2.シャー=ルギィズ

1.カタスレニアのシャー

 カーネス朝ザファルバーン。それがこの国の今の名前。

 建国者は先代の偉大なるセジェシス一世であり、彼はまたこの国を滅亡のふちに追い込んだ男でもあった。

 セジェシスは二年ほど前、遠征中、戦場で流れ矢に当たって死んだとされている。だが、この情報がまた曖昧だった。彼の死体は確認されず、はっきりと彼の死を確認したものはいないという噂だった。正確には戦場で失踪したというのが正しいらしい。

 それ以後姿を見せない戻らない王については、死んだということにされ、仕方なく時期国王が決められる事になったのだが、問題がここで発生した。

 セジェシスには、多くの妃とたくさんの王子達がいたのである。しかも、王は王位継承について何も言い残さずに死んでいるので、当然、そこで争いが生じた。その争いで、たくさんの王子や妃、家臣たちが暗殺され、または殺し合い、内乱が勃発した。

 その結果、ザファルバーンは、一気に国力を傾かせてしまった。

 しかし、引退していた前の宰相のハビアスという男が、そこでセジェシスの第一子であるシャルル=ダ・フール=エレ・カーネスを連れてきた。シャルルは、セジェシスの第一子ではあったが、正式な妃の子ではなく、いわば庶子という立場であり、元は王になるような立場ではなかった。彼は周りが闘争に巻き込まれている中、なぜか行方不明になっていて災難を逃れていたといわれている。

 シャルル=ダ・フール王子は病弱だった。とても政治ができるような男ではないといわれてもいたが、しかし、彼には東征の際の大将軍だったという矛盾した事実も伝えられていた。影武者がいたのではないかという噂さえ囁かれるほど、彼の素顔を見たものはほとんどいなかった。

 そんな彼を持ち出したハビアスは、彼を育てたカッファという近衛兵出身の文官を後ろ盾につかせて、押し上げた。

 すると、どういうわけか、セジェシス時代からの有力な七人の将軍達が、シャルル=ダ・フール派についた。彼らがついた事により、軍の多くがシャルル=ダ・フール側に傾いた。軍隊の力を直接つけたものは有利である。シャルル=ダ・フールは、その軍事力を背景に、内乱を収束させて裁定を行った。

 継承権争いはそれで終息し、シャルル=ダ・フールがとうとう王位についた。

 だが、シャルル=ダ・フールはやはり政治が出来るほどの体力がないといわれており、今は宰相についたカッファ=アルシールが政治を一手に引き受け、王自身は滅多に姿を現さず、相変わらず彼の顔を知る者はごくごく限られているといわれている。

 ただ、政治はうまくいき、今のところ国内は平和だった。民衆は政治さえ上手くいけば文句はない上に、内乱後、国を乱した首謀者たちに対して血の粛清を行わなかったシャルル=ダ・フールの寛大さを評価していた。敵対貴族たちの財産没収や身分の剥奪は行ったものの、彼は誰一人処刑することなく内乱を終えた。

 内乱の再発についても、軍の有力な指揮官達がそろいもそろってどういうわけか、軟弱この上ないはずのシャルル=ダ・フールを信奉している。だから内乱を起こしても、彼らに鎮圧されるだろう。

 さらに領土拡大政策をとっていたセジェシス王の時代と違って、シャルル=ダ・フールはあちらこちらでの争いを終結させてまわった為、国は平和を取り戻していた。

 そうして、ザファルバーンの国力は回復し、王都は穏やかな日常を取り戻していた。


 それが、シャルル=ダ・フール戴冠後、一、二年のこの国の現状だ。



  *


 シャーは、ばつの悪そうな顔をしながら、ラティーナの前に座っていた。

「あっはっは。まぁ、そんな顔しないで、折角知り合ったんだし、もりあがろーよ。ラティーナちゃん」

「なんて軽い男なのよ!」

 ラティーナはいらだち紛れにはき捨てる。

「えっ! 何? ほめ言葉?」

 シャーが何と聞き違えたのか、期待に満ちた目を向けるので、ラティーナは、反射的にシャーの頭を張り飛ばした。思わず、周りからおお~っという歓声が上がる。

「あいたたた。ラティーナちゃんも大概だねえ。さっきは、みょーに色っぽいいい女だったのにさ~」

「うるさいわね。……一生に一度使うか使わないかって思いで、色仕掛けにまで挑戦してみたのに! 偽者だなんて!」

「に、偽者はひどいよ」

 シャーは泣き言でも言うような顔をしていった。

「大体、オレとあいつ間違えるとか、そもそも無理があるんじゃない?」

 例のこの街の暗黒組織を支配するというシャー=レンク=ルギィズという男は、そもそも中年。確かに同姓同名ではあるものの、顔だって向こうの方が脅しが効く顔をしているし、体形だって違う。この王都のならず者達を束ねるやくざの親分で、噂では王室の権力闘争の時も一役買っていたぐらいの大物なのだ。

 そんな男が、なぜここのシャーと間違えられるかというと、名前が似ているという事と、カタスレニアのシャーと呼ばれる彼が、レンクとは違う意味で有名だからであった。彼の場合は、そういった悪名で呼ばれるのでなく、『カタスレニア地区には、愉快で変な男がいる。』というような意味での有名さであった。だが、その有名さがあだをなし、シャー=ルギィズという男を探している人間が、時折、こうした大きな間違いをして迷い込んできてしまう。

 それにしても、ここのシャーはとんでもなく弱い男なのだった。

 力の強い弟分たちがついていないと、よくカツアゲにもあう。酒場の女の子にナンパしても成功したこともないし、そもそも、相手にもされていない。

 大体、財布の中身はすっからかんで、明日の飯も弟分にたかりながら生活している始末である。真剣な顔をしていれば、わりと男前にも見えるのだが、それ以上に情けない雰囲気が漂うので、女の子にもてたことがない。常にぐてっとしていて、ひょろひょろしていて、しかも見た目どおりの注意力散漫だ。

 そこまで追い詰められておきながら、このシャーは町の男たちに妙に尊敬されている。尊敬というより、あきれられているだけなのかもしれないが、とにかく人気があった。女性たちも恋心だけは抱いてくれないものの、シャーを別に嫌ってはいないようだった。

 ともあれ、変な魅力のある男であった。

 だが、一つ、そんなどうしようもない彼には似合わないものが一つ。

 それは、いかにも切れ味の良さそうな東渡りの刀が、シャーの左腰の帯に挟まっている事だった。その刀があまりにも見事で、彼の外見に全くそぐわない。 鍔には植物をあしらった細工がされていて、かなりの名工のものであるらしいことがわかる上物なのだった。確かに、この国の成人男子は帯刀するのだが、多くは短剣で、シャーのように長剣を持ち歩くのはそれでも目立つ。

 彼の場合は自分が使えないのでなおさらだ。

「あぁ、これ?」

 シャーは、笑いながら言った。ラティーナが、それに目を留めているのに気づいたらしい。

「これね、オレの最後の財産なの」

 にゃっはっは。といい加減な笑い方をして、シャーは腰の刀を叩いた。三日月刀とは違う、ちょっとだけ反った刀だった。

「東の果てからわたってきたっていう話でさ~。どっかのゴミ捨て場で拾ってきちゃったんだよなっ! 飢え死にしそうになったら、質屋にいれてもいいかなって」

「兄貴~! そんな切羽詰まる前にオレたちにたかるくせにぃ~」

「あっはっは、それもそうかぁ」

 たかりの常習者であるシャーは、悪びれもせずけらけら笑う。しかも、周りの被害者がそれをとがめようともしない。

「うん、そういうわけで、一応護身用にも下げてるんだよね。この刀のご威光で敵を早めに撃退、というか、威嚇! いいだろ~って、あ、興味あるの? ラティーナちゃん」

「ちゃん付けで名前呼ぶのはよして」

「ひ、ひっどい。かわいいのに」

 ラティーナはその馴れ馴れしさに腹を立て、彼を睨んだのだった。シャーは軽い言葉を言いながら、酒場の女の子達と同じような冷たい反応に怯えて見せた。

「兄貴、初対面から嫌われた~」

 周りから冷やかしの声が飛ぶ。シャーは、少し舌打ちして、それから、ふらりと立ち上がる。

「ちぇ~~~。仕方ない。あ、オレ、ちょっとここの亭主オヤジと話があったんだった。ラティーナちゃんはお前たちが相手してやるんだぞ~。退屈させるなよ~」

「任せろ、兄貴!」

 連中が、オッスとばかりに声をそろえた。が、ラティーナはきっとシャーを睨んだままである。

「ちゃん付けはよしなさいといったでしょう!」

 目くじらを立てるラティーナに、さすがにこれはまずったかと、シャーは、慌てての亭主方に早足で行ってしまった。

 残されたラティーナは、大きくため息をつく。

「全く! 信じられないわ!」

 ラティーナは冷たく言う。

「あんな男にあんた達、何でついて行くわけ!」

 弟分たちは顔を見合わせた。体の大きなアティクが口を開く。

「何でって言われても……」

 横で、シャーに負けず劣らずひょろりとした感じのカッチェラが首をかしげる。

「オレたちもよくわからないんだよな」

「ただ、……兄貴は俺たちがいないとやられちまいそうで、妙に心配になるんだ」

 アティクがそういった。

 都の片隅で不良といわれても仕方のない、やくざな生活に身を落としていただろう彼らが、そんなことをいうのをラティーナは信じられなかった。

「……何だか、あの人に会ってから、毎日が楽しいんだよ」

 カッチェラが照れたように微笑んだ。

「なんていうかなァ? こう、力じゃ絶対に負けねえと思うんだけど、そうじゃなくって、あの人には勝てないんだ。うん」

 彼らの話を聞くと、シャーはある時にふらっとあの酒場に現れたのだという。そして、いきなり、踊ったり冗談を言ったりして無理やり酒場になじんでしまった。その後、むっとして近寄ってきた彼らにシャーは微笑みながら言ったのだという。

「オレ? うん、シャーだよ、シャー=ルギィズ。どうしてもオレの事を呼びたいなら、兄貴と呼んでくれ」

 その図々しさに彼らはあきれたという。おまけに彼はこうもいったのだ。

「お近づきのしるしに、ほら、なんかおごってくれないかなぁ。おにいさん。オレ、昨日から何も食べてないんだ~」

 怒鳴りつけてもよかったのだ。だが、誰一人そうできなかった。妙に気圧されて、しかたなく、みんな彼にメシと酒をごちそうしてしまった。

 彼にはなぜか逆らえないが、別に威厳があるわけでもない。普通に弱そう。

 しかし、その後、そんなシャーと付き合っている間に、何となく悪い事をするのも、妙に突っ張るのも馬鹿らしくなって、彼らの何人かはすっかりいつの間にか、『更正』してしまった。

「厳密に言うと、あの人がオレたちを舎弟にしたわけでもないし、こっちが面倒をみてやってるんだけど、あごで使われてもあんまり腹がたたないんだよなあ。不思議と」

 ぼんやりとそんな事をいうカッチェラまでが、何だか幸せそうに見えて、ラティーナは、軽く唇をかんだ。


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