『宝物』

深神鏡

第1話

私の物語の終わりはいつも不幸……


何度生まれ変わっても

何度生まれ変わっても


変わらない運命……


誰か、この悪夢から助けて

もう繰り返すのは嫌……


どうすれば私は救われるの?

死んでも

死んでも

生まれ変わる悲劇。


終わることのない地獄


私はわからない

何をすればいいのか

私は知らない

これが何の罰なのか


私は罪人なの?


誰か教えて……


季節は巡る 時代は変わる

人々は老いて死んでゆく


何度も生まれ変わる私には

幾億もの前世の記憶がある。


それが何故なのかは

きっと神しか知らない。

私は神を信じていないけど。


心地よい風が吹き抜けていく

晴れ渡る青い空が美しい

夏の午後……


幸福な終わりの物語を読み終わった。

ため息をつき

そっと本を閉じる。


上を見上げれば

青い空を鳥たちが

翼を羽ばたかせ風に乗り

渡っていく


目を細め その光景を見つめて

悲しくなった。


私も自由が欲しい。

幸福な人生の終わりが。


でも、こうしている間にも

悲惨な終わりの足音が

不幸の鎖で縛られた私の耳には聞こえる。


今回の人生では私は女の子だ。

両親は不明。

孤児院に捨てられていたそうだ。


名前は『リピ』意味は悲しみ。


私は苦笑した。お似合いすぎる名前だ。


今回は何歳まで生きられるだろう

だいたい、いつの人生も

20歳前後で死ぬ。

今、私は17歳。


ちなみに前回の人生では

23歳で病死した。


今回は身体に異常はない

だから事故か災害か人災で死ぬのかも。

目を閉じて考える。


何の為に繰り返し生まれ変わり

死ぬのだろう……


せめて、意味を知りたい。


「リピー!」


あ、イルシオンの声がする。

彼は男の子の友人だ。


「また読書? 好きだねー」

『うん、好き』

「あのね、お菓子もらったから分けようと思って」


イルシオンは私の隣に座り

手にしていた甘い香りのする袋から

焼き菓子を数個取り出した。


『……ありがとう、一人で食べていいのに……』

「誰かと一緒に食べる方がもっと美味しいんだよ!」


そう言って微笑むとお菓子を食べ始めた。


「天気のいい日に外で食べるのは格別だね」

『そうだね』


イルシオンは優しい。

私は恐い、この優しい男の子が

私といることで

不幸に巻き込まれるのではないかと。


イルシオンの悲しい顔は見たくない。


彼を遠ざけないと。

そうわかっているのに、

私は彼と一緒にいることが楽しくて

イルシオンに冷たい態度が取れない。


きっともうすぐ

残酷な運命が私の命を奪いにくる。

そう考えると

イルシオンといる一瞬一瞬が

大切な宝物に感じる。


ぼんやり焼き菓子をかじる。


焼き菓子はホロホロと甘く口溶けよく

ナッツの香ばしい風味を口内に広げ

溶けていった。


『美味しい』

「でしょ! 絶対気にいると思ったよ」


眩しい笑顔。

嬉しそうな顔の彼を見ると

悲しくなってきた。


突然訪れる別れを想像すると

虚しくなる。


誰にも話した事はないけど

イルシオンなら信じてくれる気がした

私の呪われた輪廻転生の物語。


『……あのね……』

「ん?」


ドンッ


『!?』

「痛ってぇ!!」


赤いボールが飛んできて

イルシオンの頭に直撃した。

子供たちが笑いながら走ってきて

謝ってきて、イルシオンの袖を引っ張り

一緒に遊んでとせがんだ。


私は苦笑した。


『私はいいから、遊んであげて』

「えっ、でも」

『いいからいいから』


イルシオンは困惑しながら

仕方ないなと

子供たちに連れられ

公園の広場に出ていく。


イルシオンと

子供たちが遊ぶ光景を眺め

夕方まで過ごして

みんなで孤児院へ帰った。


「疲れたー」

『お疲れ様』


1日の終わりにみんなで掃除をして

お祈りをして夕食を済ませる。


就寝時間になりベットに入る。

暗い部屋に窓から

月明かりが差し込む。


私は星空を見ながら

今回の人生は

あまり酷くないと思った。


今までの前世を振り返ると

今回の人生は穏やかな方だ。

今のところ。

私を捨てた両親には

微塵も興味がない

両親がどんな理由で

私を捨てたとかは

どうでもいい。


私は孤児院のみんなと一緒に過ごせて

満足しているし、けっこう楽しい。

たぶん、前世の記憶がたくさんあるから

そのせいで感覚が普通の人と違うのだろう。


ささやかな幸せが大切な宝物なのだ。


私の宝物、それは記憶。

何度生まれ変わっても

記憶だけは残っているから。


だから、私は集める。

生きていられる内に

できるだけたくさんの

幸せな記憶という宝物を。


この宝物だけは誰も私から奪えない。


……奪えない……


眠気が私を夢の世界へ連れていく。


誰かの囁きが聞こえた気がした。


……貴方の【宝物】と引き換えに……


……生まれ変わる事を止めますか?……


誰?


貴方が今までの記憶全てを

私に差し出し忘れられるのなら……

叶えてあげましょう

二度と生まれ変わる事のない

全てを忘れた真っ白な魂へ……


……どうです?……


私の記憶が欲しいの?

なぜ?


……それは秘密です……


今までの記憶を差し出せば

もう生まれ変わらなくて済むの?

でも今まで覚えてきた

幸せな記憶は忘れてしまうの?

私の宝物……


脳裏に次々と浮かんでは消える

前世の記憶、幸せだった瞬間の記憶


あっ……


イルシオンの笑顔が浮かぶ。


不幸だった時の記憶のほうが多いが

そのぶん幸せな時の記憶は

かけがえのないものだ。


その全てを捨てて

真っ白になるのは

とても悲しい事だと気づいた。


嫌…… 忘れたくない……


本当にいいんですか? それで。

貴方は永遠に苦しむ事になりますよ……

私は二度とここへは現れませんよ?

それでもいいんですね?


私はうなづいた。


……交渉決裂ですね。

馬鹿な人間だ。

宝物なんて捨ててしまえば

楽になれたのに。

そんなもののために

苦しみ続けることを

選択するなんて


……理解できませんね……


それでは さようなら 愚かな人間。


目が覚めて 起き上がる。

外はまだ暗く 朝まで時間があるようだ。


今の夢はなんだったんだろう。

辺りを見回しても

みんなが眠っているだけだ。


悪魔の誘惑だったのだろうか。


私は先ほどの会話のやりとりを

思い出しながら

ため息をついた。


愚かな人間、確かにそうかもしれない。

大切な宝物を握りしめて、

苦しみ続ける私。


手放せば楽になれたのに

できなかった。


それでも、イルシオンや

他のみんなの事を

忘れなくてよかったと思う。


いつか辛い別れが来るとしても

覚えていたい、握りしめていたい。

みんなの記憶。


……大切な宝物……


私はもう一度横になり目を閉じた。





題名『宝物』END

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