第55話 二人の王子

「それでは、これから魔導具を使ってその扱い方を勉強しましょう。」


ここはとある王宮の奥まった一室

幼い双子の王子のセオドールとパトリックはこの日、魔導具に関する教えを受けていた。


押えきれぬ好奇心が双眸から漏れているかのようにキラキラと光る小さな4つの目、瞬く事さえ惜しんで家庭教師の一挙一動に見入っている。


いや、正確には家庭教師が手に持つ魔導具に全ての意識が向けられていた。

手を動かすたびに糸で結ばれている様に小さな顔が二つ、揃って動く。

あまりの微笑ましさについ悪戯心が湧いて手の振り方が大きくなると面白いように首が動き、千切れる勢いで小さな顔が左右に行き来する。


「コホン!」


部屋の隅で控えていたメイド長がいく分強い咳払いを繰り返した。

この王宮付きのメイド長とも付き合いは長いので言いたい事は直ぐに分かった。

あえて逆らうのも面白そうだが、あとが怖い。

少し度が過ぎたらしい悪戯を止めて授業を続ける方が自分の為にも良さそうだった。


「これは小さな火を出す魔導具です。昔はどの家庭でも必ず置かれていた物ですが、王都では火を着ける機会もないので今はあまり見かけません。」

地方の村や町はともかく、王都では明かりも調理も暖房も魔導具で賄われている。

直接火を着ける機会がほとんどないので店に置いてあることも稀だった。

更に言えば放火目的の犯罪者でさえこんな中途半端な物は使わないので裏社会でさえ流通しているか疑わしいほどだ。

今日持って来た物は家庭教師の男が本来の仕事(魔導技師でありエリアルの研究者)の関係から所持していた物だ。

余分がなかったので二人の王子に教えるというのに魔導具は一つしか用意していなかった。


「こうして手に持ってセレーマを注ぐと、このように指先ほどの火が灯ります。」

火のついた小さな棒状の魔導具を掲げて(振り回そうとしたところでメイド長と目が合ったので思いとどまって)教え子たちに見せる。

そして火が消えた事を確認してセオドールに手渡した。

自分と同じ隣りの顔をチラリと盗み見て、得意満面でウンと念を込めるが火が着くことはなかった。


「先生、着かないよ。」

「普段、お二人が目にする魔導具は特に何かをする必要はありませんが、これはしっかりとセレーマを注がなければ機能しません。昨日教えた事を思い出してやってみてください。」


「・・・先生、どうするのか判りません。」

「もう、セオは仕方がないなぁ。僕がやるのを見ていなよ。」

セオドールの手からヒョイと魔導具を奪うと、パトリックは目を閉じて教えられた言葉を唱え始めた。


「わが手の中に光りと熱をもたらせ、着火イグニス!」


やや不安定ながら見事に火の着いた魔導具をセオドールに手渡すパトリック。

「パトリック様、よくできました。ですが人に渡すときはしっかりと停止させてからにしてくださいね。こんな小さな火でも火傷をしたり、思わぬ事故につながる事もあるのですから。」

「はい、気を付けます。」

と、返事をしながらも得意そうなパトリック。

「ちぇ、僕だってちょっと忘れていただけだからな。」

直ぐに目を閉じて意識を集中させるセオドール。


「セオドールさまも直ぐに上手になりますから大丈夫ですよ。お二人ともフレイムストーム王の若い頃によく似ていらっしゃいますから、きっと炎の属性とは相性がいいはずです。現にお二人のお兄様、ジークムント王太子は火の色を変えたり、二股三股の火を灯したりと私でもマネのできない事をなさいました。きっとお二人も直ぐに私よりも上手になりますよ。」

「ジーク兄様が!セオ、貸して。僕も火の色を変えてみる。」

横から手を出されてセオドールの集中が解かれてしまう。

だが先程はパトリックの小ばかにした顔を見せられたのだ。

更にもう一歩先に行かれては堪らないので意地でも渡すつもりはなかった。


「放してよ。僕の番だ!」

「いいだろう。続けてやった方がきっと覚えやすいよ。」

その通りなのだがセオドールは先に進ませたくないのだ。

「なら、僕が火を着けて、色を変える練習をするからその後でパットがやればいいだろう。」

「今やりたいんだよ!」

「僕だって今やりたいんだよ!」

「放せよ!」

「そっちこそ放せよ!」

魔導具を掴んで引っ張り合っている二人だが、今にも取っ組み合いのけんかになりそうだった。

さすがにこれは拙いと家庭教師が間を割る様に仲に入るが二人とも手は放そうとしない。

「これは私がいけなかった様ですね。もう一つ魔導具を持ってきますから落ち着いてください。」

二人が止まったので、メイド長の元に向かう。

「すいませんが、厨房に行って魔導具を借りて来て貰えませんか。料理で焼き目を付ける為にどこかに置いてある筈ですから。」

「あなたにしては迂闊でしたね。ジークムント様のお話をすればこうなる事は想像がついたでしょうに。」

「まったく、その通りですよ。ですから急いでお願いします。火傷はともかく殴り合いで怪我をされては国王に申し訳がありませんから。」

「仕方ありませんね。」

ため息と共にメイド長が踵を返した。



「放せよ。」

「パットこそ放せよ。どう見ても僕の順番だろう。」

「セオはまだ初めてなかったから、まだ僕の番だ。」

「始めていたのを邪魔したんじゃないか。」

「うるさい。僕の番なんだよ。『わが手の中に・・・』」

「あっ、ずるいぞ!『わが手の中に、』」


「お二人とも落ち着いてください。二人でセレーマを注いでも干渉しあって機能しませんよ。」


仮定の話にしかならないが、この時直ぐに止めに入っていればこの後の惨劇は起こらなかった。

だが誰が想像できたであろうか。

ほとんど0に近い確率を越えてセオドールとパトリックのセレーマが完全に一致するなどという事を。

そして、二つのセレーマが同調し増幅し合った場合に、実に通常の数千倍の威力をエリアルから引き出すという事を。


「「・・・光と熱をもたらせ、イグニス!」」

その直後、小さな火は一気に数千倍の熱量に達し、二人の王子の間で爆裂弾並みの爆発が周囲を吹き飛ばした。


セオドールとパトリックの双子は死亡。

遺体と判別できる部分さえ残らなかった。


家庭教師の男は右手を失い、半身に重度の火傷を負ったが辛うじて命は取り留めた。

だが、その後の人生を深い後悔と狂気で溺れる様に送った事を見れば、助かってしまったことを本人は呪い続けたことだろう。


メイド長は部屋を出た直後だった事が幸いして、爆風で吹き飛ばされはしたが命に別条はなかった。

ただし、この事件の後に悲しみを抜け出す事ができず、晩年は濃い影の中にいる様だったと伝えられている。


二人の父親であるフレイムストーム王は執務室でこの報告を受けた。

原因も分からない以上、第2・第3の爆発も有り得るのだからと側近の者たちは王を引き留めたが、ジークムント王太子を残す事で愛児の元に駆けつけ、そして慟哭した。


王は事件の真相究明を下知すると共に犯人の捕縛、及び殺害の《《禁止》》を厳命した。

『自分の目の届かない所などで勝手に死なせてなるものか』

王の激しい憎しみの表れだった。


ジークムント王太子もまた遣り切れない怒りをたぎらせ、原因究明の責任者として自ら名乗りを上げた。

当初、王太子の謀略説も噂に上ったが、地位も確立し才能を見せ始めた未来の王にとって幼い弟の存在は王権を強化こそすれ、自分の身を脅かす存在にはなりえなかった。

その後の調査で他国や敵対勢力の陰謀説も根拠が希薄のため除外、家庭教師の怨恨説も取り上げられたがこの男の忠義を疑う如何なる兆候もなかった。


人為的な可能性がなくなると事故の可能性を調べるのだが、この時点で調査が手詰まりになる。

まず、爆発の原因として魔導具の故障が疑われた。

しかし管理していたのが魔導技師から当代一のエリアル研究家になった程の男である以上、故障の可能性は極めて低いと考えざるを得なかった。

そもそも希少でも特殊でもない、はっきり言えば安物の魔導具が故障したとしても、発動しない事はあっても多くの生命を脅かす程の事態を引き起こすとは考えられない。


結局フレイムストーム王国は他国に懇願してまで人を集め、研究を続けたが納得できる答えは出せなかった。


後に『双生児爆発ジェミニ・エクリクシス』と呼ばれる現象を隻腕のエリアル研究者が解き明かしたのは事件の後、実に20年を経た後だった。


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