98話 壊れた英雄 3

【おじいちゃん観察記録】


朝、訓練の後、汗を拭く―――異常なし


顔を洗う―――異常なし


廊下を歩く―――異常なし


朝食を食べる―――異常なし


階段を登る―――異常なし


部屋に入る―――異常なし


部屋で何かをしている―――ドールガーデンで確認、異常なし


お昼ごはんを食べる―――異常なし


夜、寝る―――異常なし


朝、起きる―――異常なし・・・


「一日おじいちゃんを見ていたけどおかしな所は見当たらないか。」


自分で書いたノートを前にユウキは首を捻って考え込んでいた。


ゴーザが能力を失くしていると聞いてから数日、ユウキは真偽を確かめようとして観察を続けていた。

何か不自然な所はないかと可能な限り付いて回っていたが、そんな様子は欠片も見出す事はできず、ほっと胸を撫で下ろすと同時にこの行為の有効性に疑問を抱いてしまっていた。


「家で生活するだけなら、元々ロジックサーキットがなくても問題ないんだよな。異常がなくて当たり前だよ。」


幾ら観察を続けても普段の生活でゴーザがボロを出す事はなく、いつも通りの日常がいつも通りに進んでいくだけ。

もちろん、これではゴーザが壊れているのか否かを判断する事はできない。


「少しおかしいのは訓練の時に木剣を光らせる時だけかな・・・。でも、これもロジックサーキットの影響とは限らないから確かなことは分からないし・・・。後はおじいちゃんの鍛錬を見に行くしかないかな。」


カイルの話ではゴーザはコルドランの浅い所に行き、一人で鍛錬をしていると言う。

ゴーザが鍛えると言うのなら生半可な事で終わるはずもなく、自ずと限界を極める様な激しく過酷なものになっているはずだ。

その状況を見る事が出来れば能力の有無も確かめられるかもしれなかった。

問題は


「僕だけじゃコルドランに入れないんだよなぁ。」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「すいませ~ん。アスミさんは居ますか?」


数日後、ユウキは聖者の盾の拠点を訪れていた。


事前の連絡は入れていないが、しばらくは大規模な探索行にいかないと聞いていたのでおそらく居るはずだ。

それに仮にアスミが居なくてもダラダラと過ごしている人間が確実に一人、居る筈なのでどうにかなるとは思っている。


「おっ、どうしたユウキ。聖者の盾うちに入る気になったか?」


あのとき一緒に行動していた一人がユウキを目にとめて声を掛けてきた。

短い間だったが、あの事件を共有したことで聖者の盾の人たちとは冗談を言う位には親しくなっていた。


「僕はまだ10歳ですよ。まだ資格も取れないのに先の事なんて考えてないですよ。」


「ははは(笑)分かってるよ。お前はゴーザさんの秘蔵っ子だからな。探索者になるなら当然“赤翼”だろう。」


からかう様に笑う相手にユウキは曖昧な微笑で答える。


赤翼とはゴーザが率いるキャラバン“金竜の赤翼”のことだ。

この国でも有数の実績を誇っており、そのメンバーとなれば誰もが羨むうらやむ事だろう。

だが、そこには父親のカイルもいる。

ユウキも自分がすんなりと入団できるとは思っていなかった。


「その気になったらいつでも言ってくれよ。その時は俺が全力で推薦してやるからよ。」


立てた親指を自分に向けて「任せろ」と胸を張った。


「ユウキくんが入りたくなったらあなたの推薦など必要ないわよ。」


呼んでもらっていたアスミが来ると、その見事な銀髪が光を受けて部屋の中が一段と明るくなった気がした。

もっとも、感じる温度は数度下がるのでどうしても冬の朝日を浴びた様に思えてしまう。

男も反射的に身を竦めそうになって苦笑いを浮かべている。

いや邪悪な笑いかもしれない


「おおっ、『アイスドール』を呼び出すとは豪気だな。だが止めとけ止めとけ。色気づくのは分かるがユウキにはこの間のお嬢ちゃんの方がお似合いだぞ。」

 

案の定、碌でもない爆弾を落として行った。

しかしこれが誤爆を引き起こすとは考えていなかったらしい。


「それは、どういう意味で言っているのですか。色気づくというならあなたにも色々とあったと記憶していますが、一つ々々辿ってみせましょうか?」


鋭さを増した眼に射竦められると「まずいっ!」と言って逃げ出して行った。




ありきたりな挨拶が済むと拠点の談話室でアスミと向かい合って座った。

ユウキの目の前には湯気を立てる蜂蜜水、アスミは自分用なのだろう、小さな花の描かれた可愛いカップに琥珀色のお茶が入っている。


「ユウキくんが私を訪ねて来るなんて意外ですね。」


「どうぞ」と言って蜂蜜水を勧めたが、アスミが自分のお茶に手を伸ばす様子はなく、ユウキが話し始めるのを静かに待っていてくれる。

アスミの気遣いにユウキにもクスリッと笑みが浮かんでくる。


「実はアスミさんにお願いがあるんです。」


「何かしら?ユウキくんにはファルクス使いの男から助けて貰っているので私にできる事なら構わないけど。」


「僕をコルドランに連れて行って貰えませんか。」


それまで淡々と話していたアスミの目が俄かににわかに細くなり、纏う雰囲気が凍りつく様に重く変わる。


「探索者の資格がない者はコルドランに入れないわよ。」


「知っています。でも見習いとしてなら連れて行けますよね。」


「見習い制度は探索者を志す者が経験を積み技術を身に着ける為のもので、遊び半分に出入りさせるモノではありません。それにコルドランは危険な場所です。あそこでは人は簡単に手足を失い命を落とし、理不尽な運命に晒される事になります。何より見習い制度の本質は・・・」


「動けなくなった見習いを確実に殺す事ですよね。」


「流石に高名な探索者の家系の者であれば知っているのですね。コルドランでは人間が1か所に留まっていられるのは三日しかありません。それを過ぎると“白華”と呼ばれる発光現象を起こし、コルドランの中にコルドラン足りえない空間が形成されてしまいます。そこでは神素は存在せず、エリアルが形成されなくなります。」


「動けなくなった人間が魔物に襲われない様にした『主神の慈悲』ですね。」


「ええ。魔物はそれぞれのランクに相応しい神素濃度の場所を好むので神素が無くなった地域からは居なくなります。その結果、地域内にいる人間は安全になるのですが、この現象には大きな弊害が存在します。」


「資源保護協定ですよね。」


「本当に良く勉強していますね。コルドランはエリアルや貴重な素材を算出する国家の資源です。その保全には細心の注意を払い、脅かす者には厳罰が課せられます。つまり本人の死と連座してその親と子供の奴隷落ちです。だからコルドランを損なう前にその者を殺す事でせめて家族は守るのが探索者の義務であり覚悟ルールなのです。見習い制度はその覚悟のない者が間違いを犯さない様に監視する為のものでもあるのです。」


諭す意味も込めて半ば脅す様に説明をしてきたが、聞き終わったユウキには些かの変化も見られなかった。

それどころか真っ直ぐにアスミを見て次の言葉を楽しそうに待ってさえいた。


「全て理解した上で相談に来ているのですね。分かりました。では後進の育成の為に規則通りの事を規則通りに対応するのであれば協力しましょう。過酷な探索者の洗礼を受けない事を願いますが、コルドランでは何が起こるか判りません。覚悟と準備はしておいてください。」


溜め息をついたアスミがカップを手に取り、少し温くなったお茶を口にした。

その後、準備する物、しておかなければならない事の説明を受けてユウキは何事も無かったかのように来た道を戻って行った。





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