモな部屋だ。

玉座には大柄でガッチリとした筋肉質の初老の男性が座っていた。王様だ。

治水や灌漑・天文学に明るく、彼の治世により農業生産を先代の1.3倍にしたこと、

義務教育に魔法の基礎を取り込んだことにより、一般人でも魔法エネルギーを有効活用できるような通信・流通技術を発展させたこと、謁見時間と天気により

時折後頭部からの反射が後光のように差すことから(いろいろな意味で)太陽王と呼ばれている。


「おお、美杉よ。よくぞまいった。今日はお主に頼みたいことがあるのじゃ。

しかし美代(母の名前)も城まで徒歩3分なのだから、たまには顔を出してもいいと思うのだが…。」


なぜウチの母を王様が知っていたのか。

10年ほど前に王城がウチの近所に移転してくる際、最後まで立ち退きをしなかった町内会があった。ウチの所属している町内会だ。

王城移転の反対集会で婦人部が王様にメンチを切ってビビらせたことがあり、その中でも特にヤバいと噂された女がいた。それが母だったからだ。


「忙しいとのことでしたので、代理を仕りました。」

本当は煎餅の食べすぎで5kg太ってお出かけ用のオシャレ服が着れなくなったから

絶対ムリ!行きたくない!!と言っていたなんて口が裂けても言えない…。


「頼みたいことというのはな、お主に勇者として魔王討伐に行って貰いたいのだ。」


キター!ベタな展開…!


「なんじゃ、浮かない顔をしておるな。勇者になれば国際勇者協定により宿屋はパスポート提示で半額、道具屋だって割引も利く。無事魔王を倒すことができれば英雄として報酬も弾むしモテモテだし一生安泰だぞ?」


絶対嫌だよ。

てかリスキー過ぎるだろ。

大金詰まれてもこんなのお断りだ!


「いえ、現在勤めておりますので…。途中で辞めて転職をしては周りに迷惑をかけてしまいます。」

「まじめじゃのう。勇者にはこのくらい責任感がある者の方がふさわしい。どうじゃ。」

「あの…折角のお言葉嬉しいのですが、私実はあまり身体が強いほうではなく

きっとご期待に添えないと思います。それに私なんかよりももっとふさわしい方がいると思いますが。」

チラリと護衛の兵士たちを見まわす。

だが、誰一人目を合わせようとはしなかった。わかるけど。


「大丈夫、事故対応度も業界No1じゃ。」


これでダイレクトアタックも大丈夫ですね…って事故前提かよ!

てか、そこスルーかよ!

周りがご愁傷様と言わんばかりの表情で見てくる。売られていく子牛の気分だ。

会社じゃないんだからそんな目で見る前にまず助けろよ!わかるけど!!!!


「一度持ち帰って検討させていただいてもよろしいでしょうか。。。」

社会人の必殺技、検討しますで先延ばしカードを切った。

切ったところで何一つ状況は変わりはしないが。

いや、変わるか。ほんのちょっとだけだけど心象が。


「うむ、色よい返事を期待しておるぞ!」

念押しのように強く微笑む王様。


逃げきれない…!

どうやらこの圧力の前には屈するしかないのか。


…うん!仕方ないよね!

だって、社会人だもの。



結局、折れた。

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