第23話:四月四日日曜日

「カズマカズマ!起きてください!」


 小鳥がさえずり、まだ太陽が角度のない位置にある時間。


「ほら、外はいい天気です。一緒に出掛けましょう!」


 いつ聞いても心が温かくなるような声で、俺は深い眠りから引き上げられる。


「……んぁ?なんだよ母さん、今日は日曜だろ?せっかくの休みなんだからもっと寝かせてくれよ。まったく、せっかちだなぁ」


 俺はそう伝えて、また毛布の中へ潜り込む。

 しかし…


「何寝ぼけてるんですかカズマ。

 確かに将来はそういう呼ばれ方もするかもしれませんが、私たちはまだ結婚していませんよ。

 それに、確かに今日は日曜日ですが、カズマは日曜日ではなくても沢山寝ているでしょう。今日ぐらいは早起きしてください」


 そう言って天使のような顔を持った俺の彼女が、布団をめくって顔を覗かせる。


 ………引っかかったな!


「よっ!」


「ひょぁっ!」


 俺は完全に気が緩んでいた天使を、布団の中に引きずり込んでやった。


「ほら、めぐみんも一緒にここでぬくぬくしてようぜ?

 春は中途半端にあったかい季節。こんなんもっと寝てください、って言ってるようなもんだよ。

 ささ、俺と一緒に布団の中でレッツパーリーしようぜ」


 そう言って、布団に引きずり込んだめぐみんに抱きつく。


「……さっきも言いましたが、カズマはいつでもゴロゴロしてばっかでしょう」


「うん、まあ…、そうだな。

 でも、めぐみんも俺とこうやってるの好きだろ?」


 そう伝えると、めぐみんは照れたように顔を逸らす。

 可愛いなぁ。


「ま、まあ、それは否定はしませんが……。

 でも、たまには早起きしないと、健康にも悪いですよ?」


 そんな事を言いながらも、抱きついた俺の頭を撫でてくれるめぐみん。

 甘い、甘いよめぐみんさん。

 そんなんだから、俺が調子に乗っちゃうんだよ?


「健康?俺はめぐみんと一緒に居られれば、いつでもハッスルしてるぞ?」


 俺がそう伝えると、めぐみんの俺の頭を撫でる手が止まる。


「………………先程のといい今のといい。

 なんですか?下ネタですか?」


「え⁉︎ちっ、違う!決してそういう意味じゃないから!」


 しまった。

 さすがに今のはまずかったか。

 めぐみんならこれぐらいはもう大丈夫かと思ったが、やっぱり女の子に下ネタはダメだったか。


「はぁ…。まったくカズマは……」


「わ、悪かったって!

 大丈夫、俺はそんな事一切考えてないから!」


 そうだよな。

 女の子に下ネタはダメだよ。

 うん。

 こういう事は、修学旅行とかでテンションの上がった男の子同士がやるもんだ。

 女の子は恋バナだよな。

 うん、そうだな。

 これからは気をつけ………よ………う?


「………めぐみん…………?」


 異変に気付き声をかける。

 すると……


「……うっ、……ぐすっ、……うっ……」


 めぐみんは泣いていた。


「なっ!ど、どうしたんだよ!

 そんなに下ネタが嫌だったのか?」


 するとめぐみんは目に涙を溜めながら、


「違い…、ますよ…」


「じゃ、じゃあなんでだよ?」


 違うのか。

 じゃあ何がいけなかったのだろうか?


 そう伝えるとめぐみんは、目に溜めた涙を拭って、


「『俺はそんな事一切考えてないから』などと言って……

 カズマは、私をとして見てくれてないのですか?」


「…………え?」


として、見てくれてないのですか?」


 ……………え?


 って、そういう対象?

 って、ああいう見方?


 そっち⁉︎

 そっちに悲しんでたの⁉︎


 あれ?何?

 もしかして、めぐみんってそういう事したいの?

 そうなの?


 ……しょうがねえなあああ!

 めぐみんがしたいって言うなら仕方ないよね!

 うん、仕方がない。

 俺から無理やり言ってるわけじゃないもんね!

 OK!カモーン!

 俺はいつでも準備満タンだぜ!


「しょ、しょうがないなぁ。

 言ってくれれば、いつでもしてあげ……」


「な訳ないでしょう」


「…………え?」


 あれ?


「確かにそういう対象として見られないのは悲しいですが、私は年中欲情しているようなビッチではありません。ムードと相手を大切にする派です」


 そう言いながら、めぐみんは布団から出る。


「え……、でもさっき……」


「それに、今のカズマの反応で、私をしっかりとそういう対象として見てくれている事は分かったので、もういいです」


「ええ………」


 俺の反応に、めぐみんがふふっと笑い…


「これは、先程の不意打ちで布団の中に引き込まれた事と、一昨日のメイドになってあげた事の仕返しです」


 そう伝えると扉を開けて俺の部屋から出て行った。


「ちょっ、ちょっと待てええええ!」






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「カズマを起こすのは簡単ですね」


「う、うるせぇよ」


 そんな事を、俺の隣で朝食を食べながら呟くめぐみん。


 この言葉から察せるように、なんと先程のやり取りの大半は、俺を起こすためのめぐみんの演技なのだという。


 最初は別の作戦だったのだが、俺に布団に引きずり込まれたのが計算外だったようで。


 しかし、そんな計算外な出来事をもろともせず、瞬間的に閃いたのがあの作戦だったという。


 ……いくらなんでも、頭の回転速すぎるし、演技上手すぎないか?

 俺、こんな子と付き合ってたら振り回される未来しか見えないんだが。


 いや、それはそれでいい気が……


 いやいやいやいや!

 何考えてんだ俺!

 その路線はあのドMクルセイダーで間に合ってる!

 恋愛は男がリードしてなんぼだろうが。


 ああ、俺はいつの間にかこんなにもめぐみん中毒になってたのか?

 いやまあ、めぐみんと暫く会えない、なんて事になったら俺自身も俺がどうなってしまうかは分からないが……。

 この前も結構ヤバかったし……。


 …………だ、ダメだ。

 このまま考えてても俺がどれだけめぐみんを愛しているのかしか分からない。

 それはそれでいつか真剣に考えなければいけないのだろうが、今は違う。


「なあ、めぐみん。なんで今日はこんなに早くから起きるんだよ?爆裂デートなら、昼からでもいいんじゃないか?」


 永遠に続きそうな思考の回路から抜け出すために、今回の騒動の理由を聞く。

 するとめぐみんは可哀想なものを見る目でこちらを見て……


「はぁ…」


 と一つのため息を落とす。


「な、なんだよ?俺なんか変なこと言ったか?」


「…………。はぁ…」


「ええ⁉︎」


 俺が驚きの声を上げると、めぐみんは仕方なさそうに喋りだす。


「カズマ、今日は何月何日何曜日ですか?」


「え?

 今日は四月…四日……日曜日………!」


 そ、そうか……!


「そうです。

 という読み方があり、それが続くの悪い日とされる四月四日。

 そんな日は、ぜひを見て景気をよくしよう!ということで今日は役者の演技の今年度初公演日なのです。

 デートついでに見ていこうと言ったのは、カズマではないですか」


「そ、そうだったな。

 悪い、俺から誘っといて……」


 そ、そうか。

 そうだった。

 俺がめぐみんに一緒に行こう、って誘ったんだった。


「でも、いくらなんでも『』と『死』を掛けて『縁起』というワードをだし、それと『演技』でまた掛けるってのはさすがに無理矢理すぎないか?」


「それは……、言わないでおいてください」


「あ、ああ。すまん」


 これは、めぐみんも思っていたようだ。

 答えづらい事を聞いてしまった。


「まあ、それは置いといて。

 その公演は、何時から始まるんだっけ?」


「10時です」


 今はまだ7時半なんですが……


「10時?

 ならなんでこんな早い時間なんだ?

 もうちょっと遅くても良かったんじゃ?」


「ああ、それはですね。いつもはダラダラしているカズマを起こすには、少し時間が掛かるのではでは思いましてね」


「うっ……」


 くっそ!

 本当に騒動があったからとやかく言えない……!


「それに、場合によってはカズマと二度寝してもいい時間に起こしに行ったんですよ」


「え?ならなんであんな作戦まで立てて俺を起こしたんだよ?」


 俺が純粋に思った事を問いかける。


「いえ、それはですね。カズマとの二度寝も十分好きなんですが、公演が楽しみで寝むれそうになかったんですよ。

 それに、カズマとの久しぶりのデートなので、出来るだけ長い時間カズマと一緒にいたいんです」


 おっと。

 たまに子供っぽくなりますよねめぐみんさん。

 まあ、そんな所も大好きなんだけど。


「でも、別に隣で寝てる事も一緒にいる事と変わらないんじゃ…」


「起きてて、コミュニケーションを取りたいんです」


「お、おう」


 さっきまでは子供っぽくて可愛いなと思ってたら、俺の一言でめぐみんは目を紅く光らせて、静かに言ってくる。


 この有無を言わせない感じ。

 そんなめぐみんも大好きです。


 ………あ、あれ?

 またイケナイ俺が出てきてる。

 危ない危ない。

 しっかりと抑えないと……


「ではカズマ、朝食も終えたのでもう出かけましょう。早く出て悪い事は無いでしょうし、その分いろんな所に行けますしね……」


「は、はい……」


 め、めぐみんさん……

 どうか目を紅く光らせるのはやめてください。

 凄く怖いんですが。


 デートの間、ずっとそのままじゃないですよね……?

 機嫌、直してくれますよね?


 そんな事を思いながら、いつもとは違う雰囲気のめぐみんの後ろをおずおずとついて行った。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「カズマカズマ!

 次はあそこに寄りましょう!」


 めぐみんさんよ、めぐみんさん。

 出会った頃のあなたは、もっと謙虚で相手の財布に思いやりのある子ではありませんでしたか?


 めぐみんとちょっと久しぶりのデートを始めて約ニ時間。

 先程のピリピリした雰囲気は何処へやら。


 めぐみんの機嫌を直そうと財布の紐を緩めてたら、お金がどんどん飛んで行きました。

 しかしその成果はあり、ご覧の通りめぐみんは現在子供のようにはしゃいでいます。


「ま、待ってくれ……。完全インドア派の俺に、このハイペースデートはキツすぎる。

 あと30分で公演も始まるし、いい席を取る為にもそろそろ会場に行っちまおうぜ。

 その店には終わってから寄ってやるからさ」


「もう。私は女の子で、魔法使いなのですよ?そんな彼女より体力がないとは、自分で情けなくならないのですか?」


 まだまだ元気一杯なめぐみんは、呆れた顔で言ってくる。


 付き合ったばかりの頃はもっと互いを想い合った恋愛をしていたんだが…


 でもめぐみんのそんな一面を知るたびに、どんどん愛しくなる…


 うん、要約すれば大好きです。


 でも、最近では俺も結構自然体で接せられるようになってきたんだぜ?

 ……いや、俺はほとんどいつも自然体だったか。


「しょうがないだろ?職業で言えば俺なんて最弱職の冒険者だし、つい最近までは俺は自宅警備員という自宅を外敵から守る陽に当たらない生活を送ってたんだ。だから、体力がないのは仕方がない事なんだよ」


「…………カズマ。それ、私の故郷にいる引きこもりのニートとまったく同じこと言ってますよ?」


 誰だそいつは。

 そいつとは話が合いそうだな。

 昔のめぐみんの事も聞けそうだし。

 今度めぐみんの故郷に行った時にでも話してみるか。


「……まあ、そんな事は今はいいだろ。

 とっとと公演観に行こうぜ?

 早くしないと席が取れなくなっちまう」


「…まったく、カズマは話をそらすのが上手いですね。

 分かりました、今回はそのそらしに乗ってあげますよ」


 さすがめぐみん、分かってる。

 俺の体力は結構ガチでヤバかった。


 そこら辺も結局はめぐみんにバレてんだろうなぁ。


 そんな、自分の事を簡単に見透かせるような彼女に感謝をしながら、その彼女と手を繋いで次の目的地へ歩いて行った。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「いやぁ〜、面白かったです。

 特にあの、男の5股がいきなり3人の愛人にバレた時。あの瞬間の男の反応といったらたまりませんでしたね!」


「そ、そうだなぁ」


 この世界の役者による公演。

 それは、歌舞伎と映画を混ぜたようなものだ。

 内容こそは映画のように、その国の文化だけにとらわれたりしない様々なものがあり、会場は歌舞伎のように立体的になっている。

 おそらく、俺より先にこの国に転生してきた日本人が金儲けのために考えたのだろう。


 発想はいい。

 いいのだが……。


 とにかく内容が酷い。


 先程めぐみんが話していたようなドロドロした大人の恋愛モノだったり。

 とにかく魔法をぶっ放し続けるドラゴン○ールを丸パクリしたような格闘モノだったり。

 どこにでもいるようなクソニートが異世界に転生して無双したけど、ボッチを拗らせて魔王を倒した後に新たな魔王として君臨する異世界転生モノだったり。

 日本のテレビでは絶対に放送できないような、とにかく隠語が飛びまくる官能モノだったり。


 ……俺、こんなのを彼女とのデートスポットに選んだの?

 なに?俺、バカなの?

 バカの神としてたたまつられて死ぬの?


 こんな話から学ぶもんなんてなんもねえよ!

 暇を持て余した大人達が、『あー、なんかつまんないから行ってみるかー』ぐらいのテンションで行くやつだよ。


「め、めぐみん。悪かったな。

 あんなやつしか無いとは思わなかっ……」


「カズマ、ちゃんとあの公演を見て、ちゃんと女性の気持ちを理解しましたか?

 内容こそはドロドロしたモノでしたが、女性の心理描写などは凄く分かりやすいものでしたよね?」


 あった。

 あったよ学ぶ事。

 俺、よりによってあんなモノから女性の心理学べって言われちゃったよ。


 ……なんか悲しくなってきちゃったな俺。


「あ、ああ。

 ちゃんと女性の気持ちを学べたよ……」


「そうですか!」


 ………え?

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

 待ってくれ、俺にそんな期待の眼差しを向けないでくれ。


「では、私が今なにをしたいか分かりますよね?」


 な、難問きたああああ!

 いきなり一番知りたいけど一番知ることが難しい難問来たんですけど!


 なに?

 俺、なんて答えればいいの?

 さっぱり分かんないんだけど。

 もう俺のしたい事でいい?

 S○Xとか言っちゃっていいの?

 いいかな?

 いいよね?

 だってもう分かんないもん。

 うん、言っちゃおう!


「セッ……」


「つい最近、ヒントはあげましたよ?」


 ………ひっ!

 そんな目で見ないでください!

 お願いだからそんなに目を紅く光らせないで!

 ちゃんと考えるから!


「………え?

 …………なんだ?

 ………さっぱり分からないんだが」


 そう俺が呟くと、めぐみんは仕方なさそうに、


「前も言ったでしょう?」


 そう言って俺の唇を奪ってから……


「私で、もっとドキドキして下さいって」


 つい最近伝えられた愛の言葉を、友達にイタズラをするような顔で繰り返した。




 もう既にドキドキが止まらないんですが!



 この後、このデートでめちゃくちゃドキドキさせられ、ドキドキさせてやりました。


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