9話:重い使命

宿・雛鳥にて。


マッドスネークが酒場から出ていく頃には日が暮れていたので、四人は酒場で食事を済ませた。明日のクエストの為に、今日はゆっくり休もうとのことになり、宿へ直行したのだ。


受付を済ませて、フロアに上がる時にシモンが草履を脱ごうとする。


「ええ! ちょっ、脱がなくていいんだよ!?」


シドが咄嗟に止める。


「そういえば、そうだったわね。私の国では靴は玄関で脱ぐの」


そう説明しながら、シモンは草履を履き直す。シドとジャンは、その姿を不思議そうに見ていた。





* * *





────コンコン。


シモンが部屋で落ち着いた頃、誰かがドアをノックした。


「どうぞ」


少し開いたドアから顔を覗かせたのはレイだった。部屋の中にいるシモンを認識すると、口を開いた。


「何か、困った事はないか?」


先程の草履を間違えて脱ぐ姿を見て、心配してくれたのだろう。


何だか心配するレイを見て、ほっとした気分になった。文化の全く違う異国で、すっかり気が張ってたのだろう。


「今は大丈夫よ。生活には他の宿とかで慣れてきたんだけど、どうも靴を脱ぐ習慣が抜けなくて」


自分に対して呆れたシモンは、やれやれと言わんばかりに肩を上げ、すとんと落とした。


「何か飲んでく?」


「ああ」


レイは部屋に入り、ドアを閉める。


「なかなかいい部屋よね、他の宿よりは断然広いような感じだし」


お湯をカップに注ぎながら、シモンはそう言う。レイは窓の外を眺めながら「確かにな」と返答した。


広々とした空間に、大きな窓。ソファーまであり、贅沢とまで言える部屋。


「なあシモン、『樹海を調べるためにここへ来た』って言ってたよな。そのことについて気になってたんだ」


レイは何気なく質問を投げかけた。


「探してるの、ザンクトの石を」


シモンは真剣な口調で言うと、ティーカップを二つ持ってきて、一方をレイに渡した。レイは「ありがとう」と言い、床に座り込んだ。


「話せば長いわ。私の家は代代、恐ろしい地獄の神が封印されている扉を守るために、修行したりして暮らす。それが鏡ノ桜家の『桜ノ巫女』よ」


「シモンは、桜ノ巫女なのか?」


「ええ。でも、その扉の封印が解け始めているの。原因は分からないわ」


シモンはティーカップにゆらゆらと映る自分の顔を、複雑な気持ちで眺める。


「解けるのを止めるためには、そのザンクトの石が必要ってことか?」


「理解が早いわね。厳密に言えば、封印をかけなおすの。解け始めているのは、封印の力が弱まっているから。再び強化したところで封印は不完全。封印をかけるには、ザンクトの石が最低七つ必要よ。稀少なものだから、あちこち探し回るより文献を参考にしたの。そしたら、春日ノ樹海に」


シモンは、ゆっくりティーカップを傾けたり元に戻したりしていた。


「封印はもって三年。過ぎれば地獄の神は世界を滅ぼすわ」


「······」


世界が滅ぶ。レイは突然のことでシモンになんと返答すれば良いか分からなくなっていた。


────彼女は、こんなに重い使命を。


「悪いけど、クエストを終えた後、あなた達と旅は出来ないわ」


そう言ってティーカップの中身を飲み干し、立ち上がった。


「ごめんなさい、もう寝るわね。カップはそこに置いてて」


「ああ······分かった」


レイは指差されたテーブルの上にティーカップを置き、ゆっくりドアを開けて「おやすみ」と言って出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る