猫の騎士譚

尾岡れき@猫部

「100万回一緒の物語」

1


ずっと一緒。

君と一緒。

回した螺旋。転がす羅列。紐解く時間

ずっと一緒。

君と一緒。

100万回一緒の物語。









 もえは夢を見ていた。


 夢の中で萌は信じられないほど、純白のドレスを身にまとっている。今の萌が来たら馬子にも衣装かもしれないが、夢の中の萌はそのドレスを着こなしている。その表情に浮かぶ脅えからも、失われることのない気品が漂う。お姫さまという表現が的確な夢の中の萌を、空の上から見下ろしていた。


 炎が、萌を包む。が、萌は熱さも苦痛も感じない。


 狂ったように炎は、壁や柱を焼き尽くす。柱は倒れ、美しい絵は灰になる。彫刻は破壊され、血が床に滲む。かつては体の一部だった部品がちらばり、焼かれる。それを見まいと、視線をそらしながら彼女は走り続けていた。萌は彼女と違い、それを凝視する。


 変わらない、同じ夢。一コマ、一コマ、萌は憶えている。そして結末も。何度も見たとは言え------夢だとは言え、その終わりを思い浮かべる度に、萌の背中に冷たいものが走る。夢の中だというのに、ベットで寝ている萌の背中か、冷や汗をかいたていた。


 それが手にとるように分かる。早まる心臓の鼓動。恐怖に硬直する体。本能の警告。同じことは繰り返される。繰り返し回る回る回る回る。


 これは夢。でも、現実すぎるくらい切り刻む恐怖。萌は冷静にそれを見ていた。震えるのは本能。今の自分には何の危害が加えられる心配がないことも分かっている。これは夢。ただの夢。それも分かっている。それなのに脅えるのは……なぜ?


(私は……知ってる)


 この夢の終わりを。この夢はたくさんある夢の一つ。この夢を見たら、しばらくはこの夢を見ない。また違う夢を見る。この夢の意味を萌は知らない。そして知っている。でも萌は知らない。でも彼女は知っている。萌も知っている。


 かちゃ。金属音。剣先が彼女を威嚇した。

 兵士が、目をギラギラさせて鼻息を荒く、彼女を囲んでいく。


「この国は終わりです、姫」


 とリーダーと思われる黒髭が笑み浮かべる。


「貴方の父上と母上は死んだ。この国は神聖帝国の一部となるのです」


 後世に名も残すこともなく散る小国。萌の見ているのは、その崩壊の瞬間だった。


「素敵じゃないですか、この炎。弱小国を焼く聖火。強さの証。貴方の父上は決断を間違えた。己の愚かな誇りを優先し、この国の罪無き民を無駄に殺した。まさか貴方はそうではないでしょうな?」


 ニヤニヤとした笑み。が彼女は毅然とした姿勢で睨み返す。


「罪なき民を殺したの、貴方達帝国でしょう。神聖? それは神への冒涜です。蛮国、侵略帝国と単語を間違えているのではありませんか?」


「小娘!」


 兵士がいっせいに刃をむけた。萌はそれをじっと見ていた。彼女は微動だにしなかった。


「そもそも神の国と自ら主張する事、そのものが驕りです。力による侵略で、他国を制圧する。制圧した人民を神聖帝国人民という名のもとの奴隷待遇で、嬲る。たしかに貴方方の軍事力は賞賛に値します。しかし、人は力だけでは制圧されるものではありません」


「腐っても王女か」


 黒髭はにたにたとした笑いを止めない。


「が、所詮は負け犬の娘。単なる家畜にすぎない、ということを教育してやろう」


 目で合図する。男どもは一斉に剣を繰り出す。彼女は動じない。兵士達は単なる威嚇のつもりだったが、暴力に降参しない相手に焦りが生まれる。たかが女。武器も無いただの小娘。こんな小娘に好き放題を言わせるな。


 目が血走る。殺せ。神聖帝国は、こんな小娘に泥を塗られるような安看板ではない。

 彼女の心臓をめがけて、剣が突かれる。その剣を鋭い金属音が防いだ。


「な?」


 一人の青年が、血まみれになりながら、全ての剣を一本の剣で受け止めていた。


「帝国の糞犬ども、お前らはこの国を好き勝手にした。だが、この方に手を出すことは俺が許さん」


 そう言うや、剣を走らせる。たった一閃で、四人の腹を凪ぐ。驚愕と呆然と危機感に兵士達は混乱するが、その隙を彼は逃さない。突き、凪ぎ、斬り、叩きつけ、一人一人、兵士の命を奪っていく。


「貴様は化け物か」


 黒髭が唸った。が、彼は無表情で剣先を首筋に添える。


「我は騎士。王と国と姫に忠誠を誓った。王と国はすでに貴様らに奪われたが、愛しき姫は守り通す。それが俺の誓いだ」


「騎士道精神か……何百年も前にすたれたものを未だ抱く国か! はっ、滅んで当然というわけだな」


 剣先に脅えながら、馬鹿にしたように笑う。


「そしてお前が死ぬのも必然だ」


 と問答無用で、黒髭の首をはねた。その刹那、ずぶり、という音が耳を貫いた。


 振り返る。

 彼女の胸が、剣に突き刺され、ゆっくりと倒れていく。


 笑い。

 かろうじて軽傷だった兵士が勝利の歓声をあげた。


 同時に絶叫に等しい、怒声が上がる。彼女から血が流れる。炎と同化してドコまでが血でどこまでが火なのか分からない。剣を走らせる。兵士は心臓を貫かれ、そのまま勝利に酔い絶命した。


 咆哮にも近い叫び声。その声すら炎が焼いた。


 夢の端に、火が燃え移る。萌はその火の中を彷徨った。全てを焼く炎に、萌は身を任せた。熱くはなかった。むしろ凍えそうな悪寒が萌を支配していた。そして彼は炎の中に取り残される。


 炎は全てを焼き尽くし、全てを灰にし、灰は夜を作り、夜は朝を呼んだ。

 呼んだ朝は光から種をまき、たった一瞬で植物は葉を広げ、花を咲かせた。


 そして萌は夢から目を覚ました。

 

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