シンデレラ・サーチ 2

 深々度デプス単独侵攻用ブースター・イントルーダーユニット『ブルーム』は全長およそ四十メートル。センチュリオンの全高に三倍するサイズをもち、一見すれば単推進器モノスラスター構造の小型宇宙艇にも見える。


 だが、このユニットはセンチュリオン・モジュールの機体後方に接続され、制御系はモジュールのコクピットから操作されるのだ。その外観はまさにブルームにまたがった魔女――というよりはむしろ、一本燭台のピンを尻に突き刺された、1/35スケールの兵隊人形と言った方がしっくりくる。


 モジュール側の内蔵核融合炉から電力を得て稼働する、この巨大スラスターユニットは、本来貧弱なセンチュリオンの加速性と航続力を二百倍ほどに強化するのだった。



「こちらガンフリント1。目標αを視認、これより速度を同調する」


〈お気をつけて、クルベ中尉〉


 通信士と短いやり取りを交わして、クルベはブルームの出力を上げた。前方を飛翔していくコンテナに追いすがり、距離を詰める。やや後ろには同じくブルームを装備したフォレスターのセンチュリオンがいる。


 はるか後方ではヴィクトリクス号もほぼ同じ速度まで追従してきていた。


 宇宙スペース・活劇オペラ・航法ナヴィゲーションは今なお継続中――それもさらに過酷、かつ狂気じみた飛行計画フライト・プランで。


 二十秒後、クルベのセンチュリオンは飛翔する白く四角い箱に完全に同調し、並走していた。彼我の距離は約千メートル。宇宙のスケールで考えれば、『手を伸ばせば届くほど』近い。


靴合わせシンデレラ・テストを開始する――いいんだな、本当に?」


〈時間と推進剤が惜しいわ、早くしなさい〉

 通信にマユミが割り込む。それが妙に蓮っ葉な物言いに感じられて、クルベは唇の端を吊り上げた。


了解ロジャー、観測しっかり頼む」


 クルベのセンチュリオン――ガンフリント1が、右手に装備したBDW(砲隊バッテリー防衛兵器ディフェンスウェポン)を構え、発砲。


 単発モードで、ゆっくりと五回。貫通力の低い五十ミリ徹甲榴弾は箱の表面ではじかれ、白い塗装の上に変色した醜い傷をしるした――



         * * * * * * *



「何か、方法はあるはずよ。あるはずなの」


 マユミの口元から栄養ペーストの一滴が飛んで、ゆっくりとクルベの横を漂っていった。クルベは気づかれないように小さく肩をすくめた。彼女は時々些細なマナーをすっ飛ばして、ひどく隙のある姿を見せるのだ。

 それも仕方がない、と彼は大目に見ることにした。眼の前のこの美女は、続く心労と激務にすっかりやつれ、大きな青い目を縁取るまつげを先ほどから神経質に震わせている。


「その何か、が思いつければ苦労はしない――そんなところか」


 マユミとクルベは一号船室のテーブルに向かい合わせに座って、あわただしく食事をとっていた。その間も彼女はずっと、膝の上に置かれた携帯端末に見入っている。そこにはヴィクトリクス号と、推測されるコンテナの現在位置を示すいくつかの光点が模式的に表示されていた。


「それでも……そう、何かあるはず」


 秒速八十キロでの慣性航行に移って二日。いまだに救難信号はキャッチできていない。時間はまだ残されているが、艦内には焦りと閉塞感が生み出す不吉な空気がじわじわと拡がりつつあった。


「……重力波センサーみたいなものが、この船にあればな」

 ふと、クルベが首をかしげながらそういった。


「なにそれ。活劇番組アニメじゃあるまいし、そんなもの……」 

 マユミはつかの間愁眉を開いて微笑んだ。彼女にとっては、クルベの発言はひどく無邪気で夢見がちなものに感じられたのだ。


「いやまあ、あるとこにはあるわよ? 大きな天文観測基地とかね、でもどうしてそんなことを」


 遠方の天体におけるある種の活動――例えば超新星爆発などを観測するために重力波検出を行うことは、二一世紀後半から比較的当たり前の手法になっている。だが、その観測対象はもっぱら恒星や星雲などだし、装置もいまだ大掛かりなものにならざるを得ない。たかだか二百メートル級の宇宙船に搭載できるようなものではなかった。

 

 マユミのそんな失笑を気にせず、クルベは思うままを口にした。


「質量が違うんじゃないかと思うんだ。『砲弾』は都市を一つ衝撃波で壊滅させるくらいの運動エネルギーを持ってる。迎撃で破砕した後に検出される二次デブリもかなりの質量だ。でも、その女の子はコンテナの中に一人きりで――」


「質量ねえ……でも、その程度の質量差を検出するのは、重力波検出装置とは多分、また別の――」


 言いかけて、マユミははっとした。そうだ――質量が、違う。それは間違いないのだ。


「質量が違えば、運動エネルギーは、つまり……」


 思考を懸命にまとめ上げる。十秒ほどうつむいて黙考した後、彼女はあわただしく端末を艦内の通話回線に接続した。


「メイナード副長? オースティン准尉とジャクソン少尉、それにダルキースト中尉を一号船室に集めて。もちろん、あなたもね」





「残念ながら、火星軌道外縁の防衛ラインからこちらがわにある、すべての『砲弾』を観測、対処することはヴィクトリクス号単艦では不可能です。それはもう、どうしようもないわ」


 艦の士官と軌道砲兵のパイロットを集めたブリーフィングで、マユミはまず、それを告げた。ほとんど無言に近いかすかなざわめきと吐息が、一同の間に緊張した圧力を生み出した。


「センサーでとらえ得た範囲にあり、我々の推進剤残量で対処可能なのはこの四個です」


 スクリーンにはギリシャ文字のアルファベットを割り振られた、四つの光点が表示されている。それは、平均して千二百万キロメートルほどの間隔をあけて、太陽へ向かう軌道をとっている。ただし、最後の一つだけが、先行する一個にいくらか接近していた。


「射出タイミングを考えれば、この最後尾の『砲弾』ないしコンテナがアルミ・ロビンソンである蓋然性は高い。しかし確証はありません」


 信号さえキャッチできれば――そんなつぶやきが誰からともなく漏れる中、マユミは全員をぐるりと見まわして、言葉をついだ。

 

「ゆえに、まず近いものから接近して確認します。砲弾であれば、可能なら破壊。もしくは落下に任せ、火星軌道外縁で第一中隊ストライカーに処理を委ねましょう」


「確認……しかしどうやって!?」

 ジャクソンが色めき立つ。マユミはそれに答えず、椅子の後ろを回ってオースティンのそばに移動した。


「オースティン准尉。前に見せてもらった、発電コンテナのデータ――構造材の種類と厚さ、要するに強度は分かりますか?」


「あ、はい。仕様通りであれば、チタンと鉄を主体にした耐候性強化合金のパネルを防磁セラミックで覆ったものです。厚さはパネルの主要部分で六百ミリ――強度的には……我々の装備する小型艦の装甲に匹敵します」


「大変よろしい。では、それを破壊しない範囲で何かをぶつけるとすれば――」


「申し訳ありません、艦長が何をおっしゃっているのか、わかりかねます」

 目を白黒させるオースティンに、マユミはあきらめたように肩をすくめた。


「オーケー、じゃあ全部説明するわ。これまで地球に落下した、木星からの『砲弾』は、その被害状況からおおよそ三万トン強の質量をもっている、と推定されています。あのコンテナと同じものだとして、30x15x15メートルの寸法なら、体積はおよそ六千七百五十立方メートル……これは、おおむねチタンより少し重い程度の物質をあの中に満たした、と仮定した場合の平均密度に、よく合致します」


 顔を見合わせる士官たちを前に、クルベが身を乗り出して話を引き継いだ。


「だが、アルミ・ロビンソンを格納したコンテナは、おそらく中空に近い。少女自身を無視すれば、その質量は外殻パネルのみのそれとほぼ近似になる。准尉、この構造材の平均密度はどのくらいだ?」


「およそ3グラム/立方センチメートルです。質量を計算すれば――」

 オースティンは手元の端末で手早く計算した。


「……千三百五十トン」


「およそ三十分の一ね。それだけ違いがあれば、例えば――BDWの弾丸を打ち込んだ際の、わずかな軌道のずれ。そこにも必ず有意な差が出ます。それを検出するのよ」


 プリンセスを見つけるにはどうするか? 簡単なことだった。


 ――靴を、実際に履かせればいい。



         * * * * * * *



 六百ミリの外殻を破壊しない程度の威力――五十ミリ徹甲榴弾は、ちょうどおあつらえ向きだった。それでもコンテナにはわずかに、ほんのわずかに軌道のずれが生じる。その差を、ヴィクトリクス号のレーザーセンサーは鋭敏に検出していた。


〈計測完了。軌道変動値0.003%、事前の推定値に合致――クルベ中尉、そいつは『砲弾』です〉


「まあ、そうだろうと思ったぜ。なにせこいつは一番先頭だ――あとは任せた、フォレスター曹長」


了解ロジャー


 コンテナから距離をとって離脱するクルベのガンフリント1と入れ替わりに、フォレスターのセンチュリオン、ガンフリント2がコンテナと並んだ。そこからブルーム推進器スラスターを噴射してさらに大きく前へ出る。


 プラズマ発光がカメラを灼く。フォレスターの放ったレールガンの弾体は『砲弾』の前方で炸裂して広がり、数秒後に目標と交差した。


〈着弾、確認。目標の破壊に成功です〉


 フォレスターの声に、口笛の音が混ざった。


 クルベたちは艦へ戻る軌道をとり、スラスターをまた噴射した。次の目標はまた千二百万キロ外周になるが、ヴィクトリクス号は砲弾の一個一個を、今現在の位置まで律儀に追っていく必要はない。元の進路へ戻り、コンテナ群との位置を適切に保っていけば、目標は自分からこちらへ落下してくるのだ。



 ヴィクトリクス号が最後尾のコンテナを捕捉したのは30日後――幸運にも、そいつはこの世で最も哀切な歌を、か細い声でまだ歌い続けていた。


 SOSを。

 

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