第16話古着屋

良く見れば東屋の片隅にアレトゥーザを祀る小さな祠が作られていた。

さっき老婆に注意されなければ本当に神罰が下ったかもしれなかい事が判り、ほっと胸をなで下ろした。

マリーンは祠の前にひざまずくと水を使わせてもらう許可を祈ってからユウキの後に続いた。



血糊を流した後、使い終わった桶を洗うと再び老婆の所に戻って来た。

汚れを落とすと二人はやはり品のいい顔をしている。

「ありがとうございました。さっきおばあさんの家が古着屋だと言っていましたが、僕たちの服がこんな状態なので服を売ってもらえませんか。」

追手が迫っているので早くこの場を去りたかったが服を着替えなければ人前に出る事ができない。

こんな路地裏を逃げ続けるのは限度がある。



『相変らず大人に対して堂々としゃべる子だね』

老婆の方は内心では二人を許していたが、そう簡単に態度を変えられるほど素直な性質ではなかったので表面上は依然厳しい口調を続けていた。

「ああ、商売だからね。お代を払えるなら売ってあげるよ。」

そう言うとスタスタと歩いて小さなドアに近づくとおもむろに開いた。

「アンナ、アンナはいるかい?お客だよ、ちょっと裏に来とくれ。アンナ!聞いているのかい!」


「はーい」と言う返事と共に建物の奥から一人の女の人が移動してきた。

「お義母さん、狭い家なんだからそんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ。」

「狭いって言うんじゃないよ。この家はあたしと死んだ爺さんで建てたもんだ。文句を言うなら出て行っても良いんだよ。」

「文句なんかありませんよ。使い勝手はいいし、日当たりも良くていつも感謝してます。それよりお客さんと聞こえましたけど・・・どうしたんですか?今日に限っては誰かと話しているなんて珍しい。」

老婆の毒舌は相変らずだが、驚いたことにアンナと呼ばれた女の人は楽しむ様に会話をしている。

「余計な事を言っているんじゃないよ。この子たちの服を見繕ってやりな。ついでに怪我の手当てもしておやり。」

言うだけ言って早く行けと手を振ると老婆は元の椅子に戻って行った。

「気難しいお義母さんが珍しいわね。・・・あら、あなたは雑貨屋の息子さん?」


それは先ほどの露店で石鹸などを買って行った人だった。


「こんにちは・・・それと、僕はあの店の子供じゃないですよ。」

「あら、それはごめんなさいね。それより早く入って。」


招かれた家の中は様々な服が掛けられており、布の洞窟を歩いている様だった。

しかも色も形も大きさも様々な物が混然と並んでおり、花畑に居る様な華やかさがある。

こんなにバラバラな置き方をしていて把握できるのか疑問に思っていると

「プロだからね。どこに何があるか位は解るものよ。」

感心している間に隣の部屋に移った。


「まず怪我したところを見せて・・・うわぁー結構ひどいじゃないの。痛かったでしょう?よく我慢したね。偉かったね。」

縛っていたハンカチを外すとまだ血が溢れくる。

マリーンがワタワタしながら手を出そうとするのを断ってアンナから受け取った布を押し当てる。

徐々に布が赤く染まって行くが初めに比べればその速度は遅い。


しばらくすると薬を取りに行ったアンナから軟膏を受け取ってキズに塗る。

表面だけでなく固まりかけた所もわざわざ開いて中に指を押し込んでいくと見ていたマリーンとアンナが痛々しそうに目を背けた。


剣などの武器に衛生面の期待をすることは土台ムリなので切られた傷は化膿しやすい。

表面だけでなく中まで消毒しないと後で泣きを見ることになるのだ。

貰った薬はカリーユの葉がエリアル化したものを練り込んでおり出血を止め、殺菌し、痛みを和らげ、治癒力と免疫力を向上させる効果がある。

安価でどこの家にでも置いてある割に効能が高いので普段からユウキもよく使っていた。この辺りの処置についてはゴーザから教えられていたし何度も経験がある。


傷を開いた直後はまた出血したが薬を塗り込むとすぐに止まった。

傷をギュッとつまんで閉じると作業机にあったロールツリーの粘着ツタで張りつけて固定する。

このツタもエリアルの一つで帯状のツタの片面に強力な粘着物質が着いた捕食器官を巻き取った物だ。

本来は荷物の梱包などに使うもので決して傷を貼り合わせるものではないがこうしておけば多少の事では開かない。

最後に包帯をグルグル巻いておけば一先ず問題はないだろう。


「ずいぶん手際がいいのね。」

処置を見ていたアンナに『慣れている』と答えると幾分悲しそうな目をされてしまった。

『なんで?』と思ったが十歳の子供が手慣れるほど傷の手当てをしていると聞いて虐待などの悲惨な環境を連想したのかもしれない。

ユウキの場合はその一歩手前とはいえ妙な誤解で同情される必要はない。

「剣の練習をしていると怪我が絶えないので。」と言い添えるとあからさまにほっとした表情をしていた。


薬を塗って痛みがかなり軽くなったのでタルタロスサーキットを閉じて目を開いた。

まだぼやけているが大分見える様になっているし何よりこれで色の識別ができる。

これから服を選ぶので色彩は必要だった。


「じゃあ、服をえらびましょうか。うちは小さいけど品ぞろえはあるから希望があったらドンドン言ってね。」

マリーンを促して先ほどの部屋に戻ろうと歩き出すと後ろからユウキが声をかけた。


「薬と包帯の代金を払います。いくらですか。」


大人が言ったのであれば常識的な言葉なのだろうが、子どもであれば状況が異なる。

マリーンが呆れた様に振り返り、アンナは怒った様子でドカドカト戻って来た。

「うちは古着屋だよ。治癒院じゃ有るまいしお金なんかとらないわよ。大人が子供の面倒を見るなんて当たり前なんだから余計な気を使わないの!」

そう言ってユウキの頬を引っ張ってグニグニと捻り回した。


ユウキは妙な借りを作りたくなかっただけなのだが、これはあまりにも相手の心情を無視している。

アンナが善意のつもりでした事がいつの間にか”金銭づく”の話に貶められた様なものだ。

しかし、そうされて尚、ユウキにはどうしていいか判らなかった。

要領のいい子であれば直ぐに謝って無かった事にするのだが、ユウキには人の情けに甘えた経験が悲しい程足りていない。

結局、アンナに頬を蹂躙されながら戸惑う事しかできなかった。


しかし、しばらくして満足したのかアンナはあっさりとユウキを放した。

「まぁいいわ。じゃあ、あなたも向こうで服を選びましょう。服の方はちゃんとお金をもらうから安心してね。」

そう言うと“布の洞窟”に戻っていった。



* * * * * *


通路を挟んでそびえ立つ服の壁はそれぞれ上下2段になって天井まで続いている。

上の段は梯子が必要かなと思っていたがアンナが壁の一部に手を当てると整然と服が動き出した。

良く見ると部屋の奥、壁に近いところで更に上がって行き、そこだけあいている穴で上に下に移動する服が見える。

どうやら2階も服の倉庫になっているらしい。

『すごいなあ!服の置き場全部が魔導具だなんて。』とユウキが感心していると手前に女の子の服が来て動きを止める。

慣れた手つきでアンナが服を取るとまた壁に手を当てて服が動き出す。

それを何度か繰り返して、4着ほどの服を持って来た。

「今はあなたが着られそうな服はこれ位ね。ちょっと着てみましょうか。」

アンナはマリーンを連れて隣りの部屋に入っていった。

「ごめんね。ちょっと待っていてね。」



一人残されたユウキは倉庫の魔導具を調べていた。

溝を付けたパイプにフックがついていて掛けた服ごと移動する様になっているらしい。

この数の在庫を把握しようとしたら余程しっかり管理していないと直ぐに収拾がつかなくなりそうだ。

フックに番号が付けられているので台帳を付けている可能性もある。

もっともアンナが次々にマリーンの服を選び選び出していた所を見ると在庫の状況は本当に覚えているのかもしれない。


「勝手に動かしたら流石に拙いかな・・・でも、触ってみたいなぁ・・・」

しばらくは遠慮していたが、いつまでたってもアンナ達は戻って来ない。

やはり誘惑には抗えずオズオズと壁に手を伸ばした。


操作する所はツルツルしたパネルがはめ込まれているので直ぐに判った。

手を触れると立体模型の様な見取り図が頭の中に浮かび、意識を向けると掛けられている服の情報が個別に確認できるしフックを動かす事も出来る。

自分も履ける様なズボンはないかと思うと何か所か存在感が増した。

「認識系の魔導具なんだ!アンナさん、プロだから判るって言っていたけどこんな魔導具があれば簡単だよな。でもこの探し方は面白いかもしれない。」


同じ認識系のドールガーデンと併用するのは少々まどろっこしいので一旦解除する。

ロジックサーキットを使えば併用できなくはないが、興味があることは集中したいし、視力も少し戻ってきているので魔導具が動く様子を見るだけなら関係ないだろう。



しばらくは面白がって幾つかの条件で検索したり、手近な服をクルクルと入れ替えたりして遊んでいると鮮やかな真っ赤な服が移動してきた。

何か他の服とは違う強烈な存在感があるのだが視界がぼやけていて良く見えない。

引き付けられる様に目をすがめて近づいていくと徐々にはっきりと判ってきた。


上着と短パンのセットだろうか、鎖帷子の様な編み込みが所々あり袖はない。

思ったより生地が薄いらしく奥が透けている。

おかしなことにズボンには足の部分がほとんどなく、股繰りは鋭角に切れ上がっており、これはまるで・・・


「あ~ら~~~そ~んなに一生懸命に下着を見つめたりして案外おませさんなのね。」

不意にかけられた声に、思わず直立不動になってしまったとしても無理ない事だった。

むしろ、うわずった悲鳴を上げなかった事をほめてもいいかもしれない。

ユウキは真っ赤な女性用下着を手にしたまま恐る々々振り返ると(よく見えないので推測だが)獲物を見つけた魔物の様に立ちはだかるアンナと幾分顔の赤い(様な気がする)マリーンがそこにはいた。

まだ十歳のユウキは扇情的な下着に執着する趣味はないが、この状況が意味することは理解出来る。

誤解から不名誉なレッテルを張られる前に弁明したいのだが、如何せん免疫が無さ過ぎて満足な言葉にならなかった。 

しかし非情にもユウキの努力が実を結ぶ前に更なる試練がアンナからもたらされた。

「それね~かなり実力のある女性の探索者が着ていたものでね~、そんなに薄い生地だけど防刃性能が高くて下手な鎧より高性能なのよ~。ねえ・・・着ちゃう!ユウキ君が愛用しちゃう?」

明らかに声の調子が楽しそうなアンナに比べて、ユウキは今にも泣き出しそうな顔をしている。

しかし試練はまだ続く

「それともマリーンちゃんに着せたかったりするのかな~彼女かわいいものね~。いいよね~彼女がそんなの着ていたら素敵だよね~。」

10歳の子供相手に何て事を言うのかと思っていると今度こそマリーンの顔が真っ赤に変わった。


随分とからかわれたが、しばらくすると『冗談は置いといて・・・』と言ってアンナは通路の反対側に移動した。

ユウキが見ていた所は女性用の服を保管していた倉庫で男性用の服はそちらにあったらしい。

アンナが操作し始めると先ほどと同じように服が動き、幾つかをフックから外して行く。

どれも値段の高そうなものばかりなのだが、どうにも気に入るものが見当たらない。

金糸銀糸をあちこちに使った如何にも貴族然としたものやピンク色のジャケットなど誰が着ていたのか想像するのが怖いような物ばかりだ。


派手派手な服を着るしかないかと覚悟を決めかけた時、それは突然目の前に現れた。

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