6
体が震えている。
わたしは自分の部屋のベッドで小さくなっていた。
だから、せめてもと思い、ERTYUIというローマ字を残した。何の意味もない文章だ。その意味に日比野もすぐに気がつくだろう。
深夜になるころ、ようやくわたしは落ち着いた。
わたしはパソコンを立ち上げた。膝の上で震える振動が気持ちいい。そして広がる薄い青。フォーゲット・ミー・ノット。どこの話か忘れたけれど、悲しい物語だ。愛する人のために、命を捧げる騎士。否、騎士ではなかったかもしれない。ただ、一輪の花を捧げる物語。あまりにも安い代償だ。彼は必死に手を伸ばし、手を取る代わりに花を渡した。彼は落ちる。彼は最後に言葉を残した。
「フォーゲット・ミー・ノット」
薄青い花。わたしの好きな色だ。
スーサイダー・バーサス、ニュクスの掲示板に入る。
「ごめんね、Yu-ki。もしかしたら、わたしはもう帰らないかもしれない。どちらかというと止める立場だったのにね、これが運命かしら<ERT」
「ERTさん、先に行ってしまわれるのですか。それならばお供をと手を上げたいところですが<Masaki」
「Masakiさんはそのつもりないでしょうが。冷やかしはダメだよ。ERTさん、何かあったのですか?<Aio」
「さよーならー<unknown」
「ダメだよ。ERTさん。もしも、あれが原因なんだとしても、ERTさんが気に病むようなことじゃないでしょう。どうか考え直して<Tsutsuji」
「そうだな。考えなおして欲しいよ<Masaki」
キーボードを打つ。
「確認しました。謝られて、ボクにどうしろっていうの? 全然分からないよ。でも、ERTさん、ボクはボクなりに真実を見つけてみせるよ。ボクはERTさんを愛しているから。どうか、ボクを忘れないで」
掲示板に書き込む。
最初のERTの書き込みは朝四時三十二分だ。まだ
このまま何もしなければ、警察は佐々木殺しの犯人をユイと断定してしまうかもしれない。それは許せないことなのに。どうしてユイはその人をかばっているのだろう。分からない。ボクを忘れないで欲しいのに。
軽いポップ音とともに、下から文章が飛び出した。メールが届いたようだ。タイミングがよすぎる。立ち上げると、やはりTsutsujiからのメールだった。
「件名:繋がるかな。本文:今書き込んだよね。まだ繋がってる? とにかく送るよ。
先日の文章とは大違いだ。おそらく、こちらが人の顔なのだろう。感謝を表し、時間を作って伺うという内容のメールを返信した。
その間にもう一件メールが届いていた。それを開く。
「件名:ERTYUI。本文:どうも
自然とため息が出る。
「ええ、あなたが直接お話したくない理由はよく分かります。あちらの文章は保存させていただき、提出することになります。それに、以前にも伝えましたが、わたしは佐々木殺しの犯人は別にいると考えております。その可能性は日に日に上がっていく一方なのですが、まだ確信にいたるに足りていません。どこかで何かを見落としているようなのです。もしも、わたしを信じてくれるのでしたら、あなたの知りえている情報をすべて教えていただきたいのです。前田さんは、どうも、わたしを信じてくれているのか分かりかねましてね。このまま返信していただけましたら、わたし個人のパソコンにアクセスできます」
返事を書く。
「件名。Re:ERTYUI。本文:あなたでしたら、すぐに件名の意味にたどり着いてくれるだろうと思って、余分にあの文を残したのです。時間が問題だという認識をわたしも持っています。交換条件です。他の容疑者を教えてください」
指が震える。しばらく待っていると、メールが返ってきた。
「件名:本文:容疑者という表現ははばかられる。本部はまだ広く捜査している現状だ。わたしの率直な意見を言わせてもらえましたら、これは以前お話したと思いますが、佐々木の恋人が犯人ではないか、と。そのため、前田柚衣さんは、その最たる候補というわけです。佐々木の死体に抱きついていましたからね。ですが、わたしには疑っている。もし彼女が犯人であれば、その行為は殺人を犯したその日、その瞬間に行われなければならない。そのことを私は確信していますから。そこで名前が挙がってくるのが、事件の当日に一緒に飲んでいた二人だ。一人は
プリントアウトする。さらにもう一件メールが届いている。辻からだ。日比野のメールによるとS社の広報部長ということだ。
「件名:待っているよ。本文:人材派遣といっても、派遣する側は本部にいるからね、いつでも構わない」
わたしはパソコンを落とした。
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