邂逅

 邂逅



 I 



 早寝早起き朝ごはん__古代より受け継がれてきた理想的な生活スタイルである。その効果は絶大で体力の回復はもちろんのこと、傷の治りを早めたり脳を休めたりなど薬に代わるような効力を持っている。しかし、文明が発達するにつれてこれがないがしろにされるのは地球時代もディアース時代もさして変わらないようだ。俺は遅くとも中学時代には遅寝おそね遅起き昼ごはんという自堕落じだらくな休日を過ごしていた。

 俺はなぜ早寝早起き朝ごはんを引き合いに出したかというと妹に顔面を殴られ早く傷を治さねばと思い、珍しくも早寝早起きを実行したからだ。人は普段やらないようなことをすると何か変なことが起きるというのが古の教えである。この教えが正しければ、俺は近くに奇妙な体験をすることになるであろう。

 昔の教えはなかなか馬鹿にはできない。というのもこの1週間で顔の傷はおおむね消えたのだ。もしかしたらプラセボ効果に似た何かかもしれないが話し始めるとキリがなさそうなので割愛する。

 とにかく、振り替えの補習に行けるのでこの1週間を乗り切った暁には残りの夏休みを満喫できる権利が与えられる。

 授業を惰性だせいに受けていたら、今日の補習は終わり家路につこうとはするものの、42℃の炎熱えんねつはそれをはばむ。

 夏休みの振替補習に来ている奴はどうも俺だけではなさそうだ。俺の右隣の席に座っている茶髪のツンツン頭は俺の数少ない友達のもう1人、長宗ながむねだ。白くほっそりとした見た目であるが趣味が武道なので力が強い。

「やぁ、トドヤン。ここで会うとは奇遇きぐうだね。」

「ホント、そうだな。妹に殴られて顔の傷が酷かったから1週間丸々休んだんだ。ところで鼻に付いてる白いのは何だ?」

「あぁこれ?」

 と、男にしては甲高かんだかい声で言い長宗は自分の鼻を指差す。

「これはちょっと前に骨折したんだ。僕が勝手に妹のケーキを食べらしく、それで妹がキレて家にあったトンカチを振り回して、俺の鼻に当てて折ったんだよ。まさかトドヤンも妹にやられたとは驚きだね。」

「ホントだな。俺が医者に診せに行ったとき前の患者とか昨日の患者とかも妹に顔面殴られたって言ってたし、サタンポリスは妹という人種が強いのか?」

「アハハ、そんなに殴られてるとは。兄がしっかりしろってことかな?」

「そうかもな。」

「でも、トドヤンはいいよな〜。」

「どういうことだよ。」

「あんなかわいい妹が居てだよ。こっちなんか妹ってのは僕とは縁も所縁ゆかりもない身長2メートル20センチの父親と僕の実の母との間に生まれて、余所者よそものの父親の血が濃いから俺よりでかいんだよ。あんなバケモノ妹に殴られるよりトドヤンのかわいいかわいい妹に殴られる方がよっぽどマシじゃないか。」

「あのな、同じ屋根の下で暮らしてりゃ分かることなんだが、俺の妹は性格がいかれてんだよ。」

 すると急に長宗のケータイから着信音がけたたましく鳴り、会話がさえぎられた。

「もしもし、うん……うん……どういうことだよ!僕は違うだろ?」

 などと、普段落ち着いた性格の長宗が時折動揺を見せながらも、3分程のやりとりは終わった。

「お前が動揺するとは珍しいな。何かあったか?」

 長宗は返す言葉を必死に探していた。おそらくまだ動揺が収まっていないようだ。

「これはあまり他の人に言いふらしてほしくはないけど……ドドヤンを信用するよ。」

 そんなに重大なことなのか、そして打ち明ける相手は俺で良いのか、などの疑問はある。

「ここら辺でまた魔法テロが起きたらしい。東方日本系の魔法テロ組織らしい。」

「またか。でも何でお前がそれを気にする?」

「分からないのか?」

「あぁ、……うん……。」

「僕の見た目だよ。色白で細長い、色素も薄い。東方日本人の特徴なんだよ。こうやって魔法テロが起こる度に秘密警察から疑われた。一昨日の魔法テロのときは運悪く現場の近くにいたから秘密警察に捕まって1日中拘留こうりゅうされたよ。誤解が解けたから良かったんだけど……。」

「気にすんな。お前はそれでも西方日本系だろ?しかもお前の善行ぜんこうは割と有名だからな。俺も何かしらのサポートはするつもりだから。」

「ありがとう。助かるよ。」

「俺も背が高い以外は東方日本系と疑われてもおかしくないしな。俺も度々職務質問受けるんだ。お前の気持ちも少しは分かるさ。」

 これが長宗の心に響いたかは分からない。このやりとりのすぐ後に長宗は用事を思い出しそそくさと帰った。

 校内には部活やサークル活動に精を出すここの学生がセミの命くらいしかない夏の青春を満喫するかの如く張り上げた大声が飛び交うのみだった。そんな青春とはかけ離れた俺には居場所がないので風呂の温度にも等しい外をこれまた惰性で帰途きとにつこうと重たい足を前に出す。

 すると額と鼻に大きめのガーゼを当て、メガネをかけた男、誰だろうと思い目を凝らせば葛だった。葛は1週間前とは比べ物にならないくらいに真っ黒に焼けたのもあり、一瞬で判別するのは困難を極めた。

「やぁ、トドヤン。1週間ぶりだなぁ。」

「そうだな。鼻とデコに貼っつけてるガーゼっぽいやつは何だ?」

「あぁ、これか?これはだな、……何だと思う?」

 と自分から言うのが嫌なのか、突然質問返しをしてきた。

「何?まさか妹に殴られたとかそれ系のやつじゃあ、なかろうな〜。まさかだぞ、まさか。」

 と俺は少しふざけ気味に言うと、

「……いやぁ、そのまたまさかなんだよ〜。妹に殴られたとは。この前の木曜日の夜、風呂に誰も居ないと思い込んで電気消そう思うてドアをバーンって開けたら妹が入ってたんよ。ほいでオレが口滑って『でっかくなったもんやのう』と言ってしまったのがいかんやったんかな。妹が洗面器勢いよく振り下ろしてデコと鼻にクリーンヒットしたんよ。なかなか痛みが引かんやったな。それで病院行ったらデコはかすり傷で済んだけど鼻骨折してるって言われたんよな。」

「それにしても先週の俺といい、長宗といい、お前といい妹に殴られすぎだな。」

「長宗もられたんかよ!?」

「あぁ、鼻骨折したらしい。俺ら不幸だよな、いろいろと。」

「まぁな〜。」

 俺と葛はこの後も適当に駄弁だべって、ふと時計を見ると針は1時を丁度指していた。昼飯を食うため部活がある葛とは別れ、俺はジリジリときつけるような暑い暑い外に出た。



 II



 学校周辺を自転車でうろついていると、遠くて詳しくは分からないが屈強くっきょうな男2人が路地裏の入り口あたりで可愛らしい少女1人をおどしているようだ。俺は誘拐現場に遭遇したのかもしれないと本気で思い戦慄せんりつが走った。だが「一日五善」がモットーの俺はその少女を助けようとした。彼女を助けるにはあの屈強な男2人に立ち向かわなければならない。やはりアレを使うしかない。奴らを倒すなら。

「おおっと、失礼。」

 とわざとらしい演技であたかも偶然そこを通ったかのような雰囲気をかもし出す。

「んあぁ?」

 とこっちを向く。やはり近くで見ると男2人の迫力はすさまじいもので、身長はおそらく190センチメートル台後半、下手したら2メートルはあるかもしれない。服の上からでもわかるくらいに筋肉隆々りゅうりゅうで、小麦色とかとは比にならないくらいの色黒の肌に、初対面の人なら話しかけるのをためらいそうなイカつい顔つきをしている。それでもなお、俺は誘拐を阻止すべく男2人に立ち向かう。

「そこのお二方ふたがたさんよ、やめるなら今のうちやぞ!」

「何言ってんだ?何をやめろって言うんだ?」

「後ろにいるを誘拐しようとしてるだろ!怖がってるじゃないか!」

「なんだ?坊主、人聞きが悪いな。」

「じゃあ何だ?管理売春か?ポン引きか?今なら穏便おんびんに済ますから正直に言った方が身のためやぞ!」

「さっきからゴタゴタうるせぇな!上等だ。拳で語り合おうぜ!」

 と言うと右側の黒タンクトップは俺の腹に拳を入れてきた。突然の攻撃に防ぐことはできずまともに食らったため、なかなか立たずうずくっている。今にも吐きそうだ。

「何だ?さっきまでの威勢の良さはどこ行った?もっと拳で語り合おうぜ。 」

 2発目が俺の左頬に飛んできた。路地裏とはいえど、40℃超えの暑さも相まって意識が吹っ飛んでいきそうだった。朦朧もうろうとした意識の中立ち上がる。

 俺は赤い点を男2人の間に設定し、周辺の空気を赤い点に集め圧縮する。空気が乾燥していることを忘れてたため、一瞬だけ火が出た時ははっとした。赤い点に集めた空気を高速で圧縮解除して空気圧を元に戻す。こうすることで男2人の間を爆心地ばくしんちに爆発が起きるというプロセスである。

 この爆発は0が何個つくか分からないほどの多数の空気分子が男2人の体を押しやり、屈強な男2人をもってしてもこれにはあらがえずに吹き飛んでいった。

「何だこいつ!?タダ者じゃねぇな。クソッ、覚えてろ!」

 と捨て台詞を吐いたのち、路地裏の奥に消えていった。それと同時に、殴られた箇所の痛みは引きつつあった。

怪我けがはない?さっき魔法で爆破させちまったからな〜。」

 と言いながら、改めて少女をまじまじと見た。灼熱のサタンポリスに雪が降ったかのような白い透き通る肌、高く整った鼻、目は大きく二重でその中にある青色の虹彩こうさいには花が咲いているようにも見えた。雰囲気は『ふんわり』や『おっとり』などと形容できる。抽象化すれば『かわいい』なのである。世の中の男なら誰しもが一目惚ひとめぼれするに違いない。

 少女は未だ一言もしゃべらず、男2人と格闘している時も今もずっと俺を見ている。なぜだろう、脈ありなのか?(絶対違う。)

 と考えるうちに、少女はやっと口を開いた。

「怪我はないです。ですが、あの人たちは悪者なんかじゃありません。私を誘拐しようとは微塵みじんも思ってません。なのに何で爆破したんですか!」

「それは……俺がここらへんを偶然通りかかったときにキミがゴツい男どもに絡まれてるから救出してあげようと思っただけさ。このままの勢いだと誘拐されそうだったからな。」

「それは違います!」

「なぜ言いきれる?」

「あの人たちは……その……私の知り合いなんです。」

 ああ、おそらくあいつらにそう言うよう仕向けられたのか。かわいそうに。俺が救わなかったらどうなっていたことやら。

「そうなんか。あんなゴツいのに2人がかりで絡まれたら突拍子とっぴょうしもない嘘の1つや2つも出るもんやな。」

「違います!私の言ってることは紛れも無い事実です。あの2人は私の警備をしていて、付近で魔法テロが起きたので私を安全な位置に移しただけなんです。」

「警備って少し大げさじゃないか?しかも2人も。まぁ確かにサタンポリスの街は少し治安が悪くなりつつあるが、それでも真っ昼間なら女の子1人でも歩けるんじゃないのか?」

「両親が私は一人娘で将来サタンポリスカジノグループの後継ぎだからと。私が本当に望んで警備をつけているわけじゃないんです。」

「サタンポリスカジノグループだと!?つまりは父親はあの……」

「そう、会長の真板倫素まいたとももとです。母はその社長兼系列ホテルのオーナーで、私は真板雨音まいたあまねといいます。」

「まじかよ。えげつないな。」

 圧倒されて言葉が出なくなった。可愛らしい見た目からは到底想像もできなかった。確かに大企業の社長令嬢れいじょうなら警備が1人や2人いてもおかしくはないであろう。

「さっき、魔法で爆発させたと言いましたが魔法が使えるのですか?」

 そういえばそんなことを言った気がする。路地裏だったし、この絶対喋らないだろうと思い込んでたから思わず言ってしまったんだった。

「まぁ、そういうことになるかな。」

「ここは魔術の都市だから魔法は禁止なはずですよ。」

「条例で禁止されてるんだっけ?全く誰が禁止したんだ!生まれたときからサタンポリスに住んでるが、ここも随分つまらん場所になったな。魔法も魔術も大して変わらんだろうに。」

「私に怒っても困ります。」

「すまんすまん、独り言だった。」

「でも、あなたが魔法師だと知って良かったです。」

「どういうことだ?」

「それは……」

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