第七章 定住と信仰(木石時代:6000~4300年前)
人族は農耕を始めた事によって定住したが、魔族では順番が前後する。定住した事により農耕が始まったのだ。順を追ってその理由を見ていこう。
魔族の家畜であるマンモスは草食の大食漢であり、イネ科植物を中心にヨモギ類やキンポウゲ科植物を食する。故に餌がたっぷり食べられる平原を好み、それに合わせて魔族は遊牧生活を送っていた。季節ごとに豊富に茂る草原を求め、何箇所かの地域をぐるぐる巡っていたと考えられている。
球体魔法に用いる球体は真球に近いほど魔法効率がよくなるが、巨大化によっても効率を上げる事ができる。魔族が用いる球体は年代が進むにつれて巨大化していた。しかし巨大化といっても、遊牧生活をしている以上限度がある。あまりに大きな球体になると運搬は困難だ。最初期の球体が直径15cm前後であったのに対し、遊牧期の終わり頃の二千年間は最大52cmで頭打ちになっていた。マンモスに乗せて運んでいたのだろう。
6000年前、魔族は球体の巨大化に踏み切った。石を削り出し、2mを超える球体を作るようになったのだ。そのような巨大な球体を動かして移動生活を送るのは不可能であったため、必然的に定住せざるを得なくなった。これと当時に始まったのが農耕である。マンモスの食事を賄うため、魔族は定住地の周辺に生産性の高い植物を植えるようになった。
巨大球体を加工するためには四響打の魔法「硬化」をかけた石器が使われたと考えられている。魔族はまだ金属を持っていなかったため、巨大石球を効率よく加工するにはそれ以外の方法は考え難い。そうして作られた巨大石球は100年単位で飛躍的に巨大化していき、定住から500年も経つ頃には直径6mに達した。巨大石球は居住地の中心に置かれ、その集落の象徴としても扱われた。現代まで続く「ハートストーン」の始まりである。この時代以降、魔族の居住地の中心には必ず巨大球体であるハートストーンが置かれる事になる。
ハートストーンは作成に大変な労力と時間が必要であったため、原則的に複数造られる事はなかった。魔族は魔法効率は悪いが持ち運びに便利な小型の球体と、効率よく魔法を行使するためのハートストーンを使い分けて生活するようになった。
ハートストーンを囲むように原始的な竪穴住居が作られ、それを更に囲むように畑が作られた。栽培されたのは主にトウモロコシ、カボチャ、インゲン豆だった。南アメリカ大陸ではインゲン豆の代わりに落花生が育てられていた。それぞれ可食部は魔族が食し、葉や茎、根などの非食部はマンモスに与えられた。特にトウモロコシはイネ科植物であり、マンモスの食糧としても魔族の食糧としても適していたため、大規模な栽培が行われた。
定住に前後して魔族の間で宗教の概念が生まれた。現在の円月教の雛形となる原始的な月信仰である。
魔族にとって月は恵みをもたらす豊穣と神秘の象徴だった。巨大な石製のハートストーンは月と同一視され、崇められた。魔族は月を空に浮かぶ巨大な石の球体であると考え(そしてそれは正しかった)、月が真円を描く満月の夜にはトウモロコシから作った酒を飲み、踊り、祝っていたようだ。
月の表面には凹凸があり、完全な球体、という意味では太陽の方が優れているのだが、魔族は夜行性である。眩しい光を放つ太陽は好まれなかった。遺跡に残る絵や彫刻に描かれるのは月が圧倒的に多く、どうやら太陽はこの頃から既に宗教的に月の一段下の位置に置かれていたようだ。天文学も発達し、ハートストーンを中心にストーンサークルが作られ日時計あるいはカレンダーの役割を兼任していた遺跡も散見される。
立方体文明でも同時期に巨大な立方体が作られ始めるが、これは球体文明との間に文化的交流があったからではなく、より効率的な魔法を求める上で必然に同じ物(巨石)に達したのだと考えられている。立方体文明は家畜を持たず高地に定住していたため、むしろもっと早くに巨石が置かれなかった事が不思議なほどだ。
立方体文明は南アメリカ大陸のアンデス山脈で繁栄していた。彼らは高地での生活に適応し、満足し、不慣れな平地には降りる事はなかった。南アメリカの平地に暮らしていた球体文明も、高地へ登る事はなかった。家畜であるマンモスは体高4.5m、体長7mを誇り、その巨体故に急勾配や狭い山道を苦手とし、登山ができなかったからだ。マンモスを連れて行く事ができないため、球体文明は高地へ勢力圏を広げようとする事はなかった。
なお、この頃の立方体文明ではトウモロコシを中心に、サツマイモ、ジャガイモ、トマトが育てられていた。球体文明が持たなかった文字と銅、金も既に持っていた。牧畜を除きおよそあらゆる面で立方体文明は球体文明に先行していたと言えるだろう。
定住によって魔族は移動に伴う荷物の運搬の制約から開放され、より多くの球体を作り管理する事ができるようになった。ハートストーンは集団の象徴であり、信仰の礎であり、集落の帰属意識と結束を高めた。これは「国」の概念へ繋がる第一歩であった。
次の章では、球体文明と立方体文明の衝突とその結末について見ていこう。
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