第53話 カタナの戦い――①


 満足な面積。硬い床の他は何もない。

 そう言えるバルコニーの端では、依然いぜんとしてリアンの背中があった。

 だが――その様子に構うこともなく、ミラが勢いをつけ高く飛んだ。


――回転を伴う跳躍。


 空中で形容し難い音が鳴る。

 腰のカタナを手にしたミラが、そのまま相手の直上から斬り下ろす。


 ガキンと強くぶつかり合う金属音。

 ミラの二刀での一撃を、リアンが頭上で受け止める。

 瞬時の振り返りと起き上がり、その流れる身のこなしと一体の抜刀であった。

 そして、横に刀身をわせ凌ぐリアンのカタナも、そこへ斬りつけるミラのカタナも暁色の光を帯びている。


 わずかばかりの止まる世界で、両者の視線が交わる。

 ともに見せ合う鋭い眼光は、手にする刃に相応しいほどの真剣さであった。


 動き出す世界――タンと、屈むようにして着地したミラがかさず蹴りを放つ。

 薙ぐそれはリアンの足元を払う。

 体勢を崩されたリアンは、そのまま硬い床へと転がるしかない。

 けれど、バルコニーの端の外はそれがない。

 あるのは外壁に沿って、遥か真下へと転げ落ちる末路か。


「――とっ」


 外壁を背に、リアンが突き立てたカタナにぷらんとぶら下がる。

 アカツキを解くカタナは、その刀身を壁に深々と埋めていた。


「後ろもないのに、迎え撃つからそうなるのよ」


 指摘はリアンの頭上であり屋上から。

 足元をのぞき見ていたミラが、オーガは賢く戦うものと二の句だけを置いて後方へ下がる。


 リアンが門衛棟の外壁を蹴る。

 その反動を利用し、カタナを支柱にくるりと身体を引き上げた。

 先行する足がバルコニーの縁に掛かれば、起こす上体と一緒に壁からカタナを引き抜く。

 抜いた勢いのまま宙に放ったカタナが落ちてくる。

 愛刀をパシリと掴めば、リアンは淡々とミラとの距離を詰めてゆく。


「いきなりだな」


「そお? 手合わせしてあげるって、ちゃんと伝えたつもりだけど」


 切っ先を下げ近寄るリアンの構えに、ミラはリアンの物より刃渡りが短い二刀――右手の刃を茶化す相手の顔に向け、逆手で持つ左手の刃を後ろへ隠し対峙する。

 それから、示し合わせたように起こるアカツキの発動音と発光。


――刹那、カタナを暁に染めた両者が動く。


 斬り合いははやく激しく、目まぐるしい。

 剣速と身の軽さを活かす戦い方を得意とする者同士ともなれば、そのスピードは常軌をいっすると言っても過言ではない。

 そして、同等の速さであっても、リアンとミラではその剣技に違いがある。


 カタナの切っ先を下げ、相手の体幹からやや外すリアンのそれは誘いの剣。

 相手の出方に合わせ斬り合う、わば受け身の剣技。


 対して、ミラは二刀による連撃を主体とした見事なまでの攻めの剣である。

 加えて、斬撃を放つ際に身体を回転させるのはミラ独特であろうか。


 小柄で軽い身体から繰り出す斬撃は、リアンと比べれば”重み”がない。

 それを補うかのような剣技は、身体を捻り回転力を足して繰り出す。

 また、後方へ宙返りをしながら逆手のカタナで切り上げるなど、その曲芸的アクロバティックな剣技は、剣舞であり乱舞であろうか。


 更に、飛び交い斬りつける戦いは、”獣人ジュウト”ミラにとって相性が良い。

 空間認識能力に優れた者が多い獣人は、天地が逆になるような戸惑う状況下でも、自身の正確な状態を把握し続けることができる。

 それだけでなく、ミラの跳躍力や俊敏性は、鍛錬で養うもの以上に獣人ならではの生まれ持ったものが大きい。

 他の種族の人より個体数が少ない獣人であるものの、運動能力の高さが顕著けんちょな種族である。

 一説によれば、尻尾を待つ『祖種オリジス』の獣人は、強い月光の影響下では身体そのものを変貌させ、運動能力を飛躍的に高められたとさえ言われている。


「――あまり本気になられると、笑えないな」


 リアンが二刀の連撃を弾き愚痴を溢す。

 その瞬間、腹部に前蹴りが飛んでくる。

 カタナの柄で防ぎ、ミラの足を押し返すようにして次の攻撃に繋げようとするが、ミラがその力を利用し綺麗な弧を描きながら後方へ跳ねる。

 シュシュンと上下の回転を繰り返せば、あっと言う間にリアンとの間合いを切った。


「見くびらないでくれる。このくらいで本気なわけないでしょ」


 ミラは不機嫌な表情を浮かべ言う。

 リアンとの戦いがそうさせるのか。いつの間にか、感情の抑揚が目立ち始めたミラであるが。


 す、と振り上げられた二刀のカタナ。

 ミラが交差させる頭上のカタナを、ぶんと振り下ろす。


――十字の閃光が疾走る。


 ミラが放つのは、皇国将軍ゾルグがシャルテをして言わしめたオーガのわざ

 だだし、ゾルグと同質のアカツキの放出であるも光の帯は尾を引かず、”光刃こうじん”と称しても良い、三日月型の刃としてリアンを襲う。


 そしてその十字の”光刃”は、偽りのオーガとの威力の違いを見せつけた。

 カタナを盾に正面で受け止めるリアン。

 反発し合うアカツキが、眩い光を暴れるようにして放ち続ける。


 ゾルグ相手では、やすやすと斬り伏せたリアン。

 しかし、”光刃”とのせめぎ合いは、踏み留まる身体をじりじりと後方へ押し下げてしまう――。


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