8.そこにある違和感


「そういや、小僧には顔見られてたんだったな」

 不意にその男に声をかけられたのは、別れ際のことだった。

 チェナンザに行く途中に海賊に襲われ、彼らに助けられた後、彼らは安全な場所まで護衛してくれた。もちろん、それは父が払った”手数料”の額にもかかわりがあるのだろう。

 ただし、もろもろの事情から海上で別れるものであるらしかった。

 彼の父は、意外にこの緋色のダルドロスのことを気に入っていたようだった。”手数料”も、新進気鋭のカドゥサ家の船とあっては、それなりの額を請求されたようだが、気前よく支払ったようで、それに関しても意外だった。

「なかなかいい青年だな」

 そんなことを言う父に、彼は返事をした。父と短いながらも会話を交わしたのは、大変久しぶりで、彼もそのことをよく覚えていた。

 緋色のダルドロス、ダート=ダルドロスは、父と親しげに会話をし、お互いの前途を祈って別れの言葉を交わした。

 そのまま、自分の船に乗り移って行ってしまうのかと思ったときに、不意にダルドロスが彼の目の前で足を止めたのだった。

「え? 顔、ですか?」

「お前、俺の素顔を見ただろう? あの時」

 確かに。二人だけで甲板にいて、会話を交わした時、強風が吹きつけて彼は帽子と顔を覆う布を飛ばされていた。長い髪が広がって、そしてダルドロスの顔を彼ははっきりと見た。

 慌ててダルドロスは帽子を捕まえにいき、それはほとんど一瞬のことだった。

「俺はちょっと事情があって、顔を見られちゃいけねえんだよな。なんで、お前には口封じしとかなきゃならねえのを思い出したよ」

 そんなことを不意に言われて、彼は首を振った。

「僕、誰にも言いません。それに、一瞬だけでした」

 真面目にそんなことをいう彼に、ダルドロスは思わず笑った。ちょっと悪戯めいた笑みが、覆面の下に浮かべられているのがすぐにわかる。

「はは、そんな真面目に答えなくても大丈夫だ。悪かったな」

 そういって彼は軽く腰を折ると、肩の片マントに挿してあるマント留めの飾りを手にした。ダルドロスは元々伊達男だが、そのときもマント留めに装飾品をいくつか使っていたが、その一つに短剣に羽のモチーフをあしらった金のブローチがある。四本の短剣に抽象化した翼が絡み籠の形をつくり、中心にに果物を模した紅い小さな石や碧の石があしらってある。

 それを手に取ると、ダルドロスは彼の手のひらの上に置いた。

「ま、でも、タダで黙ってくれとはいわねえぜ。口封じ料はちゃんと払っておく」

「これ……」

「こいつは、俺が”仕事”に行くときに使ってるもんなんだ。まあ、”仕事”がうまくいくようにってお守りだよ」

「そんな大事なもの、いただけません」

 慌てて彼がそういうと、ダルドロスは笑ったようだった。

「安心しろ。実はもう一つ作ってあってな、こいつは予備スペアなんだ。お前の親父と話していたら、ゲン担ぎたいなら予備なんか持ってねえ方がいいというんだよ。まあそれもそうかなって思ってたところだし、いい機会だからお前にやるよ」

「で、でも、僕にはとても似合わないし、高価なものでしょう」

「それだけの額は、お前らを襲った連中やお前の親父からもせしめてるから心配するな」

 それに、とダルドロスは続ける。

「それ、見かけより高価なもんじゃねえんだが、お前、趣味のいい服着てるし、こういうのかっこよくつけられるだろうよ」

 両手のひらの上で、それはキラキラと宝物のように輝いていた。

「貰ったからには、そいつの似合うイイ男になるんだぜ。ネズミのボーヤ」

 ふと視線をあげると剣帯が見えた。そのバックルに同じような意匠が施してあるのを、ダルドロスが振り返る瞬間に彼はみつけていた。



「緋色のダルドロスだって?」

 水夫らしい男がそう聞き返す。

「まさか、もう十年も前に死んだって話じゃねえか」

「それがここに来てるんだってさ! ザファルバーン水軍の連中も目の色変えて探しているんだが、どうも捕まらねえという話さ」

 もう一人の体の大きな男が首をすくめる。

「そりゃあ仕方ねえな。うちの水軍はどんくせえって有名だし。まあ、あの副官が直接動いてるなら、その内なんとかなるかもしれねえけどさあ」

 船の沢山停泊するその通りを、ゼダは通り過ぎていた。そんな会話が耳に入る。

「だがタチの悪そうな連中にきいたんだが、どうも今日はあの辺にいるらしいんだよ」

「ああ? 探されてるのに随分大胆だな」

「いや、なんでも新しい仕事を始めるってんで、人を集めてるらしいんだがさ。もちろん、マトモな仕事じゃねえみてえだが。その説明に、当の本人が出てくるんだってさ」

「そんなの、すぐに軍人たちに見つかるじゃねえか」

「それがうちの水軍の駄目なとこだろうよ。そろそろ、水門もあけなきゃなんねえってことで、水門の前でとめてある船の検査で今日は手一杯。警備やらなんやら手薄なんだよ。だから、現れるなら今日なんじゃねえかってハナシだ」

「へえ、話のタネになるんなら、見物にいってみようかね」

 男たちの能天気な話が背中で聞こえる。

(ダルドロスがここにいる? そんなはずはない!)

 ゼダは話を聞きながらそう否定していた。

(いるとすれば、間違いなく偽者なのに、なんで……)

 彼の名前を使って人を集めている。本人が出てくる。

 それが本物のダート=ダルドロスであるはずがない。いや、今はまだそう断言はできなかったが、ゼダだけは彼が本物であるか偽物であるかを判別する”とあること”を知っている。

「否定しないなら、俺が判断してやるんだ!」

 ゼダは無意識に襟巻を止めてあるピンに手をやっていた。陽光できらりと光るそれを、握りしめながら早足で歩く。

 ふと、いくつかの船に守られ、隠されるようにして一隻の船が見えてきた。その船に見覚えがあるかどうかを、彼は覚えていない。

 ただ、その気品は普通の船のようにも思えなかった。

 道行く前に、初老の男が座っていた。人相は良くないが、どうやら歴戦の水夫には違いなさそうだった。

「おや、お坊ちゃん。お前さんも、仕事のあっせんかね」

 そう声をかけられて、ゼダははっとして立ち止まる。ふと冷静になって、ゼダは一つ息を吸い込んだ。

「ああ、そういうところかな。ちょっとウワサをきいたもんだから」

 本当はそんな会話をするような気分でもない。けれど、演じるのは苦手ではなかった。

「有名なお方が仕事紹介してくれるんだろ。俺も話聞きたくて」

「お前さん、船員らしくないがいいのかい」

「失礼だな。俺はこう見えても、太内海では船に結構乗ってたんだぜ」

 それは事実だ。ゼダはむっとして男に言い返す。彼はふとにやりとして笑った。

「それはすまなかったな。まあ、坊やはどうやら役人でもなさそうだ。話ききたきゃ、ついてきな」

 男はそういうと、ゼダにむけて顎をしゃくりふらりと歩き出す。

 ゼダはだまって彼について歩き出した。



 *



 思えば、彼自体が違和感のある男だった。

「別にダンナは、人望がないわけじゃないと思うぜ」

 シャーはそう反論する。

「結構面倒見いいし、ちょっととっつきにくいかなって思うけど、話してみるとそんなことないだろう」

 確かに、シャーにしてみても、彼の第一印象は、危険そうでいけ好かない男前だった。どうせ高飛車でちょっと気障で、でも妙に生真面目でからかうと面白いし、そこまで悪い奴でもなさそう、ぐらいに思っていた。

 しかし、こういう風に面と向かって話してみると、彼は別にそこまで高慢な男でもないし、どちらかというと繊細で世話好きな、ちょっとお節介なところもあるがいわゆるお人好し。

 今では長屋の人々ともそれなりにうまくやっているみたいだし、子供に読み書きを教えて慕われている気配もある。

 ザハークの評からも、隊長としての彼はあくまで厳しい男だったらしいことはわかるものの、シャーとしてもそんな彼には違和感を抱いていたのだ。

 確かに見境のなくなるような危険な部分はあるものの、対面して話せば、彼こそどちらかというと慕われる方ではないのだろうかと。

 現に今だって。

「だって、ほら、アンタが寝込んでるっていうんで、心配して蛇王さんやリーフィちゃんは看病に来てくれてるしさ。ゼダのヤツだって、寝込んでいるってきいたから、急遽見舞いに来たんだし。リル・カーンだって、アンタのこと慕ってるって聞いてる。それに……」

 そこまでいって、シャーはちょっと言葉を濁し、

「その、オレだって……。それなりには、心配もしてるし、色々アンタには相談乗ってもらってるからさ」

 ジャッキールは思わず苦笑する。

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、実際のところ、俺は本当に人望がなくてな。まあ、それは俺の不徳の致すところとしか言いようがないのだが。今まで敵を作るような生き方をしてきたとは思っているからな」

「仕事の時だけ厳しいとかそういう人はいるけど、意識的にやってたってこと?」

「まあ、それもないとはいわんな。俺は自分でも性格はわかっているからな」

 そういうとジャッキールは、少しだけ意地悪に笑う。

「俺はな、一度舐められると、とことん付け入られる方でな。お前等なんぞは、特に俺のことをそういう風に扱っているから、よーくわかるだろう?」

 そんな風に言われて、シャーは慌てる。

「え、いや、べ、別にその、そういう舐めた扱いとかじゃないんだけどー。いや、ちょっとからかうと楽しいぐらいはしてたかもしれないけどさ」

「構わん。もう、取り繕う気もないからな。どうせとがめたところで、お前も改める気もないだろう?」

 ジャッキールは苦笑してそういう。

「ともあれ、元からそういうところがあるのだ、俺は。昔からこういう風というわけではなかったが、色々あったからな。それ以来、絶対に最初から舐められないような態度をとることにしていた。俺のような流れの傭兵は、誰も信用できない。無警戒に信じれば裏切られる。それもよくあることだったから……。とはいえ、それは敵を作っていくということだからな。俺はラゲイラ卿のところにいる間にも、部下にも同僚にも甘くはしなかった。というより、十数年もそうしてきたから、今更変えるつもりもなかった」

「そういうのは、なんかわかる気がする」

「しかし、ラゲイラ卿本人とは信頼関係ができているつもりだった。親しくしていたし、信用してくれてもいた。だが、あの時、俺はお前の暗殺計画の実行部隊の花形を外されてしまってな……。やはり、自分は信じてもらえなかったのかと思った」

 ジャッキールは自嘲的に笑った。

「俺は肝心な時に信用してもらえなくてな。今までも、ずっとそうだったのだ。信用さえしてもらえれば、言ったことは首が飛ぼうが何をしようが達成できる自信はあったのに、どうしても直前で信じてもらえない」

 シャーは少し優しげな口調で言う。

「アンタが、もし実行部隊で先陣切ってたら、オレはやばかったと思うよ」

「そうだろう? もちろん、そうなると俺も容赦する気はなかったぞ」

 ジャッキールはにやりと笑う。

「まあ、本当は、俺は最初からお前の正体は知っていたんだがな」

「そういえばそうだったね。でもさあ、それなら、あの時、ダンナはなんでラゲイラ卿にそのことを言わなかったんだ?」

 シャーが恐る恐る尋ねると、ジャッキールは指を組んでため息をついた。

「まあ、それが、俺が彼のもとを離れた原因ではあるのだな」

「原因?」 

「もっとも、理由は一つだけではない。俺もどちらかというと馬鹿だからな。お前と勝負をつけるまで、黙っていようかと思ってもいた。お前の正体などバラせば、俺は直接お前と勝負できないだろう?」

「うん」

「蛇王のヤツと同じような考え方で、それはそれで自分が嫌になるのだが」

 ジャッキールは苦笑しつつ、

「しかし、俺は一度お前に敗北してから、正直に、ラゲイラ卿にあの事を告げようかとも考えた。お前の正体を知らないまま乗り込むのは、彼には不利なことに違いない。しかし、そのときには俺はもう見放されていた。まあ、それはそれでよかったのだ。俺は、お前に義理立てするかどうかで、ちょうど悩んでいたから、よい理由ができたというわけだな」

「それは、まあ、オレとしてもありがたいことだったけど……。でも……」

 シャーは当時のことを思い出しつつ尋ねる。

「いや、オレ、ダンナとラゲイラ卿は仲違いでもしたのかなって思ってたんだよ。でも、やっぱりそういうわけじゃないんだ」

「見放されたとはいえ、彼は別に俺に不当に冷たくしたわけではなかったからな。だから、俺は今でも彼のことは尊敬しているといっている」

 しかし、とジャッキールは言った。

「最終的にお前に義理立てしたのも、彼のもとを離れたのも、俺が彼に違和感を感じていたせいだ」

「違和感?」

 シャーはきょとんとして小首をかしげた。

 ジャッキールは少し考えた後、シャーをまっすぐに見やりながら尋ねた。

「お前は、ラゲイラ卿はどのような男だと思う?」

「え? いや……」

 唐突に聞かれ、シャーは言い澱み、

「オレ、あの人のことよく知らないから……。でも、頭のいいひとだってのはわかるよ。強敵だ」

「そうだろう。世間的には権謀術数に通じた、一癖も二癖もある男だろうな。俺も彼に会うまでそう思っていたし、その一面もあった。俺を助けたのも、利用する為だと本人も言っていた」

「ああ」

 ジャッキールが何故そんなことを尋ねたのか、シャーは意図を図り損ねている。

「それではここで問題だ。そんな男が、何故危険を冒して政権の転覆を狙うのか。しかも、一度や二度ならず失敗しているのにな?」

 不意にそう尋ねられ、シャーは眉根を潜めた。

「そ、そういわれると……。でもさ、それは、その、あの人は旧カリシャ朝の生き残りだから、旧王朝派の王が即位してる方がいいのかなって。ザミルは親が旧王朝系だし、影響力とかもてないからかなとか思ってた。違う?」

 ジャッキールは薄く笑う。

「まあ普通に考えるとそういう答えになるのだ。しかし、実は別にラゲイラ卿は、あの王子に入れ込んでいたわけでもないし、旧王朝の復興も考えていないし、権力の中枢を狙うような野心ももっていなかった」

「え?」

 きょとんとしたシャーに彼は笑って言った。

「政権をとって整備が済んだら引退する……と、俺にはよく言っていた。最初は冗談だと思っていたが、どうやら本気らしかったぞ」

 ジャッキールは顎に手を当てる。

「ラゲイラ卿の望みは、国と民の平和だったからな。暴君でない限り、誰が王になろうが平和になれば良いとまで言っていた」

「でも、それじゃあなんで? 自分が叛乱の中枢にいて、平和を乱すようなことを何故するんだよ」

「それがなぜかが、俺にもわからなかった」

 ジャッキールは目を伏せる。

「周りの貴族のためかとも考えたが、彼は身の安全を守りたいだけの貴族連中のことは本心では嫌っていたからな。だから、どうして危険を冒してまで騒乱を起こそうとしているのか……。彼の護衛を勤めながら、その陰謀の詳細を俺はおおよそ知った。それに理解が深まれば深まるほど、俺はわからなくなってしまった。王権簒奪にかける彼は執念めいていた。が、どうしても、彼の本当にやりたいことに思えなかった。いつも矛盾を感じていた」

 ジャッキールは伏せていた視線をあげた。

「そんなことを考えているのを、向こうにも見抜かれていた。ある時尋ねられた。”私に何か尋ねたいことがあるのでしょう”と。俺は素直に彼に尋ねた。何故そこまで命を賭けて、政権を狙うのか。民の平穏を願う貴方らしくないのではないかと。彼は俺にこう答えた」

 ジャッキールは一息ついて答えた

「”何故ですって? 私がそうしたいからです”。その時、彼は俺の目を見なかった」

 シャーは、その言葉を聞いて何度か反芻し、そして目を瞬かせた。

「それは……」

「それこそ、俺の感じた違和感だ。ラゲイラ卿は、その時俺に嘘をついたのだ」

 ジャッキールは苦く笑う。

「普段は、彼が何を考えているか、俺ではわからなかった。しかし、俺はその時だけ、彼が嘘をついているのだと見抜いてしまった。それは、いかに彼がわかりやすく俺に嘘をついたかということなのだ」

「何故、嘘を?」

「さあ。そこまでは俺にはわからん」

 ジャッキールは、首を振る。

「だが、やはりそうなのだ。ラゲイラ卿は、何故か望まぬ計画に執着して身を投じている。成功した後のことなど、彼にはどうでもいい。いっそのこと、自害してもいいぐらいで考えている。俺には、それがわかってしまったのだ」

 ジャッキールは続けた。

「しかし、あの時は、俺は彼を止めることもなかった。だが、今ならと考えているのだ。もし、彼が本心では望んでもいない計画を実行しようとしているのなら、それは誰の幸せにもならない。彼が間違ったことをして自ら身を滅ぼすつもりなのなら、それは止めてやらなければ……。俺は今でも、彼に対する恩義は忘れたつもりはない。しかし、ここでお前に彼のことを黙っているのは、彼の為にならないとも考えている」

 ジャッキールは顔を上げた。

「だからな、俺がお前にこの情報を流すのは、お前の為であり彼の為であり、そして何より俺の為だ。このことでお前が俺に対して気に病む必要はない。必要なことなのだろう。遠慮なく何でも聞け」

 ジャッキールはそういうと少しだけ寂しげに笑う。

「そっか」

 シャーはため息まじりに頷いた。

「それは、本当にありがたいんだ。本当は、オレ、あの人に関しては情報なくて、打つ手なしだったから」

 昼の穏やかな陽光が、ゆるやかに傾き始めていた。いつの間にか、シャーの手元の紅茶はぬるく冷めて、香りすらあせているような気がした。



 

 *


 ちょうどそこからは、相手の動きが良く見えた。

「どうだ? なんか動きあった?」

「あるといえばあるし、ねえといえばねえような……」

 もう飽き始めているゼルフィスは、猫のように欠伸をしながら背伸びをしている。そんな彼女のかわりに、アイード=ファザナーは物陰から様子をうかがっていた。

 船にいつの間にか人が集まりつつある。

「何してやがるんだ、あいつら」

「アレ、知らねーの、大将」

 素朴な疑問を口にしたところで、ゼルフィスがぬっと起き上がる。

「マジで知らねーの。あいつ等、なんかしらねえけど、人集めてんだって」

「え、いや、そこんとこの情報来てないんだけど」

 目を瞬かせつつそんなことを言うアイードだ。ゼルフィスは、思わずにやにやする。

「相変わらずだなあ。怒られるぜ? ほら、今日はそろそろ水門も開くからって、外にとめさせてる船とか調べてんじゃん。それでこっちの警備が手薄だってんで、多分、そのスキを狙っての人材募集だよ。情報あげといたんだけどな」

「ん、いや、そこんとこ、俺にまで到達してない」

 アイードはちょっと情けない顔になりつつため息をついた。

「大丈夫かよー。ふらふらしてっからじゃね?」

「い、いや、多少のそういうことはあるかもだけど、大丈夫だって! 第一、今日あっちに人員送り込んだのは俺だぜ? そうしとけば、あいつ等動きありそうかなーって」

 やや言い訳めいたことを言いつつ、アイードはため息をついた。

「ま、まあいいや。じゃあ、あの人だかりは、アーノンキアスの野郎が集めてるってことか?」

「いや、募集人はダルドロスってことになってるぜ。河岸で噂になってる」

「同じ話だろ」

 アイードは舌打ちして、視線を戻したが、ふと目を見開いた。

「アレ、アイツ……」

「アイツ? 何、顔見知りか?」

 ゼルフィスが猫のように背を伸ばして、アイードの隣からそっと覗く。

 アイードの視線をたどると、どちらかというと小柄な、洒落た上着を着た青年が船の方に向かっていくところだった。

「ネズミのボーヤじゃねえか」

「おや、あのカドゥサのお坊ちゃんかい」

 ゼルフィスはのんきにいったが、アイードはやや表情がこわばる。

「なんだ、あの小僧、こんなとこちょろちょろと……」

「もうちょっと近づいてみるか?」

 ゼルフィスは身を起こす。アイードは、ああと同意して、建物を伝い窓伝いにわたっていき、船に近い建物までたどり着く。

 そこからなら、彼らの声や表情までよくわかる。

 仕事の説明。そのようなことを、人相の悪い男が語っているようだった。

 集まっているのは十数名ほどだが、皆力自慢の男たちといった様子で、例によって素行もよくなさそうだ。その中ではゼダはいかにもお坊ちゃん然として浮いている。

「今日はダルドロス船長も来てるんだ。説明は船長からしてもらう」

 そんな言葉が響き、ふと船員たちが道を開く。後ろから大柄の男と細面の二人がやってきて、その後ろから一人男が姿を現す。

 美しい縫い取りのあるマント、きらびやかな上着。東洋風の幾何学文様で彩られた飾り帯。顔を鮮やかに染められた布で隠し、羽飾りのついた帽子をかぶっている。

 絵にでも描かれていそうな、すらりとした伊達男。

 しかし。

 はっと、ゼダは息をのんだ。

「えー、こちらが……」

「お前は!」

 ゼダはふとゼダは大声を上げた。

「お前は緋色のダルドロスじゃない! 偽者だ!」

「小僧、何を言いやがる!」

 隣にいた男が大声を上げるが、ゼダは彼を睨みつけた指をさす。

「何言ってやがる! こんなヤツのどこがダルドロスなんだよ! 似ても似つかない偽者じゃないか!」

「小僧! てめえっ!」

 船上が急にあわただしくなり、緊迫する。周りを男たちが取り囲み、ゼダにつかみかかろうとしていた。

「あんのネズミ、クソ馬鹿野郎がッ!」

 覗いていたアイードが、珍しく口汚くそう吐き捨てる。

「あんなとこで、なんつーこと言ってんだ!」

「おい、大将?」

 アイードは窓伝いに地面に飛び降りる。

「ゼルフィス、お前はそこで待機してろ! ちょっと行ってあの馬鹿、連れだしてくる!」

 そういうとアイードは顔の覆面を確かめつつ、ざっと駆け出した。船上はすでにもみ合いが始まっているようだ。

「おう、了解!」

 ゼルフィスはアイードの背中に軽く敬礼してそう答えつつ、にんまりと笑う。

「まー、私もひと暴れしたかったが、たまにはいいか。腕が落ちてないか、大将のこと確認してやるのもおもしれえしなあ」

 くくく、と楽しげにわらってゼルフィスは、走り去っていくアイードの背中を見やる。その身のこなしは普段の彼を知っていると意外なほどに身軽だった。

「私は高みの見物と行くぜ!」


 

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