第34話とある牧場の一幕
前に
買い取る品からは独特な家畜の匂いが漂う。
飼い葉をリュックに入れているとみた。
レジを任されている女の子は内心ため息を吐く。
牛と鶏の世話の途中で回収したまま、飼い葉に包んで店へ売りに来たのだろう。
金が早く欲しいからって売りに来られても、特別会計の手数料が発生するから、代金から差し引きしておくので二束三文にしかならない。
牧場の出荷箱に入れておいた方が無難に稼げる事ぐらい分かっている筈だ。
荒れ果てた牧場を毎日コツコツと整地して、やっとお爺さんが運営していた規模にまで再建し、町の中では努力家の後継ぎと話題になっている。
家も増築して前より広くなっているらしい。
次の目標は嫁探しのようで、婚活の準備をする費用を稼ぐのだろう。
ヤル気が空回りしているのは誰の目から見ても明らかである。
だから売りにやって来ているのだ。
少し前までは物静かな青年だったのに、今では何かに焦っている様に見える。
結婚する事とはそんなにも切羽詰まったモノなのだろうか。
女の子は会計して立ち去る男の後ろ姿を見て思案する。
だが、幼い子供が夢見るようなラブ・ストーリーはそうそう現実には落ちていない。
その事に気付く前に、女の子は同じ町内で知り合った男の子と近い将来において、腐れ縁で結婚するとは知らない。
地方の田舎なら尚更些細な出会いをモノにしなければ、ほとんどの者が一生を独身で過ごす嵌めに成りかねないのだ。
家畜達も歳なのか牛乳や卵の質が落ちてきている。
どうやらお別れの時が近いようだ。
天候はコインを手の中で弄びながら、牧場に着くまでの間に家畜を間引く決意を固める。
動物達の中で手放すのを観察して決めると、知り合いの酪農家へ連絡して引き取りに来て貰う。
「こんな年寄りを売るのか?」
「このままここで飼うならその内教会の墓地に名前を列ねてしまい、牧師さんへの包み銭と葬儀代、その他諸々手数料が掛かるので」
「墓参りしたくないだけだろう。葬儀代金を買い取り価格から引くとこうなる、これでいいかな?」
「宜しくお願いしますね」
年老いた動物達を売り払ってしまうと、翌日に若くて新しい家畜を購入する。
牧場の面積は広い。
狭い町に崖や谷を挟んで隣接しているから少し孤立しており、町と同じくらいはある。
家畜達を野犬から守るためにも、整地するときに出てきた石を積み重ねて石の柵を作り上げた。
その気になれば牛や羊達は脱走する事が出来るのだが、野犬は石の中に入らないし、馬や鶏すら内側から出てこない。
少しずらして野犬を石と石の隙間に閉じ込める事も可能である。
何度でも野犬は家畜を襲おうとするが、そのたびに鎌や鍬で追い払う。
痛めつけられる事に喜びを見出だしているとしか思えない。
番犬はもしもの場合に備えて、家畜達と同じ柵の中にて唸る。
一度本気で野犬の首に鎌を突き刺して殺した事があるのだが、翌日には別の野犬がマゾい目をしてやって来た。
二、三日は悪夢に魘されてしまい、実に不甲斐なかったと天候は自分でも思う。
柵内では牧草と一緒に野菜を育てている。
水やりが面倒なので、すっかり能力任せな栽培になってしまった。
毎日訪れる朝と夕は牧場の敷地内において必ず小雨が降り、昼間は良く晴れる。
この為テレビの天気予報は能力の範囲内なら全く当たらなくなっており、例え台風が町を直撃しても牧場の敷地内はいつもと同じ天気を保つ。
超能力による擬似天候操作のおかげで、季節を問わず牧場は常に一定の天気しか移り変わらない。
大雪や竜巻、台風にゲリラ豪雨も、果ては火山灰や厳しい日照すら牧場を襲う事が無かった。
これは能力を戦闘以外に使っているからほのぼのとしていられるが、実際に戦闘目的で能力を使うと、降雨する雨粒は大気圧の圧縮により弾丸と化し、風は鎌鼬となりて鉄板すら細切れにしてしまう。
豪雨による局所的な水鉄砲、液状化による地盤沈下だって引き起こせる。
水と大気は惑星を取り巻くのだから、天気を操る事は天変地異を起こす事に繋がり、そこに数の暴力や質の一点特化は関係無い。
演算が大変だが、争いがなければ強い能力も自然と埋もれていく。
天候の移動手段も非常識極まりない。
追い風による加速は勿論、超能力とは別に魔術が使えるので移動も速いのだ。
いや、速いなんてモノでは無いだろう。
本気を出せば光速で動けるのだから、移動距離や時間を気にする必要性が無い。
だから駆け出しとは思えない売上金を叩き出せる。
実際のところお金にはあまり困っていない。
では、何故焦っているような素振りを見せるのかと言うと、最近は特に目的もなく過ごしているので、ただ単に行動がワンパターンとなってしまっただけである。
他人の行動が読める以上、無意識に急かしてしまっているのだ。
そんなある日の事、今日も惰性的な牧場物語を送ろうと家畜の世話をして、近くの山にある坑道をハンマーと鍬で切り開いていると、地下深くに存在する地底湖までやって来た。
しかし、今日は地底湖の様子がおかしい。
主である鯰らしき魚影が水中で暴れている。
やがて地底湖は青から赤に水色を変化させた。
おそらくは鯰の体液だろう。
釣竿で鯰の亡骸を引き寄せ、空間魔法で鮮度を保存する。
次に鯰と戦っていた何者かが水中から引き揚げて来た。
サバイバル・ナイフへ持ち替え、咄嗟に構える。
護身用なので天候の本気には耐えられないが、牽制には充分なるだろう。
光速で振るうと既存の武器では耐久性の問題で、対象へ接触する前に摩擦熱で融解するか、接触しても砕け散る。
専用の武器は牽制が通用しない場合に使う。
魔物すら居ないこの世界では、最初から本気を出すと威圧していなくても相手が発狂してしまうのだ。
地底湖の淵に現れたのは黒いお仕着せを服を着た女性だった。
警戒心を露にする天候を余所に女性は眼光鋭く睨み付ける。
しばらく睨み合いが続いた。
天候は女性に見覚えがある事に気付くと必死に脳裏から捜す。
「あ、ログの使徒かな?」
しかし、返事が無い。
どうやら立ったまま気絶しているようだ。
仕方なく道具や鉱石を置いて、女性を背負い家へと帰る。
気が付くと知らない天井が目に飛び込んできた。
次いで知っている気配が屋内から発せられている。
転移の場所が地底湖の奥に出来た自然の空気溜まりだったのは、使徒として感知出来ず不覚だった。
主の鯰と一戦交え余り得意では無い戦闘、しかも水中戦を初っぱなから繰り広げてしまい、継続戦闘を意識して居なかったのもあり、使徒の気配を読み違えてしまうとは情けない。
どうやらこの家には破壊神の使徒が住んでるようだ。
戦闘を継続していたら間違いなく死んでいただろう。
気絶していたのか、ここまで連れて来て介抱までして貰うとは、優しい性格をした破壊神の使徒で良かった。
酷い場合は起きるまでその場に居座り、事情を聞いたら食べ物を置いて帰ってしまうのだ。
自分の事ぐらい自分で何とかしろと言うのが上位陣の考えなので、文句は言っても聞いてくれない。
これが最悪な性格をした使徒なら身ぐるみ剥いで、奴隷として売られていてもおかしくはないのだから。
異世界とは夢と希望に満ちているが、同じくらいは暴力と絶望が存在する。
だから、異世界のルールに沿って生きる事を非難してはいけない。
「起きたかい、ログの使徒さん?」
農作業服を自分なりにアレンジした男性が、お盆に紅茶とサンドイッチを載せて持って来た。
茶髪に灰色の目、よくこの世界の人間として馴染んでいるように見える。
自分が着ていた服は全て脱がしたのか、部屋干しされてある。
確かに地底湖の中から現れたので濡れていたが、この人が脱がせたのなら貞操が危ぶまれる。
汚されてはいないようではあるが、だからと言って安心は出来ない。
「ありがとうございます、ランブルの使徒さん。私の名前はアプリコットです」
「
その発言はアウト臭いが、マイナーだろうから問題無いか。
紅茶に解毒魔法を掛けて飲む。
相手が信用出来ない内は、常に警戒して措かなければ痛い目を見る。
例えそれは使徒でも同じ事だ。
助けて貰ったからといって油断していると、気付いた時にはドナドナの曲が聞こえてくる。
「ゆっくり、ゆっくり!」
「待って、それ以上は記録神の使徒として制限を設けさせて頂くわよ」
「アプリコットはお堅いねー」
天候は苦笑しながら外に向かう。
自分を担いで此処に戻ったのなら、道具をそのまま置いてきたのだろう。
魔力が馴染まないと道具の収納も空間魔法へ入れる際に、一苦労すると聞く。
強度や耐久性、分子の配列に至る迄が異世界によって違い、同じ見た目の剣でも劣化が片方より早かったりするのだ。
その辺の塩梅を見極めないと、異世界生活に要らぬ出費が嵩む。
自分が持ち込んだ武器や道具はなるべく使わず、消耗品は早目に使い切り、異世界産とはいえ宝石の価値は其処まで変わらないから、宝石や貴金属を売って現地の通貨や紙幣を手に入れる。
そして、物事には首を突っ込まないようにひっそりと暮らす。
それが転移した者の模範的生活らしい。
「着た者に合わせてサイズが変わる魔法服、小手先の魔法とはいえ男物の服かぁ」
下着すら男物なのだ。
確か天候には彼女が居たはず、後でチクっておこう。
冤罪でも疑われる方が悪いのだから、相手への心情を慮る余りの余計な対応をするからだ。
恩を仇で返すと言うが、相手が恩を恩と思って初めて成立する言葉である。
つまり、恩と思っていなければ因果応報となる。
A君はB君が落としたハンカチを拾う、B君はハンカチに触れたA君をナイフで刺す。
これはハンカチを拾わなければ回避出来た事である。
納得出来ないだろうが、これも因果応報と呼べるのだ。
世界的に発展したグーグル先生も言っていたから間違いない。
アプリコットは仕方なく借りた服で外に出る。
魔法で乾かしてもいいのだが、破壊神の使徒が居座っている世界なら下手に使うと干渉され兼ねないので控えた。
「この牧場と周辺の地図ね、本棚にあったと思うよ。あ、魔法は使っても構わないから。牧場の敷地内は僕が能力を使っているから使えないかも知れないけど、牧場以外なら能力も使えるよ」
「分かりました」
これで定時連絡、いや、ログにチクれる。
記録神経由で天候の彼女を召喚しよう。
破壊神の使徒が破滅するレアな場面が見られるとは、随分と幸先が良い。
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