第14話 マリーンの秘めた想い

追いかけてくる男たちは最初の路地に入った後は散開してユウキ達の痕跡を探しながら進んでいる。

仮にドールガーデンを展開していたとしても一般的な認識範囲は広くても25シュードとユウキの1/4程度なので直接見つかる事はないはずだし、ここまで幾つも路地を変えて来ているのでこのまま振り切る可能性もゼロではない。

だが、ユウキはその考えを直ぐに捨てていた。

ゴーザとの訓練を通して“探索者の凄まじさ”は嫌と言う程覚えがある。

その気になった探索者は踏んだ小石、避けた枝葉からでも多くの情報を手に入れ、目的の物を探し出す事が出来る。

もちろん個人の力量には山の裾から頂きまで程バラつきがあり、追跡者が低レベルであればそれ程問題はないだろう。

しかし、アリオに支持を出す人間がアリオ以下の筈はなく、剣技だけとはいえアリオは軽視していいレベルではなかった。


やがて追いつかれる。

逃げ切るには相手が苦手とする方法、この場合は人混みに紛れて痕跡を消す必要があった。

だが血塗れのままでは人目を引いてしまい、それ自体が情報源になってしまうので少なくとも目立たない格好になる必要があった。


「まずは、顔を洗える所を探そう。その後は服を着替える。」

いざとなったら服はその辺の家から盗んでもいい。

ユウキはマリーンの手を取るとドールガーデンで水場を探しながら歩き始めた。


「あっ!」

マリーンは引かれた手に従ってユウキの後ろをついて行く。

繋いだ手から熱さが伝わるかのように徐々に熱が顔まで上がって来ており、自分でも分かる程赤く上気している。

ユウキに見られない様に足元ばかり見ていたが、幸いユウキが振り向く事はなかった。

『顔!顔だけでも戻って!あっダメ、手の平に汗かいちゃうよ・・・お、落ち着かなきゃ。』

焦れば焦る程体温は上がって行き、とても普通の状態には戻らなかった。


不意に前を行くユウキが立ち止まってマリーンの方を振り向いた。

『いやー ー ー、もうダメ・・・』

祈るような気持ちでギュッと目を閉じるとなるべく顔を見られない様に下を向く。

心臓の鼓動がドラムの様に耳に聞こえてくる。


「体温・・・」

もうダメだと思ったが意外にもユウキの声は静かに響いた。

「体温が随分上がったみたいだけど歩くのが早かったかな?でも、も少しだけ頑張って。」

最初は何を言っているのか全く理解できなかったが、徐々に言葉の意味が意識の中に入ってくるとチャンスを生かすべく猛烈に頭が動き始めた。

「そうだね。いきなり動いたからちょっと熱くなっちゃったみたい・・・。」

顔を仰ぐついでに汗をかいた手のひらに風を当てて冷やす事が出来た。

ついでにハンカチを手に巻いて汗で湿っても大丈夫な様にしておく。

このお蔭で気持ちが大分落ち着いてきたので顔の火照りも幾分静まってくれた気がする。

「もう大丈夫!」

「そう、じゃあ行こうか。」

再び差し出された手が嬉しかったが”ニヘラッ”と笑ってしまわない様に気を付けて手を取ろうとしたが・・・。

「ユウキ・・・目をどうしたの!?」

逃げ出してから初めて真面に見たユウキの顔は両目を閉じていた。

あまりにも自然に歩いていたので気づかなかったのだ。


「さっきの光で目を焼いちゃったみたいでね。まだ見えていないんだ。」

「そんな・・・大変じゃない。直ぐ治癒院へ行こう!ね、私が連れて行くから・・・」

「大丈夫。しばらくすれば戻るよ。」

「だって、目が見えなかったら動けないでしょう!?」

むしろ、今まで平気で歩いていたことが信じられないくらいだ。

「ドールガーデンを展開しているから問題ない。でも、神素濃度が低くて色が判らないからフォローしてくれると助かる。」

一先ず行動するのに問題がないと聞いて安心したが、気になる一言が意識の隅に引っ掛かった。

『・・・えっ、じゃあ顔が赤くなっていたのは判らないの!?今まで死にそうなくらい恥ずかしい思いをしたのに・・・』

安心したら気づいてもらえなかった事がむしろ残念にさえ思えてしまうのだが、このことで本来の調子を取り戻したマリーンは、皮肉にもその後は赤面することがなかった。


ユウキの視力については心配だったが『徐々に見えてきているから』と押し切られて再び手をつないで歩き出す。

マリーンも今度は焦ったり、恥ずかしがったりすることなく素直に手を引かれてついて行く。


道というより建物の隙間と言った方がしっくりくる汚い路地を二人は歩いて行く。

知り尽くした庭の様に迷いなく進むユウキの背中は頼もしく、やすらぎと懐かしさを感じてマリーンはここがどこで、自分がどんな格好をしているかも忘れて暖かな気持ちに満たされていた。


しかし、もし片隅から見ている者がいたらさぞや驚いたことだろう。

目を閉じて片腕を真っ赤に染めた少年と、血の模様が描かれた白いワンピースに化粧の様に頬に血を塗った少女がシトシトと手を繋いで歩いていたのだから。

だが、ユウキは人気のないルートを完璧に選んでおり、しあわせな時間を壊す無粋な第三者が現れる事はなかった。



『ユウキは忘れていたけど私は覚えているよ。昔、今みたいに手を引いてくれたことを。』

ほんのりと頬を染めた少女は、前を行く背中を見つめて言えなかった想いを小さく語り掛けた。

『もっと小さな時に迷子になってしまって、一人きりでさみしくて、不安で涙が止まらなかった時に一番最初に私を見つけてくれたのがユウキだったよね。手を繋いでいると不安が和らいでもう大丈夫だよって言ってくれた。あれからもっと会いたかったけど、ほとんど会う機会がなくて・・・。私、今年のお祭りでエフィメート様にお願いしたんだよ、『ユウキに会いたい』って。そしたら、気持ちが抑えきれなくなって・・・ユウキを探して走っていたら露店でユウキを見つけた時は奇跡が起きたんだと思ったよ。』

その呟きは本当に小さかったので前を歩くユウキにも気づかれる事はなかった。

もっともユウキが聞いていたら少女の顔は今度こそ血糊も霞むほど真っ赤になってしまった事だろう。


似たような角を何度も曲がり、マリーンにはどちらを向いているかさえ分からなかったが、そんなことはどうでもいい事だった。


しかし、否応なく迫る現実が淡い想いを吹き散らす。

それまで迷いを見せなかったユウキが少し開けた所に出る手前で歩みを止めた。

「この先の開けたところに水場があるんだけど、片隅に一人、座っている人がいるんだ。」

少し日陰になっている路地からは明るい水場は舞台の様に華やかに見えた。

犯罪者として手配されている訳でもないので人が居ても関係ないのだが、自分たちの格好を見て騒がれたりすれば後を追って来ている者達に気づかれる可能性がある。

それだけ距離を詰められているのだ。


「この格好だと見るからに不審者でしょう。」

言われてみれば自分もユウキも血だらけだ。

気に入っていた服だったがこんなに血が付いていては捨てるしかないと少し残念に思う。

もっともそんな事を気にする状況ではなかった事ぐらいはマリーンにもよく分かっている。

ある種の諦めをもって服を見ていると申し訳なさそうにユウキがマリーンの顔を指差してきた。

頬をこすると薄っすらと赤く乾いた血が手に付いている。

「ごめん。さっき叩いた時に付いちゃった。」

ユウキに対して感謝こそすれ苦情を言う気などないのだが、さっきまでの幸せな時間が終わってしまったのが残念で思わずため息が出てしまった。

しかしユウキは怪我をして血を付けてしまった自覚があるので益々申し訳なさそうに黙ってしまう。

気まずい時間が流れて行く。


遠くで露店の売り子が上げる声が妙に大きく聞こえてくる。



背後の追跡者達は範囲を時には広げ、時には収束しながらも確実に自分たちの跡をたどってきている。

むしろ、ここに誘導されたのではないかと思う程見事に選択肢を潰され、ここに来るしかなかったのだ。

そして誰もが浮かれている祭りの最中に、路地裏の果ての広場で一人待ち構えている人間を警戒しなかったとしたらあまりにも能天気すぎるだろう。


しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。

『いざとなったら広場に面しているドアの一つを蹴破って通り抜けよう。一時的に騒ぎになるだろうが、そのまま大通りまで走って、また路地裏に逃げ込んでやり直せばいい。』

意を決してユウキは足を踏み出した。


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