第十四章 第一次世界大戦(ガラス時代:西暦1492年~1500年)
500年近く続いた冷戦の時代、両大陸の中間に位置する円月教の総本山キューバ島は平和そのものだった。聖地キューバとその周辺の島々は南北どちらの国家にも属さない中立地帯であり、毎年多くの巡礼者が参拝に訪れ賑わった。魔族は船を苦手とするため、島々と大陸は最長200kmにも及ぶ長短様々な石の橋で接続され、徒歩での移動が可能であった。
キューバ島は一年を通して時期折々の花を咲かせる花畑と、道沿いに大きな宝石やガラス、金銀で作られた宝球が安置された灯篭が並ぶ幻想的な島であった。キューバ島及びその周辺の島々ではあらゆる暴力行為が固く禁じられ、二大国もこれを尊重。停戦協定締結の交渉舞台として活用された。
1492年、クリストファー・コロンブス率いる人族の船団がキューバ本島の北西に位置するサン・サルバドル島にやってきた。サン・サルバドル島の住民は朝にぐっすり眠っている中、上陸したコロンブス一行の喧騒に叩き起こされるハメになった。
言葉もテレパシーも通じない人族に遭遇した住民たちは、彼らを「太陽の民」であると考えた。コロンブス一行は金髪か、赤毛であった。月光のような柔らかな白髪である魔族にとって金髪や赤毛は珍しく、太陽を連想させた。コロンブス達を太陽からはるばる巨大な船に乗ってやってきた民だと思い込んだのである。
円月教において太陽は月の下に位置づけられる。月の民を自認する魔族にとって、太陽の民は一段下がる存在だった。自分達が上位であると確信した住民達は、キャラデック船と人族の奇異な装いにも怯まず、長い航海で弱ったコロンブス一行に水と食糧、寝床を施した。
初対面で人族を見下した魔族だが、人族もまた魔族を見下した。コロンブス達は魔族が夜行性である事を知らなかったため、朝になっても起きずに惰眠を貪る堕落した民族に見えた。また、魔族はテレパシーが使えるため発声言語をさほど重視せず、人族と比べ滑舌が悪い。これがコロンブスには舌足らずで幼稚に聞こえた。更に魔族の白髪と一様に手に持っている杖がコロンブス曰く「奴らは皆幼くして醜く老いていて、足腰が弱かった」と誤認させた。赤目や人族と異なる容貌・服飾から不気味さも感じていたようである。
コロンブスと住民は互いが持つ物品を交換するなどしてひとまずは交流を行ったが、三日目の朝にコロンブスが魔法を目撃した事によって関係は破綻した。白い髪に杖を持ち、赤目で、夜に活動し、異様な言語で会話し、自分達を見下し、魔法まで使った異種族を、コロンブスは悪魔と断定した。コロンブス一行のうち半分は恐れ慄き船に逃げ帰ったが、残り半分は「悪魔への鉄槌」を下す事を決意した。
太陽の民と穏やかに交流を行っていた魔族は、昼間の明るさに乗じて寝込みを襲われ瞬く間に殺戮された。寝起きである上明るさでよく敵が見えず、抵抗はほとんどなかった。難を逃れコロンブス達の豹変に気づいた魔族は家に立てこもるか、逃亡した。サン・サルバドル島も暴力行為が禁じられた島であり、反撃は不可能であった。コロンブスは隠れた魔族を引きずり出し、殺した。逃げた魔族も追いかけ、殺した。この日が第一次世界大戦の始まりであった。
悪魔狩りの大義名分を得たコロンブスの殺戮は残虐かつ徹底していたが、マンモス飼いの少年オブワンディヤグだけが唯一魔手から逃れた。殺戮者がオブワンディヤグを殺そうとするたび、次々とマンモスがその前に立ちふさがり彼を逃がしたのである。あるマンモスは柵を突き破り、またあるマンモスは折れた足を引きずって彼を守った。オブワンディヤグは仔マンモスのガンガと共に丸一日休まず石橋を駆け、キューバ島に事態を知らせた。
サン・サルバドル島の魔族に「大勝利」したコロンブスは、悪魔の死体と杖を焼き払い、呪われた球体を砕いた。家々から食糧と宝石・美術品を略奪したコロンブスは全く満足しなかった。彼の興味はただ黄金にしかなかった。魔族は文化的に金属をさほど重視せず、産出量を少なかったため、サン・サルバドル島に大した量の黄金はなかった。コロンブスは船に魔族の首を持ち帰り、「悪魔恐るるに足りず」と船員を鼓舞した。「邪悪な悪魔から神の正当な財宝を取り戻す」のだとして、コロンブス一行は略奪した物資で十分に休息をとった後、更なる略奪を行うべく出航した。
サン・サルバドル島の惨劇から二週間後、魔族はキューバ島にコロンブスの侵入を許した。オブワンディヤグの警告を受けていた円月教徒の勇士が海岸線上に並んで待ち構え、「護法」を使い体術で無法者達を取り押さえようとしたが、コロンブス達はこれに対し銃弾を浴びせた。対魔法に特化した魔族の防御を銃弾は容易く貫通し、殺傷した。轟音と共にばたばたと倒れる味方に魔族は驚いて逃げ出した。太陽の民の強力な魔法が「護法」を被って殺傷したのだと勘違いしたのである。教義上の制約から反撃できない魔族をコロンブスは無慈悲に殺戮した。花畑を踏み荒らし、家々の物資を略奪しながら行軍したコロンブス一行は九日目にしてキューバ大聖堂まで陥落せしめた。軍事施設のないキューバ島には「結界」を発動させられるほど巨大なハートストーンはなかった。
魔族は反撃できなかったため、身振り手振りでコロンブスに大聖堂から立ち去るよう懇願した。これに対しコロンブスは惨殺で応えた。彼曰く「悪魔の取引に応じる事は決して無い」のであった。大聖堂に奉じられた月神への供物や祭具などをコロンブスは根こそぎ略奪し、悠々と船に戻り去っていった。大聖堂に長年かけて少しずつ蔵められていた金銀財宝は彼の野心をひとまず満足させた。
他の周辺諸島に伝令に赴いていたオブワンディヤグはコロンブス出航の数時間後にキューバ島に戻り、惨状を目の当たりにした。オブワンディヤグは嘆き悲しみ、新月神サスラの名において死者の冥福を祈った。彼のような立場に置かれた信仰篤い円月教信者には珍しい事であったが、半月神クルールーに復讐の誓いを立てる事はなかった。
キューバ島の惨劇が伝わると、二大国の円月教徒は怒り狂った。コロンブス再来に備えて義勇兵がキューバ島に押し寄せ、島の沖の浅瀬には見張り台が乱立した。何百人もの球体技師が何十もの巨大ハートストーンを突貫で作り上げ、たちまちパナマ要塞線に匹敵するほどの防備が固められた。民衆レベルだけでなく、政府レベルの金銭・人材支援も行われた。コロンブス一行が用いた、「護法」を貫通し一撃で殺傷せしめた未知の杖(銃)の確保を目論んでの事だった。
1493年に悪魔を討ち滅ぼすべくキリスト教会の強力なバックアップを受けたコロンブスが34隻・3200人の大船団を率いて再来すると、魔族は戦闘制限のない海上に建てられた見張り台から問答無用でこれを攻撃した。銃撃と魔法の交戦の末、29隻を半日で海底に沈めた。海に落ち助けを求める人族も念入りに沈められた。悪魔はキリスト教徒を攻撃できないのだ、と思い込んでいたコロンブスは度肝を抜かれ、ほうほうの体で本国へ逃げ帰った。
魔族は報復の暗い喜びに湧いた。海底から引き上げられた人族の道具、特に銃は念入りに研究されたが、原理はさっぱり理解されなかった。火薬が湿っていて着火できなかった事と、先入観から球体の弾丸こそが銃の秘密であると決めつけてしまったためであった。魔族の加工技術からすれば子供の遊び程度の拙い球形である弾丸でいかにして「護法」を破ったのか、魔法学者達は答えの出ない問題に頭を悩ませた。
1495年、コロンブスは三度目の襲来において船団を二つに分け、現在の北アメリカ大陸ノースカロライナ州ライツビルビーチと、南アメリカ大陸マラニャン州サン・ルイスに上陸した。今度はキリスト教聖職者と武器を山ほど積み、ボートで慎重に偵察を行ってからの上陸であった。
マヤ国とアステカ国にとって戦争とは長らくパナマ要塞線で行われるものであり、それ以外の地域での軍備は自衛団程度であった。それ故に、人族の侵略に即応できたのは主に民兵であった。魔族は人族の銃弾を防ぐ術を持っていなかった。人族は魔族の魔法を防ぐ術を持っていなかった。銃撃の数と魔法の数だけ人が死んでいく戦いだった。
魔族側の正規軍が到着するとたちまち侵略者は押し戻された。特に人族は頭を収束したテレパシーで「打つ」だけで簡単に昏倒する事が分かってからは最早蹂躙と表現しても差し支えないほどだった。人族は不気味に静まり返った戦場で突然嘔吐したり気絶したりし始める仲間を見て悪魔の呪いをかけられたのだと思い込み(そしてそれはあながち間違いでもなかった)、聖職者でさえ逃げ出した。
1496年にオブワンディヤグが宿敵たる総督コロンブスを討ち取った事で侵略者達は本国へ引き上げていき、再び魔族は勝利した。三度の防衛戦で二度の勝利を刻んだ魔族は、捕虜から人族国家の存在や実情を聞き出していた。キューバ島の惨劇と連勝によって勢いづいていた民衆の浮ついた熱気に押される形で、二大国合同の反攻作戦が計画された。同じ敵を相手にした事で、二大国は仲良く手を取り合うとまではいかなかったが、後ろから刺さない程度には友好的になっていた。
ところが反攻計画は計画倒れに終わった。人族が持ち込んだコレラ、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、天然痘、結核、腸チフス、黄熱、百日咳などの凶悪な疫病が大陸全土に蔓延を初めていた。東部沿岸での戦争に加わるため各地から集まった兵士が故郷に帰る事で疫病を運んでしまったのだ。
当時の魔族の治療魔法は既にちぎれた腕をくっつけるほどに優れていたが、病気に対しては気休め程度にしか効かなかった。1497年から1500年にかけて魔族の4割とマンモスの8割が死亡し、社会はほとんど機能不全に陥った。医者が医者に助けを求め、街の往来に死体が転がり、反攻作戦どころではなかった。戸籍管理制度も破綻していたため正確な数字は不明だが、二億八千万人であった魔族が1503年には一億五千万人にまで減少したと推定されている。
人族もまた四度目の侵攻は中止した。アメリカ大陸侵攻は旨みが少なすぎた。略奪された物資は人族にとって価値の無いガラスばかりで、最初のキューバ大聖堂での略奪のような「大戦果」は二度目以降得られず失うものばかり多かった。数少ない捕虜からの尋問により魔族が海を渡れない事が分かり、当面の脅威は無い事と判明した事も厭戦論を後押しした。最終的にはアメリカ大陸から人族国家に持ち帰られた悪魔熱とコロンブス病の流行が進行中止を決定付けた。死者は少なかったが、呪われた大陸から悪魔の病を持ち帰ってしまったと信じられたのである。
宣戦も停戦も無かったが、両国の疫病蔓延をもって戦争はなし崩しに終結した。
この戦争の戦場は「世界」ではなかったが、魔族世界と人族世界の衝突という意味では世界大戦であった。第二次と第三次大戦は世界が舞台となるため、それに合わせて第一次大戦にも「世界」をつけて呼ばれる。
次の章では魔族における産業革命、アクリル時代の始まりについて見ていこう。
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