第28話 レベリング

「あの……」

「あん?」


 ヒヨリたちがダンジョンに向かう朝。

 中庭には眼鏡の騎士だけしかいなかった。

 どうしてもダンジョンが気になった俺は、昨日聞いた話を尋ねてみる。


「今日はみんながダンジョンに向かうと聞いたのですが……」

「丁度そのことについて話そうと思っていた」


 騎士が歩き出す。「ついてこい」と言われて、少しだけ期待に胸が膨らんだ。


***


 王城へ入り、地下への階段を下っていく。

 召喚されたときの場所へと行くのかと思いきや、その場所を通り過ぎていく。

 さらに深い場所まで降りたところで騎士の足が止まる。

 そこは洞窟のような場所だ。壁は土で、目の前には鍵のかけられた鉄の扉がある。


「ダンジョンには私と他の騎士も行くことになっている」

「え、はい」


 眼鏡の騎士が突然喋りだす。

 彼らはダンジョンに行くということは、必然的に俺も。


「お前は未熟だから行かせないことにした」

「え……」


 行けないのか……。

 未熟、なのは事実だし仕方ない。


「代わりに、特別メニューを用意してある。ダンジョンと似たようなものだ」

「本当ですか!」


 騎士の言葉に、思わず声が大きくなる。

 みんなと一緒に行けないのは残念だが、その間、自分の実力を上げるしかない。

 ダンジョンと似たというなら、この扉の先にダンジョンに似た場所があるのだろう。


 騎士が扉の鍵を外す。

 重々しい大きな音を響かせながら、扉が開かれた。


「入れ」

「はい」


 言われるがまま中に入ると、騎士が後から続き、何かをつぶやく。

 すると、空間に明かりがともされた。


「光明石と言って、石の中に魔力がある限り輝き続けるものだ」


 壁には大きな石が刺さっており、それが明かりとなっている。

 魔法のある世界らしいアイテムだ。


 灯された空間は、そこそこ広い空洞だった。

 奥には自分より一回り二回り大きい穴が開いている。道は続いていそうで、確かにあそこを進めばダンジョンみたいになりそうだ。


「ここで訓練をすれば――っ!?」


 騎士に確認しようとした時、全身に痺れが奔る。

 身体が動かなくなり、その場に倒れ込んだ。

 これは――麻痺効果のある魔法!?

 騎士が俺の真上に立つ。


「ここは昔から騎士の間で使われてる、上層部の知らないレベリング場だ。といっても、焼きを入れる場所としか使ってないがな」

「れ……なん、で」

「そこに見える穴は、これから行くダンジョンに繋がっている。

 つまりだ――そこからモンスターが出てきて当たり前なんだよ」

「っ!?」


 騎士が笑みを浮かべる。今まで見た中で一番ひどく下卑た笑みだった。

 そのまま俺の腹に蹴りが入る。数メートル先まで吹っ飛ぶ。


「早くて3日、遅くて5日くらいだ」

「なっ……!?」


 眼鏡の騎士が歩き出す。


「気に食わねえな」

「な、にが」

「勇者候補だとか言われて、持て囃されているお前らがだよ」


 騎士は扉の方へと歩みを進める。


「勇者と呼ばれながら、集まったのは闘い方も知らないド素人ばかり。

 キズナリストにおける数の戦術でステータスを上げたものの、基本が何一つできていないのだから宝の持ち腐れだ。

 にもかかわらず、周りはお前たちを持ち上げる。そのしわ寄せがどこに来ていると思う? 

 騎士団にだよ。我々の本来の予定がすべて崩され、団長はお前らの遊び相手。

 しまいには、騎士団で遠征予定だったダンジョンを持っていかれる始末だ。

 騎士団の士気はガタ落ちだよ。我々の実力は姫様に認められていなかったのだと」


 騎士は自嘲気味に鼻で笑う。


「だというのに、お前は何だ? 実力の伴わないやる気ばかり。何も知らない雑魚が、キズナリストも使えないお前が、無意味な努力をして。

 がいなければ、がいなければ、我々の貴重な時間は潰されない」


 騎士が部屋を出て、扉に手をかける。


「大丈夫、お前は自分の意志で強くなりたいといった。

 そしてここで訓練を始めた。

 無理をしてモンスターに殺された」


 騎士が意味の分からないことを言いながら、扉を動かす。


「ま、まって……しめな、くださ。閉めるなぁ!!」


 動かない身体と動揺が怒りに変わる。

 しかし、俺の声を聞いた騎士はさらに口角を上げた。


「じゃあな、ぼっち野郎」

「―――――――!」


 叫び声が、扉の閉められる音にかき消された。

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