よぞら

鹿奈 しかな

第1話

 夜になると、ジャパリパークはすっかり暗くなる。例外といえばアリツカゲラがナワバリとしているロッジや、ギンギツネたちの住む温泉くらいか。

 それでも、この時間帯から活動を始めるフレンズというのはそう少なくない。夜行性の獣はそれなりに多いのだ。

 たとえば、夜空の中を音もなく飛ぶこの二人組のように。

「まったく、物作りをやらせるのも一苦労なのです」

「自分で手を動かすよりも大変かもしれませんね。まったく」

 平坦に言葉を交わすのは、アフリカオオコノハズクとワシミミズク。ここらでは『博士』と『助手』で通っている。他のフレンズよりも頭がいいため、長として他のフレンズを取りまとめることもあるのだ。

 そして今日も、たっぷりその頭脳を活かしてきたところ。ジャパリパークを救ったヒト……かばんのためのプレゼント作りだ。

「『かんらんしゃ』も直さなければなりませんし。まったく」

「仕方ないのです。われわれは長なので」

「そうですね。われわれは長なので」

 暢気に会話をしながらも、彼女たちは島の上空を飛んでいく。見回りのためだ。

 先日、巨大セルリアンを討伐したばかりとはいえ……いや、だからこそ気を配らなければならない。フレンズたちが疲労しているところにセルリアンが出れば、また大騒ぎだ。

「ヒグマばかりに任せるわけにはいかないのです」

「そうです。あいつに余裕ができれば、『りょうり』をさせることができますし。そうですよね、博士?」

「その通りですよ、助手。さすがに賢いのです」

「博士こそ」

 ……とは言いつつも、セルリアンは見当たらない。まあ、いいことではあるのだが。

 自然、二人は会話で暇を潰すしかなくなる。

「ところで博士。アオのことですが」

「ああ、あいつですか」

 博士は小さく眉をひそめる。

 アオというのは、かばんたちが連れてきたブルーバックのフレンズのこと。

 どうやら図書館に連れてくるために本をダシに使ったらしく、そのために図書館に居着いてしまったのだ。

「あいつにどうにかして片付けを覚えさせる必要があるかと」

「……わかってはいるのです。わかってはいるのですが、それは難しいですよ。助手」

 博士は溜息を漏らす。

 アオは非常におとなしい性質であり、図書館の中で駆け回るようなことはしない。それはいい。

 だが、興味の向くままに本を引っ張り出しては、それを出しっぱなしにする悪い癖があった。

 助手も再三注意している。しかしまるで治る気配がない。本人がぼんやりしているのと、本の中身を見ている間はまるで他に注意を払わないのが原因だ。

「追い出すことも考えた方がいいのでは」

「しかし、追い出したところをセルリアンに襲われかねないのです。あいつはぼんやりしているので、逃げられない可能性が高いのです」

「難儀ですね」

「難儀ですよ」

 今度は揃って溜息をつく。

 最近は図書館を留守にすることも多いので、留守番役がいるのは悪いことではない。アオを残しているのはそのためだ。

 だが、出かけている間に図書館を散らかされているのも悩みのタネには違いない。

「考えるですよ、助手。そうすれば解決策が見つかるのです。われわれは賢いので」

「そうですね。われわれは賢いので」

 顔を見合わせ、頷きあう。

 そして見回りに戻ろうとした、そのとき。

「……誰かーっ……!」

 声が聞こえた。

 確認し合うようなことはしない。博士と助手は迷いなく、悲鳴の方向へと加速する!



 彼女は息を切らして走っていた。もつれそうになる足を必死に動かし、少しでも早く前へと進む。

 声を張り上げても聞いていた相手がいるのかどうか。そんなことを気にしている余裕はない。とにかく逃げなければ。そうしないと追いつかれてしまう。

 無機質に迫る、青いぶよぶよとした球体。背中に無機質な視線を向けてくる一つ目。セルリアン。

「あうッ!」

 体力の限界は、存外早くやってきた。そのフレンズは転倒する。這って逃げようとするも、その速度は明らかにセルリアンより遅い。

 振り向かなくてもわかる。セルリアンはもうすぐそこだ。彼女はぎゅっと目を瞑った。

 次の瞬間、体が宙に浮いた。

「えっ……」

「静かに。大人しくしているですよ」

 平坦な声が耳を打つ。

 自分が抱きかかえられ、宙に浮かんでいること。自分に語りかけたのがその者であることに気づくには、少し時間がかかった。

「あっ、あのっ、えっと」

「セルリアンですか? 問題ないです。あれくらい、ちょちょいのちょいです。ほら」

 その言葉とともに、彼女は下に向き直される。はるか下にいるのは、あたりを見回すセルリアンの姿。

 そして、その背に音もなく迫る影。

 声を上げる暇もなく、影は手に持った杖を振り下ろし、セルリアンの核たる石を叩き割った。セルリアンの体は崩壊し、サンドスターの輝きへと変わった。

 輝きが宙に消えるころには、彼女は地面に降ろされている。

「流石ですね、助手」

「博士こそ」

 へたり込んだ彼女は、目の前で会話を始める二人のフレンズを見上げた。

 片や白い羽。片や茶色い羽。どちらも鳥類のフレンズなのだろう。とてもよく似ていた。

 二人は揃って彼女を見下ろし、揃って一礼した。

「どうも。アフリカオオコノハズクです」

 白い方はそう名乗った。

「どうも。ワシミミズクです」

 茶色い方はそう名乗った。

 どちらの声も平坦で、そこもびっくりするくらい似通っている。

 彼女はおずおずと立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

「ど、ど、どうも……ぼ、ぼくは」

「お前、メクラヘビですね?」

 自己紹介をする前に、アフリカオオコノハズクが言い当てる。

 驚く彼女を尻目に、ワシミミズクが相方を見やる。

「知っているのですか、博士」

「ええ、知っているのですよ助手。とはいえ、この個体に会ったのは初めてですが」

 唖然とする彼女に、アフリカオオコノハズク……『博士』が向きなおる。

「お前は、普段土の中にいるものと思っていましたが」

「は、はい、そのう……最近地上が騒がしくて、様子を見にきたら、こんな目に」

「……巨大セルリアン騒ぎですね。タイミングが悪い」

 なんだか怒られた気がして、彼女は身をすくませる。

 が、『博士』は気にした風もない。ただメクラヘビを見下ろし、なにやら考えているようだ。

 『助手』ことワシミミズクは、『博士』と彼女を交互に見やっている。

 沈黙。

「……え、えっと。ぼく、ブラーミニメクラヘビ、です。その、助けてくれて、ありがとうございます!」

「ああ……当然なのです。われわれはこの島の長なので」

「セルリアンに襲われているフレンズを見殺しにはしないのです。この島の長なので」

 頭を下げたメクラヘビに、『博士』と『助手』は平坦な声を投げかけた。無表情なので、なにを考えているのかいまいちわかりにくい。

 メクラヘビが戸惑っていると、『博士』がやおら手を打った。

「解決策が見つかりましたよ。助手」

「はい? ……ああ。そういうことですか。さすが博士です」

 淡々とした二人の会話に、メクラヘビは口も挟めない。二人の視線に射すくめられ、身動きが取れないのだった。


 ……翌朝。ジャパリ図書館。

「ふあー……あ」

 床に寝転がっていたフレンズが、気持ち良さげに伸びをする。その毛皮は美しい青色。ブルーバックのフレンズで、今はアオという名前がある。

 ぼんやりと周囲を見回した彼女は、ある一点に目を留めた。比較的見慣れてきた図書館の景色に、見慣れないものがある。

 どうやらフレンズであるらしい。とても小柄で、フードを被っている。灰色の服に、エプロンをつけているようだ。

 床に置かれた本を、本棚に戻しているらしい。

「あー……ありがとう?」

「ピャアッ!?」

 不意に声をかけられ驚いたのか、そのフレンズが飛び上がった。その拍子に持っていたらしい本がバサバサと床に落ちる。

 その音に気づいたか、図書館の主……博士と助手が入ってきた。

「どうしたのですか『メイド』。アオにいじめられましたか」

「『メイド』は厳しい仕事ですが、いじめられたらちゃんと言うのですよ。われわれは雇い主なので」

「いじめてないよぉ」

 アオはぱたぱたと手を振って否定する。その目は『メイド』なるフレンズに向けられていた。フードを目深にかぶっているうえ、前髪が伸びているために目元が伺えない。

 見たことがない。珍しい。

「ええと。ごめん……ね?私はアオ……ええと、ブルーバック」

「だ、大丈夫ですごめんなさい!ぼくはブラーミニメクラヘビといいます。その、今は『メイド』なんですけど」

「『メイド』?」

 アオは首を傾げ、博士を見やる。説明を求めるためだ。

 案の定、博士はすぐに口を開いた。

「『メイド』は、忙しい者の代わりに、縄張りの掃除やお手伝いをしてくれる職業なのです」

「へぇー」

「アオも本を読んでいるのですから、見たことくらいあるのではないですか?」

「そんなこと言われても。私、文字? とか読めない……見てると面白いから、見てるだけ」

 助手の言葉に素直に答える。助手の眉間にややシワが寄ったように見えたが、アオは気にしない。いつものことだ。

「ええと、ぼく、博士たちに助けられて。その恩返しとして、『メイド』をやってほしいと」

「ふーん。博士たち、そんな忙しいの?」

「忙しいのです。我々は長なので」

「我々は長なので。図書館でゴロゴロするばかりか、本を見散らかすアオとは違うのです」

「ふーん」

 どうやら大変らしい。本人たちが言うのだから、さぞ大変なのだろう。

 そのお手伝いをするこのヘビのフレンズも、きっと苦労するのではないだろうか。

「ブラー……ええと……メイドちゃん? なにか忙しいことがあったら、私も手伝うね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「……あんなこと言ってますよ、博士」

「当事者に自覚がないのはよくあることです。寛大な心で許すのですよ、助手」

 博士たちはまたなにやら難しい話をしている。

 新しく図書館に増えたフレンズを見つめ、アオは微笑んだ。ここでの生活が、より楽しくなりそうだ。



 

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