第50話 カウカソスの地下道

ゴーザとエリグマが教会を目指して走り出した直後、街は無数の暴徒で埋め尽くされた。

直接襲い掛かってくることはなかったが数が多すぎて掻き分けなければ前に進むことはできず、分け入って万一炎が燃え移れば自身も暴徒の一人に成り下がるとあってはどうする事もできないか、と思われた。


「こっちだ。」


そう言って狭い路地を曲がったエリグマに連れてこられたのは小さな隙間の様な行き止まり。

不審に思うゴーザを余所に、奥まで進んだエリグマが壁に手を当てるとガコンッと言う音と共に漆黒の空間が現れた。


「これはカウカソスに広がる地下通路だよ。儂らはこれを使って街中の至る所に移動できる。ただしこの地下通路への入り口は証を持つ者と一緒でなければ越えられないのでな。こんなジジイで申し訳ないが横に並んでくれ。なぁに、手を繋げとまでは言わないよ。」


エリグマが境界に足を踏み入れるとそれまで墨を流したような漆黒が僅かに揺らぎ、細い通路が下へ向かっているのが見て取れた。

そのまま端に寄ったエリグマの脇を通ってゴーザは地下へと下りて行った。


中に入るとそこは整った丸い空間が細長く続いていた。

ツルツルと濡れた壁は鍾乳洞を思わせるが自然の造形というには凹凸なく整い過ぎている。

だが道筋はうねうねと脈絡もなく曲がっては二股・三股と枝分かれしており、人が何かの目的があって作ったとはとても思えなかった。

もし人の血管の中に入れたとしたらこんな感じのなかもしれない。


「そう言う者も確かに居る。」

思わず漏れたゴーザの呟きにエリグマが答えた。

「神話の時代、エフィメート様に挑んだ巨神の王の亡骸とも、災厄の邪神テュポースの身体がタルタロスからはみ出ているのだとも言われているよ。もっとも確かめようと奥に進んで戻った者はいないがね。」


エリグマは話ながら2キルド程の短刀で拳大の虫を斬り捨てた。

ゴーザも刀を抜いて別の魔物に対応しているが狭い場所の為に思う様には動けない。

「無理はしなくていいよ。ここはコルドランと同じ様に神素が満ちて魔物が居るが場所の関係であまり大型のものは出ない。

この辺りであれば儂一人で問題ないからゴーさんは後ろからついて来てくれればいい。それに、もう直ぐ応援も来るはずだ。」


その言葉どおり間もなく足音が聞こえてくると二人、三人と同行者が増えてゆく。

加わった者達は一言も言葉を交わす事はなかったがエリグマとゴーザの前後に分かれると現れる魔物はそれらの者達が全て斬り伏せていった。

それを見てゴーザは必要のなくなった刀を収め、走る事に意識を向けた。

慣れているエリグマ達とは違い、濡れて滑る足元にはゴーザといえども付いて行くのがやっとだったのだ。


しばらくすると何の脈絡もなくエリグマが話しかけてきた。

「ゴーさん、あんたの孫が見つかった。今からそっちに向かう。」

ゴーザがその言葉を聞いたときに最初にした事は素早く視線を走らせて並走するエリグマの周囲を確認する事だった。

コルドランであれば直ぐ横から聞こえた声でも安易に信じる事はできない。

人の声をまねる魔物に騙されて道を誤った話など枚挙に暇がないからだ。

すぐ隣を走るエリグマには近づいた者も声をかけた者もいないのに、何の脈絡もなくゴーザの最も望んでいる事を言う―――長年の探索者としての経験が素直に信じる事を拒んだ。

エリグマが『どうする』と重ねて聞いてきたので『ユウキがみつかったのならそちらに行ってくれ。』と返す。

煩雑ではあるが相手の言葉を繰り返す事で魔物の罠は避けられる。

エリグマが肯いて周囲に指示を出し始めたのを見てほんの少し気持ちが軽くなった。


如何なる仕組みに依るのかエリグマ達には地上の様子が把握できるらしく、まだかなりの距離があると言うのにユウキの動向は元より、周囲の状況もかなり詳細に掴んでいた。

それによればユウキはかなり危うい場面はあったが今は南街区を周辺部に向かって走っている様だ。


「噂には聞いていたがエリグマファミリアの情報網はすごいものだな。」

「儂らはこの地下道の各所に人を置き、特殊な音を使って情報を集めている。この街で人が地面に足を着けている限り、儂らに探り出せない事はないよ。」

「それは・・・すごいものだな。だがそんなことを話してしまっていいのか?隠し事をしたいのは概ね権力を持つ者だ。この事が広まれば奴らはあんた達を取り込もうとするか躍起になって潰そうとするだろう。」

「元々儂らは権力者たちとやり合う為に集まった組織だから今更だ。むしろそれらに対抗する為にこそ、この仕組みはあるのだよ。それより・・・。」

それまで不敵に笑っていたエリグマの目がすっと細められた。

「あんたの孫は何者だ。何をしているんだ。暴徒の動きが異常なのはまだ分かるがそれに対する坊主の動きが早すぎる。暴徒に変化があると遙か先の状況も含めた対応をすかさず採っている。これでは“5ミュー先の未来”か“100シュード先の景色”が見えているとしか思えないぞ。」

驚いた事に、たったこれだけの時間でユウキの認識範囲を正確に把握されてしまっていた。

そしてこの組織の事を心底恐ろしいと思った。

この分では個人の能力や秘事を探り出して思いのままにすることも不可能ではないだろう。

この街の中枢にいる者がどう感じているか少し分かった気がした。

ユウキやリューイの事を考えれば、この組織を潰すべきなのかもしれない。


「そんな物騒な顔をするもんじゃないよ。これは暴徒の動きと坊主が方向を変えるまで時間から推測したことで今の所気づいているのは儂だけだ。他言はしない。だがどうしても必要な事なんだよ。」

エリグマとの付き合いは長く、ゴーザに対していい加減な事を言う人間ではない。

だが秘事を知る者が増えればその口の数だけ漏れ出る穴が空く。

そして秘密を知る者が多くなれば良からぬことを考える者が出ても不思議ではない。

だが、今は信じるしかない。


「ドールガーデンだ。精度はまだまだだが、認識範囲は儂を遙かに超える。」

「なるほど。見た上でこの動きをしているのか。ならば坊主には明確に目的地がある筈。だとすれば・・・予定変更、南街区の下43の昇降壁だ。」


先頭を進む者が三叉路を右に逸れると、うねうねと曲がる下り道を一行は急いだ。





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