第3話

「おい、さっきから何ボーっとしてんだよ? 大丈夫かお前?」

昔の記憶に浸っていた和彦は恋太の一言で我に返った。

「ああ、平気だよ。昔の事少し思い出してただけだから」

「あの建物だな・・・・・・どうすんだよ恋太、何か作戦あんのか?」

「ねーよそんなモン。出たとこ勝負だ。とにかくクロを助ける」

「あーあー、駄目駄目。そんな無策じゃ成功する確率が減るだけ。たった1つの思いつきが全てを変える事も珍しくない。どんなに些細な事でもいいから策を考えておくにこした事はない。それに状況が状況だからね」

「・・・・・・・・・・・・じゃあお前にまかせる。でもゆっくり考えてる暇はねぇ。臨機応変に頼むぜ」

「わかってる。その為について来てるんだから。でもホントにあの建物にいるの?」

「・・・・・・いる。必ずいる。空気が張り詰めてる。晶、わかるだろ?」

「ああ、尋常じゃねーな。この締め付けてくるような感じ。まだ中に入ってもいねーのにな」

目的地であるホテル街の一角に建つ建設中の建物を正面に見据え、一歩一歩近づくにつれ3人の心臓の鼓動が早まっていく。恋太は冷静さを保ちつつも、込み上げてくる怒りを爆発させる準備を着々と進めていた。

「まぁ、一番頭にきてるのは自分の情けなさなんだけどな・・・・・・」

「あ? 何ブツブツ言ってんだよ恋太?」

「いや、なんでもねぇ。よしじゃあ行くぜ。気ぃ抜くなよ。晶、後ろは頼んだぜ」

「おう」

3人は恋太を先頭に周囲を警戒しながら建物の側面に回り、バリケードを乗り越え内部に足を踏み入れた。建物内部は暗闇だったが地下と違い構造を認識するぐらいは容易だった。夜目を凝らし上階へ行くための階段を目指す。建設中のため、まだ内装が仕上がっていない石膏ボードの壁に沿って進む。建物のちょうど中間辺りまで進んだところでポッカリと穴が空いたような空間が現れ階段に辿り着く。

「よし、一番上から行くぞ」

小声で話しかけた恋太は晶と和彦が頷いたのを確認し、足音を最小限抑えながら階段を早足で上がっていく。晶は最後尾で背後を警戒しながらそれに続く。

最上階まで上がり、フロアへ続く階段の踊場に辿り着いたところで恋太は急に立ち止まり、和彦と晶を制止した。

!!! 晶は恋太に制止された理由をすぐに理解した。心臓の鼓動が更に早まる。

「どうしたの?」

1人理由を理解していなかった和彦は顔を見合わせている2人の方を見る。

「血の臭いがする・・・・・・」「血!?」

「シッ! 馬鹿! デカい声出すな!」

晶は慌てて和彦の口を塞ぐ。

「いいか? 落ち着いて話を聞けるようになったら放してやるから手を上げて合図しろ」

後ろから口をおさえられている和彦は晶の話を理解してすぐに手を上げた。手を上げる合図と同時に解放された和彦はすぐさま周りの空気に鼻を利かせる。

真夏の生暖かい空気の中、かすかに混じる錆びた鉄のような臭い・・・・・・

学生時代から数え切れないほど暴力の修羅場をくぐり抜けてきた恋太と晶には久々に嗅ぐ慣れた臭いだった。その臭いに嫌な予感を感じつつも、恋太は晶と和彦に「行くぞ」という合図を出してゆっくりと迷いのない足取りで血の臭いが漂う最上階のフロアへ足を踏み入れた。

フロアは1つの広い空間になっていたため視界が開け『それ』はすぐに見つかった。フロアの中央に暗闇の中、更に黒い塊のようなものがある。

人・・・・・・。3人は直感した。

「まさか!」

3人は黒い塊に駆け寄った。暗闇の中至近距離から直視すると、その黒い塊の正体はやはり人だった。しかも1人ではなく3人が寄り添うようにうつ伏せに倒れている。

「何だこりゃ!? マジかよおい! やっぱり人が倒れてるぞ!」

「おいしっかりしろ! 大丈夫か!? 聞こえたら何か反応しろ! 大丈夫か!?」恋太は倒れている3人に呼びかけるが反応は返って来ない。

「恋ちゃん! この中に黒木は!?」

恋太はすぐさま携帯を取り出すとその僅かな光で倒れている3人の顔を確認する。倒れている3人の額からは血が流れ、地面には血痕が染み付いている。

「見ろよこの血痕! まさか死んでるのか!?」

映画でしか見た事がないような血痕を目の前に晶は首筋から肩にかけて冷たいものを感じた。

「多分みんな手遅れだ・・・・・・でもこの中にクロはいねぇ。コイツら一体何者なんだ・・・・・・」

「マジかよこの状況・・・・・・しかも肝心な黒木が居ねーんじゃ長居はヤバイぜ恋太。こんな状況じゃ普通なら警察に連絡するんだろうが今は黒木を助けるのが最優先なんだろ? この倒れてる3人と俺達は無関係だ。後味悪いけど今は放っておくしかねぇ。とにかく早く離れようぜ。異常だぜここはよ」

「僕も同じ考えだ。この現実離れした状況で今警察と関わったら必ず拘束されてあと数時間で黒木を助けるなんて絶対に不可能だ。それどころか僕らはしばらく警察から出てこれない」

「・・・・・・・・・・・・仕方ねぇ、ひとまずここを離れるしかねぇか・・・・・・」

この場を離れる決断を下そうとしている恋太だが、なぜか黒木がここに居るという確信めいたものがあった。その確信が現実のものなのか、又はただの思い込みに過ぎないのか? それをはっきりさせないままこの場を離れようとしている事が腑に落ちなかった。

「ワリィけどお前ら先にここを出て次に探す場所行っててくれ」

「何だと? じゃあお前はどうする?」

「俺はもう少しだけこの建物を調べてみる。どうも納得がいかねぇ」

「なっ、何言ってんだお前、冗談はやめろ。今ここで人が3人死んでるんだぞ!?こんな状況で1人で行動させられるか!」

晶は声を荒げる。

「確かにその通りだけど今は1分1秒も無駄にできねぇ。だから誰か1人でも先に動いてるだけで状況が全く違ってくる。和彦を1人にするにはこの状況じゃ危険過ぎる。お前にしか任せられねーんだよ晶」

晶は和彦と一瞬視線を合わせ、数秒間考え込んだ後大きく息を吐いた。

「わかったよ。そのかわり10分で俺達に追いつくって約束しろ。でなきゃ俺は譲らねぇぞ」

「・・・・・・わかった。必ず追いつく」

「仕方ないか・・・・・・でも恋ちゃんなるべく急いだ方がいいよ。警察だって馬鹿じゃない。すぐにここに気付くはずだ」

「わかってる。ん? 携帯が鳴ってる。誰だ?」

恋太は携帯がズボンのポケットの中で振動している事に気付くと取り出して着信者を見る。

「非通知だ・・・・・・もしもし・・・・・・」

「四門恋太だな?」

「・・・・・・ああ」

「黒木病院の後継ぎから手を引け」

「いきなりか・・・・・・てめぇさっきウチで暴れてクロをさらってった野郎だな?」「お前に発言は許してない。黙って俺の話を聞け。もしもこのままお前が手を引かなければどんな手段にも打って出る」

「何だと? それで脅してるつもりか? 勘違いすんじゃねーぞ。キレてんのはこっちの方なんだよ。

テメェこそ覚悟しとけ。仲間やられた借りと、ウチの店メチャクチャにしてくれやがった借り、必ずまとめて返してやるからな」

恋太は携帯を持つ手に力を込める。

「・・・・・・まぁいい。お前が手を引く気がないならこっちは『そう』対応するだけの事だ。今回の黒木病院の後継ぎに関する一件、到底お前のような一般人がどうこうできる問題ではない。ただでさえ今日はお前のせいで計画が狂わされている。これ以上の邪魔は誰であろうが許さない」

「・・・・・・・・・・・・俺はてめぇの事情なんか関係ねぇ。クロは俺に助けを求めに来た。だから俺が助ける。それだけの事だ」

「・・・・・・・・・・・・どうあっても引く気はないようだな。もう話す事はない。最後にこれだけは覚えておけ。我々はその気になればいつでもお前から全てを奪う事ができる。しかし我々から奪う事は許さない」

電話の男は言い終えると一方的に電話を切った。

「切りやがった・・・・・・ふざけやがってあの野郎」

「やっぱりお前んちに乗り込んで来た野郎なのか?」「多分な・・・・・・」

「野郎は何て?」

「黒木病院の後継ぎから手を引けだとよ。手を引かなければどんな手段にも打って出るとか言ってたな」

「完全に脅迫じゃねーか」「ああ、それとその気になればいつでも俺から全て奪えるとか言ってたな。それをよく考えて行動しろだとよ」

「・・・・・・あからさまにこっちが不利だって事を押し付けてきてるね・・・・・・でも今の恋ちゃんの言い方だと今この一件から手を引けば何もしないって言ってるようにもとれる」

「どうだかな。まぁどの道俺は手を引く気はねぇからな。それにもし仮に俺が手を引いたところで今さらタダで済む保証もねぇ」

「もう船に乗っちまったってワケだな?」

「そういう事だ」

「でもやっぱりどう考えても何か引っかかる・・・・・・電話のタイミングが良すぎるし、目的を果たしたなら今恋ちゃんにこんな電話をしてくる意味はないはずだ・・・・・・」

「・・・・・・だとしたらどういう事だ? 近くで恋太を監視してるって事か?」

「うーん、黒木を連れながらそんな危険な事するかなぁ? 監視してるっていうなら本人じゃなく他に監視役がいるって方がしっくりくる」

「いや、今の電話の感じは監視役なんかじゃねぇ。間違いなくクロをさらってった野郎だ」

「・・・・・・・・・・・・どちらにせよ電話のタイミングからして犯人は僕らが今ここに居るのを知ってるって事は間違いないよ」

「確かにな・・・・・・でもお前何で犯人が恋太に電話して来たのがそんなに気になるんだ?」

「僕が犯人だったらこんなタイミングで絶対電話なんかしない。僕らを監視できる範囲にいるって自分でバラしてるようなもんだし。まあこんな事は誰もが思いつく事だから当てにはならないけどね」

「でもそんな誰にでも思いつくような事に実は盲点が隠されてるかもしれねぇって事か」

「その通り。引っかかってるのはまさにそれ」

「・・・・・・じゃあそんな誰でも思いついちまうようなリスクを犯してまで俺に電話をしなきゃいけないワケがあるとしたらそれは何だ?」

暗闇の中、3人はまだ気付いてなかったが確実に犯人に迫りつつあった。今3人にとって最悪なのは犯人が既にこの渋谷から離れ安全な場所に移動してしまっている事。しかし犯人はまだ渋谷にとどまっていた。犯人にまだ何か目的があるのか? それとも恋太達の強い意思に何らかの力が働いて運を引き寄せているのか? それを知る術はないが、確実に犯人はこの渋谷に存在しているのだ。

後は時間との勝負だった。渋谷という絶対的な地理的有利が働いている内が恋太達の勝機。ほんの少しの運が味方をしてくれているとするならば、それは決して長くは続かない・・・・・・

「敵に監視されてる以上きっと僕らの動きは全て筒抜けと思った方がいいね。とにかくここから一旦離れよう。これ以上死体がある部屋に居続けるなんてごめんだ。冷静な判断ができない」

和彦の一言で歩き出した3人は死体がある方を何度も振り返りながらフロアを後にした。

「やっぱりさっき見逃した4人に連絡入れられたんじゃねーのか?」

「そうだね・・・・・・その可能性が一番高いかなやっぱ。携帯取り上げたからって他の仲間に連絡する方法なんていくらでもあるしね」

「だからカタがつくまで捕まえときゃよかったんだよ。ホント甘いんだよオメーは」

「だから悪かったって言ってんだろ」

「まぁ今さらグチグチ言っても仕方ねぇけどよ」

「問題は犯人がどこから僕らを監視してるのかって事と何で僕らを監視しているのかって事だよ」

「恋太お前何か心当たりねーのか? 黒木から何か預かったとかよ」

「例の黒髪ってやつか?預かってねーよそんなモン。それにそんなモン俺が持ってるなら俺に手を引けなんて言うワケねぇだろ?」

「それもそうだよなぁ。じゃあ監視してねぇと何か不安な事でもあんじゃねぇのか?」

!!! 恋太と和彦は何か閃いたかのように晶を見る。

「な、なんだよ?」

「それだ! わかったぜ晶! 野郎が俺に電話して来たのは監視してるからじゃねぇ・・・・・・多分時間稼ぎだ」

階段を下りていた3人は恋太の一言に足を止めた。

「・・・・・・・・・・・・なるほどね。それなら確かにしっくりくる。恐らく犯人は黒木をさらうまでは計画通り。でも恋ちゃんに予想外の抵抗を受けてその後の計画が狂い渋谷を出れなくなった。そんなとこかな」

「そうだ、そういえばあの野郎、電話でも俺のせいで計画が狂わされたって言ってたからな」

「渋谷から出れなくなった野郎は自分に迫ってる俺達に危険を感じて、その動きを止める時間稼ぎの為に恋太に電話して来たって事か?」

「確証はないけどね。でも現にあの電話中、僕らの行動は止まった。大した時間じゃなかったけど、犯人が電話をしながら何かをする時間は充分にあった。例えばどこかに身を隠すとかその程度ならね」

「そんな短い間ですら俺達の動きを止めたい理由なんて普通に考えたら1つしかねぇよなぁ?」

恋太が上を指差し屋上だと無言で合図すると晶と和彦は暗闇の中目つきを鋭くして頷く。

犯人が屋上にいると確信した3人は音を気にする事なく一気に階段を駆け上がる。

屋上へ続く扉へ辿り着き、扉を開け外に飛び出ようとすると観音開き式の扉は何かに引っかかり、途中でガチャンと嫌な音をたてて止まる。

「ちくしょう!鍵はかかってねーのに開かねーぞ! 外からドアノブに鎖が引っかかってやがる!」

「関係ねえ! ブチ破るぞ晶!」

恋太と晶は2人がかりで思い切り扉に蹴りを入れると凄まじい衝撃音が響き渡る。2人は蹴りを入れた瞬間に1発では無理と判断し、連続で渾身の蹴りを叩き込む。

鉄製の扉でないのが幸いし、扉と鎖はギシギシと悲鳴をあげ少しずつ扉の向こうに広がる屋上が見えてくる。

更にペースを上げて蹴りを叩き込もうとした次の瞬間、3人は目を疑うような光景を目の当たりにする。

「まさか! 2人共あれ見て!」

扉の小窓を見て和彦が指差したのはこの建物の上空に現れたヘリだった。

「マジかよおい! まさかあんなもんまで引っ張り出して逃げる気かよ!? ヤベーぞ恋太!」

「わかってる! ここまで来て逃がしてたまるかよ!」

上空にヘリが現れると、それに合わせて屋上に設置されている設備の物陰から、遂に何者かが黒木を連れて現れる。

黒木はロープのようなもので体を縛られ自由を奪われている。

「クロ! やっぱりここにいたみてーだな! 今助ける!」

恋太に気付いた黒木は拘束され限られた自由の中での抵抗を試みる。

「おい恋太! 蹴りじゃ間に合わねえ! 同時に体当たりだ!」

「よしやるぞ!」

恋太と晶は数歩助走をとり、合図と同時に渾身の力で扉に突っ込む。

重く鈍い衝撃音が響き、ミシミシと扉が軋む。さっきの蹴りよりも明らかに手応えを感じさせる衝撃が痛みと共に肩から全身に伝わる。

恋太と晶は続けて同じアタックを繰り返す。

「2人共早く! ヘリから2人降下して来る! アイツら黒木を引っ張り上げる気だ!」

黒木をさらった犯人はヘリから降ろされた縄梯子を捕まえ、降下しようとする2人を下で誘導する。

「和彦お前も一緒にやれ!」

「わ、わかった!」

「肩がブッ壊れるぐらい思いっ切りいくぞ!」

恋太の合図で3人は同時に扉に突っ込んだ。今までで一番強い衝撃を扉に与えるが鎖も抵抗をやめず、ドアノブを捕まえて離さない。

「ちくしょうダメだ! 3人合わせてこれじゃこれ以上こじ開けるのは無理だぜ恋太!」

「クソッ! こんな頑丈に鎖巻き付けやがって!」

犯人は鎖が切れない事を確信しているかのように、少しも慌てる様子なく降下してくる2人を誘導しながら無抵抗になるまで黒木を殴りつける。

「おいテメェ! 何やってんだ! やめろコラ!」

「これじゃどうしようもない・・・・・・今から外の足場に回ってる時間もない」

和彦が言うように建物の周囲には建設現場用の足場が張り巡らされ、屋上まで上がる事は可能だったが到底そんな事をしている時間はなかった。

破壊を試みた扉にも小窓が付いているが、それを叩き割っても到底人が抜けられる大きさではなかった。

「クソッタレ! 手ぇのばせば届くとこにいるってのによ!」

絶望感が頭をよぎながらも恋太は渾身の力で扉を蹴り続ける。

ヘリからは犯人一味の降下が始まり3人がもう間に合わないと確信したその時だった・・・・・・

「恋太さん!」

3人は驚愕した。恋太の家で寝ているはずの高山が突然扉の向こう側に現れたのだ。

「タカ! お前何でここに!?」

「ズルいじゃないですか恋太さん! 俺1人置いてこんな事! ジンさんの所行ったらここだって! とにかく話は後です! 今この鎖外しますから!」

「よし! 急げタカ! お前も危ねぇぞ!」

高山の予想外の行動により状況は一気に好転したかに見えたが、犯人もただ黙って見過ごすはずがなかった。

ヘリから降下してくる仲間を誘導していた犯人が高山に向かう。

「タカ! 奴が来るぞ! 急げ!」

晶は扉を叩きながら叫んだ。高山は後ろから迫る恐怖に耐えながら必死に一巻き二巻きと鎖を外す。

「来るぞタカ! 危ねぇ!」

晶が叫ぶとほぼ同時に高山は背後から掴まれ投げ飛ばされた。

鎖はまだ外れていない。

「タカ逃げろ!」

晶は再度叫ぶ。高山は晶の声に反応し素早く立ち上がると犯人と反対の方へ走り出した。

犯人もそれに合わせ高山を追走する。

危険回避の為に高山がこの場から逃走すると思い込んでいた犯人は高山のとった行動に覆面の下で顔色を変える。

高山は逃走すると見せかけて一直線に黒木に向かっていった。

黒木を連れ去るという犯人の目的を阻止しようとしたのだ。

高山は犯人に攻撃され動けない黒木を強引に引っ張りヘリの真下から移動させる。

これにより黒木をヘリに引っ張り上げられるのは一時的に阻止したが、高山の状況は最悪な状況へと転がっていく。

犯人にヘリからの降下を終えた2人が加わり高山への攻撃を開始したのだ。高山は3人から攻撃を受けながらも黒木にしがみつき黒木を連れ去られまいと抵抗する。

「おいお前まで何で助けにきた!? もういい! 逃げろ! 逃げてくれ!」

高山は黒木の訴えを無視し攻撃に耐え続ける。

「おいお前らもうやめろ! 俺は逃げない! どこへでも連れて行け! だからもうやめろ!」

黒木は犯人達を睨みつけながら怒声を放つ。

「お前らよく持ちこたえたなぁ!」

「え!?」

背後から聞こえた声に反応し振り返ると、そこにはいつの間にか開放された扉を抜けた恋太達が立っていた。

犯人達は高山への攻撃をやめて固まる。

恋太は扉の向こうに高山が現れた直後、扉の開放を犯人に阻止された時の事を考え、その場を晶と和彦に任せ、自分は即座に別ルートで屋上へ侵入する事を決断したのだ。全速力で1つ下のフロアへ降り、窓から外に出て足場を上り屋上へ侵入。そして犯人達が高山に気を取られている内に鎖を外し扉を開放したのだ。

「テメェやっぱりウチに乗り込んで来た野郎だな・・・・・・好き放題やりやがって、ただで帰れると思うなよ」恋太は固まる犯人達を素通りして高山と黒木に歩み寄り声をかける。

「おいお前ら、遅くなってワリィな。生きてっか?」「ハハ、何とか・・・・・・」

「タカ、お前奴らに一発でもやり返したんだろーな?」

「い、いや、それがまだ一発も・・・・・・ハハ」

「そうか・・・・・・クロも悪かったな。俺のせいでこんな危険な目にあわせちまってよ。助けに来たぜ」

「・・・・・・・・・・・・お前、ホントに何で・・・・・・俺は他人なんだぞ? 何で本気で助けにくる?」

「あのなぁ、別に大した理由なんかねぇよ。お前、俺を信用したから危険をおかしてまで俺に助けを求めに来たんだろ? お前と俺が逆だったらお前は自分を信用してくれる奴を見捨てんのか? 俺は絶対に見捨てねぇ」

「・・・・・・・・・・・・スマン。恩にきる」

「気にすんな。少しは力抜けよお前」

話が終わると恋太は高山と黒木の肩を軽く叩き立ち上がる。

「タカ、よくやった。お前のおかげで助かったぜ。次は俺達の番だろ?」

「も、もちろんッス」

恋太が高山と黒木と会話中、ずっと背後で犯人達と対峙していた晶は臨戦態勢に入る。

「和彦、タカとクロ頼むぞ」

「了解」

「さてと・・・・・・お前ら覚悟できてんだろうなぁ? 親父の店までメチャクチャにしやがって。絶対許さねぇからなぁ」

晶に続き恋太も臨戦態勢に入り犯人達と対峙すると、そのすきに和彦は黒木の体を縛っているロープをほどき黒木を解放する。

黒木が解放されるとヘリから降下してきた2人は、残る1人の指示により素早く後退し、まるで訓練された兵士のような動きでヘリから降りる縄梯子に掴まりヘリに戻っていく。

「逃げるのか? それともお前だけでやるのか? 2対1になろうがこっちは手加減しねぇぞ」

残る犯人は無言で周囲を見渡すと、突然恋太と晶に向かい走り出した。

迎撃態勢を取る恋太と晶に向かい犯人は一気に加速し、攻撃をすると見せかけ2人の間を強引に走り抜ける。

犯人の予想外の行動に一瞬反応が遅れた恋太と晶だったが、和彦、高山、黒木からすれば信じられないような反応速度で犯人の後を追う。

犯人は和彦、高山、黒木をも相手にせず目の前を走り抜け屋上の端に向かい走る。

「逃がすかぁ!」

恋太と晶が屋上の端に追い詰めようと追走するが、犯人は屋上の端が迫っても止まるどころか減速さえせず、さらに加速する。

「アイツまさか!」

恋太と晶が同じ思考に達した瞬間だった。

犯人は何の躊躇もなく隣のビルに向かって大ジャンプした。

「あの野郎マジか!?」

7~8メートルはあろうかというビルとビルの間を飛びきった犯人は再度ヘリを誘導する。

恋太と晶は本能的に無理だと悟り隣のビルに飛び移るのを諦める。

「オイお前! 誰だか知らねぇが俺達にまた何かしてくるつもりなら次は絶対逃がさねぇからな」

「俺達をナメるなよ」

わずか7~8メートルという近くて遠いビルとビルの隙間を挟み対峙する双方は、それぞれの思惑を胸に秘め戦線を離脱する。

犯人達がヘリで飛び去るのを確認した恋太と晶は和彦達に駆け寄る。

「おいお前ら大丈夫か!?」「ハハ、さっきも言ったけど何とか」

「よし。クロ、お前は?」「だ、大丈夫だ」

「よし。体が痛むとこワリィがすぐにここから移動するぞ。話は後だ」

「四門、この2人は?」

黒木はゆっくり立ち上がりながら晶と和彦の方を見る。

「心配すんな。この2人は俺が命預けられる昔からの親友だ」

「そうじゃない。俺のせいでこんな事になってスマン・・・・・・」

「ああ、そんなの気にすんな。恋太コイツは昔から大問題ばっか起こしてんだ。俺達は慣れっこだ」

「そうそう。それに僕は巻き込まれたワケじゃない。興味があるから自分の意志で着いて来てる。だから君がそんな気にする必要はない」

「おい話は後だ。とにかく早く移動するぞ。これ以上悪い流れを引き寄せない内にな」

「え? 悪い流れって? クロさん助けたんだから良い流れじゃないですか恋太さん」

「そんな簡単な話じゃねーんだよ。下の階で既に3人も人が死んでるんだからな」

恋太の一言でこの建物で起きている惨状を初めて知った高山と黒木は驚きのあまり言葉を失った。

「クロ、お前が訪ねて来てからまだ1日もたってねぇってのにもうこれだけの事が起きてる。ヤバイぜこの一件」

「・・・・・・・・・・・・俺が動き出したのが遅れたせいでもう死人まで出ているのか・・・・・・何て事だ・・・・・・」

「とにかく早く移動だ。話はウチですりゃあいい。沖田が来たら簡単には逃げられねーぞ」

「その前に俺に下の階の死体を確認させてくれ。何かわかるかもしれない・・・・・・」

恋太達は黒木に下の階の死体の確認をさせた後、周囲を警戒しながらビルを出て帰路へついた。結局建設中のビルにあった死体と黒木の関連性はなかった為、犯人一味の手がかりは掴めず、黒木の救出だけが成功したかたちとなった。沖田率いる警察がそのビルに到着したのは恋太達がビルを出た3分後であった。

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