20.”七部将最強”の男-2


 戦況が激しくなるにつれ、彼はゆっくりと壊れていくようだった。

 かろうじて、彼女の前ではいつもの彼であろうとしていたようだったが、それも取り繕えない時がある。何やら考え込むような様子が多くなっていた。そして、仕事が忙しくて、彼女のところを丸一日訪れないこともあった。

 戻ってきて、戦闘もないときは相変わらず剣を教えてくれていたが、手合わせすることはほとんどなかった。

 曰く。

「俺は手加減ができない。最初は良いが、ふとした瞬間に本気になってしまうことがある。お前を傷つけるわけにはいかんからな」

 休憩している時、彼は珈琲を啜りながらそんなことを言った。

「真剣でなくてもだ……。俺が本気でやれば怪我で済まないこともある……」

「でも、隊長に相手をしてもらった方が、絶対に強くなると思うのよね。一回ぐらい練習試合しようよ?」

「それはいかんぞ。絶対にいかん」

 彼は取り合う様子もない。

「だって……」

 メイシアはしゅんとしつつ、

「あたしも、隊長の役に立ちたいもん。一緒に戦場に出られれば、隊長も心強いよね?」「」

 そういうと、かれは一瞬珈琲のカップを持つ手を止めた。

「ローゼは、そのようなことを考えなくてもよい」

「どうして?」

 不満げに顔を上げる。その視線に彼はたじろいだようだった。

 そういえばそうなのだ。彼は初めて会ったときから、彼は何故か自分の視線がまぶしそうだった。ふと視線を外すのもずっと前からだった。

 夜にしか生きられない生き物が、昼の太陽を恐れるような。そんな素振りだった。

「何故といわれてもだ……」

 少しの沈黙。彼は少し逡巡した後、ため息交じりに呟いた。

「俺は、自分に自信がないからだ」

「自信?」

 きょとんとしてメイシアは尋ねた。周囲の人間から傲慢な男と思われている彼が、そのようなことを言うのはてんで似合わない。彼と生活を共にして、意外と彼が繊細な男であることを知っていたメイシアでさえ、意外すぎるように思った。長身の彼がなんとなく小さく見えるほど、不安そうだった。

「俺は、本当は……」

 そこで極端に声が小さくなった。

「お前が思うほど強い人間ではないのだ」

 思わず漏れた彼の本音だった。真っ青な顔でそんなことを言う彼は、彼の知る黒い傭兵隊長と同じ人物に思えなくて、なんだかとてもつらかった。

 

 決定的な事件が起こったのは、それからほどなくだった。

 そのときのことを、メイシアは思い出したくなくて、記憶の奥底に封印していた。



 目の前に、黒い獣が立っている。


 あの時は、結局、どうだったんだっけ?

 メイシア=ローゼマリーは、あの時と同じように黒い獣を前にしてそんなことを考えていた。


 あの時、ついてくるなと言われていたのに、激戦の気配にあの血なまぐさい場所についてきてしまった。そして、その場面に遭遇してしまったのだ。

 そして、立ちはだかったメイシアは、確かに黒い獣と対峙したのだ。

 自分の背後で震えているのは、同じ年頃の少年らしい。確か、彼の部下だったと思うが、今となってはよくわからない。少年が彼に追い詰められているのは、実際のところ少年にも非があったのだ。先に彼に刃を向けたのは、少年の方で、彼は反撃したに過ぎなかった。

 少年が彼を裏切ったらしい、というのはメイシアにも理解できた。

 目の前で黒い大きな影のように佇んでいる、”彼”は、目だけをぎらつかせて剣を提げている。流血していて、彼自身も重傷を負っているのがすぐにわかったが、負傷していることを感じさせない動きをしていた。

 ただ、それは手負いの獣そのものだ。理性などない。

 傷の為か、それとも興奮の為なのか、荒い息をつきながら冷たく鋭い、しかし熱い殺意を滾らせて、彼は自分たちを見ている。

「動かないで。動いたら殺されるよ」

 彼女は、少年にそう言いおいて彼の目の前に立った。

「隊長、駄目だよ。いくら隊長でも、この子を殺したら今までの隊長と変わっちゃうんだ」

 彼がそれまで、どんなに不利な状況でもかたくなに少年兵を傷つけなかったことを、彼女は人づてに聞いて知っていた。彼としてはそれがギリギリの境界線だったのだ。狂った獣だと言われてきた彼が、完全には堕ちなかったのは、彼自身が踏みとどまっていたからだった。それだけで、彼は危ういところでどうにか正気を保っていられる。

 けれど、それを越えてしまったら、彼はどうなってしまうんだろう。

 だからこそ、彼女は彼の目の前に立ちはだかったのだった。

 しかし、彼女の説得に彼はもはや反応しなかった。

 それは、噂で聞いている戦闘中の彼の様子とは異なっていた。静かで、しかし、ただ敵意と殺意だけが伝わってくるようだ。

 そして、彼はただ剣を振りかぶった。

 彼女は目を閉じて観念した。長い時間が経ったようだった。しばらくして彼の声が聞こえた。

 ――頼む。俺の視界から消えてくれ。

 その言葉は当時のメイシアには、かなりつらい言葉だったのだと思う。

 ――自分でも何をしでかすかわからないのだ。だから……

 そう続く彼の言葉をきけなくなってしまうほど。だから、その言葉を忘れたフリをしたのだと思う。

 いつの間にか彼との楽しい思い出だけを抱えて、彼と会うのを楽しみにして、今まで生きてきた。きっと彼はどこかで生きている筈だから。

 しかし。

(まるで、あの時の続きみたいだな)

 本当は、あの時彼は傷ついた指で顔を覆いながら苦しげに彼女に告げたのだ。

「ごめんね、隊長。あたし……」

 メイシアは顔を上げた。自分はなんて勘違いをしていたのだろう。いまさら、歓迎されるはずもない。

「隊長、戻ってきちゃったあたしのわがまませいね。ごめんなさい」

 まっすぐに彼を見上げると、一瞬、彼が恐れるようなそぶりをみせた。

 そう、いつもそうだった。自分の視線を、彼はまぶしそうにする。

(何がまぶしいんだろう。あたしは、ただの奴隷娘なのに)

 しかし、その反応こそが彼だった。こんな風になってしまっても、やはり、まごうことなく彼は彼なのだ。

 彼女が会いたかった彼に間違いはなかった。

「馬鹿野郎! なにしてんだ!」

 金縛りになったように動かないメイシアを三白眼の男が怒鳴りつける。彼も苦戦を強いられているらしく、容易に彼女のもとに近づけないのだ。

「やめろ! ジャッキール!」

 シャーが駆け寄ろうとするが、横から妨害が入る。その男の攻撃を避け、突き飛ばしたところで、シャーは白銀の光が斜めに切り出されるのを見た。

 間に合わない!

 メイシアは思わず目を閉じた。

 ギン、と重い金属の音がした。メイシアはその音に驚いて目を開いて顔を上げた。

 目を開くと、そこに男のものらしい背中があった。白い外套を羽織り、柄物の帯がちらちらしている。ジャッキールの剣は、目の前の男の刃でかろうじて止められていた。

「それだけは駄目だぜ!」

 ギリ、と男が歯噛みする音が聞こえた。男は片手剣の峰の部分に自分の腕輪のついた左手首を当ててどうにか攻撃を防いでいた。

「そんなことしてると、本当に戻れなくなるからさ」

 赤い髪と、頬に刀傷が見える。男はメイシアの視線に気づいたのか、半分顔をちらりと彼女の方に向けた。余裕はなさそうだが、にやりとする。

「あれ、さっきの?」

 メイシアは目の前の男が先程キザなことを言っていた、あの赤毛の男だとようやく気付いたのだった。 



「アイード、あいつ……。いつの間に?」

 敵の攻撃をいなしながら、何とか切り抜けていたシャーは、突然の彼の乱入に安堵しつつもややあっけにとられていた。それと同時に、敵がざっと引く気配があった。ふと見ると、彼のそばにザハークが駆け寄ってきた。ザハークを警戒して、敵が引いたようだ。

「蛇王(へびお)さん」

 シャーが声をかけるが、ザハークは、シャーよりもジャッキールとアイードの方を見ていた。

「あの男……」

 ザハークがそうつぶやいて目を細める。

「さあてと。お嬢ちゃん、危ないから下がってな!」

 アイードはメイシアにそう言った。

「俺じゃそんな長い時間、相手できねえからよ、っと!」

 ジャッキールの力が強く、刃が滑るように動く。うまくアイードは切り返し、ジャッキールの注意を引き付けるようにして闇の中に飛ぶ。追撃して来る彼の剣を斜めに流せば、火花と甲高い音が鳴る。

「赤毛のお兄さん!」

「いいから、ッ! さっさと離れな! それぐらいの時間は作ってやるさあ!」

 彼は軽快に動きまわり、川岸に近づいた。舟が泊まっている横に松明がある。

 アイードはそれを素早く一本抜き取った。ぶわっと熱と光が彼と周囲を明るくする。

 一瞬、ジャッキールが怯んだ気配がした。

「ふふふ、ま、ちょっと卑怯な気もするけど、アンタとまともにやるとキッツイんでね」

 ふとみると、すでにメイシアは闇の中に姿を消している。彼女とジャッキールの間に十分距離ができたらしいことを確認し、アイードはシャーの方を見た。

「さて、お坊ちゃん」

 アイードはジャッキールを牽制しつつ、シャーに言った。さっと剣を収める。

「これは一つ貸しにしておくんでね。ま、あとは頑張りな!」

 そういうと、彼は再び松明を振り回すと、そのまま川岸を走り出した。

 その光に惹かれるように、シャーにまとわりついていた一団の一部がついていく。

 アイードはそのまま川岸を走る。アイードは松明を軽く振りながらしばらく進んでいたが、その松明の炎が映る川面に、追撃する者たちの影が映っていた。

「へへ、意外と数が多いでやんの。うちの王様やつに追加料金請求しても怒られねえなあ、これは」

 アイードはため息をつくと、松明を右手に持ち替え、上着に左手を入れた。

 敵の先頭が彼に追いつこうとしている。その短剣が彼の背中に差し掛かろうという瞬間、アイードは振り返って左手を払った。

 傍にいた男がぎゃあっと悲鳴を上げて飛びのいた。一瞬、三本の光の線が見えて、彼が何か串のような細い金属を握っていたことを知る。一種の短剣らしいそれをアイードは器用に扱っていた。

「俺はこういうの嫌なんだけどねえ」

 アイードはため息交じりに呟いた。

「お前ら玄人相手じゃ、しょうがねえ、な!」

 続けざまに二人が襲ってくるのを、アイードは左手を二度振った。それぞれの男の腕に短剣が刺さる。

 それで怯んだところを、アイードはざっと踵を返して駆け出した。

 並木道、視界が開け、高台には見張り塔が見える。

「おっと!」

 いきなり頭上からひらめいた光をかわすと、大柄の青年が目の前に現れた。

「えへへっ、残念だけどこっちにはオレがいたんだよねえー」

 そこにいるのは白銀のネリュームだ。

「悪いケド、乱入者はうちのリリエス様が許してくれないんだ。大人しく川に沈んでほしいな」

 体の大きさの割にあどけない態度に、アイードはやれやれと肩をすくめた。

「弱ったな。ボウヤとお嬢ちゃんには、手をあげない主義なんだけどねえ、俺」

「俺は子供じゃないやい」

 ネリュームが思わず不機嫌になる。

「ふっ、どいつもこいつも。鉄の棒振り回して悦に入ってる内は、まぁだ、ボーヤさ」

 アイードはそういうと、彼に向き直って今度は左手に松明を持ち換え、右手で剣の柄を握る。

「大人の男は、いろんな武器使って戦わなきゃな。そうじゃねえと、渋くてカッコイイ大人の男にゃなれねえぜ?」

「それじゃ、アンタにはほかに武器があるっていうのか?」

「はっは、まあねえ」

 そういうとアイードはいたずらっぽくにやっと笑い、松明をくるっと回した。

「組織力さ!」

 そういうと、アイードは松明を空高く投げ飛ばした。松明はそのまま川面にじゅっと音をたてて消えた。意味を測りかねているネリュームに、アイードは告げる。

「ふん、何もさっきから馬鹿みてえに松明振り回してたのは、ジャッキールの旦那対策じゃねえぜ? あれを見な、ボウヤ」

 ついでに剣を抜きながら、アイードが見張り塔を指さす。

「あ」

 思わずネリュームがあっけにとられた。

「ザファルバーン海軍だって馬鹿じゃないんでね。暗闇の中で小競り合いしてる程度じゃ、あそこから見えないし、酔っ払いと思って見逃すだろうが、俺の松明の動きは見えてるさ。ちょっとした俺たちの暗号だよ?」

 アイードが余裕の笑みを浮かべる。見張り塔の方で、唐突にがやがやと物音が立ち始めていた。

「うわっ、きったねえ!」

「大人の戦い方っていうのは、そういうもんだぜ」

 アイードは、にやりと笑いながら言った。

「で、続きはどうするんだよ、ボウヤ。結構面倒だぜ、あいつ等。鈍いが、追い掛け回すのは得意なんだぜ?」

「ちぇっ、おにーさん、覚えてなよ!」

 白銀のネリュームはそういうと、慌てて剣を収めてアイードと逆方向に走り出す。

「忘れなよ、二度と会わねえほうが幸せさ」

 アイードはそういって、彼を見送る。

 そんな彼の背後に、いつの間にか水夫らしい屈強な男たちが立っていた。

「夜中にご苦労だったね。荒事に付き合わせちまって……」

 アイードがそういうと、男たちが笑って言った。

「いえいえ、何せファザナーの若旦那には、日ごろお世話になっていますからね」

「それに、変な奴等にシマを荒らされたんじゃ、俺たちも困ります」

「そりゃあそうさ。太内海の海賊ゴロツキ共に、フトコロ入られたんじゃ、地元ヤクザに乗り込まれたのとはわけが違うぜ」

 アイードは、剣を収めて見張り塔の方を見た。

「もうちょっとしたら見張り塔の連中にも帰らせてやんな。どうせ、あいつ等騒ぎの音を聞きつけたら、逃げちまうだろうぜ。だが……」

 アイードは、剣の柄を撫でやりながら言った。

「どうも厄介な案件だぜ。……アンタも、俺も、それなりに本気出さなきゃならねえようだぜ、”三白眼のボーヤ”」



 *


 アイードが嵐のように追手の幾人かを連れて去ってしまい、シャーはあっけにとられていた。

「な、なんだよ、アイツ……」

 シャーは気が抜けたようにぽつりとつぶやく。

「あのカワウソ男、何者だ?」

 珍しくザハークが厳しい表情を崩さない。怪訝そうに視線を向けられ、シャーの方が戸惑う。

「え? 何って、一応うちの将軍さ……」

「エーリッヒの剣を真正面から受け止めたぞ、あの男」

「そりゃあ、アレでも一応将軍職だし、白兵戦の覚えはあるはず……」

「貴様でも受け止めきれなかったのにか?」

 そう言われて、シャーはドキリとした。

 そうだった、ジャッキールの重い一撃は、シャーでもまともに受け止めるのが困難なものなのだ。それを先程アイードは、確実に受け止めた。

「……うーん、メイシアって娘の前だし、本気でなかった可能性だって……」

「それは否定はできないが……」

 ザハークが納得しかねる様子で唸る。

 確かに、とシャーは先程の一件を思い出していた。

 メイシアを割って入った時、彼はジャッキールの剣の力をうまく流しながら、重さで圧倒的に劣るはずの片手剣で受け止めた。

 そして、キッと彼を睨みつけたのだ。

(あいつ、あんな目つきのできる男だったっけ?)

 そのときの表情、いや、それは鬼の形相といってもよく、穏やかな彼の、そんな表情をシャーは今まで見たこともなかった。

 今まででも戦場で一緒になったことがないわけではないが、そういえば、彼が実戦で戦うのをあまり見たことがなかった。

 思えば、シャーは彼のことを、あまりよく知らない。

 アイード=ファザナーは、東征当時、シャーに最も近い年頃の将軍ではあった。

 いつも叔父のジェアバードにジートリューの陰にかくれ、兄貴分というには頼りなく、周囲の年上の将軍たちに振り回されてばかり。シャーにとっても、からかいやすい男というだけ。上にも下にも気を遣う、かわいそうな中間管理職。

 戦時、目だった戦功は立てない。だが、任されたところは確実に守る。目立たないが、叱責されるような無能でもない。平穏な時はザファルバーンの運河・河川・海をつかさどり、無難に治めている。

 それだけ。

 だが、本当にそれだけだったのか。

(オレは、そういえばあいつのことをあまり知ろうとも思っていなかった)

 今更ながら、ふとシャーはそんな風に思った。

 そう考えると、先ほど、別人のようににやりとしたアイードのことが、何処か不気味に思えるほどだ。

 と、そのとき、甲高い笛の音が空気をつんざき、シャーは思わず「わっ」と声を上げて驚いてそちらを見た。

「まったりしているところ悪いけど、まだ終わりじゃないわ!」

 そちらを見ると、笛を手に先ほどリリエス=フォミカと一緒にいた少女が立っている。居丈高にシャーを見やりながら、彼女はあどけなさに似合わず邪悪に笑んだ。

 彼女の近くには、まだジャッキールが立っていた。彼は突然の展開についていけず、混乱している様子で呆然としていた。

「何? お仲間はみんな逃げちまってるぜ」

 シャーも、アイードが一体ここで何を仕掛けていたのか、そろそろわかり始めていた。

 見張り塔の方が騒がしい。アイードはおそらく、何かしら合図をして、自分の部下であるザファルバーン海軍の兵士たちをここに呼んでいるのだ。

 だからこそ、シャーを包囲していた暗殺者たちもいつしか姿を消していた。

「お嬢さんも、とっととずらからねえと、マズイんじゃねえの?」

「ふん、何をいうの? 今からが本番よ!」

 少女、アーコニアは高らかに言い放つと、もう一度笛を吹く。

 耳障りな高い音が響くと、ジャッキールが反応して悲鳴を上げた。

「さあ、エーリッヒ! そいつを殺せ!」

「エーリッヒ、いい加減にしろ!」

 ザハークがシャーをかばうように前に立ちはだかったが、ふと、ジャッキールの動きがおかしくなった。唸りながら耳を抑えているが、すぐに戦闘態勢をとるわけでもない。

「何してるの、この駄犬! 早く行きなさいよっ!」

 そういってせかすと、不意にギラッとジャッキールの視線がアーコニアの方を向いた。

「何?」

 危険を感じてアーコニアが引き下がりながら笛を吹くが、ジャッキールはすでに握った剣を斜めに切り上げたところだった。

「きゃ……」

 とアーコニアが悲鳴をあげかけたところで、ネリュームが慌てて入って来て剣でそれを弾く。ネリュームは、アーコニアをかばいつつ、そのまま後退した。

「小僧、今のうちに、逃げるぞ!」

 瞬間、ザハークがシャーの腕を引いた。

「え? あ、ああっ!」

 先にザハークが走り出し、シャーが続く。

「二手に分かれる! 俺の方に来なかったら、後で助けに行くからな!」

「わかった!」

 シャーはそう答えて、目の前の分かれ道をザハークと違う方に入った。

 振り向けば、アーコニアの目の前から、黒い獣が消えていた。後ろにあからさまに重い気配があり、彼が追いかけてくるのを知った。

「くっそ、冗談じゃねえ!」

 シャーは自分の方に来ないことを願いつつも、ザハークと彼が出会えば殺し合いになることを懸念していた。

 その背中を見送りつつ、静かになったその場に白銀のネリュームとアーコニアが取り残されていた。

「あーあ、行っちゃったー」

 ネリュームは、剣をしまいつつそう言った。

「あたしの笛が効かないなんて……!」

 アーコニアがそういうと、ネリュームは寧ろ嬉しそうに言った。

「カッコイイよねえ。狂犬はああでないと。手を噛まれるぐらいでよかったじゃん? 俺が入ってこないと首飛んでたかも。感謝してほしいよね」

 アーコニアは憮然として返事もしないが、いつものことなのかネリュームは気に留めていなかった。

「いやー、リリエス様がしつこく追い回すだけあるよな。俺、本当気に入っちゃった」

 すでに当のリリエスは、引き上げていた。

「さて、俺たちも帰ろうか。ややこしくなりそうだし。俺も眠いしー」

 悔しそうなアーコニアをそういってせかすと、ネリュームは大あくびを一つした。

 と、ネリュームは、メイシアのことを思い出して周囲の闇の気配を探った。が、彼女もどこに消えてしまったのか、その周辺にいる気配はなさそうだった。

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