1

 とりあえず迫りくる危機のため色々準備しなければ……


「どうかしたの? マリーナ」


 私が生きるための決意をした時、そう話しかけたのは私のお母さん。私は今、病気で寝たきりの母に本に習った通りに魔法を出す練習をしていた。


「いいえ、何でもないの。そんな事より、私にも魔法が使えたわ!」


 病弱な母を喜ばせるために沢山の本を読んだ私。一番は母のまえでしよう! と考えて2度、3度繰り返してやっと出来た水魔法。

 母のいるベッドの周りをキラキラと雫が飛んでいる。


「そうね。でも魔法能力保持者は魔法学院に行くことになるから…淋しくなるわ」


 笑いながら淋しそうに言う母さんにハッとさせられた。


 そうだ。魔法能力保持者は強制的に魔法学院の入学が決定されている。そして、ヒロイン達とは学院で出会って……


 し、しまったー!!


 いや、まぁ私の記憶が戻る前だから阻止のしようがないんだけど!!


「ええ、そうね…とても楽しみだわ」


 心配させまいと笑ってそう言ったが、笑いが引きつってしまったようだ。

 母さんはあら? と首をかしげながら、

「学院の入学はいや?」

と聞いてきた。


 もちろんですとも!!


 そう叫びたいが、音になる前にのみこんで、別の言葉を探す。


「いいえ、母さんと離れてしまうのが淋しいだけよ…あそこは寮だから」


 これは本心だった。母さんに心配をかけぬよう、笑ってそう言う。


 私が将来通うことになる魔法学院は、魔法能力…魔力保持者のみが入学できるというとても珍しい学校だ。普通は魔力を持っていなくても勉学のみでも入学はできるが、魔法学院は違うのであった。

 ちなみに、私が通うところは魔法学院というが、他は魔法学校というようだ。

 そして、その学院に私やヒロイン達が入学することで物語は始まる。その物語が始まってしばらくすると……母が、亡くなる。病死であった。夏休みに入る直前のことだった。そしてそこをなぐさめてもらい、恋に発展するのだが……。

 多分、母さんがなくなることを私は止められない。でもなぐさめてもらう必要はない。自分一人で乗り越えてやる!!


「ふふ、嬉しいわ…夏休みは帰ってきてね? 学校で覚えたマリーナの魔法を見せて」


母さんがそう言い、私は悟られないように精一杯笑い、


「ええ、もちろん!」


と元気よく言った。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 私は母さんの部屋を出て、自室に戻っていた。


 ここで、改めて頭の中を整理しなければならない。



 ここはヤンデレ乙女ゲーム『僕は君を命をかけて愛そう』、通称ボクアイの世界で、私は転生してきた……のだろう。

 そして私の名前はマリーナ.アディソン。庶民のごく普通の女の子。とある出来事…母に見せた水魔法がキッカケで魔法学院に通う資格が得られる。

 しかし、そこは貴族だらけの上下関係の激しい場所。マリーナが見下されない筈がなかった。そしてそんな庶民に興味を持ったのが…ヒロイン達。ヒロインは4人登場する。



 1人目はレイン・カルディ。得意魔法は炎で、ヤンデレ時は主人公を焼こうとする、4人の中で1番ムゴイ男。しかし、性格は穏やかで優しく、ヤンデレの面影など微塵もない。そんな正反対ともいえるギャップに人気があった。爵位は子爵で、4人の中では一番低い。

 ノーマルエンド、通称ブルーエンドでは、レインは主人公を突き放す。興味を失ったように主人公を無視する。一応これは私の中ではハッピーエンドに近い。

 そしてバッドエンド、通称ブラックエンドでは、得意魔法の炎で焼かれ、そのまま死ぬ。……絶対回避だ。生きながら焼かれるとか……考えただけでも恐怖。

 彼はヤンデレは怖いけど普通に接していれば問題はないはずだ。必要以上に近づかないでおこう。



 2人目はエル・カトリーヌ。得意魔法は氷で、主人公を人形のように愛めで、氷付けにする。そしてそのまま永遠に自分の手元に置いておく。それがブラックエンドだ。

 ブルーエンドは、恋愛を通り越して、主人公を妹のように接する。そして、ブルーエンドでは主人公の周りの人が死んでしまう。主人公に悪影響を与える人、つまり悪役令嬢やそのとりまきが殺される。氷付けなんて嫌だし、人が死ぬところも見たくないし、なしだよなぁ。

 エルの性格は明るく、可愛い。それはもうすっっごく可愛い。そんな可愛い顔を歪めて、悪役貴族たちを殺した時は、ベッドの上で転がった。

 そういえば、母が死んだ時、なぐさめてくれたのはエルだった。もう一気に好きになった。キュンキュンだった。しかし、それとこれとは別だ。命の方が大切。命大事!



3人目は、エディッタ・マオーラ。得意魔法は水だが、ヤンデレ時にはあまり使わない。使うのは権力…だ。彼の爵位は公爵で、王位を除けばトップの爵位になる。そして、その権力で、他の人に、主人公に近づかないように言い、孤立させる。そこにエディッタがなぐさめるように近づき、主人公は私にはもう、この人しかいない…!となるのだ。それがブラックエンドなのだが、ブルーエンドは少しだけ違う。孤立させるまでは同じだが、主人公がエディッタに落ちる前に、王子が出てくるのだ。

 公爵のしていたことを明かし、主人公を助ける。そして、マオーラ家は没落、主人公は王子に感謝し…そのまま恋人になる。……これには私もええ? と驚いた。そしてこれは、王子の好感度も同時に上げていないといけないので実は意外と難しい。エディッタの攻略の時は、ブラックエンドが多かった。

 もちろん、王子が好きな人は意地でもブルーエンドを目指すのだが。



ここでお気づきだろうか。王子にも好感度がある。…つまり王子も攻略キャラなのだ。

名前はアルナルド・アロンザ。得意魔法は風。彼のブラックエンドは……監禁だ。彼は心が広く、気遣いができる、次期王にふさわしい器の持った素晴らしい人だ。しかし、それによる精神負荷もかかっており、それが主人公によって、というより主人公がきっかけで歪んだ性格も生まれる。そして愛ゆえに監禁する。これブラックエンド。

 そしてブルーエンドでは…主人公が死ぬ。主人公がきっかけで生まれたヤンデレに近い人格は、ヤンデレになることなく、まぁなんというか暴力男になる。そして殴られ蹴られ、最終的に死ぬ…というなんとも後味の悪い終わり方をするのだ。…まぁ、製作者もそう思ったのか、エディッタの方でもう一つのエンドがあるが。しかし、アルナルドはない。絶対にない。監禁か死。無理。怖い。怖すぎる。



 これでの攻略ヒロインは終わった。

 もう1人、攻略キャラには属さない、いわゆる隠しキャラがいる。しかし、そのキャラのことがどうしても思いだせないのだ。

 確か心中するような……うん、なしだな。回避だ。


 さて、このゲームにはハッピーエンドといわれる終わり方は存在しない。ヤンデレ好きのためのゲームなのだ。


 私は引き出しにしまっていたノートに攻略キャラについて書き留め、ふぅと息をつく。


 ヒロインの接触は免れる可能性が低い。0といってもいいだろう。そしてそこからの好感度ですべてが決まる。


 私の反応や言動で死ぬか生きるかが決まる。ゲームの中にハッピーエンドはないけど、私の中のハッピーエンドをつくってやる!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る