第13話 奇妙な依頼

『ほんと、面倒くさい・・・』

今回の依頼を受ける時、ダンダール・ポートレスの頭に浮かんだのがこれだった。

彼の所属しているキャラバン“聖者の盾《セイントシールド》のリーダーは教会の活動に熱心に協力しており、聖トリキルティスの祭典には毎年無償で手伝いをしている。

同じ様に無償奉仕をするメンバーを引き連れて朝から出かけるのだが、生憎とダンダールにはそんな殊勝な心がけは欠片もなく、祭りで騒がしいのをいい事に朝から酒を飲んでダラダラと過ごすのが恒例になっていた。

ところが、何を思ったのか今年に限っては探索者協会経由の正式な”仕事”として依頼されてしまった。

もちろん依頼を受けない事も出来るのだが、熱心なリーダーが断るはずもなくキャラバンのメンバーは全員が”仕事”として参加することになってしまった。

しかも、肝心のリーダーは感染性の風邪にかかってしまい当日にドタキャン、必然的にサブリーダーのダンダールがこの場の指揮を執る事になってしまい冒頭の感想になっている。


ところが、依頼された仕事が教会にしてはどうも胡散臭い。

例年やっている警備や人波の誘導ではなく、会場で指定された人を司教の所に連れてくるだけだと言う。


「何もその方々に問題がある訳ではありません。ただ、今年のエフィメート様の大祭で少しお手伝いしてくださる方を探していまして、年齢や容姿に条件があるものですから人の集まるこの祭典で見かけたら声を掛けさせていただく事にしたのです。ところが、例年人出も多いので、私どもでは折角見つけた候補の方に声を掛けるどころか近づく事さえできないと思われるので、普段から鋭い感覚をお持ちの探索者の方にご協力をお願いした次第です。候補になりそうな方はこのトードリリィが探しますので皆様は彼女の言う人をこちらに連れてきてください。」

司教はそういって一人の女性を紹介した。

トードリリィと呼ばれた女性は教会らしい飾り気のない清楚な衣装に身を包んでいたが、それでも”妖艶”としか表現しようがない雰囲気は隠しきれていない。

犯罪組織の女首領か娼館の高級娼婦と言われれば『そうか』と納得できても、教会の仕事をしたり任されたりする類いの人間とは思えなかった。

「難しく考えなくていいわ。聖火の所に来た順に見ていくから、私が言う人を連れて来てくれればいいわ。」

引き込まれる様な艶のある声は聴いているだけで魅入られそうで、ある種の衝動が背骨を駆け上がるのがはっきりわかる。

仕事に頭を切り替える為に多大な努力が必要だったが、キャラバンの代表として来ているので無様な事をするわけにはいかない。

細かな点を聞いて行くと肝心のトードリリィは教会のバルコニーで司教と一緒にいると言う。

「結構な距離があるが、そんなんで容姿が見分けられるのか?」

「あら、私は目がいいのよ。誓紙を聖火に投げ込んだ時に指示するわ。そうね・・・一人は私の近く居てほしいわね。対象者を教えるから。」

バルコニーから聖火の仲間にどうやって指示を伝えるんだ、と言うとそんな事はこちらで考えろと言う。

希望に沿って工夫することは吝かではないが、せめて前日には教えておいてほしかった。

メンバーの配置、役割分担、合図の摺合せ、指定された人の移動方法、その際に抜けた所の補充等予め決めておかなければならない事は山ほどあるのに、おかげで開始までの僅かな時間で決めて、伝えて、実行させなければならなくなってしまった。


この女は実務的な事は経験したことがない上、自分の要求は無条件で叶えられると能天気に考えられる立場にいるのかもしれない。

ダンダールが思いつくのは後宮で守られる側の人間位だろうか。

仕事上で多少やり取りがあるが貴族の奥方でももう少し現実的な話が出来る(あくまで”もう少し”ではあるが)。

もしかしたら寵姫の見繕いなどドロドロした事なのかもしれないが、そうであれば司教が手を貸している意味が解らない。

超越の力を持つ神々が身近にある世界で”神に仕える”事を標榜する教会がそこまで腐敗しているとは思えなかった。

いずれにしろ、あまり関わりたくない予感がしており、ダンダールは頭痛を理由に帰れないか本気で考え始めた。





聖トリキルティスの日は聖人アスクレフィオスが『苦しむ人々を救う決意を主神エフィメートに誓った』日だ。

アスクレフィオスが己の決意を記した誓紙を聖火に投げ入れて捧げたことから、聖別した誓紙に自分の誓いを書き、麻を編んだ紐で縛って封をして教会が用意した聖火に投げ入れる。

本来は自分の決意を神に誓う日だったのだが、その解釈が拡大されて単なるお願いや懺悔など神様に聞いてほしい事を手軽に届けてもらう行事と勘違いしている輩も結構な割合で存在している。

もっとも、そのおかげで秘めたる恋の成就を願う若者がこぞって参加するようになり、民衆に人気の行事になっているので教会としても是正するかどうか悩むところだろう。

ちなみに、封をした誓紙の内容を見る事は”神に捧げられた物を盗む行為”とされて人々の非難を浴びる事になる。


教会の前の広場に3シュード程の巨大な聖火台が置かれ、列を成した人々が10ヶ所の投げ込み口から誓紙を投じては交代していく。

その少し手前には周りから見られない様にした記入スペースがあり、お布施を払って教会が聖別した誓紙に自分の想いを綴る事が出来る様になっていた。

多くの人々が列に並び、ある人は笑いながら、ある人は悲壮な覚悟をもってパッと火勢を増した聖火を見ては去って行く。


ダンダール達はそんな人の流れを朝から見ていた。

人出の多さに果たしてどんな事になるかと心配していたが、始まってみれば思いの外平穏にここまで来ている。

そもそも指示が出る事が少ない上に、偶に該当者が現れて連れて行っても

「あら、ごめんなさいね。遠くで見たらイメージにピッタリかと思ったけど、少し違うみたいなの。」

と悉く追い返している。

それならもっと近くに行けばいいモノを(その方がダンダールの手間が省けるのだが)

「あんな人の多い所にいるのは嫌だわ。」

と言って動く様子は微塵もない。

これは、高貴な存在のわがままに振り回された口かと半ばあきらめ、半ば(その方が楽だから)喜んでいた。


「ダンダールさん、少し抜けてもイイですか。」

昼を過ぎて少しした頃に、まだ今年キャラバンに入ったばかりのアリオが訊ねてきた。

「何だ、便所なら同じ担当同士でやり繰りしていいぞ。」

下品な言い方をすると狙い通り嫌そうな顔をしている。

「そんなんじゃないですよ。知り合いが居たのでちょっと挨拶をしてきたいんです。」

「女か!?やった女か?やろうとしている女か?どっちだ。」

未経験なのを知っていてその手の話を振るのだからダンダールも人が良いとは言えない。

言われた方も不機嫌そうにしながらもにクソまじめな反応する辺りは『青いな』と半ば羨ましくさえ思える。

「まぁ、大して忙しくもないから大丈夫だろう。なんならそのまま湿気込んでもいいぞ。」

大げさにニヤニヤしてみせると更に憮然として歩いて行った。


目で追っていくと小さな娘を連れた夫婦と話をしている。

娘と話す様子が見るからに嬉しそうだ。

『あの子相手じゃ下ネタでからかうのは可哀そうか。』

見ているとその家族と一緒に列に並んで一緒に誓紙を聖火に投げ込んでいた。

その時だった。

「あの娘よ。あの娘を連れてきて!」

今までになく興奮しながらトードリリィが指を指す。

案の定、アリオと話していた女の子だ。

「あの娘はうちの若いのの知り合いだ。焦らなくても名前も家も判っているぞ。」

遠目ではっきりしないが恐らくシュプリント家だろう。

若いの・・・アリオが昔から世話になっていた事も聞いたことがある。

「そんなことはどうでもいい!日没までに私の前に連れてきなさい。さぁ、早く!」

妙に焦ったトードリリィの様子に何か嫌な予感がするがともかく決められたサインを送って連れてくるように伝えた。

周りの仲間と話をしたアリオが追いかけて行く。


シュプリント夫妻は直ぐに見つかった。

しかし、肝心の娘は両親も気づかない内に居なくなっていた。

アリオの他に何人か探しに行かせたのだが一向にみつからない。


ダンダールは、報告に来た者と交代してアリオ達を追いかけて行った。




**********




「目が・・・目が見えない!」

「だれか、助けて・・・」

「いやー!いやいやいや・・・」

「おかあさーん!、おかーさーん・・・」


露店の並ぶ通りは突然訪れた闇に怯え、ヒステリックに叫ぶ者や目を押さえてうずくまる者の悲鳴で溢れていた。

中にはパニックになって駆け出してしまい、つまずいて倒れる者や露店に突っ込んで更に混乱に拍車をかける者もいて多くのけが人が出ている。

心得のある者は湧き上がる恐怖を押し殺して耳を澄まし、どの様な事態になっても対応できるように片膝立ちで状況を見守る姿勢を取っていたが、そのような者は極一部に過ぎなかった。

激しい閃光はかなり離れた所でも確認された為、方々から人々が押し寄せて混乱は益々大きくなっていく。




ダンダールはその場に着くと仲間の探索者を見つけて駆け寄った。

まだ少年と言っても通りそうなその探索者は騒ぎの中心部近くの少し開けた場所で顔を押さえて転げまわっていた。

「おいアリオ!何があった。」

名前を呼ばれたことで、それが誰なのか気づいた。

「ダンダールさん!すいません・・・オレ・・・オレは・・・」

「いい、何があったか話せ。」

「迷子になった知り合いのお嬢さんを見つけたので話をしようとしたんですが、どこかのガキと楽しそうにしているのを見たら急に感情が抑えられなくなって・・・オレ、事もあろうか女の子に・・・マリーンに斬り付けしまったんです。そんな気は全然なかったのに。」


早口に叫ぶと、また目を押さえて呻き出したが今度は痛みの為ではない。



ダンダールは一通り話を聞くと周囲を見回して違和感を覚えた。

アリオは真面目過ぎて冗談が通じない事はあるが感情的になる様な奴ではない。

むしろ年の割に落ち着きがあり大人でさえ窘める事があるくらいなのに、年下のしかも親しい女の子に斬り掛かったなど、この広場の全員でダンダールを担いでいると言われた方がまだ納得できるだろう。


また、この広場の様子も理解できない。

駆けつける途中で見えた閃光とこの状況を考えれば大規模な爆発があった筈なのだが

それにしては周囲の様子がきれいすぎる。

何より、周囲に呻いている人間は大勢いるのだが血の匂いがほとんどしない。

しかもアリオの話では相手は子どもだと言うではないか。

ダンダールが状況の把握に苦労している頃、徐々に回復してきた周囲の人々の中にひと際剣呑な雰囲気を纏った者が混じっていた。

探索者や騎士など戦いに身を置く者が多いこの町でも異質な“暴力”を拠り所とするその男は自分が被った理不尽な攻撃に対して激しい怒りを爆発させようとしていた。

「くそっ!あの餓鬼が・・・ぶっ殺す・・・ぶっ殺してやる・・・」

悪いことに、似たような者たちは他に数人いて、この男の昏い呟きに同調し始めていた。

そうすると普通の人たちの中にも相乗りする呟きが聞こえはじめてる。

辺りは苦痛の呻き声から呪詛の呟きに変わろうとしていた。

『・・・不味いな。まだ動けないから言葉だけだが回復したら子どもと言えども嬲り殺しにされかねないぞ。』

周囲の変化にダンダールはこの場を去った子どもの身を案じていた。


「そのガキはどんな奴でどっちに行った!」

「黒い髪をした生意気そうなガキです!行先は見えなかったのでわかりません。」

「それじゃあ判からんぞ。よく思い出せ。」

その時、少し離れた所に倒れていた男が手を挙げた。

「オレ、そいつに見覚えがあります。確か、フェンネルの子どもです。」


間の悪いことにその声は周囲に聞こえる程度には大きく響き、山彦が帰るように『フェンネル』という声が漏れてきた。

「ちっ!」

もはや一刻の猶予もない。



「おい、誰か教会にいって状況を報告して来い。今回はそっちから依頼が来ているから人を増やすなり手を打つだろう。ついでに治癒院も回って人を回してもらえ、払いは司祭と相談させるのを忘れるなよ。あとの者は一緒に来い!」


前半は必要以上に大きな声を出し、助けが来ると聞かせることで少しでも気持ちを落ち着かせる効果を期待して、後半は声を落として仲間にだけ伝え、足音も立てずに路地へ向かって歩き出した。

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