8.”ウェイアード=カドゥサ”

「さすがに外は動きやすくていいな!」

 シャーの声が響き渡った。

 くるっと身を翻すと、青いマントが付随して軽く体に絡みつく。雷鳴のとどろく中、シャーは相手が咆哮しながら飛びかかってくるのを素早くさけて、刀の柄で叩き伏せる。取り巻き達は一通り、シャーに倒されており、立ち上がってきても、すでに怯えが身に付いていた。

「もういい!」

 ウェイアードがそう大声で言った。そして、取り巻き達を押し分けるようにして、自分が前に出てくる。右手には、例の曲刀が握られている。

「お前らは手をだすな。どうせ敵わねえだろうしな、後はオレがやる」

「し、しかし……!」

「後はオレが何とかする!」

 取り巻き達は少し逡巡したが、ウェイアードはきっぱりと言った。主にそう言われ、ようやく彼らは引き下がる。

「へえ、ようやく真打ちかい?」

ウェイアードは応えず、ぶら下げていた曲刀を構えた。見たことのない構えだ。もっとも、シャーの使っているのも異国の刀なので、相手から見ると得体の知れないものに映っているのだろう。

「この太刀筋が、お前に見えるのか?」

 ウェイアードは静かに訊いた。シャーは軽く笑みを刻み、そして首を振る。

「さぁ、今のところは五分五分ってカンジかな。あと数合の間に見切れなきゃ、ちと厳しい」

「だったら、オレの勝ちだ!」

 ウェイアードは、女性のような繊細な作りの顔に、似合わぬ野性的な笑みを浮かべる。

「……そりゃどうかな? あと数合といったろ? オレをあまり見くびるんじゃねえぜ」

 シャーはそういい、切っ先をウェイアードに向けた。

 稲光が走る。それと同時にシャーのサンダルが土を蹴る。ウェイアードは、動かない。ただ、曲刀を引き寄せる。闇の中、駆け寄ってくるシャーは、右手の刀を軽く振り上げる。そのまま振り下ろしてくるのか、と思ったとき、突然シャーは途中でそれを突きに変えた。

 ウェイアードは慌てて身をひき、曲刀でそれをはねる。

「さすがだな!」

 シャーは賞賛半分でそう言いながら、そのまま体を横に流して追撃から逃げる。ウェイアードは、無言で後を追って、そのまま突いてきた。

(くそ、まただ……!)

 シャーは、その独特の軌道を観察しながら、身を反らす。ただの突きでも、その形状のせいで、非常に太刀筋が読みにくいのだ。避けられた突きからそのまま切り下ろしに入ってくる。楕円を描きながら曲がるその筋に、巻き毛の髪が掠って空中に散る。

「でやっ!」

 身を翻しながら、シャーは提げていた刀を一閃する。近づいてきていたウェイアードの上着の裾が、さっと裂かれたが、それはかすり傷も与えていない。

 ゴロゴロと雲の中でとどろく音は激しくなった。そろそろ雨が降り出しそうだったが、ぎりぎりのところで持ちこたえているようだった。パッと稲妻が走る。風が出てきて、シャーのマントも髪の毛も、そして、ウェイアードの上着も激しく吹き付けられていく。

「流石にやるな……!」

 ウェイアードは、やや上がった息を整えながら言った。

「ただのネズミじゃねえと思っていたが、ここまでとは思わなかったぜ」

「ふん、そりゃどうかねえ。……アンタ、この前、オレと剣を交えたとき、オレの腕前は予測できてたはずだぜ」

 シャーは軽く首を傾げるようにしていった。ウェイアードは応えない。

「それとも、あの時は、なんか別の思惑でもあったか?」

 シャーは、一つ軽い深呼吸をした。すでに息のおさまっているシャーは、降り出しそうな空を睨むようにしながら、何でもないようにこう話しかけた。

「おーまえみてえなタイプ、オレ、いっちゃん嫌いなんだよな。二枚目で権力があって、そんでもってやりたい放題。側にいるねーちゃんは、オレに取っちゃ高嶺の花だって言うのにさ…。うらやましいというか、こうはなりたくねえというか……だな」

 シャーはウェイアードに目を向ける。

「まぁ、それは、もてないオレの嫉妬といえば嫉妬で片づく話なんだがよ、オレはどうしても、腑に落ちねえことがあるんだよ」

「何をわけのわからねえ……」

 ウェイアードは鼻で笑った。

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」

「それじゃ言わせてもらうぜ? 悪党には色んな悪党があるだろ?」

 シャーは不意にそんなことを言った。

「もちろん、ホントに理由なく悪ぃことをやる奴だっているかもしれねえが、大概の悪党には、そうするだけの言い分ってえのがある。……お前の言い分がオレにはわからねえ」

シャーは剣を低く構えながら、ウェイアードを見上げた。

「お前は何故見ず知らずの美人ばかり金で買い上げる? それにはどういう意図がある? ただの女遊び……って風にもみえるが、それなら、お前がたらしこめばすぐにすむはずだろ? お前はオレとは違って、えらい二枚目だからな」

夜目にも目立つしろの多い三白眼の青い目は、青い雷光で、余計に青く光って見えた。

「一体、何のために金をばらまいてまで、遊んでるんだ?」

「貴様にいう義理はない!」

 ウェイアードは、少し憤りながら言った。その怒りがどこからきたものか、シャーにはよくわからない。彼はふっと笑った。

「じゃあ、それならそれでいいだろう。…もう一つわからねえことがある。何でオレを狙った? 先ほども訊いたが、なんでオレみたいな奴を気に留めたんだ? どうして、帰り道、一人で後をつけ、そしてオレに斬りかからなければならなかった? 力試しの意図はあったかもしれねえが、一人で来たのは何故だ?」

「そんなこと……!」

 ウェイアードの目に、いくらかの焦燥のようなものが浮かび、彼は、地面を蹴った。シャーは、真剣な目をウェイアードに向けたままだ。

「貴様には関係ない!」

 だっと走り込みながら、ウェイアードは、曲がった刀をシャーに向けて振り下ろす。シャーは、持っていた刀でそれを防ごうとして一瞬止めた。光が空から飛び込んできて、ウェイアードの刀が流れる様子が見えてきた。まっすぐに飛び込んできて、そして、その後不規則に曲がる。だが、不規則に見えて、それはある程度の規則性を持っている。

 シャーは、ハッと目を見開いた。その時にようやく見えたのだ。ウェイアードの曲刀が描く軌道の全てが。

「見切った!」

 シャーは歓喜と気合いとの両方が入り交じった声で叫んだ。そのままシャーは引きつけていた刀を、その軌道上にまっすぐに薙いだ。シャーの刀は、ウェイアードの曲刀の柄付近を激しく打った。弾みがついていたせいもあり、それは、ウェイアードの手からそれて、空中を舞った。

 光がパッと落ちてくる。それに反射しながら、彼の曲刀は、地面に叩きつけられた。

ウェイアードは、さすがに真っ青な顔をしていた。秀麗な顔を少しひきつらせるようにして、自分の直面した現実を信じられないという風に見ていた。シャーの剣の切っ先が、ウェイアードの目の前に突きつけられていた。彼の青い目が、静かにウェイアードを見ている。

「遊びは終わりだぜ、ウェイアード……」

 シャーが冷たい声でそう言ったとき、不意に思いも寄らぬ声がした。

「シャー! それは違うわ!」

「リーフィちゃん!」

 シャーは慌てて振り返る。リーフィの姿は暗がりでわからなかったが、もう一度彼女の声がした。

「シャー、そこにいるのはウェイアードじゃないわ! ウェイアードは……」

 リーフィの声がそれで途切れる。ハッとシャーが息をのみ、慌ててそちらを向いたとき、不意に声がした。暗い空の下、その人影がリーフィの腕を強くつかみあげている。だが、その声の語った言葉は、シャーの予測する最悪の事態とは遠くかけ離れていた。

「そう警戒しなさんな……。オレは女に手をかけるほど腐っちゃいねえよ。女を盾にして戦おうなんて気もねえ。安心しな」

 声に聞き覚えはある……が、シャーでもそれが一瞬誰の声かがわからなかった。やがて、マタリア館の灯りに照らされて、だらりと乱した服装の男が現れた。煙草を吸うらしく、煙管を握っている。それは、もし、彼の予想と同じ声の人物が発していたとしても、先ほどとは恐ろしく人が変わったような存在感を体にまとっているので、一瞬信じられなかった。

「オレは、一応伊達と風流には理解ある男のつもりなんだよ、シャー」 

 男はリーフィを突き放すように離し、くわえていた煙管からふーっと煙を吐き出した。リーフィは、地面に半ば投げ出されたが、別に怪我はしていないようだ。男は空を見ていた。ちょうど、その時、ごろごろ、と近づいてきていた雷の音が聞こえ、パッと光が散った。その瞬間、暗がりで見えなかった男の容貌がくっきりとうつし出される。見覚えのある大人しそうな顔を引きつらせ、彼は見覚えのない赤い上着を袖を通さずに肩に引っかけていた。腰にはウェイアードの持つものと、同じ曲刀が提げられている。

 男は、ああ、と嘆息を漏らした。

「雷まで鳴ってやがる……。こりゃ大降りにふるだろうなあ」

「……ゼダ……、てめえ……!」

 シャーは、低い声で唸るようにその男の名を告げた。冴えない顔の男は、にやりと不気味な笑みを浮かべる。それは彼がその名を肯定したと考えて良いだろう。口調も姿も、そしてあまつさえその目つきすら違う。彼の仕草までがまるであの時とは別人のようだった。だが、それでも、目の前にいる者は間違いなく彼の筈だった。

 そこにいるのは、ウェイアードの使い走りの一人で、もっとも気の弱そうなあの男、ゼダと少なくとも同じ容貌をしていたのだ。ゼダ、の筈の男はにんまりと笑った。

「ふふふ、驚いてるようだが、気持ちはオレも同じだぜ。あんたがそこまでやるとは思わなくてね、オレもアンタの外見に騙された口だよ。シャー=ルギィズ」

 

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