第23話 旅の終刻

「ここは」

「客室なんだって。すごいよね、この広さ」


 ゆっくりと身体を起こす。大きなベッドで寝かされていたらしい。

 飛野に言われて部屋を見回すと、確かに広くて豪華な部屋だ。床には絨毯らしきものが敷かれ、壁際には高価そうな置物がある。

 飛野は椅子に座っていた。


「俺は……確か」

「魔法の衝撃で吹き飛んで気絶したんだよ」

「吹きっ!?」


 そうだ。ローブ男が白い塊を放って、それから記憶が無い。

 まさか吹き飛ばされたとは……。生身で受けたはずなのによく生きてたな。


「そこらへんの話は、またエルがしてくれるよ」

「エル……?」

「うん。エルって私たちと同い年なんだって。なのに小さくて可愛いよね」


 いつの間にエル王女とそんな仲良く……ってそうじゃない


「なんで飛野がここに……?」

「え? だってほら、わたし保健委員だし」

「委員って……」


 それは学校でのことじゃないか。

 言おうとして口が開かなかった。

 飛野の表情が、どことなく不安に満ちているように見えたからだ。


「ここは、私たちの世界じゃないんだよね」

「……」

「空なんてなんの違いもないのにね」


 窓から見える空は鮮やかな群青色だった。


「わたし、好きなんだ」

「……ぇ?」

「この時間の青色」

「ああ……」


 突然何を言い出すかと思ったら、いやほんとに何を言い出してるんだこの子。


「というか、今何時?」

「うーん、午後6時くらいかなあ。こちらの世界で表すなら「旅の終刻しゅうこく」だって」

「旅ねえ……」

「旅人が宿を探す時間らしいよ」


 そんな説明をしてくれる飛野の首元に『30』という数字が見えた。


「ああ、これ? 紡車くんを除いたみんなと登録したの。あと一人はエルだね。

 本当はレベルに合わせて上限があるらしいんだけど、異世界から来た私たちにはないみたい」


 俺の視線に気付き数字を指さした飛野が「えへへ」と小さく笑う。


「紡車くんは、本当にステータスが下がるの?」

「……試してみる?」

「うん……ってナイフがないね」


 冗談のつもりで言ったのだが、飛野は頷くと、親指を口元に寄せる。

 ガリッと音が響くと、飛野の唇に綺麗な赤色がついていた。


「よくできるね……」

「そう? 痛いのは一瞬だけだよ。紡車くんもやってあげる」


 飛野はベッドから俺の手を掴むと、親指の先端を噛み切った。


「ほら」

「うん……」


 ベッドに座ったまま飛野と向かいあう。


「「愛と友の神ミトラスに誓い、ここに新たなる絆を欲する」」


◆ツムギ ♂

 種族 :人間

 クラス:-

 レベル:1

 HP :1/1

 MP :0/0

 攻撃力:0

 防御力:0

 敏捷性:1

 運命力:0


 キズナリスト:ヒヨリ


「ほんとだ。下がっちゃうんだね」


 飛野が俺の隣に移動してステータスを覗く。


「さ、ほら、もう解除しないと」


 慌てて立ち上がった俺は、エル王女のやり方を思い出しながら契約を解除する。

 赤い稲妻が出たが、痛みは全くなかった。


「そんな急いで解除しなくてもいいのに……」

「クラスメイトのところに戻らなくていいのか?」

「ん? あーそうだったね」


 飛野もベッドから立ち上がる。


「良いお知らせと、悪いお知らせがあります」

「良いお知らせから」


 少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた飛野に対し、俺は即答した。

 こういうのは、良い知らせから聞くのがいい。

 

「いいお知らせは、エルと光本くんが話し合った結果、私たちの人権と衣食住は国が保証してくれることになりました」

「まあ、そうなるよな。それで、悪いお知らせは?」


 良い知らせから聞くのがいい。

 悪い知らせというのは、大抵が良い知らせのデメリットだからである。


「代わりに、わたしたちは訓練を受けて魔族を倒しに行かないといけません」

「最初からその目的で召喚されたわけだしな」


 こちらは強制的にこの状況にされたのだから、もう少し贅沢を言っていい気もするが。そんな余裕もいまはないか。

 細かな問題は、この世界に慣れて全員が落ち着いてきた頃にだろう。


「そしてもう一つ」

「まだあるのか」

「悪いお知らせが一つとは言ってないからね」


 こうなると、ろくでもない内容な気がする。

 俺は黙って耳を傾けた。


「残念なことに、ステータスが落ちてしまう紡車くんは、別メニューの訓練を受けてもらいます」

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