1.伊達男ゼダ
その日、リーフィは、道を歩いていた。酒場の主人に使いを頼まれて、ある家に言付けをしてきた帰りである。今日の仕事は夜からなので、時間はあるのだが、リーフィは、一人で道を歩くとどうしても急ぎ足になってしまうタチなのだった。
もちろん、この街の治安のことを考えると、一人歩きの彼女は急いだ方がいいのだろう。それに、リーフィも話し相手がいれば、それほど早くは歩かない。
頭に薄衣をかけて、日光を遮りながら、リーフィは日光の下にさらされているにしては、しろすぎる綺麗な顔を伏せるようにして歩いていた。
「あ! リーフィちゃん!」
不意に声が聞こえ、リーフィはわずかに立ち止まる。無表情なリーフィだが、まれにわずかに表情を浮かべることがある。それは相手によりけりで、よほど信頼している相手でなければ、リーフィはその顔を向けることはない。
振り向いた先には、きつい癖毛を結い上げた男が立っている。太陽の下にはまばゆい青の鮮やかな布を頼りなげなひょろりとした体にまとって、それから一度見ると忘れられないような、ぎょろりとした大きな目は三白眼である。その彼が腰にいつも下げている東方風の刀が、どれほどの力を秘めているかを知るものはあまりいない。
「今日は、何かこっちに用事かい?」
「ええ、言付けを頼まれたの。あなたこそ、珍しいわね。こんなお昼前から」
「まぁねえ」
シャーは、そう答えて軽く笑った。
「いやさあ、ちょっとあいつらに呼ばれちゃって。なんでも、飯をおごるから、ちょっとにぎわしに来てくれっていわれちゃってさー。なんでも、あいつらの誰かの身内が恋人連れてくるんだとか。でも、盛り上がらなかったら、まずいから、オレに来てくれってさ。オレがいくぐらいで盛り上がるかなあ? つーか、その恋人さんに嫌われちゃいそうで不安……。一回断ったんだけど、飯おごるっていわれると~~」
立て続けに喋ってシャーは、ふうとため息をつく。いくら不安でも、昼飯に酒までつけてくれるといわれると、さすがに今日もまた財布が逼迫しているシャーにとっては、断りがたい話なのだった。頭が拒否しようとしても、ついつい口が承諾してしまうのである。ここのところ、弟分の金のまわりが悪いらしく、あまりいいものを食べていなかった。食料の確保には、結構シャーは気を遣っているのである。
「あなたなら、大丈夫じゃない? そういう、場を盛り上げる才能のようなものはあるとおもうわ」
「リーフィちゃんに言われると自信がつくねえ、ありがとう。そんじゃ、頑張ってくる」
リーフィに言われて、シャーはにんまりと笑うと手をあげて、足をすすめかけた。
「ああ、そうだ……」
ふと思いついたように、シャーはくるりと振り向いた。そのまま立ち去ろうとしていたリーフィも、立ち止まる。
「前々から聞こうと思ってたんだけどさあ、……最近、リーフィちゃんは困ってない?」
そういうシャーは、いつもの彼とは少し違い、妙に緊張感があった。
リーフィは、軽く首を傾げた。普段、なるべくその片鱗を出さないように生活しているシャーが、こういう目つきをしている以上、まさか冗談でそんなことを言っているわけでもないし、ましてや単に挨拶代わりにそうきいたわけでもない。彼は明らかにある一つの可能性を心配して、リーフィにそう訊いたのだ。
「シャー……」
リーフィも、噂で何となくは知っているが、きっとシャーの方が耳が早い。シャーは、あちこちの酒場に出没するが、それは大体なじみの舎弟が溜まっている所をかぎつけて現れる。だから、リーフィの酒場ばかりに通い詰めているわけでもないのだ。それが、ここ二週間ほど、彼は弟分がほとんどいない日にでも、リーフィの酒場に来ていた。
リーフィはようやく、どうして彼がここのところ、酒場に来ていたかを理解した。
「あのさ、……風の噂でね、アイツが戻ってきたっていう話、聞いたからちょっと心配で……。リーフィちゃんが、アレから離れたのは良かったと思ってるけど、ああいうのってシツコイからねえ、もし何か言いに来ないかって思って……」
シャーは、少しマジメな顔になっていた。シャーは敢えて名指しを避けているが、その「アイツ」が、かつてのリーフィの恋人のベリレルというごろつきであるのは、簡単に予想がつく。
「オレが喧嘩売ったみたいなもんだし、オレがリーフィちゃんとアレを別れさせたみたいなところがあるからさあ、何かあったら、オレ、責任感じちゃうよ」
シャーは、何となく申し訳なさげな顔をした。
「大丈夫よ。それに、私も、これでよかったと思っているもの」
そういうリーフィの首には、かつて彼女がかけていたトンボ玉の首飾りはもうない。それが、恋人からの贈り物だったことも、シャーは知っていた。立場的には横恋慕ということになるシャーは、何となくだが後ろめたさも感じているのだ。
「もし、何かあったら力になるよ。……っていうか、オレが出ないとカタがつかないだろうしね」
「ありがとう。でも、大丈夫」
リーフィは、いつものように冷静に答える。
「今のところ、あの人は来ていないし、それに何かあったらすぐにあなたに相談するわ」
「ホントに?」
シャーは、まだ心配そうなそぶりを見せている。リーフィは、ほんの少しだけ微笑む。
「あら、信用しないのね。でも、私が何でも相談できるのは、あなたぐらいなものなのよ?」
「ええッ? それ、マジ?」
シャーは、元から大きな目玉をやや見張る。
「ええ。他に頼れる人はいないし、あなた、そう見えて信用はおける方だし……」
そして、リーフィは思いついたようにふと悪戯っぽい表情を浮かべた。
「そうね、それに、私もあなたの秘密を知っているものね。……お互い秘密を抱えていると、より信用がおけるようになるでしょう?」
「そうでした~。オレの本性はリーフィちゃんにはバレバレだもんね」
「本性というほどでもないでしょうけど。一応はそうよね」
リーフィは、まだシャーが何かを隠しているらしいことを、直感として知っているらしい。だが、リーフィはそれについては訊かない。シャーも、リーフィについてあれこれ訊いてくることはないし、それだからこそリーフィはシャーを信頼する気になったのかもしれない。
「ん? てことは……、オレ達ってもしかして、共犯者って奴?」
思わず調子にのって、シャーは緩んだ笑顔で言った。リーフィは、不意にいつもの顔に戻って、さあ、と答える。
「どうかしら?」
「意地悪だなあ~リーフィちゃん」
シャーは、ため息混じりにそう呟く。
「でも、ホントに困ったらオレに何か言ってよね。オレに遠慮なんてすることないんだから」
「そうね、ありがとう。あなたには本当にお世話になっているわね」
「えへへ、まあまあ、いいってことでしょ? ……帰り、送ってかないでいい?」
心配なのかそう訊いたシャーだが、リーフィは首を振った。
「まだ昼間だし、あなたも色々あるみたいだし、大丈夫よ」
「うん、まあ、ごめんね。ホントは、あんなむさくるしい野郎共なんて見捨ててもいいんだけど」
シャーは、言い訳めいた事をいうが、リーフィは軽く笑った。
「まあ、そんな不義理なこといっちゃいけないわ。それに、あなたも、お昼を食べ損ねたら悪いわよ」
「そ、そう? じゃあ、また。今日の夜は、リーフィちゃんとこ行くから!」
少しだけ心配そうに、大きな目でリーフィを見ながらシャーはそういった。リーフィは、ええ、と静かにうなずく。
「ありがとう、じゃあ行ってらっしゃいね」
「うん、リーフィちゃんも、気をつけてね!」
シャーはそういってリーフィを見送る。リーフィはそのまま、路地の角を曲がって歩いていった。
「とは、調子よく言ったものの……」
シャーは急に一人になってぽつんと頭を下げた
「しーかし、あんな信頼のされ方って、実はまずいんだよねー……」
シャーは、足下の石を蹴りながら、ぼそぼそと進む。
「……ああいう信頼のされ方って、間違いなく、オレ、恋愛対象飛び越えちゃってるじゃんか……。ま、別に慣れてるし、いいんだけど……なんつーか、こう、盛り上がらないなあ」
シャーはため息をついて、ああ、と呟いた。
「まあ、いいか。信頼されてるっつーことは、とりあえず悪い事じゃないもんね」
前向きに考えることにして、シャーは目的地にふらふら足を進め始める。乾いた地面を擦るサンダルの音が高らかに道に響き渡っていた。
リーフィは、そのまま酒場までの道を歩いていた。相変わらずの急ぎ足は、女性にしてははやいほうかもしれない。
狭い道には相変わらず、そう人気はない。大通りを通っても良いのだが、そうすると人が多すぎて時間がかかるし、酒場まで遠回りになってしまう。砂が足下でざりざりと音を立てている。と、リーフィは不意に何かに気づいて顔をあげた。自分以外に、誰かこの道を歩いているものがいるらしく、近くから足音が聞こえた。
嫌な予感を感じたリーフィは、慌てて足をもっと早く進めようとした。と、いきなり腕をひかれた。力強く乱暴に腕をひかれ、リーフィはハッとしてふりかえる。つかまれた手をひきはなそうとしたが、相手の力は思いの外強い。
「久しぶりだな、リーフィ……」
聞き覚えのある低い声に、リーフィは少しだけ目を見張る。
「あの、三白眼は今日はいねえのか……」
「ベイル……」
リーフィは睨むようにして、ととのっているがどこか崩れた様子のある若い男の顔を見上げた。野性的で粗暴な瞳の光が、リーフィを見ている。ベリレルは、わずかに微笑んで、リーフィに手を伸ばそうとした。
「相変わらず、お前は綺麗だよな」
「見え透いたお世辞はやめてほしいわ。……ベイル、あなた、いつからここに戻ってきていたの?」
リーフィは、冷たい表情のままだ。厳しい口調に、ベリレルは少し様子を変える。
「シャーがあなたをわざわざ逃がしてくれたからいいものの、あなた、あそこで連中に捕まっていれば、もう死んでたでしょうね。この街に戻ってこられなかったはずよ?」
「何だ、久しぶりにあったのに冷てえなあ……。いや、この前の一件で、あの親分には買われたんだよ。ソレで、どうにか組織に入れてもらえることになって……」
にっと笑い、ベリレルは言った。二枚目のベリレルは、そうやって純粋に笑うことが、女性の心にどう響くかを身をもって知っている。
「それで、懐かしくなってお前に会いに来たんだぜ。……ほら、おめえみたいな美人はそういねえしさ」
「私は、もうあなたと関わるつもりはないわ」
リーフィは、厳しく言い放った。
「何言って……」
「私は、昔、あなたに助けてもらったことがあるわね。でも、その借りを返すだけの働きはもうしたはずよ。……それに、この前、あなたは私が殺されても平気だったんでしょう? そうでなければ、あんなこと頼まないわよね?」
リーフィは、冷徹に思えるほど感情を表さない目をしながら、きっぱりと言った。
「……だから、私はあなたには関わらないわ。帰って」
「何だと! てめえ!」
ベリレルは気が短いほうだ。その性質はリーフィも良く知っている。つかまれた腕が痛いほどに握られるが、リーフィは、冷たい顔のままだった。
「力で私に言うことをきかせることはできないわ。……ますますあなたから心が離れるだけよ」
「うるせえ! 生意気言うな!」
ベリレルは、リーフィの手を離して突き放し、手をふりあげた。
と、後ろからベリレルの手首を誰かが掴んだ。
「や、やめてあげてください!」
気弱そうな声が聞こえ、ベリレルはちらりとそちらを見る。
赤い上着の男が、震えながら彼を止めていた。背はベリレルよりは少し低い程度だが、一般的に見てそれほど低いほうではない。気弱そうな外見の男で、いかにも目立たない感じがした。
「じょ、女性に手をあげるのは感心しません」
チッとベリレルは舌打ちをした。身なりからして、どこかの商人の小間使いかなにかだろう。とんでもないところに邪魔が入ったものだ。
「関係ないだろうが!」
ベリレルは、わざと怒鳴りつける。大概の場合、一度は止めてみたものの、こういう連中は厄介ごとを恐れてそれで引き下がるものだ。だが、男は頼み込むように言った。
「そんな……。お願いですからやめてあげてください。もし、この人が何かしたのでしたら、私が対価をお支払いしてもよいですから……」
なかなかしつこい。ベリレルは、この男を相手にしているのが面倒になってきた。
「るせえ! この女はオレの女だ! オレがなにしようと関係ねえだろうが!」
ベリレルが男を突き飛ばそうと手を振り払おうとしたとき、突然、ベリレルの右手首を握っていた男の指の力が強くなった。大した男ではないと思っていた油断から、ベリレルは、いきなりの力にいとも簡単に手を上に引っ張られた。
「今何てったァ?」
いきなり声色が変わり、先ほどまで彼に声をかけていた男の声は恐ろしく低くなっていた。ベリレルは、彼の方を向いた。と、その男は今まで縮めていた身を、しゃんとのばしていた。
口元が、目に映る色とは対照的に、にやりと楽しそうに歪んでいた。それに反して、ベリレルの右手首は、いっそう強い力でつかまれて白くなっていた。
「時間与えてやっから、もう一度言ってみろォ。てめえ、人が下手に出てやってんのに、どういう態度だ? 人が大人しくしてりゃあつけあがりやがってェ!」
いきなり言葉遣いが激変した相手に、ベリレルは少なからず驚いたようだ。先程まで自信なさげに伏せられていた目は、きっと彼の方を挑戦的に見上げている。完全に目が据わっていて、一瞬酔っぱらいかと思ったが、据わっているらしい瞳の輝きは、いやに冷静なままだ。
「な、何だ、お前は……」
「何だっていいだろうが。それよりも何だ、今のはよ? オレは刃傷沙汰にならねえように、わざわざ丁寧に話しつけてやってたんだぜ? ええ? どう考えてもキラワレちまってる癖に、その女を所有物呼ばわりたぁ、悪党だな、色男!」
態度のかわりかたがあまりにも凄まじい。さすがのベリレルも、不気味そうな顔をしていた。だが、そんなことはお構いなしに、男はベリレルの手を離すこともなく、彼を睨むように見ていた。
「オレがもう一度言ってみろといったのが、わかんねえのか? ああ?」
「あなた!」
リーフィは、その顔を見て思わず声をあげた。男は、一瞬わからなかったようだが、リーフィの顔をちらりとみてにやりとした。
「ああ、あんたかい? 久しぶりだな?」
「ちっ!」
一瞬、彼の指の力が緩まったのか、ベリレルはその手をふりほどいて、少し離れたところでいきなり剣を抜いた。白昼にぎらりと光る刃物をみても、相手の男は表情も変えず、飄々と立っている。
「気の短ぇ野郎だな。いきなり突っかかることもねえだろうに」
そこにいる男、富豪カドゥサの御曹司であるウェイアードは肩をすくめた。いや、厳密に言うと、ゼダといった方がいいだろう。
カドゥサの御曹司のウェイアードがとんだ放蕩息子だと言うことは有名な話で、その不気味な剣さばきでも悪い風聞を流している。だが、彼の正体を知るものは案外少ない。ウェイアードが、「ゼダ」という呼び名で呼ばれ、自分の使用人である「ザフ」という美男を身代わりにして、普段、自分はその影で大人しい下男のふりをしていることなど、彼の仲間でも知らないものがいるほどである。
「てめえ! 何様のつもりだ!」
ベリレルは、カッとしてそう怒鳴りつけた。
「いきなり人が話しているところに割ってはいってきやがって! てめえには関係のねえ事だろうが!」
「何様のつもりィ? てめえこそ何様のつもりだ?」
ゼダは静かに言い返す。
「女を泣かすのァ別に構わねえが、白昼堂々町中でやるもんじゃねえだろォ? そんなこともわからねぇのか、ええ? 色男さんよォ?」
独特の絡み口調で、ゼダは口許だけ笑いながら相手を見た。元々それなりに派手な服装をしているゼダなのだが、普段はそれでもいるかいないかわからないほど、存在感が薄い。だが、こうなった時のゼダにはその衣装が実によく似合う。どこか退廃的な影を引きずる彼には、そうしたびらびらとした着崩した赤い服が、口から出る言葉以上に、彼の存在を語っている。
「そんなに女といちゃつきたければ、色街に行けばいいだろが。いやがる女を引き留めるほどみっともねえことはないぜ? てめえも男だろ? キラワレちまったのがわかったんなら、大人しく手ェひきな」
「てめえに説教されるいわれはねえぜ!」
「ふん、説教だの講釈だの垂れる結構なご身分じゃあねえよ。ったく、正しい女遊びの仕方の一つしらねえとは、無粋な野郎だぜ。そんなんじゃあ、小間使いのガキにも口きいてもらえないぜえ?」
「なんだ!」
「で、どうなんだ、ここでやるつもりかい?」
ゼダは、腰の剣には手を触れないまま、袖を外して前屈みになった。上着をだらりと肩に掛けて腕組みをしている。喧嘩の売り方にしても、あまりにも大胆だ。ベリレルは、思わずムッとする。剣を握る手に自然に力がこもる。ぎり、と、軋んだような音が、静かな空間に響く。だが、それでも、ゼダは、なおも引く気配はない。
「てめえ……!」
歯を噛みしめながら、危うく飛び掛かりそうな自分を必死で押さえて、ベリレルはゼダを睨み付けた。
「オレをなめてるのか!」
「おいおい、オレがこんなでけえ面してる理由もわかんねえまま、そりゃねえだろう?」
ゼダはそれを軽く笑い飛ばすと、ちらりと背後を見やる。その動作に、一瞬だけベリレルはぴくりとした。ゼダの視線の先には、建物がある。その影に目をやった彼の行動が、一体何の意図を含んでいるか、ベリレルは悟ってしまった。
「おお、どうした? 顔色が変わったなァ?」
ゼダは面白そうにそういってにやりとする。
「て、てめえ!」
「あー、当たりだ。そうよ、残念だったなあ、あいにくと今、オレは一人じゃないんだぜ。まあ、これほど無粋な話もねえだろうが、鬱陶しい野郎共が後ろからひたひたついてきてやがるのさ。オレは噂は気にしねえ方だから、奴等呼んでてめえを袋にしてもいいわけだが?」
ゼダは目の前に下がってくる前髪を払うこともせず、ぶらりと足を前に出す。
「……さぁて、色男さんよ、どうするつもりだい?」
ゼダは、前髪の裏側から嘲笑うようにベリレルを見た。夜の暗闇から心底を見通してくるようなシャーの青い目も相当不気味だが、ゼダの視線はまた彼とは違うイヤな感じがする。そういうときのゼダの視線は、蛇の目という例えがぴったりと当てはまるような、そういうじっとりとして冷静でいるくせに、妙に凶暴な目をしている。
しばらくにらみ合っていたベリレルは、とうとう先にゼダから視線を外した。
「チッ! ……てめえ、覚えてやがれ!」
ベリレルはそういって、きっとリーフィの方を見る。不意にその視線をはばむようにゼダがふらりとリーフィの前に足を寄せてきた。
「ふん、どこの組織にはいったか知らないが、オレはオレで用心深いほうなんだ。夜道につけねらうなんて真似はすんじゃねえぜ」
もうベリレルは言葉を発さず、ただ、唇を噛みしめただけだった。目は怒りで暴発しそうだったが、ゼダは物憂げに笑うばかりだ。そのまま、もう一度ゼダを睨み付け、ベリレルは走り出した。やがて、狭い路地の角を曲がり、彼は荒々しくその場から姿を消した。
ゼダはふらりとリーフィの方に向き直った。その目に、先程ほどの不穏さはもうない。
「大丈夫だったかい?」
「ええ。……助けてくれてありがとう。でも、まさかあなたが助けてくれるとは思わなかったわ」
「ソレはオレも同じことさ。……ありゃ、この街では結構有名な野良犬野郎だ。命令されりゃ何でもやるっていう噂のアブねえやつだ。そんなのとあんたがお関わりになっていたとはね……」
ゼダはそういったが、リーフィは答えない。表情は変わらないが、リーフィのしろい顔を見て、ゼダは慌ててとりつくろった。
「すまねえ、今のは皮肉で言ったわけじゃあねえんだ。勘弁してくれよ。それより……」
ゼダは、少しだけ愛想笑いを浮かべた。とはいえ、それは彼が普段外向けに浮かべているような穏やかな笑みからは遠い。やや不敵さののぞく笑みのまま、ゼダはそれでも少し優しい口調で言った。
「さぁて、あんたと邪魔もなしに二人だけで顔を合わせたのは、今回が初めてだな?」
ゼダはそんなことを言って、袖をはらってにやりとした。リーフィは、ハッとして顔を上げる。
「あなた、一人じゃないとさっき……」
「あぁ、あんなのはただのはったりよ。まあ、うまくかかってくれたようでよかったぜ」
ゼダは軽く鼻先で嘲笑うようにいってから、やや声の調子を変えた。
「どうだい? あんたもあんな事があって落ち着かないだろ? ……休憩がてらにオレにちょっとつきあってくれねえか?」
リーフィが答える前に、ゼダは、ああ、と慌てて付け足すように言った。
「別にいかがわしい話じゃねえんだよ。ただ、昼でも一緒に食わないか、ってそう誘っただけだ。……無理にってわけじゃあねえ、嫌なら断ってくれて結構なんだ」
いきなり自信がなくなったのか、ゼダは急に少ししおらしい事を言った。そのせいではないのだが、リーフィは、そうね、と静かに答える。
「それじゃあ、ご一緒させていただくわ」
「そうかい、そりゃよかった」
ゼダは、ほんの少しだけ嬉しそうな表情を見せたが、例の純真そうな笑顔はすでに彼の顔にはなかった。そこにいるのは、不敵に笑うカドゥサの放蕩息子そのものだった。
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