第14話森の守護者
新しい朝が、キター。
朝日が昇る頃の時間帯に、俺とブッキーは目覚める。
夕立はまだ寝ているが、そのうち起きるだろう。
猿のドクロを加工した、悪趣味な餌皿を回収する。
このぽ犬様は、良く食べ、良く戦い、良く寝るのだ。
「まだ寝てるわね。今のうちに朝日への崇拝をしましょう」
ブッキーは俺が教えたラジオ体操を、何か信仰的な行為だと、明後日の方向に解釈している。
きちんと体をほぐす運動だと、説明したのに。
ラジオ体操の歌詞を聞いて、勝手に朝日への感謝の踊りだと、思い直したらしい。
……何でそうなるんだよ。
「これをプラント・モンスターの間で、流行させましょう!」
「流行るとは思えないけどなぁ」
「夜行性の虫を振り落とすには、ちょうどいい運動量なのよ?」
「準備体操は、運動する前の運動でしか、ないんだが」
作業前に準備体操して、逆に疲れたりもするし。
今日は服を作ろう。
俺の服はともかく、ブッキーの服はほぼ葉っぱだ。
眼福眼福、じゃなくて、これではエルフの方が目のやり場に困るだろう。
常に前屈みで、視線が胸や太もも辺りに固定されている。という訳では無いようだが、文化の違いや種族の違いは、何かと誤解が生まれやすい。
そこで、衣服の作成をする。
これは間に合わせのモノとなるので、エルフに頼んで服を貰ったら、さっさと夕立のテント小屋に没シュートしよう。
それでも準備するのは、外出用の服を買いに行くために、服屋で部屋着と私服を買うようなモノ。
オシャレ用のジャージ、部屋着用のジャージ、パジャマ用のジャージ、作業や戦闘用のジャージ。そんなジャージまみれな人は、ネット通販で新作のジャージを買う。
「葉っぱや笹、蜘蛛の糸で作った服は、火に弱い。着替えくらいは用意しないと、カビたりもするぞ」
「光合成の邪魔だし、見た目なんて気にするのは、他種族だけよ?」
アルウラネは容姿こそ女性が多いものの、雌雄同一体なんだとか。男性の容姿にも変化出来るものの、女性の方が油断させやすい。
何かと都合が良いので、女性の見た目でいるそうな。
「オシャレしたら、より一層男連中を、油断させやすくなるって」
「でもなぁ。着飾ったところで、町にも行かないし」
行けない訳では無いが、亜人の町までは遠い。とても疲れるし、テリトリー内の植物が心配でもある。
エルフの村にはたまに行くらしいが、夕方以降しか入れないとか。
……ほぼ全裸に近いからだろうね。
「アルウラネの仲間を増やすにも、情報と武力がいる。部族を作る以上、誰がリーダーなのかを、見ただけで分からせる必要もある」
「老子がリーダーなんでしょ?」
「いつから俺が、リーダーになるって言ったよ」
「夕立を譲り受けた時」
「あれは飼い主的な意味合いだろ。俺はリーダーなんてやだね」
俺は目立ちたくない。黒子で十分だ。
「リーダーはブッキー。俺は旅人でいい」
「あら、そんな事言うんだ。ふーん、エルフに差し出してもいいのよ?」
おっと、脅してきやがったか。
「ハンッ、売り飛ばしてくれて構わない。向こうは遺体が欲しいだけで、俺の身柄はどうでもいいはず。よしんば、難癖つけてきたとしても、遺体を手厚く保護していたんだ。感謝こそされても恨まれる筋合いは無い」
発見出来なかったのは、捜索隊の落ち度であり、俺は悪くない。
「……そう。そこまで言うなら、ドラゴンに挨拶して貰いましょう。拳でね」
ブッキーの奴め、いっぺん死んでこい。とばかりに、ドラゴンへと丸投げしやがった。
「守護者を巻き込んでまで、アルウラネのいざこざに俺を付き合わせるか。上等だ、やってヤンヨ」
「負けるだけならいいけど、下手すると本当に死ぬわよ?」
「ならそれまでって事だな」
自由を得るには、大きな代償が伴う。それくらいは覚悟の上だ。
モブとして生きるなら、ドラゴンに襲われる経験も、いつかは必要となる。
避けては通れないとも、最初に会った時から思っていたし。
そんな訳で、グリーン・ドラゴンと戦おう。
テリトリー内を進むと、威圧しながらドラゴンが現れた。
森の主と呼ばれるだけあって、威風堂々としている。
「……いつだったか、見た事があるような雑草だな。その姿、エルフが捜していた子か、上手く化けたモノだ。我の眼を欺いただけはある」
「悪いな、森の主という金看板を、傷つけてしまっただろう?」
「最終的に見つけられなかった、エルフ達が悪い。して、我のテリトリーに何用か?」
「アルウラネのブッキーに、罪を清算して来いって言われてね。俺が勝ったら、エルフ達には黙っていて欲しい。負けたら、跡形も無く燃やしてくれ」
「断罪の手助けか。そもそも蒸し返す程のものかな。いや、罰が欲しいのだな。少なくともお主は、罪悪感を抱いている。咎められる必要が薄いものの、何らかの免罪符が欲しいのだろう?」
「……そうだな。死因の一つが俺にある以上、この子の運命を奪ったのには、変わりない」
「だが、それはエルフにも言えよう。我は気づいていた。微々たるモノとは言え、魔法の行使ははっきりと分かっている。崖先から森の道中、それら全てが自衛であると言う事も。イタズラや悪意があるなら、もっと惨たらしいやり方もあろうにな」
ドラゴンはエルフ達が去った後、狼と猿のボス達と何度か協議したという。
バレないようにしているつもりだったが、それを意識するあまり、逆に不自然になっていたのだろう。そう言う事は、確かにある。秘密はバレるものだから。
部下が戻らない事は、不自然そのものだし。
「警戒と隠蔽が徹底していた。己の存在を秘匿するだけなら、囮としてのゴーレムに、紛れて置けば良かっただけの事。また、アルウラネと共に行動する事はあっても、エルフとは会わないようにしていたな」
「アンデットに近い肉体を持つ、アルウラネなのでね」
「そのアルウラネと今後も行動すると、遠からず己の罪に巻き込んでしまう。ブッキーがお前と同等の、死体に寄生するアルウラネと思われる。それが堪えられないのだな」
スッゴーい、何でも分かるフレンズなんですね!
「だが、それも他の植物が、既にやっている事のはず。今さら悪評が流れたところで、ブッキーが孤立するとも思えないが?」
「そこが微妙なラインなんだよ。亜人とモンスターを分けるなら、その線引きは責任や罪悪感が、あるかどうかとなるから」
「ふむ……なるほど。だとすれば、最初の問いかけを訂正しよう。よくも我の顔に泥を塗ったな!」
「アンタに挑む事をもって、贖罪にさせてもらおう!」
幻獣の中でも最強格、それがドラゴン。
種類は数多あれど、どいつも揃ってクソ強い。
それは良く分かっている。
現状での、出来うる限りの策も用意してある。
それがどこまで通用するか。
ドラゴンの威圧と鳴き声が、森の木々を震わす。
あまりの衝撃に、体が硬直してしまう。
スタン・グレネードという、相手を死傷させない非致死性の手榴弾がある。
この手榴弾が発する閃光と大音響によって身動きを封じ、相手を生かしたまま制圧する事が可能だ。
信管を作動させると、一秒から二秒後に爆発する。マグネシウムと過塩素酸カリウム、または過塩素酸アンモニウムが燃焼し、百万カンデラの閃光と百七十デシベルの爆音を発生させる。
この状況に晒されると人間は、頭を手で覆い、屈んで腹部を守ろうとする姿勢を、条件反射的に取ってしまう。その結果五、六秒の間、相手は武器を使用することが出来ない。
外側の弾殻は薄いプラスチックやボール紙で出来ている上、破片はほとんど飛び散らないらしいが、それでも爆発によって効果を発揮するものなので、負傷する場合もあるという。
そうした条件反射は、冬虫夏草なこの身でも取ってしまう。
無防備な状態だ。それが解ける前に仕留めるのは、例えドラゴンといえど行う。
余裕を見せるかの如く、待っていてくれる道理が無い。
狩りであれ、勝負であれ、それに堪えられなかった方が悪いのだ。
耳栓を付けていても、音は肉体の水分を伝播して、鼓膜とその奥へと届く。
そう、耳栓で防げるのはゲームだけである。
現実なら、発された音と同じように音を出して、打ち消すしかない。高速道路の騒音が聞こえないのは、壁がそうやって打ち消すように、作ってあるためだ。
それ以外だとどうやって遮断するか。
音は空気を振動して伝わる。なら、真空にしてしまえばいい。宇宙空間では音が伝播しないのだから。
俺が身動き出来ないのは、本体である雑草が、肉体の影響を受けているためだ。
死体との接続を切り離し、頭部を真空にすれば、音が伝わる事もない。
バインド・ボイスの直後に、ドラゴンが突進して轢きに掛かって来た。
それを足元の魔法陣を何とか起動させて、自ら落とし穴に落ちる事で回避する。
あっぶね! 開始早々でリタイアするところだったぜ!
「よく凌いだな」
空振りしたのが分かると、ドラゴンは木々を薙ぎ倒しつつ停止し、こちらの方へと向き直る。
俺が肉体と再び繋がり、這い上がって来るのと、ドラゴンが向き直るのは同時だった。
再度突進は、ない。
一度かわされた以上、また同じか、別の手で回避されるとでも、ドラゴンは思ったのだろう。
タメを作った後、その口から火球を一発だけ、吐いて来た。
炎の塊が迫り来る。
俺は釘バットの側面全てに、風の魔法陣を幾つも重ねて描いておいた。
バットをフルスイングし、その多重魔法陣が起動して、振る方向に風の壁が出現する。
炎と風がぶつかり合う。
普通なら、風が炎に呑まれたり、貫かれてしまう。
しかし、相手の炎は球体。こちらの風は四十五度の角度がついた壁だ。
力のベクトルが、縦と横に分散するのが、四十五度という角度。
これは火事の際、高所から飛び降りた人を受け止める場合も、張った布に角度を付ける事で、衝撃を分散させられる。その応用だ。
火球は高く上方へと打ち上げられ、遠い場所にある木へと落ちて爆散した。
「レフトフライのコースか……」
「くははっ! 我の火球を真っ向から弾くとはな。面白い、面白いぞ!」
次は三連の火球を吐き出すドラゴン。
こっちは付き合いきれんよ。
最後は回避方向へ吐き出されたので、もう一度振り抜いて弾く。
「火球は弾けるだろうが、コレは弾けまい!」
ドラゴンは次に、火炎放射のようなブレスを放つ。
俺は釘バットを正面に構えると、風の魔法陣でランスを作り出し、迫る火炎に切っ先を向けて固定する。それだけで、空気の塊の外側をなぞるように、放射された炎は逸れてしまう。
本来は攻撃に用いる魔法を、敢えて防御に転用したのだ。何故なら、防御系の魔法は術者の全体を被う為に、燃費が悪い。かといって、局所的な防壁は、余程の腕前がないと、防御力が足りずに貫通したり、防壁から逸れて攻撃が通ってしまいかねない。
その点、攻撃用の魔法や魔法陣は、狙いを付ける為に微調整が出来るモノが多く、燃費面でも防御系よりは優れている。
何より、防御系が使えないと思わせる事も出来る為、攻撃特化の魔法使いだと、印象付けたりも可能だ。
また、風を起こして空気による防壁を張る際に、密度を調節して不可視に近くすれば、どうやって防いだのかも分かりにくくなる。
バットを振ったり、扇子を使って扇げば、風を起こすというプロセスを省き、生じた風をただ固めるだけで、防壁にしてしまう事も出来る。より低燃費で防げるのだ。
風とは気流であり、気流を呑み込む程の火力が無ければ、例え空気の塊であっても貫通せず、表面をなぞるだけで終わる。故に魔法や魔法陣で作り出したランスと言えども、焼きつくされる事は無い。
扇風機に向かって、紙飛行機を飛ばしても、すぐに墜落してしまう。横から扇風機の気流に向けて飛ばしたとしても、真っ直ぐ横切る事はなく、どうしてもズレて通過するか、墜落してしまうものだ。
これは、現代のジャンボ機だろうと、上空の気流に煽られる事もあるし、銃弾も風の影響を受けて、着弾点がズレてしまう事からきている。
また、風の下から火を近づければ、火の熱は上へと向かうので業火になりやすい。そうした炎の壁は視覚的にも怖い。
風の防壁に砂を混ぜれば、より物理的な防御力も上げられる。砂でなくて砂鉄にしてしまえば、雷属性の魔法も逸らせるだろう。
水分を球体にして、防壁に溶け込ませてしまえば、屈折率が上がるので、光属性の魔法を弾きやすくなる。
結論として、風は使い勝手が良いのだ。
もっと言うと、風にまつわる気象現象は、割りと無視出来ない脅威でもある。台風とか竜巻とか、火砕流も怖い。
何より、地形環境に合わせた魔法や魔法陣は、より少ない魔力の消費で、発現する。
例えば、水が無い場所で水属性の魔法を使えば、普段より多くの魔力を消費してしまう。
その点、土や風はどこにでも存在する。
長期戦で戦う場合、魔力の消費量を気にしておく必要もある。魔法とは、ただ火力だけを上げればいい訳ではないのだから。
「風のみで、吐息すら防ぐか。誠に面白い。あのダークエルフ以来だ、こんなにも気分が高揚する戦いは!」
ドラゴンは大口を開けて、高らかに笑っている。
それを、油断と呼ばずなんと言おう。
スライム・ボックスの一つを真上に放り投げ、釘バットでジャストミート。
やや狙った場所からは外れたものの、ドラゴンの下顎にぶち当たった。
「ぬ……なんだ、突出しているのは防御だけか? そんな攻撃では効かぬぞ?」
続けてスライム・ボックスを打つ。
釘バットで叩いても、なんとか耐えるように、結界で表面を固めたスライム・ボックスは、ドラゴンの鱗に当たった途端に弾ける。その堅さによって、ドラゴンは気付かないのか、それとも効いてないのか。
外側が堅いのは分かっていた。この釘バットで直接叩いても、ダメージは無いだろう。その位頑強でなければ、最強とは言われていない。
だが、そんな素の防御が堅いドラゴンでも、ダメージが通る場所はある。
眼や鼻腔、口腔内を始めとした内側だ。
特に火炎を吐く為の器官や、口と違って牙すらない肛門が脆弱で、次に関節付近の防御力は薄い。
もう一度打つと、首を傾げるように油断していたからか、上手く口腔内へと入った。
効かない攻撃だろうが、まるで鳩が豆鉄砲を食らったように見える。
「む……これは、毒か?」
「その通り。アルカリ性の水を濃縮させたモノだ」
お返しとばかりに、火球を吐くも、口元で燃え広がった。
最初のスライム・ボックスには、植物油を濃縮させてあったので、燃焼しやすかったようだ。
翼や胴体に当たったモノは、毒キノコを磨り潰して満たしたスライム・ボックス。
威力の落ちた火球を弾き、今度はアルコールが入ったスライム・ボックスを打つ。
鼻に当たると、ボックスが弾けてアルコールが揮発していき、口元に残っていた火によって爆発した。
鼻先とはいえ、突然の爆発だ。その衝撃と閃光、音のコンボによって、ドラゴンといえども脳が揺れる。
そう、脳震盪だ。
どんなに頑強でも、脳ミソまで堅いはずもなし。
ドラゴンは意地でも踏ん張ろうとするが、体の至るところが痙攣してしまい、体勢を立て直す事が出来ない。
ダメ押しにもう一打。
重力の魔法陣を刻んだ鉄の板で満たした、スライム・ボックスをドラゴンの足元へと飛ばす。
根っこを伸ばして起動させると、突然の高い重力によって、自分に掛かる負荷が重くなり、重心を崩して倒れ込む。
「まだヤるなら、その眼を貰う事になる」
「く……くく。ここまで痛め、つけておいて、よく言う。わ……我の、負け、だ……」
勝った。まぁ、元人間なので、準備さえ怠らず、慢心もしなければ、十戦やって六戦くらいは勝てるはず。バインド・ボイスの連発さえ、どうにかすればだが。
勝利の余韻に浸る暇はない。
気絶したドラゴンに寄生し、体内のアルカリ性の水を排出させないと、胃腸がダメになってしまう。
毒ってかなりエグいよなぁ。
勝っても継続戦闘に支障をきたすし、後遺症は日常生活にも影響が出る。
しかし、勝たなければ死ぬのが自然界の掟だ。
悪く思わないでくれよ?
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