生還へのカウントダウン

「ボンベの予備を持ってきました」


 機外からの接触通話に応じてコクピットハッチが開く。中を覗くと、複座配置になったシートの一方で、航法コンピューターのコンソールからタカムラ大尉が顔を上げたところだった。

 

「そちらはどうです?」


 ヘルメットのバイザー越しに、彼女の眉根に寄せられた縦じわがゆるむのが見えた。

「いま天測がすんだところよ」


 大尉はセンチュリオンの頭部にある望遠光学センサーを使って、太陽を基準にボストンの現在位置を割り出す作業中だったようだ。


「現在、本艦は火星の公転軌道が描く平面に対して、三十度傾いた姿勢を保ったまま、ほぼ船体軸を中心として自転しています。回転による疑似重力はほとんど無視できる範囲。想像よりはましだけど、このままでは公転面から離れる一方ね」


「つまり、姿勢制御のために再噴射が必要なんですね?」

 クルベはタカムラ大尉のブルーの瞳からふっと視線を外しながら確認した。

 

「その通り、できれば一時間以内に」


「それなら問題ありません。接続は完了しています」


 そう、と呟いてタカムラ大尉はまた手元のコンソールに目を落とした。

 

「OK。クルベ中尉、前部座席ガンナーシートについて。これから三十秒間、姿勢制御バーニアを手動で噴射します。前部のものは……使えないわね。中央部四番と、後部の八および十二番を十秒づつ」


「私は何をすれば?」

「メインモニターの下部に象限儀があるわね? それの十字マーク二つが完全に重なったら教えて」

「分かりました」


 形式的な秒読みのあと、タカムラ大尉は滑らかな操作でバーニアを点火した。トリポリ・ステーションからの道中に二度ほど味わった、かすかな振動が操縦桿から伝わって来た。

 

 象限儀中央に赤い十字で示された船体軸に、火星の公転面及びそれに交わる垂直線が作る緑の十字が上方から次第に近づいてくる。

 

 指示されたわけではなかったが、クルベは角度インジケーターの数字を読み上げた。

「進路同調まであと五度……四度……」


「非常によろしい」

 受信機からタカムラ大尉の満足そうな声が響く。


「一度……同調!」

「噴射、停止!」


 二人がほぼ同時に叫び、小さな揺れとともに船体の動きが見かけ上停まった。

 ごくわずかな角度のずれを短い再噴射で修正したあと、タカムラ大尉は大きく息をついた。


「ご苦労様。これで、あとは酸素ボンベを全てここに集めて、ボストンを火星までのホーマン遷移軌道に乗せればいいわ。そうしたら、交代で眠――」


 眠りましょう、と言いかけた大尉が、続く言葉を飲み込む。マニュアルを表示していたリーダー端末が彼女の手を離れ、ふわりと宙に浮いた。


「何です?」

 

 訝しむクルベの問いに、タカムラ大尉は無言で正面モニターを切り替えた。センチュリオンの頭部、側方に位置するカメラの映像が投影される。

 そこにはまばらな星の光を背に接近する、二つの物体が映し出されていた。


 通常の小天体よりやや低い反射率。溶けかけた八面体を組み合わせて人間のトルソーを模したような、威圧的なフォルムが目を射た。二つとも形はほぼ同一――何らかの規格に基づいて製造された物体のようだ。


「初めて見る……まさか、これは敵のオービットガンナー……?」


「いいえ、別種の兵器よ。こいつは砲撃戦ではなく、接近しての格闘戦を仕掛けてくる――いうなれば、戦闘機か装甲歩兵といった何か。でもこんなほとんど何もない空間に、母艦なしで現れるなんて!」


「あんなものがあるなんて、訓練では教えられてません」

「当然よ。恐慌を防ぐためにまだ情報統制されてる。艦隊では機動殻マニューバ・クラストと呼んでいるわ」

 タカムラ大尉の声が引きつっていた。よほどの脅威なのだ。

 

「速い……! それに噴射炎らしきものが全く見えない!」


 踊るように小刻みに進路を変更するその動きは、クルベの常識を超えていた。

 逃げきれない――そう直感した。あれはなにか、次元の違う技術の産物だ。宇宙船を軌道力学に基づいて運航せざるを得ない自分たちでは振り切ることのできない、死の運び手なのだ。

 

「既にこの艦を捕捉しているはず。まちがいなく攻撃を仕掛けてくるわ……」

 タカムラ大尉が放心したようにつぶやいた。

 

「冗談じゃない……!」

 そうだ、冗談ではない。ここまでこぎつけて諦められるか。何かこの窮地を乗り越える方法がないものか。

 ぼんやりと頭に浮かぶアイデアがあった。それを裏付けるには、情報が必要だ。 

 

「……タカムラ大尉。敵は格闘戦を仕掛けてくる、と? 攻撃手段は火器ですか、それとも……」


「『格闘』よ。加速しての体当たりチャージか肉迫して近接武器を振るうメレーか」


 なるほど、それなら一つだけ、何とかなりそうな手段がある……!

 

「こいつの腕は動かせますよね? 『ボストン』のコントロールはそちらへ任せます。合図したら所定の進路で推力をかけてください」


「モジュールのマニピュレーターで殴るとでも? そんなことができる強度はないはずよ」


「レールガンを使います。俺にアイデアがある」


 機体の横に固縛されていたレールガンに、センチュリオンのカメラを向ける。コンテナの枠は荒いカゴ状になった金属製の骨組みだけ。その隙間から腕を伸ばし、まず電力ケーブルを掴む。

 

「来たわ!!」

 大尉が悲鳴を上げる。

 

「何とか避けろ!」

 「Please」も「ma'am」もすっとばして叫んだ。姿勢制御バーニアがコンマ五秒噴射され、後方から突入してきた機動殻マニューバ・クラストが直上をかすめて過ぎる。クルベはヘルメットの中で髪が逆立つのを感じた。

 

「くっ……!」


 センチュリオンの核融合ジェネレーターに繋がるコネクターに、ケーブルの端子を押し込む。確かな手ごたえと、コンソールに灯るグリーンのランプ。純正品同士だけあって、完璧な接合が行われた。

 

 指を延ばして固定ボルトを連鎖モードで爆砕する。二本の電極レールを砲口から露出させたレールガン、『ルビコンRK-303A』がわずかに船体から離れて宙に浮かんだ。

 横向きに飛び出たグリップを保持し、トリガーに鉄の指をかけて待つ。回転半径ほぼゼロで進路を百八十度変えた機動殻マニューバ・クラストが二機、前後に並んで再び突入してきた。


 敵は慣性などほぼ無視して動けるとみていい――ギリギリまで引き付け、レールガンの砲身を『クラスト』に向かって押し出した。

  

(もらった!)


 砲口の電極が機動殻マニューバ・クラストに深々と食い込んだ瞬間、クルベはトリガーを引いた。

 輸送状態で弾体は装填されていない。だが、レールガンは二本の電極の間に高圧電流を流し、そこに作用するローレンツ力で弾体を投射する兵器だ。

 

 直接突き刺して通電すれば、すなわち超高出力のスタンガンと化す――敵の機動殻が火花を上げて内側から破裂した。

 

「今です、大尉!!」

了解ロジャー!」


 全力噴射。VASIMR比推力可変プラズマドライブがうなりを上げ、ボストンの残骸が加速する。レールガンは冷却モードに移行していたが、そのまま後続の機動殻に突き刺さして引き裂いた。


 その断片からはなにか青色を帯びた液体が真空中に拡散し、後方へ飛び去った。そして、ボストンは再度の微調整ののち、ふたたび火星へ向かう遷移軌道に乗った。 

 

 七時間後、クルベはタカムラ大尉と交代で長い仮眠に入った。火星の軌道ステーションに駐留している艦艇のどれかが救助信号を拾って回収してくれる事を、今は祈るしかない。




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