鬼喰い景都

瀬戸安人

 十八才になった景都けいとは美しく成長した。

 薄紅のあわせをまとう体は華奢すぎるきらいはあるが、すらりと伸びた優美なラインを描く。よく梳いた流れるような黒髪の鬢に着物と揃いの色の組紐を結わえる他には飾り気のある物は身に着けていないが、その控えめな装飾だけでも十分すぎるほど、自身が持つ輝きがあふれ出している。ほっそりした輪郭に、黒目がちの大きな瞳が長い睫毛に縁取られ、染み一つない真っ白な肌の中で唇の赤さとほんのりと染まった頬の桜色が鮮やかに際立ち、清廉な色香を匂わせていた。

 深山の奥の隠れ里。人間社会の文明からは隔絶された地で、鳥と獣と虫ばかりを相手に、母親と二人、ひっそりと暮らしてきたが、その暮らしにもたった一つの事柄を除いては不満に思った事はない。

 深夜。

 電気も水道もない山奥で、蝋燭の小さな火だけが灯りの粗末な小屋の中、景都は一人、祈るようにしてじっと待っていた。

 今夜、母が戻るはずだ。

 山を下りると決めた母が、最後に一つだけ果たさなくてはならない務めがあった。それは、ひどく辛く苦しいものであり、景都にとっても胸の痛むものだったが、母はそれを成し遂げて帰って来る。──そのはずだ。

 しかし、薄い胸に押し寄せるのは不安ばかり。

 母は──、もしかしたら、戻らないかも知れない。

 湧き上がる嫌な予感を必死に抑え、じっと目を閉じて祈る。

 静寂の中を自分の鼓動と息遣いばかりがやけに大きく響き、一分一秒が過ぎるのがもどかしく、責め苦のようでさえあった。

 どれほどの時間が経ったのか──。

 戸口の外に感じた気配に、景都ははっと顔を上げた

「母上!」

 景都が弾かれたように立ち上がると同時に、勢いよく叩きつけるようにして戸が開いた。

 猛烈な血臭。

 瘴気のような殺意。

 寒風とともになだれ込んだそれらに、景都は戸口へ向かおうとした姿勢そのままで凍りついた。

 その場に佇むのは、頬に散った返り血もそのままに、凄惨な笑顔を口の端に浮かべ、滴るような朱に地の色までも塗り潰された袷をまとう妖女の姿だった。

「生憎じゃな、弱虫景都」

「姉上……」

 零れる言葉に歯の鳴る音が混ざった。

「母上なら、ほれ、このざまじゃ」

 その手から投じられて板の間にゴロリと転がったのは、紛う事なく景都の母の首だった。

 つんざく悲鳴に哄笑が重なる。

「やれ、母上も情のない御方じゃ! 娘をその手にかけようとするのじゃからな! されど、かように老いさらばえた身で儂に挑んだ挙げ句がこのざまとは、まこと片腹痛いと言わざるを得ぬわ。弱虫景都、そなたもそうは思わぬか?」

「母上……、姉上……、そんな……」

 崩れ落ちた景都は拾い上げた母の首を抱き締めて、目の前を絶望に塗り込められ、ただ泣きじゃくる事しかできなかった

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