第7話 家族の絆 2
ばっと音を立ててユウキは布団から起き上がった。
窓からは明るい陽射しが差し込み、遠くから小鳥の声が聞こえてくる。
夜明け前には起きるつもりだったが、昨日の夜は考え事をしていた所為で、つい寝るのが遅くなってしまったのだ。
恐る恐る耳を澄ますと、階下からは食事の用意でもしているのだろうか、微かに人の気配がしている。
祖父が動き出していれば、メイドたちはもっと慌ただしくなるだろうからそれほど遅すぎた訳ではないと思う。
そっとベッドを抜け出し、音を立てない様に気を付けながら昨夜準備した衣服に着替える。
『・・・旦那様おはようございます。・・・』
しばらくすると、静かに朝の挨拶をするメイドの声が聞こえてきた。
「いけない、お祖父ちゃんが起きてきたみたいだ・・・」
急いで窓を開け、用意したロープで降りようとしたが庭の隅で花の手入れをしている庭師の男を見て考えを変える。
暗い内ならともかく、この時間になっては人目に触れずに壁を降りる事は出来ない。
仕方なく他の方法を探すことにする。
窓から降ろしたロープはあえてそのままにしておけば、『ユウキは外に出た』と勘違いしてくれるかもしれない。
『ドールガーデン』
小さくつぶやいて魔導具にセレーマ(意志)を注ぐと半球状の立体模型の様なものが思考領域に浮かび上がる。
ユウキのドールガーデンは100シュードの認識範囲があり、庭まで含めた屋敷のほとんどを把握することが出来る。
とは言えコルドランであれば色や形、質感や空気の流れまで判るのだが、神素濃度が薄い街中では細かなところまでは判らない。
階下で人が動くのが観える。
リビングではゴーザが座ってメイドのサリエと話をしていた。
しばらくしてサリエが部屋を出て行くとゴーザは立ち上がって階段の方に歩き始めた。
ユウキは急いで、しかし静かにドアを抜けて廊下に出た。
階段からゴーザが上がってくるのでそこから降りることは出来ない。
左右を見回しても壁に絵がかかっているだけで人が隠れられる場所はなかった。
2階にも部屋はそれなりにあるのだが、どの部屋からも人の気配がしており、隠れる所が見つからない。
そうこうしている内にゴーザが階段を登り始め、また部屋の一つから使用人が荷物を抱えてドアに向かうのが観えた。
「隠れられる場所は・・・どこかに隠れなきゃ・・・」
追い詰められたユウキはやっと見つけた空き部屋に飛び込んだ。
ゴーザはリビングで紅茶を飲みながら一人考え事をしていた。
探索者として気力も体力も横溢なゴーザの朝は早い。
今朝も夜明け前に起きて自分の鍛錬を終えると1人考え事をしながらユウキが起きてくるのを待っていた。
暫くして使用人たちが姿を見せるとゴーザに挨拶をしてそれぞれの仕事に向かっていく。
娘のアラドーネなどは使用人が主人より遅く起きるのを快く思わないが、ゴーザはそれ程堅苦しい考え方を押し付けるつもりはない。
使用人達にもそのことは言ってあるのでみんな特に気にすることもなく淡々とそれぞれの仕事を始めていた。
基本的にゴーザは手がかからない主人だ。
自分で何でもするし、むしろあれこれ世話をされるのを煩わしく感じる方なので紅茶を出した後は邪魔をしない様に静かに仕事をしていれば良かった。
洗濯を終えたメイドのサリエがリビングに来て『おはようございます』とあいさつをしたのは日も昇ってしばらく経った頃だ。
「まだユウキは起きていなかったか?」
「今朝はまだお見かけしていませんが、お呼び致しましょうか。」
「いや、自分で見に行って来よう。またいつものだと思うから皆にも伝えておいてくれ。」
「いつもの様にお見かけしても見ていないフリをするのですね。」
くすくす笑いながら部屋を出るサリエを見送ると、ゴーザは遊びに行く子供の様に階段に向かって行った。
ユウキの部屋に入ると無人のベッドと開け放たれた窓が出迎えた。
一通り見渡すと窓に寄って外を見る。
ベッドの足に結えられたロープが開いた窓から垂れており、いかにも『降りて行きました』という状況になっていた。
ここを降りて庭園に行けば、人ひとりが潜む場所ならたくさんあるだろう。
しかし、あまりにも状況が整い過ぎている。
ベッドを確認するとまだ仄かに温もりが残っている。
起きてそれほど時間は立っていない、少なくとも明るくなってからベッドを離れているはずだ。
逃げる者の心理は人目を避けようとするので、見通しの良い窓から降りたとは考え難いし、何より階下にはゴーザがずっと居たのだから降りる気配があれば気づかなかった筈ががない。
だとすれば、まだ屋敷の中にいる可能性が高いのだが、ゴーザはあえて外から探すことにした。
時間が経って痕跡が薄れた場合、外を追跡する方が困難になるからだ。
もっとも、この時点でゴーザがドールガーデンを使っていれば即座に発見されている。
認識範囲こそユウキの半分だが、ゴーザであればこの神素濃度でも目視する以上の情報を集める事ができ、屋敷の中の状況など全てを把握できてしまうからだ。
だが、ゴーザは自分で決めたルールとして観察力と推理力だけで探す事にしていた。
遊びは縛りがあった方が面白いのだ。
それに、ユウキの本来の目的に協力するのも多少であれば
ゴーザは部屋を出て階段を下りると、メイドに声を掛けて外へと歩いて行った。
ユウキは部屋に飛び込むとドールガーデンで外の様子を確認した。
ゴーザはユウキの部屋に入り、しばらくは何かを確認していた様だったがやがて部屋を出ると階段を降りて行った。
「・・・助かった。お祖父ちゃんが二階を探し始めたらそれこそ逃げ場がない所だった。」
は~ッと詰めていた息を吐いてドアを背に座り込もうとしたが、そこで予想していなかった事態に硬直する。
即ち、ベッドから起き上がった妹と目があった。
人がいないと思っていたがユウキの認識力では布団に包まって寝ていた人間までは判別できなかったのだ。
妹のリューイは眠そうな眼をこすりながらユウキを見つめ、そこに居るのが誰か解ると、途端に笑顔に変えて飛びついてきた。
それこそ”花が咲く様な”心の底から喜ぶ笑顔で。
「お兄ちゃん!リューイに会いに来てくれたの?とっても嬉しい!」
「あー、これは・・・」
逃がすものかと全身で抱き着き、たどたどしいながら喜びを表す妹に対して、ユウキの態度は何処かはっきりしない。
元々、今日訓練をサボっているのはリューイに会えるかもしれなかったからだが、それは様々な手順を経た後のことだ。
ユウキとしても妹に会えるのは嬉しいのだが、不用意にこんな形をとってしまうとやっかいな事になる。
2年前、精神崩壊の瀬戸際でユウキが持ち直すことができたのは他ならぬリューイでのおかげだ。
高熱にうなされ、壊れていく精神を見つめていた自分に「ガンバって」と呼びかけてくれたことは今でも覚えている。
今ではこの妹の事は何よりも大切に思っていた。
リューイも自分の事を慕ってくれているのは誰に言われなくても分かる。
もっと一緒に居たい!もっと話しをしたり遊んだりしたい!・・・同じ家で暮らしているのだから容易い筈のことが二人にはできなかった。
何故なら・・・
「リューイ。起きたの?」
物音に気付いた母親のアラドーネが隣室から様子を見に来ようとしていた。
この部屋は二間続きの造りで内扉から行き来できる様になっている。
隣室は両親が使う部屋になっており、大抵はそこで過ごしているのだから気づかない訳がない。
訓練をサボろうとしている以外、ユウキにやましい点はないのだが、母親のアラドーネはユウキが妹に近づく事を快く思っていなかった。
だからこそ、面倒な手順を経て、偶然に居合わせる様な状況を整えていた・・・もちろん、その場合でもアラドーネにバレない様に細心の注意を払ってだ。
今、この状況を見つかるのは非常にまずい。
最悪、警戒されて今後は同じように会う事ができなくなるかもしれない。
一旦この場は逃げるしかないと急いで部屋を出ようとしのだが、当のリューイが『放すもんか!』としがみついている。
「リューイ、お母さんが来るから放してくれるかい。」
「ダメ。お兄ちゃんといるの。」
「でも僕が一緒にいるとお母さんの機嫌が悪くなるだろう?だからお兄ちゃんは会わない方がいいんだよ。」
「イヤなの!お兄ちゃんと一緒がいいの。」
そう言うと身体を押し付けて更に強く抱きしめた。
リューイが母親たちの事をどう思っているか知っているので、ユウキとしては無理やり引き剥がして置き去りにするのは忍びなかった。
「わかったよ。でも少し静かにしていてね。」
ここで連れ出す様な事をすると、後々の偽装工作がやりにくくなるが、ここで見つかるよりましだろう。
小さな妹を抱えると、誰にも見つからない様に部屋を抜け出して、唯一味方になってくれそうな人のいる部屋へと移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます