第4話一週間後

 生まれたてのその日は、色々と思い悩みつつ、特に何事もなく夜へと移行したので、寝る事にした。


 植物に睡眠は必要なのか?

 そう思われるのも仕方がないが、それならアサガオは何故寝坊するのか。これは照明を、アサガオの花に当て続けると夜になっても寝ないで、真夜中になってから消すと花弁を閉じ、朝になってもしばらくは起きないという、自由研究のような実験結果からきている。

 つまり、植物といえど寝るのだ。


 生きている以上は寝ないと、永眠や冬眠も満足にできない。

 動いていないと死んでしまうマグロだって、泳ぎながら寝る。魚は目を開けたまま眠れるし、三枚に卸されても、しばらくは泳いでいられる。


 冬がやって来ると、余計なエネルギーを喰う葉っぱを削ぎ落とし、冬眠状態となって寒さを越す。

 そして、春になると再び芽を出すのだ。


 睡眠欲の次は、食欲である。

 肉食系植物は消化器官みたいなモノを持ち、その消化液はゆっくりと獲物を溶かし、たんぱく質や糖質が融け込んだ消化液ごと吸収する。


 普通の草花は、養分と水分のみだが、養分が動物の死体とかであれば、複雑に根を張り巡らせていく。

 ただ広く、深くでは、引き抜かれやすいし、養分が少ないと痩せ細る。かといって、仮に地下の水脈まで根っこを伸ばしたとしても、いずれは根腐れしてしまうだろう。


 あるにはあるが、人間と違って非常に淡白で、これがどうしても食いたいという欲求はない。


 性欲は分からない。まだ発芽したてだからだろうし、自分の雄しべを雌しべに当てれば済むし。

 ただ、植物といえど多様性が無くなると、ちょっとした病気やウイルスで死んでしまう。

 同種の別個体、もしくは親戚のような植物へと、花粉を飛ばして、出来た種子を広範囲へとばら蒔く必要がある。

 メンデルの法則も採り入れるなら、劣等や優等の種子も出来るので、さらにそこから生き延びる種子の確率も計算しなければ、すぐに自分の花粉が絡んだ種子は、全滅してしまうかもしれない。

 生存率でいうと、地域の水質や土壌等の環境にも適応しなければいけないか。


 二日目は初日に続き、そんな事をつらつら考えながら、特に何もなく終わった。




 三日目。今日は曇りなのか、日射しが弱く感じる。


 異世界といえば、魔法や超能力。だが、どんなにステータスと念じても、自分のパラメーターは見れない。スキルを獲得したという、天の声も聞こえなかった。

 そこで、付近の草花の根っこに絡み付きつつ、自分の根っこで魔法陣を描こうと思う。

 呪文は唱えられないが、魔法陣とその外円に書く文字は、根っこでなんとかなるはず。ま、カタカナや英語なんだけど。根っこで漢字を書くのは複雑過ぎてムリ。

 ゲームのように、簡略化した魔法は無いのだろう。

 それでも魔法があると思う理由は、五感や三大欲求等の生命力以外にも、何かエネルギーのようなモノを感じるから。

 生前で魔力を感じた事はないものの、これが魔力であると言うのが分かる。本能的なヤツなので、うまい説明は出来ないが。


 魔力があるという事は、それから派生するオーラがあると言う事だ。

 つまり、今のうちから訓練して、オーラや魔力を鍛え上げていけば、チートっぽくなるんだと思う。


 物語からの引用だが、魔力には波長や色があり、それらは個人で全く違うという。

 なら、波長とかを自由に変化させられれば、抵抗力が上がるし、魔法の制御も向上するはず。


 まぁ、今はオーラを発現させられるようにしなければ、何も始まらないか。

 オーラを現代風に例えるなら、威圧感やプレッシャーだ。もっと突き詰めて考えると、ストレスのような見えない刺激でもある。


 ストレスは本人の内側に溜まり、胃潰瘍やうつ病として発現する。厄介なのは、ストレスという刺激に効くモノは存在しないという事で、薬が処方されても、胃潰瘍なら胃腸を治し、脳内物質を薬で阻害や抑制して、体に掛かる負担を軽減させ、自分の治癒力が上回るようにしているだけなのだ。

 ストレスにも種類があるし、本人と他人での感受性の違いから、同じようなストレスを受けても、結果が違う事なんかもある。


 ストレスから哲学や心理学の説明も生まれたので、生物はストレス無しでは生きられないのだろう。


 追い込まれた主人公が、なんらかのチカラに目覚め、状況を打開する。

 つまり、外的要因な刺激を受けると、チカラに覚醒するとも言う。

 そのチカラは潜在能力に比例して、長所がよく伸びる。


 だが、そんなご都合主義のような展開は、ミスター現実の前ではあり得ない。

 どんなに理不尽でも、どんなに不条理でも、流れが変わる事はなく、ただ蹂躙されてしまう。


 こんなにも暗鬱な思考をするのは、内的要因な刺激を溜め、ストレスを感じつつ、魔力を感じる取っ掛かりを見つけるためだ。

 外的要因は、いつになるかも分からない。なら、内的要因により、ストレスから魔力を誘発する他ない。


 ミスター現実が猛威を奮う現代と違い、ここは異世界。別のミスター現実が支配する場所だ。

 なら、魔法があり得るような下地があり、比例して科学技術は低いはず。

 物理で殴れな戦争なら、科学技術はどうしても高くなっていき、国民の暮らしは豊かになっているはず。

 それは、農業や林業に始まり、土地開発による道路整備や区画整備。ひいては、人の行き来にも影響する。


 魔法ありきなら、獰猛な野生動物がいる。魔獣とかで、ドラゴンやスライムが有名だな。

 魔力が人体に影響して、亜人となる種族もいる。エルフやゴブリンだ。

 小説によっては、ゴブリンやオークは二足歩行する害獣だったりする。


 今のところ、人の往来はない。動物も、虫や鳥もいないように感じる。

 俺が根づいた場所は、雪解けが進んでいるような気がするので、雪山の麓かな?

 だとすると、まだ見向きもされていないだけか、断崖絶壁にでもいるのか。

 襲われないのはありがたいけど、退屈でしかたない。




 芽吹いてから一週間くらいが経った。根っこを伸ばしていて分かったのだが、生息域は土砂崩れで出来たと思われる、崖先付近である。

 俺自身は想像した通り、雑草だったようだ。種類までは分からないが、小学校のグラウンドとかでは見つけ次第、サーチアンドデストロイの対象であり、小石と一緒に取り除かれる。そんな平凡な草。

 運動場から緑を根絶やしにして、温暖化を促進させよう。とか、理科の先生が言ってたのが懐かしい。

 大人になると、当時の友達の名前やテスト範囲は忘れても、わりとどうでもいい事だけは、よく覚えているんだよなー。で、旧友の顔見て、あぁ、こんな奴も居たような気がするとか、漠然と思い出す。

 まぁ、忘れやすいというか、単に俺がボッチだっただけなんだが。


 すくすくと成長しつつも、付近の草花、その根っこに絡み付き、養分を横取りしつつ、オーラを出すように奮闘してみる。

 気張っても、何も出ない。

 魔力はなんとなく感じる、感じているはず。

 ……植物特有の何かだというオチか?

 いや、そんなはずはない。

 現に隣の草は、魔力っぽいモノを持っている、ように感じる。


 植物は寄生したり、共生したりする能力を持つ。

 トマトと一緒にネギを植える、コンパニオン・プランツだ。聞いた事があるだけだが、トマトによってくる虫をネギが撃退するとか。

 雑草の場合、主となる植物から、養分や水分を簒奪するだけ。例えば、チューリップが植えられた植え木鉢という、限られた土壌であるなら、雑草はいるだけで悪となる。


 また、別のお隣に生えている花は、赤いと感じる程の鮮明な魔力を持っている。草は銀色っぽい魔力だ。


 赤いという事は、火属性の魔力だろう。ひねくれていれば、赤いのに水属性とかだが。

 銀色は、うーん。金属系の魔力? または、魔力を回復させる効果を持つとか?

 体力や魔力を回復させる材料の一つ、これはありふれているようで、高品質なモノは少ない。

 例えば、百円ショップの商品のような感じだ。

 需要と供給、生産と消費が釣り合っていないと、モノの価値は暴落する。


 仮に草が、魔力を回復させる材料だとすると、品質は徐々に落ちていく。

 俺が成長を阻害しているためだ。

 同じように花も、これ以上は鮮度が良くならず、俺がいない場所へと根っこを伸ばすか、俺という雑草の根っこを排除するか。

 魔法植物であるなら、根っこから熱を出して、地中ごと根っこを炙ってくる。というか、現にやられかけた。

 本来なら、熱で焼き切られるのだろうが、時期や場所がそれを緩和させた。

 まず、雪解け水が、花の根っこが発する熱によって更に溶け、熱い地中が冷やされて適温まで下がる。

 まだ春先だからか、雪解け水は夜になると冷たくなるので、土に含まれる水ごと凍りつきやすくなる。

 しかし、俺はくさっても雑草なので、光合成によって得たでんぷん質が、茎や葉を流れる水分の凍結を抑える。根っこまで凍りつく前に、朝を迎えられるのだ。


 しかも、こちらは成長途中なので伸び盛り。花がついている方より、根っこの成長が早い。また、あえて根っこが良く伸びるように、養分の循環を意識している。

 そうすると、向こうの根っこと互い違いに絡まったりして、簡単には排除が出来なくなる。

 ここまですると、熱量の限界が先か、俺の忍耐力が切れるのが先か。

 現在進行形で、やや俺が優勢だ。

 約一週間くらいで、他の草花を侵食出来るようなので、自分の配下にする事が可能。

 侵食が強制的だと、意識を上書きするっぽいので、半分奴隷のようになるが、一々指示をしなければいけなくもなる。

 相手からすれば、俺は勝手に侵食してくる敵なので、交渉とかは論外。

 だからといって、逃げたりは出来ない。それが植物の悲しいところ。


 銀色の魔力を発する草は、最初こそ抵抗していたが、外堀を囲まれ侵食が本格的に始まる寸前、急に手のひらを返して従順になった。

 で、花の根っこが他所へ広がり、安定的な養分の補給が出来る場所伸びる前に、行く手を阻んでもらったりしている。

 赤い花は銀の草が苦手なのか、それとも同じ場所に生えているから、これ以上敵を増やしたくないのか、熱を向ける事はしなかった。


 草花に明確な意思は無いが、生存本能はある。

 侵食が進めば、相手の苗床にされ、土ごと本体までもが養分になる。

 それは奴隷以下で、最早死んでいるも同然。

 なら、さっさと従う方が、共生への道筋も見えてくる。役に立てば、おいそれとは切り捨てられないのだから。

 まぁ、あくまでも人間基準の考えなので、草がどんな思惑を持っているとかは知らない。そもそも、自我がほとんど無いのに、侵食してきた相手へ協力的過ぎる。

 これは、注意しておかないと後々で裏切られるかも?

 戦艦や戦車、戦闘機が擬人化して戦ってくれるゲームのように、仮想意識を持つような魔法って、どこかにないかなぁ……。


 ちなみに、草や花だと分かるのは、侵食の過程で相手がどんな状態なのかが、根っこを通じて流れてくる為だ。

 視覚情報ではなく、触覚の情報だけ。しかし、目を頼らないでも想像で補える。人間としての強みは、思考する力を持っている事だ。

 考えて知恵を出し、知識として明確化していき、道具や武術を編み出す事で、人間は野生動物と互角以上に渡り合ってきた。

 例えば、彼の剣豪、宮本武蔵は、飛んでいるハエを箸で掴んだ事がある。

 どんなに素早く動いても、ハエの察知能力を超える事は出来ない。ハエは危険を察知すると、その場で九十度も向きを変えるからだ。

 では、どうやったらハエを掴めるのか?

 簡単に言うと、ハエが逃げる先へと箸を動かす。

 どこに飛ぶのかは、観察とトライアルアンドエラーの繰り返しで、パターンを見出だす。それらを経験則として反映させれば、素早いハエをも掴めるようになる。


 疑問に対し、人間は思考する。それが科学の理論体系化にも繋がっている。好奇心だけでは、説明が出来ない事も、研究して論文に纏めれば、かみ砕いた説明も出来る。

 で、科学の進歩と同時に兵器も造られてきた。

 その兵器のお陰で、人間は自分達の領土や食料を、野生動物から守り、時には飼い慣らして家畜にまでしてきた。豚なんかが良い例で、元々は猪である。

 植物もそう、桜は品種改良でキレイなピンク色と花びらを持つが、原種は地味に見えてしまう。

 ソメイヨシノなんか、大半がクローンとしての植樹らしい。

 クローンが忌避される理由の一つとして、多様性が無くなる事が挙げられる。

 一つの病気に掛かってしまえば、クローンごと全滅する可能性があるのだ。オリジナルだろうが、クローンだろうが、病気への抵抗力は同じ。なら、蔓延すれば回復にも同じくらいの時間と、同じ薬でなければ治せなくなる。

 多様性があれば、自己治癒力が高い種ほど、薬が要らないし、免疫力もつく。


 そんな科学も道具も、ましてや手足すら無い。

 植物間の文化なんてあってないようなもの。

 武器は己自身のみ。弱点も多い。

 侵食によるテリトリーの拡大は、そのまま敵を増やす事にも繋がる。

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