5
昼過ぎ。予定通り授業はなく、それでも学園内は非常にあわただしい様子を呈している。それでも朝に比べるとましになったのかもしれない。
「こんにちは。だいぶ疲れてるみたいだけど」
甲斐ははい、と頷く。
「わたしのせいかしら。甲斐くんに不利になるような証言をしてしまったみたいで」
「いいえ。真実をきちんと話さないと、警察が解決するのに余分な時間がかかってしまうだけです」
「わたしは警察より、甲斐くんのほうが優秀に思えるわ」
「僕なんて、たいしたことできないです」
「そうかしら。案外もう犯人の目星がついてるんじゃない?」
「まさか。誰が、どうやったのかさえ見当もついていません」
「どうやったのかは簡単でしょ」
甲斐は驚いて藤枝の顔を見た。
「女神像に縛り付けて、左胸をナイフで一突きだもの」
「ああ、はい。そうですね。それは確かに、簡単なのかもしれません。でも、先生だったら無抵抗に縛られますか?」
「思いっきり抵抗するわね」
「先生は縛られている、その、芹沢さんを、見ましたか?」
「わたしは図書棟に行く途中で、人だかりに気がついて。警察が来たのが、それからしばらくしてからだったから、正面からはっきり見ました」
「彼女に抵抗した様子はなかったですか?」
「どうかしら。どんな状況でも、芹沢お嬢様が抵抗するようには思えないわ。受け入れたのではないかしら」
「犯人に殺されるのを?」
「まさか刺されるなんて思ってなかったんじゃない」
「……そうですね」
「そういえば、おかしなことと言えば、今朝、わたし図書棟の鍵を開けていないのよね」
甲斐はどきりと胸を鳴らす。
「誰かが開けてくれたのかしら。思い出して九時過ぎに図書棟に行ったらもう開いていたのよ。鍵はわたしが持ってたし」
「予備の鍵があるのでしょう?」
「もちろんあるけど。そんな気がきく人がいるかしら。誰かが調べ物してる様子もなかったし。甲斐くん、どう思う?」
「ゆ、幽霊、の仕業じゃないですか?」
適当なことを甲斐は答える。
「やっぱりそうかしら。怖いわ」
「怖がる必要はないんじゃないですか? 誰か危害を加えられたわけじゃないし」
「でも、昔から幽霊ってだけで怖いじゃない?」
「そう、ですね。あの図書棟での幽霊の噂は昔からなんですか?」
甲斐自身、幽霊を信じていないにも関わらず、初めて図書棟を訪れた時は、その暗さに怯えたものだ。
「ええ。最近はまたいろいろな噂があるけど、わたしが学生のころも、ずっと噂はあったわ。図書棟には幽霊がいるって」
「先生って、ここの生徒だったんですか?」
「ええ、まぁ。もうね、十うん年も前のことだけど」
甲斐は違和感を覚える。
「今と同じような、噂が?」
「どうかしら。同じような、といえば同じだけど。確か、図書棟に幽霊が出るっていうのは同じだったけど、あの頃は女子高生の幽霊だった気がするわ。今は少女の幽霊なんでしょ? 若返っちゃったのかしら」
そんなはずがない。今の噂の「少女」というのは、間違いなく
「昔から、幽霊の、噂……」
「ええそうよ」
「他にも昔からの先生っていらっしゃいますか?」
「どうだろー。長い先生はいるけど。私も、大学は外だったからなぁ。ああ、でも。校長先生さんは、昔から同じよ」
「今はどちらに?」
「校長室か、時計塔にいらっしゃるかも。よく見かけるわ」
甲斐は立ち上がる。
「そういえば、香川先生は?」
「どうしたの、突然。そういえばそうね。いつもならこの時間にはここに来るのだけど。今日はどうしたのかしら」
「先生って、香川先生と付き合ってるのですか?」
「あら、そんなことに興味があるの?」
「いえ、ちょっと聞いてみただけです」
首を曲げて藤枝先生はほほ笑む。けれど、その笑顔が不自然に思える。怒っているのかもしれない。甲斐は一言礼を述べると走り出した。
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