青い夕方

1.踊り子リーフィとシャー=ルギィズ

 シャーは最近、リーフィという娘にご執心である。もともと惚れっぽいのは周知の事だし、彼が一目ぼれする相手が、いつも高嶺の花だというのも有名な事だ。だが、それでもやはり、酒場で一番の美人で、おまけに勝気なリーフィに言い寄ろうとするのは、無謀にもほどがあると思うのだ。


 シャーの名は、シャー=ルギィズという。同名のやくざの親分がいるらしいが、それとは全く無関係の同姓同名のシャーである。

 くしゃくしゃの癖っ毛をポニーテール風にまとめている。彼の最大の特徴は、少しぎょろっとしたような大きな目が、見事に三白眼だという事だ。その瞳は、覗き込むとほんの少しだけ青味がかっているのだが、よく覗き込まないとわからない。

 よく見ると割と二枚目なのだが、それはよく見た結果である。ぱっと目は完全なる三枚目で、それが板についているので、隠された真実には誰も気づかない。ひょろんとやせていて長身で、ちょっと猫背な体に真っ青なマントと服を纏っている。襟は黄色で、どこか遠くの異国からきたという風情だ。

 踊るのが好きで、酒場お抱えのダンサーより踊りがうまかったりするのが、唯一の自慢なのだが、それで別にもてることはない。そもそも、彼のアプローチが成功したのを、周りの者が見た事がない。喧嘩にも弱いし、ぼさーっとその辺の裏道を歩いていると、かなりの確率で絡まれるタイプの男である。

「ねぇ、リーフィちゃん」

 シャーの声は、ちょっと間延びした猫に似ている。だらっとしていて、なんとなくしまりが無いが、妙に憎めないのである。

「リーフィちゃんってば」

 無視を続ける酒場の美女に、シャーは再び呼びかける。

「一杯飲まない? ねえって……」

 切れ長の目をした、黒髪の娘は、やはり何も答えてくれない。シャーの周りには、たくさんの男達が並んで座っていて、シャーと娘のやり取りを興味深げに眺めている。

「オレのおごりだよ。おごってあげるからさ~。ね~ね~」

 リーフィは、ふうとため息をついた。同年代の女性よりも、ずっと大人びて見えるリーフィは、どこか冷たい印象がある。

「どうせ、あなたのお金じゃないんでしょう?」

 言われてシャーは苦笑いした。

 ――そうなのだ。シャーは常に無一文なのである。たまたま持っていても、どこかで恐喝されてとられているらしい。そんな彼なので、自分の金で酒を飲むわけがない。

 しかし、別に金持ちの取り巻きをしているわけでも、ツケを溜め込んでいるわけでもない。シャーには、取り巻きがいるのである。といっても、別に金も力もないシャーにどうして彼らがついていくのかというと、それは傍目にもよくわからないし、彼ら自身もよく分かっていない。聞いてみると、「ほっとけないから」という答えが返ってくる。飯や酒をおごるのも、ほうっておくと飢え死にしそう、とかそういう理由のようだ。

「兄貴、また俺達のを当てに……」

「気にすんなよ~。やさしいんだろ、お前達。な! やさしいだろ!」

 文字通りの猫なで声で、シャーは近くの手下の一人の肩に手をかけた。

「オレの恋のために、出資! 出資! ね~、出資してってばぁぁ」

 弟分の胸倉をつかみながら、ねだる様は見苦しいことこの上ないのだが、弟分達は黙ってみている。危うく財布を取り出しかけて、周りのものに押さえられるものもいる。男の友情とはかくいうものなのか、それとも単にシャーが哀れっぽいだけだろうか。どちらでもよいが、リーフィはそういう様子を見ると、どうもため息があふれてくるのである。

「兄貴……、もうやめましょうよ」

 大概痩せている兄貴よりも、もう少し痩せた青年が気の毒そうに声をかけた。

「芽の出ない種に水をやっても枯れるだけですよ」

「さすがだ! カッチェラッ!」

 周りの男達がざわめいた。よく言った!と、声を上げるやつもいる。兄貴だけがきょとんとしたまま、瞬きをしていた。

「え?それ、どーゆうこと?」

「どういうって……」

 さすがのカッチェラが詰まったところで、隣の大男が申し訳なさそうにつぶやいた。

「……どうせ痛い思いするの、兄貴なんですし。傷は浅いほうが……」

「うまいぞ! アティク!」

 カッチェラが思わず膝を打った。

「こらこらこら~! どういう意味だよ~~!」

 シャーは不本意そうにじろりと二人をにらんだ。

「それって、オレが振られるみたいじゃないか!」

「……つまりそういうことをいってるんじゃないですか」

「今までのことを考えてくださいよ。兄貴」

 他の連中がとりなしに入った。

「いつも失恋して困るのは兄貴じゃないですか。今なら、まだ擦り傷程度ですよ!」

「擦り傷って! そんなひどいこと!」

 シャーは哀れっぽい声をあげたが、今度はカッチェラは取り合わなかった。

「擦り傷ですよ。致命傷にならない内に引き上げて下さい」

冷たく言われて、シャーはがっくりと頭を垂れる。その様子はしおれた花にちょっとにている。

「兄貴~! 元気出してください!」

「……そうですよ、人生いいことは他にもあります!」

 はげまされる兄貴をみながら、リーフィはいまだにシャーがどうして彼らに好かれるのかがわからない。




 この国の王は、シャルル=ダ・フールという若い王で、前の王のセジェシスの正式な王妃ではない女性が産んだ王子である。正式には王位継承権をもたなかったが、セジェシスが、戦場で行方不明になってからしばらく王位継承で揉めに揉めたあと、当時の宰相ハビアスに懇願されて王位についたといわれている。だが、当のシャルルは人前には余り姿を現さない。病弱だという話だが、本当かどうか分からない。遊びほうけているという噂もある。だが、宰相のカッファが、今はうまく政治を執り行っていて、宮廷内部の争い以外は、この国は平和だった。

 宮廷の争いは、内乱でも起こらない限り、一般市民にはあまり関係がないし、一応、彼らはシャルルのおかげで平和を手に入れたのだから、それなりにかの王には感謝していた。

 街はかつての賑わいを取り戻し、シャーが住む界隈も、そうした王都の一角にあるのである。

 



 昼下がり、リーフィは買い物を終えて、ちょうど道を通っていた。

 角をちょうど曲がろうとしたとき、むこうでどたんばたん、というけたたましい音がした。リーフィは眉をひそめる。そういえば、この辺りはあまり治安がよくないのだ。人気も余りない。誰か、絡まれでもしたのだろうか。

 そうリーフィが思った直後、ばたばたという見苦しい足音がそちらのほうから聞こえてきた。ついで、情けない悲鳴が聞こえ、目の前に男が転がり込んできて、近くの樽に膝をぶつけて倒れこむ。

「ひー、い、い、痛~~!」

転がり出てきた男は、打った膝を抱えて、それから戸惑っている彼女を見た。

「あ! リーフィちゃんっ!」

 男はそういうと、リーフィの足にしがみつく。きゃあ! と声を上げる彼女は、反射的に飛びついてきた男を蹴り飛ばしそうになる。ところが、男は早口にこういった。

「オレ、オレだってば! リーフィちゃん! お願い、蹴らないで!」

「シャ、シャー…?」

 なんと、リーフィの足にしがみついてきた不埒者は、あの酒場にたむろしているシャー=ルギィズその人だったのである。思いっきり蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、シャーの怯えようがかわいそうなので、リーフィは静かに足を彼の手から外した。

「こら! 待て!」

 男の乱暴な声と共に、角から大きな体の男が出てきた。

「ひぃい! 来たよ、来たよっ!!」

 シャーは、慌てて立ち上がるとリーフィにしがみついてくる。仕方なくリーフィは、シャーを背後におしやった。長身のシャーは、すっかり縮こまってリーフィの背中にほとんど隠れてしまっている。

 いつものように青いマントに青い服のシャーは、帯に一本の刀を差していた。本人は護身用だといっているが、それを振るう姿はおろか、抜いている姿すら誰も見た事がない。不思議な東洋の刀だというが、彼がどうしてそれを手に入れたのかはよくわからない。

 そして、そんな刀を持っていても、この状況を見ると、やはりシャーは、それを全く生かせていないらしい事がよくわかった。

「どうしたの?」

 リーフィが冷静にきくと、シャーはおどおどした口調で言った。

「か、絡まれたんだよぉ……。きょ、恐喝ってやつ?」

「あなた、お金もっていないじゃない」

 リーフィが訊くと、シャーはふるふると首を振った。

「お金が無くても絡まれるときは絡まれるんだよ~。そして、金がない時は、下手すると袋にされるんだよ~」

「わかったわ。私がとりなしてあげる」

 リーフィはため息まじりに言った。職業柄、酔っ払いと乱暴者をあしらうのになれたリーフィの頼もしい言葉をきいて、シャーはぱあっと顔を明るくした。

「ありがと、ありがと、リーフィちゃん!」

「いいから、あなたは後ろへ」

「うん! じゃあ、任せるよ!」

 全く情けない台詞をはきながら、シャーはリーフィの肩をつかみ、そっと影に隠れる。

(全く、仕方がないわね)

 思いながら、何とかしてやろうと思っている自分を見つけ、リーフィは少し自嘲的な気分になった。

 いつの間にかすっかり、シャーの毒気にやられているらしい。世話を積極的に焼いてしまうなんて。

(なるほどね、いつの間にかこういう状況になってしまうのが、この人の特徴なのね)

 裏路地からばたばたと足音が聞こえる。舎弟を数人つれて飛び込んできた男は、リーフィの後ろからシャーのくるりと巻いた髪の毛が飛び出ているのを見て怒鳴った。かなりの大男で実に悪そうな顔をしていたが、声もそのイメージに劣らずなかなか大きな声である。

「女の後ろに隠れてるのか!」

「す、すみませんっ!」

「バレン……」

 シャーが背で縮こまったとき、リーフィは大男の顔を見て、つぶやいた。それをきいて、シャーは背を伸ばした。

「え、えぇぇ? お、お知り合い?」

 ついで、首をひょいとリーフィの後ろから出しながら言った。

「嘘! こんなかーわいいリーフィちゃんとあんたみてぇなおっさんが? うわ~~! 似合わないなあ! 意外~~!」

 つい口が滑ったらしい。きっとバレンに睨まれて、シャーは慌てて口を閉ざした。

「何の御用?」

 リーフィは、恐々と相手をうかがっているシャーを後ろにおいやって言った。

「このシャーっていう男は、お金を持たずに酒場に来る事で有名な男よ。もっとマシな獲物を選んだらどう?」

「そうそう、そうですよ。皆様」

 シャーが後ろでこそこそと付け加える。だが、彼らの興味はすっかりシャーからリーフィにうつっていたようだ。

「なんだ、お前がそいつと知り合いだとは思わなかったぜ?」

「酒場のお客さんよ。無一文だけれど……」

 さりげなくひどい事を言いながら、リーフィは頭からかかった布を髪の毛と一緒に跳ね上げた。

「それはそうと……」

 バレンといわれた大男は、少し下卑た笑みを浮かべる。

「お前、今月の支払いはまだだろう?」

「そういえば、そうね。明日までには持っていくわ」

 リーフィは始終、凛とした口調で返す。シャーはそうっとリーフィの背から顔を出した。バレンは、近寄っていってリーフィの肩に手をかける。それをみて、シャーは、ああっと声を上げた。

「お前だったら、色々と口利いてやってもいいんだがな」

「冗談を言わないで。今月の分は明日返すわ」

 リーフィはぱんと手を跳ね除ける。振られた格好になり、バレンは舌打ちし、それをみて、シャーはひっそりとざまあみろ、とつぶやく。

「さあ、こんなところで油を売ってても仕方がないでしょう? 今日のところはお帰りなさい」

(そーだそーだ。帰れ!)

 声に出すと恐いので、シャーは表情だけで囃し立てていたが、不意に何かを思い出し、リーフィの背から飛び出した。

「あ、ちょっと! 待って!」

「何だ? また痛めつけられたいのか?」

 バレンが不機嫌にシャーをにらみつけたが、今度はシャーも引かなかった。

「オレの財布、オレの財布……!」

 シャーはがばっと地面に伏せた。あぁ、といってバレンはひょいと汚れた青い布切れを差し上げた。

「このほとんど金の入ってない財布か?」

「そーです、それそれ!」

 シャーは、バレンの足にすがりついた。

「お願いです。財布返してくださいよぉ!」

「こんなもんが大事なのか?」

 ふっとバレンは笑みを残酷そうにゆがめた。

「お前も物好きな奴だな」

「そうなんです。だから、返して!」

 すがりつくシャーを一瞥し、バレンは笑いを浮かべたまま、彼を思いっきり蹴っ飛ばした。

「バレン!」

 リーフィの鋭い声で、バレンはシャーに次の一撃を加えるのをやめた。かわりに、地面に転がって、起き上がろうとしているシャーの背を踏みつけた。

「はん、その腰の剣は飾り物か? 女の影にかくれやがって、全く情けねえ奴だな!」

 嘲笑いながら、バレンは彼を地面に押し付ける。

「いた! いたい、いたいですよ~!」

 ぎゃあぎゃあとうるさく騒いで、ばたばた見苦しくもがいているシャーを見て、リーフィは険しい顔をした。

「バレン!」

「おお、そんな恐い顔で睨むなよ。別嬪が台無しだぜ?」

 バレンは仕方がなく、足をシャーからどけた。助かったシャーは、ダメージからか、気力がなくなったのか、ばったりそこにへばったまま身動きをしない。

「リーフィ、お前も結構、優しいところあんじゃねえか。……それでベリレルの借金も背負っちまったのかい?」

「バレン。……余計な事は言わないで」

 静かなリーフィの迫力に、バレンは少し気圧されたのか黙った。シャーは、ぴく、と目だけを上に上げる。ベリレルという人物が、リーフィと浅からざる仲だというのは、その会話で知れた。

「シャーの財布を返しなさい」

 リーフィに言われ、バレンはぱっとその布切れをシャーの上に投げた。

「こんなもんを大事にするたあ、お前も相当変わり者だな。今度からは、この辺は一人でうろつかねえほうがいいぜ。へたれ野郎!」

 そういうと、バレンは、いくぞ、と周りのものに言った。彼らは、バレンがきびすを返すと、それぞれ嘲笑しながら去っていった。

 彼らが、角の向こうに姿を消したのを確認すると、リーフィはそっとシャーの方に駆け寄った。しゃがみこんで、様子を覗き込む。

「大丈夫、シャー?」

 いうと、シャーは、のそのそと起き上がってきた。黒い髪には、土埃がついて茶色の粉がばさばさとついている。リーフィはその頭の財布らしい布切れをとってやる。

 シャーは起き上がると、髪の毛をはたきながらふうとため息をついた。地面を擦ったときについたらしい頬の傷には薄く血が滲んでいた。

「いてて……。結構思いっきりやってくれたなあ」

「大丈夫?」

 リーフィに言われ、シャーはようやく立ち上がり、それから情けなさそうに微笑んだ。

「うん、なんとかへーき」

「これ、あなたの財布?」

「あ、うん! ありがと!」

 リーフィが布を差し出すと、シャーはにっこりわらってそれを受け取った。その笑顔を見て、リーフィは、それがシャーにとって大切なものだったのだろうと思った。

「大切なものだったの?」

「まぁね。……ちょっと世話になった奴にもらったものなんだ」

 それから、急にシャーは顔を伏せてばつが悪そうに笑った。

「ごめんね~。ホントは、オレがリーフィちゃんを守らなきゃいけないのに、盾になんかしちゃって…オレ、けんか弱いのよね。この剣も、あいつが言ったとおり、飾り物だし。……お守り代わりにしかならないんだから」

 腰の刀を帯びなおして、柄を軽く叩く。ふっと顔を上げるシャーは、疲れたような顔で訊いた。

「……オレって……情けない?」

 シャーも彼なりには気にしていたらしい。リーフィは、彼の頬の傷から血があふれるのを見て、ハンカチを差し出した。

「……そんなことはいいから、これで顔拭いたら? ちょっと頬が切れてるわよ」

 リーフィは、そっとハンカチを渡す。シャーは、ありがと、と礼をいい、それからハンカチを受け取った。じっと、リーフィを見、彼女が不審そうにすると、シャーは視線を外す。

「何?」

 追求されて、シャーは控えめに微笑んで、少しだけ戸惑う。

「リーフィちゃんって……」

 シャーは、顔を拭きながらそっと顔を赤らめた。

「優しいんだね、ホント」

 リーフィは、少し眉をひそめた。シャーがいつものように、言い寄ってきたのかと思ったからである。彼女は、冷々とした口調でそっけなくいった。

「お世辞言っても、なんのいいこともないわよ……」

「お世辞だなんて……」

 シャーは少し焦った顔をしながら、ふっと微笑んだ。

「……ありがと。オレ、リーフィちゃんのことはほんとに優しいと思ってるんだよ。お世辞じゃないし、そうは見えないだろうけど、下心もないんだ」

 人のよさそうな笑みを浮かべたシャーは、髪の毛をいじった。

「……ちょっと、オレ、感激しちゃったなあ」

 そういって、少しだけ笑う。それから慌てたように、思い出したように、続けた。

「あ、そうだ! 何か困った事があったらオレにいってよ。相談に乗るよ。今、リーフィちゃん、困ってるんだよね? オレにいってみてよ!」

 シャーは、珍しく、世話好きそうな顔をして、リーフィの返答を待っている。だが、彼女はゆっくりと首を振った。

「そうね。でも、今はいいわ。私の心配は、あなたにいってもどうしようもないことなの」

 シャーは、しゅんとしおれかえった。

「そう……。うん、そうだよね、お金ないもんね、オレ……。お金で悩んでる人に、オレみたいなスカンピンが何の役にも立たないか。そういや、この財布にも一銭も入ってないんだよね、うん」

(別にお金ってわけでもないんだけど……)

 リーフィは、そう思う。落ち込んだシャーが哀れなので、少し言ってみようかと思ったが、言った所で、喧嘩に弱いシャーがまた別の争いに巻き込まれるほうがかわいそうだと思った。

「気にしないで。でも、ありがとう……」

 リーフィが言うと、シャーはいつもの元気を取り戻す。全く、シャーという男は、ころころと顔が変わる。

 リーフィが、それじゃあ、といってきびすを返すと、後ろからすぐシャーの声が追ってきた。

「オレはいつでもいいからね。……困った事があったら相談してね。誰かにいうだけでもずいぶん楽になるんだっていうよ。オレでよかったら付き合うから!」

 ちらりと振り返ると、シャーはいつものように、軽い男に戻っていた。

(……ヘンな人)

 リーフィは、心の底からそう思いながらも、なぜかシャーを見捨てられないような気がする自分に気づいて、軽く笑った。

 



 リーフィの背中を見送って、シャーはふうとため息をつく。頬をハンカチで押さえたままなのに気づき、彼はそれをそっと外した。

「汚しちゃったなあ……」

 血がついたのを見て、シャーは残念そうにつぶやいた。

「でも、リーフィちゃん」

 シャーは、ぽつんと人気の無い道でつぶやく。

「……オレ、あんたに本気で惚れるつもりじゃなかったんだけど…」

 それから少し間をおいて、彼は戸惑うように言った。

「あんたのベリレルさんは……とんでもない奴なんだぜ…」

 ちゃりん、と音が鳴る。財布の中の音ではない。シャーの手が刀の柄に当たった音だ。正確にいうと、彼はわざと鍔を鳴らしたのである。

「あんたも、それじゃあんまりだよ……」

不意に、奇妙な殺気がシャーのわずかに青い目に宿る。が、それは一瞬の事で、彼はそのままサンダルを履いた足を返した。

 リーフィと反対側に歩き出していくシャーは、すでにいつもの臆病な元のままのシャーだった。

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