第二章 欺瞞 Fraudolento.
第二章 欺瞞 Fraudolento. (1) 花嫁という名の贄
一年後の夏の終わりに、その儀式は執り行われることとなった。
「カルナーレに祝福あれ!」
民衆の歓喜の声が、高らかに響き渡る。
抜けるような空の下、煉瓦造りの通りに人々がどっと押し寄せていた。もはや芋洗いと化しているこの混雑は、なんと街の端まで続いている。しかしこんな状況にも関わらず、民衆は皆嬉しそうな表情を浮かべながら思い思いに花輪を投げるのだった。
そんな民衆の間を悠然と練り歩く行列があった。
青毛の馬に牽かれている豪勢な飾り付けを施した神輿は、前後を各二騎の騎兵隊が護衛している。神輿の両側に備え付けられた扉には、この領地を治めるクレメンティ家の家紋があしらわれていた。その上部に横長の小窓が申し訳程度にくっついているけれど、生憎内側から薄いカーテンが幾重にもひかれており、中の様子を伺うことはできない。
しかし、民衆はこの大行列を一目見ただけで充分だった。
「カルナーレに祝福あれ!」
「花嫁様、万歳!」
――そんな光景を、レオは神輿の中から静かに眺めていた。
なにが花嫁様万歳、だ。
胸の内で、彼は皮肉たっぷりに呟く。彼にとって、民衆の歓喜の声はうっとうしいノイズでしかなかったのである。
あの衝撃的な出来事から一年。相変わらずの美貌を持ち合わせた彼は、その稲穂色の光彩をしばらく外へ向けていた。だが、飽きてしまったのか、のちにため息混じりに伏せてしまった。
それを見て、彼の目の前に控えていたアルベルトが声をかける。
「レオ様、あまり窓に近付くと外に見えてしまいます」
その指摘に、レオはぴくりと眉を動かした。それからゆっくりと窓から距離を取る。
この日の彼は、仕立てのいいシルクのシャツに赤いベルベッドのジャケットという出で立ちだった。首にはジャボットの代わりに黒いリボンを結んでいる。リボンと同色のスラックスに、しっかりとした造りの軍靴を履く。
以前コルラードから婚礼衣装を贈られたけれど、レオはどうしてもあれに袖を通したくなかった。あくまで、自分はエゼクラートと結婚するのだ。だから、他国の衣装なんか着たくない。せめて、自分の国の衣装で臨むくらいの自由は認めてくれ。そういう思いがあり、このような『花嫁様』らしからぬ姿になったのである。
それにしても、とレオは再び窓へと目を向けた。
「まさかその『花嫁様』が男だなんて、誰も思わないよなぁ」
今日、改めて思い知らされた。
民衆を守るためにその身を捧げた「少女ら」に対し、彼らは敬意を払い続けているのだ。それはまるで、無条件に神を信じる信仰者のようだった。
実際に嫁ぐ者の名前や素顔などは一切知らされない。今回はそれとなく「ブルーノの遠縁である」という噂を流しておいたが、どうして誰も疑わないのだろうか。否、疑いたくないのだろう。一度疑ってしまえば、もうなにも信じられなくなる。自分の身の安全すらも保証されない。それが怖いから、人々は所謂『花嫁様』を敬うのだ。
恨めしげに窓の外を見遣ると、今も民衆は声高らかに叫び続けている。カルナーレ万歳、と。その聖なる花嫁が『女性』であると疑いもせずに。
「ただの
レオの心は、今まさに処刑台へと赴く受刑者のような暗澹たる気持ちに揺れ動いていた。
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