第八章 立方体文明の終焉(木石時代:4300年前頃)
古来からマンモスは魔族にとって重要な家畜である。衣服を作るための毛皮、様々な小物を作るための牙、栄養価の高い乳などが採れる。荷物の運搬にも有用だ。
4300年前頃のマンモスは品種改良により小型化が進んでいた。農耕を始めたとはいえ草地を求めて放浪していた時代のように大量の餌の安定確保が難しくなったため、大柄で大食漢の大型マンモスよりも、小柄で世代更新ペースが早く比較的少食な小型マンモスの方が御しやすかった。必要な飼料・耕地面積の面で一頭の維持コストが下がり、性成熟が早まり個体数を増やしやすくなったため、肉を食べるためにマンモスを処理する余裕もでき、それまで儀式や祭事にしか使われなかったマンモス肉が食卓に登る機会が増えた。また魔族はカロリーの多くを魔力によって賄う事ができるため、生きるための炭水化物よりもむしろその他の体調を整えるための栄養素の方が重要だった。農地にはトウガラシ、ズッキーニ、イチゴ、ヒマワリ、パイナップル、アセロラ、アボガド、グァバなどが作付けされ、魔族の食卓は豊かになった。5000年前の遺跡から見つる作物種子が3~5種類であるのに対し、4000年前の遺跡では16~18種類にまで増加している。
この豊かな食卓を支えたのは小型化したマンモスだった。定住と農耕により人口を増した魔族は本格的な開拓に乗り出し、その際に小型化し乗り降りが容易になり、大量の荷物を運ぶ事ができる騎乗マンモスは大変役立った。マンモスに乗った開拓隊は全米に広く拡散し、新しく発見された各地の作物もマンモスによって運ばれ広められた。マンモスはこの時代の流通を一手に担っていたのである。
小型化したマンモスは登山が可能になり、当時の開拓の潮流も相まって魔族は南アメリカ大陸アンデス山脈の高地にも進出。これによって球体文明と立方体文明の接触が起きた。
立方体文明は魔法の触媒に立方体を使い続け、長らく六響打までに留まっていた。球体の完成度を上げる事で着々と響打数を増やしていた球体文明と異なり、立方体文明は響打数の増加に早々に見切りをつけていた。代わりに手に入れたのが文字と金属である。立方体文明の立方体は基本的に金属製で、祭事に使われていたと思われる全面にびっしりと文字が刻まれた装飾箱も多く発掘されている。青銅を基本として重要な装飾品には金を使っていたようである。僅かに現代まで残された石造りの家屋の跡には繊細な彫刻が施され、彼らの高い芸術性が伺われる。
誤解を恐れず記すが、この文化的に発達した立方体文明は球体文明の侵略により壊滅の憂き目に遭った。
球体文明は立方体文明に接触するや否や戦争を仕掛け、これを滅ぼした。原因は領土争いであったと考えられている。立方体文明の魔族であるマレフィカ・クーブにとって住みやすく整備された高地は、球体文明の魔族であるマレフィカ・オービスにとっても同様に住みやすかったのだ。球体文明は立方体文明を襲い、珍しい金属や芸術品を略奪し、角ばった家屋を徹底的に破壊し、立方体文明を滅ぼしたのちこれを占拠した。
球体文明は石英を砕いて制作した研磨剤の発明により更に球体の完成度を向上させ、八響打に到達していた。八響打の「衝撃」は第二次世界大戦まで長く改良されながら使われ続けたほど有用な攻撃魔法である。当時の「衝撃」は現代のものよりも遥かに荒削りであったが、それでも六響打までの魔法しか使う事のできない立方体文明を蹂躙するには十分だった。マレフィカ・クーブは安住の地を荒らされ追い出され平地に降りたが、環境の変化に適応できず間もなく絶滅した。
こうして球体文明が占拠した高原の居住地だが、不条理な事に二百年ほどで完全に廃棄され、西暦1629年にインデイ・ジヨオンズ率いる探検隊が再発見するまで忘れ去られる事になる。一度占領した住み心地のよい居住地を廃棄した理由はマンモスの高山病にあった。
マンモスは魔族と異なり魔力からエネルギーを取り出す事ができない。食糧からエネルギーを取り出す際には呼吸し酸素を消費する必要があるのだが、高原の薄い空気では酸素が少ない。マンモスは他の動物に輪をかけて高山病に弱く、消化器官の働きの低下、睡眠不足などの症状に慢性的に悩まされる。高原はマンモスの生存に適していなかった。体調不良からの衰弱や病気によりマンモスを失った魔族はすごすごと平地へ戻っていったのである。
立方体文明はマンモスによって滅ぼされ、マンモスによって忘れられたといえる。
球体文明はこの侵略戦争により、金属と文字を学んだ。特に文字は文明の発展に大きく寄与した。
立方体文明の古代文字が直線や鋭角を多用しているのに対し、球体文明への伝来後は曲線や円に近づくよう変化していった。最も古い球体文明の文字は青銅製の円盤に刻まれたもので、高原の遺跡から発見されたが、解読はまだ成し遂げられていない。文字の写真はネットで「古代湾曲文字B」と検索をかければ簡単に出てくる。興味がある方は現代のセンザールと比較してみるのも面白いだろう。
次の章では、球体魔法に躍進をもたらした水晶との出会いについて見ていこう。
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