2.シャー=ルギィズは妖艶なる舞姫

 

「そんなわけで、えらい目見たぜ~。リーフィちゃん、めっちゃ厳しいし、容赦ないんだ、これがー……」

 シャーは、ため息をつきながら語った。

「ホント、深夜までリーフィちゃんと二人っきりとか、物凄いいい感じの筈の状況なのにさあ。もう、リーフィちゃんが古参兵の鬼教官みたいに見えて……。だって、もう、男のオレに色気を表現せよとか言われても無理なもんは無理なんだもん。いや、確かに、リーフィちゃんはさ、意外と普段はお色気ない子なんだけど、踊る時だけは結構ドキッとする艶めかしさがあるから、そういう表現力を磨けってことなんだろうけどさあ、オレにはそこまでは無理だもん」

 ブツクサ愚痴るシャーに、ジャッキールはやや白けた視線を向けつつ、

「だが、無理なものは無理とリーフィさんに伝えなかったんだろう、どうせ」

「あったり前だろ。んなカッコ悪い事言えるかよ」

 シャーはむーっと口をへの字に曲げつつ、そっぽを向く。

「よりによってリーフィちゃんの前で、そんな事認められねっての」

「変なところだけ、負けず嫌いだな、貴様」

 ジャッキールは、ややあきれた様子になっていた。

「珍しく本気で取り組んだのなら、それなりにうまく踊れたのだろう。貴様、素地はいいのだから、努力さえすればどうにかこなせる筈だ」

「そりゃあそうだけど……」

「だったらよかったではないか。リーフィさんも助かって、お前も彼女と楽しい……かどうかしらんが、貴重な時間を過ごせたのだからな」

 ジャッキールは、茶を飲んでふと息をつく。何だか知らないが妙にほのぼのしているジャッキールだ。戦場では狂犬みたいな男だが、普段は常時こんな様子なのだろうか。そう考えると、シャーとしてはちょっと頭が痛い。もうちょっとピリッとしていてほしいものだが。

(ったく、ホント、このオッサン、平和ボケが過ぎるってのよ。ぬるま湯みたいな日常に浸かり切りやがって!)

 などと考えていると、不意にジャッキールがギラっと鋭い目を向けてきて、油断をしていたシャーは思わずびくりとしてしまった。

「そうなら、どうせリーフィさんにもお褒めの言葉をいただいているんだろうが。何故、俺の部屋に潜伏する必要がある!」

「え、いやぁ、それは」

 シャーはいきなりジャッキールに睨み付けられて、思わず怯んだ様子になった。

「その、……ちょっと色々な事情がー……」

「まだ事情があるのか」

 ジャッキールは、やれやれと言いたげにため息をつく。

「まあいい、先を話せ」

「は、はい、先生」

(ちッ、コイツ、本当、いきなり物騒な雰囲気になる時あるんだよなー)

 忘れたころにやられると、危害を加えられないのがわかっていてもちょっとコワイ。

 シャーは、ため息をついて続きを話すのだった。

 

 **


「リーフィちゃん、こんなに凝った事しなくてもいいと思うんだけどー……」

 みっちりと練習をつけさせられた翌日、つまり本番の日であり、今日の話だが。

 シャーが眠い目をこすりながら酒場に現れた時には、店にはいつもの客だけでなく、招待客らしい謎の集団がいた。

 カタスレニアの歓楽街は、こんな場末にある割には女の子や料理のレベルが高い。それは、道楽半分に貴族や商人が金を出してやらせている店だからという噂もある。シャーとて、その二、三はその噂が本当であるらしい証拠を掴んでいるぐらいなので、あながち間違ってもいなさそうだ。

 今日来ている連中が、果たしてその資金源スポンサーなのかどうかは謎であるが、店の経営とかかわりのあるのは間違いなさそうだ。ここの経営者連中は、半分道楽でやっていることも多いせいか、基本的に仲が悪くないから、お互いの店を回って研究し合うこともあるらしい。特に、リーフィのように特技のある娘の行うショーがあるときは、こうして集まることもある。リーフィは踊りだが、歌がうまくて有名な娘もそういえば、二つ隣の酒場にいて、こんな風なことをしていたのをシャーは覚えていた。

 まあ、それはどうでもいいことだ。

(まさか、化粧までされるとは……)

 それに巻き込まれたシャーだが、衣装までは想定済み。しかし、化粧までされると思わなかった。

 髪の毛はふわっと結い上げられており、いつもの癖っ毛もどこかしら優雅な雰囲気になっているが、自分に似合っているかどうかというと我ながら微妙だとシャーも思ってしまうのだが、リーフィはそんなことを気にせずに、さくさくと準備をする。

 流石に白塗りはされなかったが、軽くおしろいをはたかれた上に、目にガッツリとラインを引かれ、口紅をさされるとは。女装するとは聞いていたけれど、ここまでされると、シャーとしてはちょっとフクザツな気分である。

「そんなことないわ。なり切る時には、衣装やお化粧の外見って本当に大切なの。特に、シャーがやるのは女装が趣味な美しい王子様よ。普段の自分と乖離のある役をやるんだから、それぐらいしないとね」

「で、でも、その、オレの準備ばかりしていただいて、リーフィちゃんはまだ準備できてないことない? 大丈夫なの?」

「私は大丈夫よ。もうお化粧は済ませているし、あとは衣装をちょっと変えてお化粧直しすればいいだけ」

 そういうリーフィは、確かにいつもよりも少し濃いめの舞台用の化粧を施している。それを意識してふと顔を上げると、意外とリーフィとの距離が近くて、シャーは思い出したようにドキリとしてしまい、慌てて視線をそらしてみた。

「そ、そうなの。それならいいけど……」

 そんなことを話しているうちに準備ができたらしく、リーフィは化粧道具を片付けてシャーの顔を覗き込むと、小首をかしげた。

「えっと、とりあえずこんな感じかしらねえ。後は、あの仮面をつけて……。あ、そうだ。仮面をつけて練習結局できなかったわね。視界が狭められてやりづらいと思ったけれど……」

「え? あ、ああ、それは大丈夫だよ。一応自分で確認したし」

 そうだ。ちゃんと”確認”してある。夜遅くまでリーフィに特訓された後、シャーは最近根城にしている隠れ家で、ちゃんと仮面をつけて寝る前にしっかり練習していたのだ。シャーが眠たいのはそのせいもある。

(努力すんの基本的ヤなタチなんだけど、リーフィちゃんの前で失敗とかあったら、オレの沽券こけんにかかわるからな)

「それなら大丈夫かしらね。じゃ、仮面つけるわね。そんなに重くないのがいいわね、これ」

 そういってリーフィは、例の仮面を取り出してシャーの顔に合わせて金属でできた留め具をパチンと固定した。

「そうだよね、意外と木の部分が多いから、軽……」

 と言いかけて、シャーはぎょっとして絶句した。

 リーフィは、シャーの留め具を手にしたままそのまま固まっていたのだ。時が止まったように固まっているリーフィは、シャーをまっすぐに凝視していたが、その顔が見る見るうちに真っ赤になった。

「ど、どしたの? リーフィちゃん?」

「え、あ? あ」

 シャーが驚いて尋ねるとリーフィは我に返ったようだが、なにやら動揺した様子になっており、まだ頬は紅潮していてなにやら視線が泳いでいる。

「ど、どうしたの? 気分悪い、とか? 熱とかある?」

 シャーが慌ててそう尋ねると、リーフィは首を振る。

「ち、違うの、えっと、その……」

 と、リーフィは軽く袖口で口元をおさえつつ、伏し目がちにシャーを見やりながらぼそりといった。

「シャーって、仮面つけると、私の、知ってる人にちょっと似てるのね」

「へ?」

「そうね、髪の毛下ろしたらもうちょっと似てるのかも。いえ、でも、それはなんだか……」

 意味が理解できずにキョトンとするシャーを置いてきぼりに、リーフィはぼそぼそと独り言をはじめた。

「あ、あの、リーフィちゃん?」

「え? あ! そ、そうだわ、わ、私、自分の準備もしなくっちゃ……。ま、またあとでね、シャー」

 そういってリーフィは、珍しく慌てた様子で立ち上がると、入口から出ようとした。

「ちょ、リーフィちゃん、そこ壁……」

 シャーが慌てて注意するが、リーフィはそのまま壁にこつんと頭をぶつける。

「ちょ、リーフィちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 シャーは立ち上がってリーフィに駆け寄ろうとしたが、リーフィはそれより早く起き上がる。相変わらず無表情だが、まだ頬が紅いし、何だかぼんやりしてるし、第一シャーと目を合わさない。

「ご、ごめんなさいね、本当に何でもないの。ま、またあとでね、シャー」

 リーフィはそういうと、慌ててまろびながら出て行った。

「な、何なの? 大丈夫なの、あれ?」

 シャーは呆然と去っていったリーフィを見やっていた。

「なんなのよ、あのボンって赤くなったの……。うーん、オレが考えられる唯一の可能性は……」

 シャーには女心の機微などわかろうはずもなかったが、恋する乙女的な反応とはああいうものをいうのではなかろうか。

 もしかして、仮面つけて化粧したら、とんでもない男前になったのだろうか。

 シャーはそう期待して手鏡の中の自分を見てみたが、別に普段と大差はなかった。



 **



「てことはだよ! リーフィちゃんに、あんな乙女な顔をさせる男が実在してるってことなんだーーー!」

 シャーは、ばんばんと床をたたきながら言い募る。

「”知ってる人に似てる”って、リーフィちゃんにあんな乙女な、乙女な顔をさせるとかあああ! なんなんだ、その男! 付き合いの長いオレでも、初めて見る表情だったのに、うおおお、絶対許さねえええ! 八つ裂きにしてやるううう!」

 シャーが拳を握りながらそんな物騒なことを絶叫するのを、ジャッキールはうんざりしながら聞いていた。

「物騒なことをいうものではない。あとうるさい、近所迷惑だからやめろ」

 ジャッキールは、適当になだめながら茶をすすった。

「ま、まあ、でも良かったではないか、仮にもリーフィさんにときめいてもらえたのだし……」

 そんな言葉で慰めてみると、シャーががばあっと起き上がってジャッキールの胸倉をつかんできた。

「だって、ときめかせたのオレじゃないのよ。オレに似てる誰かであって、オレじゃあないの!」

「わかったわかった! 近い!」

 ジャッキールはシャーの剣幕にやや気おされつつ、手を振りほどこうとするが、シャーは無視して続ける。

「くそう、なんなの、いとも簡単にリーフィちゃんにあんな……! コロス、絶対殺す―!」

「近いといっているだろうが! 離れろ、鬱陶しい!」

 ジャッキールはシャーを半ば腰投げにする形で振りほどいた。シャーを床に転がしつつ、

「ま、まったく、落ち着け。何を意味のわからんことを……」

「で、でもさー……、ダンナはわかんでしょ? オレの気持ち―……」

 シャーはよろよろと起き上がると定位置に戻って、しょんぼりとこうべを垂れた。ジャッキールは、やれやれといいたげに深々とため息をつく。

「ま、まあ、あの娘のそういう表情は、非常に貴重ではあるとは思うので、お前の気持ちもまんざらわからんでもない。多分、俺もそんな表情を目の前でされたら、相当動揺する」

「でしょでしょ。もう、オレ、超くやしーし」

「うむうむ、わかったわかった」

 と適当に同調したところで、はたとジャッキールは顎に手を当てた。

「しかし、リーフィさんも変な趣味だな。もしや、女装した男の方が好きなのだろうか……」

 ジャッキールがしみじみとそんなことを言うので、そういわれてシャーも考えてしまう。確かに、リーフィのときめくポイントが変だ。

「んー、どうだろ。女装と化粧だけの時は反応なかったし……」

 シャーは難しい顔で考えた末に、ぼそりと付け加えた。

「も、もしかして、仮面つけてる男が好きなのかな?」

「ふむ、それもまた奇怪な……」

 ジャッキールは、唸りながら、

「と思ったが、まあ、あの娘もちょっとおかしなところがあるから、別に不思議でもないか」

「ダンナ、その感想は失礼じゃない?」

「い、いや、別にこれは悪口ではないぞ。リーフィさんは、そういうところがあるから逆に良い子なのではないか!」

 ジャッキールもたまには失言ぐらいする。やや慌ててジャッキールは取り繕う。

「そ、それはともあれ、貴様、それでどうなったのだ。とっとと話せ」

「ちぇーっ、話嫌々聞いてたくせに、都合悪くなるとせかしやがって……」

 シャーは唇を尖らせると、再び話をつづけた。


 **


 すっかり会場の用意が出来上がっていた。

 舞台といっても、例の如く客の座る場所を片付けて仮に作っただけのものだが、さすがに今回は人を入れているだけあってか、それなりに頑張って作ってある。上等な絨毯が引かれているし、楽師も数名入っているので、いつもシャーが遊び半分に踊っているのとはわけが違う。

 前の席には店側が招待した客が入っているが、いつもの常連も後ろにはいるので、シャーの舎弟たちもどこからか話を聞きつけたらしく待機していた。

「なんか、昨日の仮面つけて兄貴が踊るんだって聞いたけどさ」

 舎弟たちが、意外と大がかりな舞台の様子に不安そうに言った。

「大丈夫かな。こんなとこで踊るとかさあ」

「んー、なんでも、今日はリーフィの踊りを見せるのに人を集めたってことらしいんだが、何故か兄貴も一緒に踊るらしいんだよな」

 おなじみのカッチェラがため息交じりに首を振る。

「兄貴、リーフィに頼まれたら嫌とは言えねえだろうしな」

「確かに兄貴は踊るのはうまいけど……」

 アティクが不安げに呟く。

「でも、こういうのはちょっと苦手そうだよね」

「うん、まあなあ」

「派手に失敗しなきゃいいんだが……」

 信用のない兄貴はそんなことを言われながら、出番を待たれているのだった。しかし、そんな舎弟たちの心配もあながち間違いでもないのだ。

「えええ、こんな雰囲気になるとはなあ」

 舞台袖からちらちら観客を見やりながら、シャーはややため息をつく。

「これは、ちょっと緊張しちまうなあ」

 シャーが思わずそんなことをつぶやくと、ふといつの間にか後ろに来ていたリーフィが笑った。

「シャーでも緊張することがあるの?」

 リーフィはというと、先ほどまでの動揺っぷりはどこへやら、すっかり平常心を取り戻している。 今日のリーフィの衣装は、黒くて活動的な印象のものだ。異国の男装の舞姫を演じるためか、今日の衣装は少し男性的で踊り子の衣装としては地味だったが、逆にその分シャーの演じる王子の方が派手なのだろう。

 あまり露出度の高い衣装を着られると、近くで踊る分目のやり場に困るシャーなのだったが、今日はそれほどでもないので安心だ。しかし、いつもと雰囲気の違う化粧で少し中性的な雰囲気のリーフィというのも珍しいので、それはそれでシャーとしては、思わずドキリとしてしまうこともあるのだが。

「いやあ、だって、楽団と一緒に踊ってないからさ。さっき、軽く音を合わせてはいるけど」

 何せぶっつけ本番だ。リーフィはリズムで舞踊の手順や展開を教えてくれたが、実は楽団ときっちり合わせたわけではない。さすがにタイミングぐらいは合わせないとマズイので、先ほど控室にいる時に軽く音を合わせてもらっていたが、そのほかはぶっつけ本番だ。

 身内ばかりだから別に緊張しなくていい、というリーフィだったが、普段はダメ男として名高いシャーでも、常から得意だと触れ回っていることで失敗するのは嫌なのだった。

「ふふ、シャーなら、大丈夫よ。それに昨日あんなに練習したじゃない」

 リーフィがそういうと、不意に太鼓の音が鳴った。始まりだ。

 リーフィは黒い羽根飾りのついた扇を翳して、くすりと笑った。

「それじゃ、シャー先に行っているわね」

「うん、わかったよ」

「ええ、頑張りましょうね」

 にこりとリーフィに微笑まれる。

(いやあ、リーフィちゃん、超綺麗だよなあ。役得役得)

 などと思わずシャーは表情を緩めてしまいそうになり、いかんいかんと気を引き締めなおす。リーフィは、そんな彼に気に留めた様子もなく、舞台の方にゆらりと出て行った。



 弦楽器の音が幽玄に響き、にぎやかに太鼓が拍子をとる。打鍵楽器がきらびやかで切ない音を立て、リーフィがさっと舞台に姿を現した。

 彼女が現れると観衆が、わっと声を立て喝采を送る。普段に比べれば、演技中のリーフィは少しは愛想が良いのだが、今日は冷静な女戦士の役ということもあり、いつもの無表情のままに、軽やかに足を運ぶ。

 扇を広げ、そのまま優雅というより、やや勇壮に舞い踊る。扇についていた薄絹がたなびいて、観客の目の前を横切り、リーフィは彼らに流し目を送りながら、つれない表情でただひたすらにくるくると舞い踊る。

 彼女が演技をする男装の麗人は、王子と再会したときには妓楼で舞姫を務めていた。元々軽業師のように身の軽い戦士だった彼女の踊りは、リーフィが普段踊っているものに比べても、足の運びが激しく、旋律に合わせて飛び回るものもある。

 何度かそうした激しい踊りを踊った後、リーフィは、再び中央に戻っていた。

 観客を眺め、頭の黒いベールを広げて型を決めると、観客がわっと沸き立って拍手を送る。彼女はそのまま身をそらせ、そして黒の羽扇を大きく広げた。

 その時、不意に拍子が変わり、打楽器が激しく打ち鳴らされた。

 そして唐突に静寂が訪れる。次に、ちりーん、ちりーんと鈴の音。何度か鈴が振られ、そして、いつの間にやらその扇の後ろに、誰かが立っていた。

 さっとリーフィが扇を下げると、そこにいるのは、扇で顔を隠した派手な女物の衣装を着た背の高い男。

 だんと太鼓の音が響いた。

 それを契機に彼が袖を広げると、薄絹の布がついて回る。扇の後ろからは、青い羽根の仮面が現れ、顔を見せると同時に彼はぐるりと孤を描くようにして足を運んだ。乱した長い髪をかき上げるようにすると、髪飾りのジャスミンがかすかに香る。紅い唇が妖艶に微笑み、挑発的に観客たちに視線を投げる。舞台を照らす為に置かれた照明が、彼の瞳に光を入れると、その瞳は不穏に青く輝く。

 冷淡でひたすら美しく踊る男装の麗人と対照的に、仮面の王子は妖艶に色香を振りまく。まるで絶世の美女のようにふるまいながら、しかし、その足運びは非常に勇壮で激しく速い。

 麗人と王子は何度も舞い交わし、再会を喜ぶ。しかし、かつて戦場でまみえた彼らの再会は、ただの男女の再会とは違い、どこか血生臭い狂気を帯びているものだ。

 だからこそ、二人の舞いは決して穏やかなものではない。彼らはまるで剣を交わし合うかのように、お互いとびかかろうとするように舞い踊る。

 華やかさと緊張感を表すように、だんだんと音楽も激しく旋律を奏でだす。

 酒場の中は、すっかり彼らの醸し出す雰囲気にのまれ、皆は固唾をのんで舞台を見守っている。

「あ、あれ、兄貴かな……」

「だ、だと思うけど……」

 しばらくそれを呆然と見ていた舎弟たちが、ようやくぼそぼそと囁き交わす。

 仮面の王子は女物の長い裾を振り払うようにしながら、扇を閃かせて勇壮に踊り、回り、飛ぶ。扇と仮面から覗く視線は、彼らの知っている人物とは同一人物とはとても思えない。

「なんかすげー綺麗な女にも見えるし……」

「ああ、でも、なんかすげーかっこいい兄ちゃんにも見えるし……」

 化粧をされているとはいえ、紅い唇を不穏に歪めて挑発的に笑う彼は、妖艶かつ魅力的だ。

「あれさ、……本当に兄貴かな」

 まるで取り憑かれたように踊る彼は、もはや彼らの知っているシャー=ルギィズではなかった。

 いつの間にやら、曲は終盤の盛り上がりに差し掛かっていた。

 仮面の王子が、舞台の中央で派手に舞い踊りながら男装の麗人に笑いかける。彼女がかすかに微笑み返して、そして二人は初めて接触し、王子が彼女を抱えてそのマントで彼女を包み込む。

 張り詰めるほどに盛り上がっていた音楽が突然やむと同時に、彼らはばっと扇を持った手を広げた。

 一種の静寂の後、わーっと歓声が上がった。そのまま、舞台上の二人に喝采が浴びせかけられる。

 わあわあと騒がしい観客たちを眺め、体勢を立て直しながらシャーはようやく息をついた。

(ふー、どうにか大きな失敗せずに済んだぜ)

 これだけの喝采を浴びても、シャーには感慨に浸る余裕も何もなかった。

 ぶっつけ本番で相当難しい舞踏だったし、演技もいろいろ大変だった。いくらシャーが多少演技に慣れているとはいえ、これとそれとは別の話だ。余裕ぶって見せてみたものの、本当はついていくのが精一杯だったが、リーフィに見破られてなければいいが。

 そんなことを考えながら額から流れる汗をぬぐいつつ、安堵のため息をついたところで、当のリーフィの視線とぶつかった。

「うまくいったわね、シャー」

 そういってリーフィに笑いかけられ、シャーはにやっと笑った。

 どうやら、これは、余裕ぶるのに成功したみたいだ。

「当たり前じゃん。オレの事誰だと思ってんの?」

 我ながらちょっと調子に乗りすぎだが、今日ぐらいは調子に乗っても良いかと思ったシャーだった。

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