第32話:実験好きな紅魔族
……みんな、俺、また魔王軍幹部倒しちゃったよ。
いや、倒しちゃったってのはちょっと語弊があるかもしれないが、今はそれと同様の扱いを受けている。
……でも、本当は嬉しいはずなんだけど、なぜか今回は相手のことを可哀想だなと思ってしまう。
その理由を、今からみんなにも教えよう。
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昨日の昼、あるえの家の前で警報を聞いた俺達は紅魔族と魔王軍の戦闘を見に行った。
「……凄いな」
紅魔族達の戦闘を見た俺の感想は、そんな言葉しか思い浮かばなかった。
魔王の手先約千体に対して、こちらはわずか五十人ほど。
しかしその五十人はあろうことか、その人数差にもかかわらず相手を一人として里に入れることはなかった。
見たことも聞いたこともないような上級魔法を、初級魔法でも打つかのようにポンポンと繰り出していく紅魔族に、魔王軍達は成すすべなく葬られていった。
今思えばあれは、戦闘というよりは一方的な蹂躙と呼んだ方が良かったのかもしれない。
炎、風、雷、氷…。
ありとあらゆる魔法を遠距離から放ち、まともに近づくことすらできずに倒されていく魔王軍達に、少し同情してしまうくらいには一方的な戦闘だった。
そしてその戦闘で、俺はその部隊を率いている幹部、グロウキメラのシルビアを見つけた。
* * *
魔王軍が紅魔の里から撤退してから、俺とめぐみんはまた紅魔の里の観光を続けていた。
その観光では特に変わった事はなく、普通に過ごすことができた。
しかし問題は、その後。
少し暗くなってきてめぐみんの家に帰ってきたときに、ひょいざぶろーに一緒に飲みに行かないかと誘われたところから始まる。
めぐみんとイチャイチャしたかったので最初はやんわりと断るつもりだったのだが、めぐみんの幼馴染もいるし、めぐみんの幼い時の話を聞かせてやると言われてホイホイとついて行ってしまった。
最初こそは、約束通りめぐみんの幼い時の話をしてくれた。
しかしだんだん酔っていくにつれ、それは日頃の愚痴へと変わっていった。
そしてその中で出た、魔王軍遊撃部隊を名乗る、めぐみんの幼馴染であるぶっころりーという人物の言葉によって全ては一変する。
「最近、
魔王遊撃部隊を名乗る以上、あいつらが来たら俺達は一応戦闘に出ないといけないからロクに家でゴロゴロしていられないし。
なぁ外からきた人よ、君は今まで数々の魔王軍幹部を葬ってきたんだろ?
俺たちにも何か、いい案を考えてくれないかな?」
そして、それを聞いた他の人々も、俺に何かないかと尋ねてくる。
全くもって迷惑な話だ。
めんどくさくなった俺は、酔っている事もあり、少しなげやりにこんな発言をした。
「相手の幹部のシルビアって奴。あいつ、キメラなんだろ?
キメラだったら色々合成して今の姿になったのかもしれないから、それを分離させて見せつけたらどうだ?
そしてそれが男だったら、最終的にはオークの巣の中にでも放っておけばいい。
そんなことをできる連中だってことを知れば、連中ももう近づいてこないだろうよ」
俺のなげやりな発言に気を悪くするかとも思ったのだが、ここでこいつらは違う反応を見せる。
「……それだ!」
「……流石だな、やはり数々の魔王軍幹部を放ってきただけある考え方だ」
「明日にでもこの作戦を実行しよう!」
一体、どうしたのだろうか。
今の話のどこに、これほどまでに惹かれる部分があったのだろうか?
まあ、喜んでくれているみたいだし、良しとしよう。
この時は、そんなことを思っていた。
* * *
家に帰って、またまた
そして今日、いわばみんなと飲んだ次の日の早朝に、その出来事は起きた。
朝早く、太陽が昇り始めたぐらいの時間にまたあの警報が鳴り響いたため、めぐみんを起こしてまた里の入り口に向かう。
しかし俺たちが到着したその時点で既に、その場に広がるのは惨劇とも悲劇とも呼べるものだった。
魔王軍の手先約千体が、紅魔族に向かって土下座をしながら叫んでいるのだ。
しかし紅魔族の人々は、そんなこと御構い無しに『ある事』を続ける。
その『ある事』こそが、昨日俺が提案したシルビアの分離である。
紅魔族がシルビアに魔法らしきものをかけるたびに、その体から色々な個体が出てくる。
おそらくは痛みからだが、その度にシルビアは絶叫をあげる。
そして、それにつられて手下達がやめてくださいと叫ぶ。
もうどちらが悪者だか分からなくなるような状態だった。
そして運が悪い事に、昨日俺が建てた仮説の通り、シルビアの元の姿は男であった。
そしてそれを、紅魔族の人々はテレポートでオークの巣へと送り届けた。
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と、まあこれが、今回出会った魔王軍幹部の討伐までの成り行きだ。
流石の俺も、見てて良心が痛んだよ。
……え?
お前に良心なんてものがあったのかって?
そりゃあ、俺にだって良心ぐらいあるさ。
それを向ける人と状況の範囲が、他人と比べて極めて狭いだけで。
……自分で言っておいてなんだが、俺ってやっぱりひどい奴なんだな。
実際にオークの怖さを体験した俺だからこそ今回シルビアに同情したが、あの恐怖を体験していなかったら何も思う事なく俺も参加していたかもしれないし。
「……はぁ」
そしていきなりだが話は変わって、俺の今の状況である。
まあ、今のため息には自分への落胆の気持ちも混ざってはいるのだが。
現在俺は、里のニート共の自堕落生活を取り戻した英雄として讃え祀られている。
ついでに言えば、ゆんゆんの父である族長や、その他の大人達にも随分ともてなされている。
なぜ俺がそんなにもてなされているのかというと、めぐみん曰く。
「紅魔族は、実験やら研究やらにやけに熱心になるのですよ。
その中でも生物の合成実験や分離実験は、特に好む傾向があるんです。
しかも、それが魔王軍幹部クラスのキメラとなれば、それはもう飢えた獣に極上の餌を与えたかのごとく飛びつくでしょうね。
相手が実際に魔王軍幹部だったのでそこまで考えが至らなかったのかもしれませんが、カズマの助言のおかげでそれに気が付いたのでしょう。
ですから今回、このようにもてなされているのだと思います」
だそうだ。
……まあ、そうだよな。
少し考えれば分かったかもしれない。
こんな、最高に厨二心がくすぐられそうな事に、こいつらが食いつかないわけがなかった。
あのシルビアって奴には、悪い事したな。
普通に討伐される方が、まだマシだったかもしれない。
テレポートで飛ばされたところは手下達が見ているはずなので、出来るだけ早く迎えが行くように俺も陰ながら祈っておこう。
……もう既に、手遅れになっているかもしれないが。
「……はぁ」
俺が改めて、いろんな事を踏まえてため息をつくと、横からある人物が俺の顔を覗いてくる。
「カズマ、大丈夫ですか?
何やら先程からため息が多い気がしますが、何かありましたか?」
もうお分かりだと思うが、そう。
俺の疲労した心と体を癒してくれる天使、めぐみんだ。
なんだこの生き物。
可愛すぎるだろ。
声とか顔とか仕草とか、全てが俺を癒してくれる。
「うん、まあ……何かあったかって聞かれたらあったんだけど。
でも、めぐみんの声を聞いたらなんか吹っ切れたから良いや」
「〜〜〜ッ!そ、そうですか……。
まったく、カズマは変な所でそういう事を言いますよね」
「お前もな?」
今俺に言った言葉を、そのままお前に返してやりたい。
日頃の何気ない生活の中に、急にドギマギする様な言葉を織り込んでくるのは、本当にずるいと思う。
付き合い始めた当初からずっとそんな感じなのだが、未だに慣れない。
だからこんな時ぐらい、俺が思った事をそのまま伝えても良いと思う。
……別に、仕返しだとか考えてる訳じゃあないからな?
「別に私は、ただ思った事を正直に伝えてるだけです。
何も悪いことはしていないはずです」
いや、俺もだよ。
俺もただ自分が思った事を正直に言ってるだけだよ。
でも、その正直に言われるのがヤバいんだよ。
サラッと言うくせにそれが本当に思ってる事だって分かって、そのせいでドギマギして恥ずかしくなっちゃうんだよ。
「じゃあ、俺もこれから思ってる事をそのまま言っても良いのか?」
「……例えばどんな事をですか?」
怪しむ様な、それでいて少し期待も感じられる様な視線を俺に向けるめぐみん。
……いや別に、そんな特別なことでもないのだが。
「一昨日の夜の事を思い出してムラムラしてきたから、一発ヤリた……ぶべらっ⁉︎」
あと一言で俺の願望を全て伝えられるという所で、物理的にその言葉を遮られる。
「最低です!最低ですよカズマ!」
「い、いや…悪かったって!
でも、これも俺の正直な気持ちなんだからしょうがないだろ!」
「……なんですか、ヤリモクですか?カズマも結局は、それが目的だったんですか!」
「そんな訳あるか!俺はお前が好きだからお前と付き合ってて、その上でヤリたいって思ったんだ、馬鹿にするな!
それにヤリモクだなんて、女の子がそんな言葉使うんじゃありません!」
「〜〜〜ッ!い、今は女だとかそんな事は関係ないのです!
一昨日したばかりだというのに、こんなに早く次を欲しがるなんて、そんなの信用できるはずないでしょう!」
俺の言葉に最初は顔を赤くしたものの、またすぐに俺を追撃するめぐみん。
いや、あんなのを知って1日我慢できたんだから、逆に褒めて欲しい……もしかして、知らないのか?
「いや、男の子はな?定期的にアレを処理しないと、色々と大変なことになるんだぞ?」
「……えっ?……あ」
やはり知らなかったらしい。
そして、やっと今の状況にも気がついてくれたか。
当たり前の様に、凄い事を大声で話していた俺達だが、今俺たちの周りには沢山の紅魔族の方々がいる。
そしてその沢山の人々の中の男性陣は、俺の言葉にウンウンと頷いてくれている。
その人たちの奥さんらしき人たちはジトーっとした目で男性陣を後ろから見つめてはいるが。
「カ、カズマ!続きは外で話しましょう!」
そう言っためぐみんに手を引かれて、俺はニヤニヤした目線を背に受けながらその場を後にした。
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ここは、里の隅にあるちょっとした広場。
公園と呼ぶには狭く遊具もない、ポツンとベンチと雨よけの屋根だけがある場所。
そのベンチに俺とめぐみんは、肩を並べて座っている。
「…………」
「…………」
しかしそんな俺たちは、先程あの場を離れてから何も話していない。
……いやまあ、俺が悪いんだけどね?
うん、あれはあの時に言う事じゃなかったな。
俺も、分かってるんだよ?
分かってはいるんだけど……なんか、こういうことって謝りづらくない?
でも、せっかく色々と解決した今なんだから、もっとめぐみんとイチャつきたい……。
やっぱり、謝んなきゃダメだよな。
「……あの」
「かっ、カズマ!」
「は、はい!」
ど、どうしたいきなり。
そんな意を決したみたいな顔して。
ま、まさか、俺と別れる決意ができたとか、そんな感じか⁉︎
あんなに大変だった努力が、たった一言の過ちで、崩れるとでも言うのか⁉︎
もしそうだとしたら、俺は、俺は……!
「そ、その…。先程、男性はアレを処理しないと色々と大変な事になると言っていましたが……」
めぐみんは少し顔を赤くしがら、モジモジとそんな事を聞いてくる。
なんだ、そっちか。
いやでもまあ、女の子と普通に話すような内容ではないんだけどね?
「あ、ああ…、そうだけど?」
「〜〜〜〜ッ!そ、そうでしたか……」
俺の返事を聞いためぐみんは、さらに顔を赤くさせて目をそらす。
「一体、それがどうしたって言うんだよ」
「い、いえ……なんでもありません」
「その反応で、なんでもないわけないだろ」
「うっ……」
「いいから言ってみろよ、俺でよければ聞くからさ」
「うぅ……」
一体、何をそんなに悩む必要があるのだろうか?
……いや、これは悩んでるんじゃなくて躊躇してるのか?
まあ、内容が内容だからな……。
「で、では…、私もこれで結構勇気を出して聞きますから、カズマもちゃんと答えてくださいね?」
「お、おう……」
そう改まって言われると、なんだかこちらも緊張してくる。
一体、何を聞かれるんだ……?
「その……、色々と大変な事になる、というのは、具体的にはどうなるのですか?」
俺が何を聞かれてもいいように準備していると、めぐみんはそんな質問を投げかけてきた。
あ、あぶねぇ。
後ちょっとで笑うとこだった。
でも、ここは真剣に答えないとな。
「そうだなぁ。まず、欲求不満になるだろ?
んで、だんだん無意識にそういう事を考えることが多くなってくるんだよ。
そうするとちょっとした触れ合いでもムラムラするようになる。
んで、そういうのがずっと続いて、ついに限界を迎えちゃった奴らが性犯罪とかに走っちゃうんじゃないか?
まあ、なぜだかアクセルはそういう事ほとんど聞いたことがないから、心配はいらないかもしれないけど。
ああそれと、前に人から聞いた話だから本当かは知らないけど、ずっと我慢してるとアレが腐って手術しなきゃいけなくなるらしいぞ?
あと……」
「か、カズマ、もう十分です!
ありがとうございました!」
…………はっ!
俺は一体、何について熱く語ってるんだ。
いや、ナニについて熱く語ってるのか。
…………ごめん、なんでもないです。
忘れてください。
いやでも、めぐみんもこんなこと聞いて何するんだろうか?
「一応確認しますが、さっきの言葉は、カズマにも当てはまるのですよね?」
「……うん、まあ。多分な?」
俺も一応、男の子だからな。
いや、俺が性犯罪者予備軍だとか、そういう事言ってるわけじゃないからな?
「……カズマが性犯罪者になったり、アレが腐り落ちたりされても困りますからね……はい、分かりました」
いや待て、だから違うって。
お前は一体、俺をどんな目で見てるんだ。
セクハラはするが、超えちゃいけないラインはちゃんと分かっているつもりなのだが。
それに、腐り落ちるかどうかなんて本当か分からな……ん?
この展開は、まさか……!
「カズマは、今まで色々と頑張ってくれていたのですね?
私の、無知のせいで。すいませんでした、ですからこれからは…」
キタキタキタキタ!
キタコレ!
あれだな、この後には、『好きな時に言ってくれていいですよ?』とか言っちゃうんだよなめぐみんさん!
今までありがとう我が右腕!
お前にはこれからは、別のものを握ったり掴んだりしてもらうからな!
そしてこんにちは、俺の輝かしい……!
「これからは、週に一度は自分の部屋で寝るようにしますね?」
………………え?
「ですから、その時にすましてください」
……そ、そっちかよおおおおおお!
「私には、こんなことしかできませんから」
そう言っためぐみんは、隣に座る俺の頰に触れ、唇を重ねてきた。
そして離れると、少し照れながらも満面の笑みでこちらを見つめてくる。
だから、そういうのがムラムラ来るんだってば!
そして我が右腕よ、またお世話になるぞ!
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