魔王様は世界征服に忙しい!

りょうと かえ

第1章 魔王様のご降臨!

第1話 魔王様は呼び出される

 世界は広い。

 これは比喩ではない――実際に、数多くの世界があるのだ。

 幻想宇宙の中には小島程度から、地球よりも遥かに巨大な世界まで。

 そう、日本やヨーロッパ、白亜紀から遠未来まで多様な世界がある。


 この幻想宇宙では、神・天使と魔王・悪魔の戦いが延々と続いていた。

 ある世界が闇に染まり、またある世界が光で浄化される。


 定められし、永遠の闘争。


 この幻想宇宙の狭間で魔王ベルゼブブ―――ベルはひとつの世界を目指していた。

無数の光、世界がきらめき、俺のゆくみちを彩っている。星屑の海だ。そのかたわらには、同じく大悪魔のマルバスが付き従っている。


「召喚されるのはいいけどよォ、どんな世界なんだろーな。情報が全然ねぇ」


 俺は<狭間>で横を駆けるマルバスに声をかけた。

 今のマルバスは眼鏡をかけた、ツンとしながらも可愛らしい女性の姿だ。ショートの黒髪と黒い魔術師服が様になっている。

 かなり豊かな胸が、いっそう良い。

 さすが2万年も付き合いがあると、俺の趣味を弁えていた。


 対して俺は長身の成年の姿をとっていた。筋肉質で、切れ長の目。大多数の人間には威圧感を与えるだろう。腰の長剣も宝石が散りばめられており、豪華極まりない。

 切れ者の若王子というのがコンセプトだ。


「そうですね、また変な世界だったら嫌です。特に機械世界は…」

「あ~…。サイバーな世界は行きたくねえよな。あれはしんどかったぜ」

「ハッカーを10万人育成して、セキュリティAIに120時間特攻させるなんて、もうやりたくありません!」

「しかも最後にナノ爆弾で爆殺されて、世界征服失敗だったしなぁ…」


 俺は思い出して、少し泣けてきた。

 せっかくマルバスと組んで行動しても、科学が進んだ世界では魔王といえでもワンミスでアウトだ。

 もっとも、死んでアウトと言ってもその世界での実体を失うだけだ。弾き出されてしまうが、それ以上のペナルティーはない。


「やっぱりファンタジーがいいですよ。適度に魔法で楽できる世界がいいです」

「そこは心底同意するぜ。思いっ切り、楽なところに呼び出されねーかなー」


 俺達はどこかの世界から「召喚」を受けないと、その世界には干渉できない。とはいえ「召喚」はだいぶ適当でもある。

 要は、めちゃくちゃな魔力で願いをぶちあげればいい。それが狼煙となり、俺たちのような存在が集まってこられるのだ。

 この願いが支配したい、殺したい、何か欲しいというような種類なら、俺達が駆けつけることになる。

 反対に誰かを救いたい、治したいとかなら、憎らしい天使どもが行くことになる。


 そう、呼び出す当人が「大天使のだれそれに来てもらい、だれそれに鉄槌を!」なんて願った日には、参上するのは俺達なのだ。

 しかも、基本的には手の空いてるやつらが早い者勝ちで向かうのだ。


 そういうわけで、割とミスマッチというものは存在する。

 呼び出した奴が殺したい相手がすでに死んでて、そのまますぐに帰る羽目になる悲しいケースさえもある。


 最も、俺達の目的はあくまで自分達の領土拡張にある。魂をわがものとし、天使どもをぶっころす駒にする。それこそが俺達が召喚に応じる理由なのだ。


「せめてスキルが十分の一くらい、使えるところがいいですねぇ」


 スキル。いわば特殊能力だ。ゲームやなんやらでおなじみ(もちろんこの言い方もスキル「遊戯知識」があるからこそ、だ)のやつだ。俺達もよくゲームや漫画は暇潰しに使うし、広報の一環としても利用させてもらってる。


 俺達はそれぞれが数千のスキル、しかも人間には到底習得不可能なものも所持している。だが呼び出される世界、召喚者によって大幅な制限が加えられてしまう。


 これは仕方ない面もある。なにせマルバス級の大悪魔で、ファンタジー世界基準でだいたい人間一千万人分の戦力なのだ。俺に至っては、三千万人分だ。

 これほどの力の持ち主を、無制限のフルパワーで呼び出すマヌケは滅多にいない。


 とはいえ、空間と時間と精神操作の魔法が使えると、結構ぬるくなるんだがなぁ。

 有用なスキルをどれだけ使えるかが、楽かどうかを左右するのだ。


「ああ? マルバス、お前そのスキル……!」


 俺は何気なくマルバスのステータス(その存在の大体の強さだ、スキルや基礎能力やらの総合指標と思えばいい)を<分析>していた。

 覗き見ではないぞ。見ていることはすぐバレるからな。

 俺が驚いたのは、マルバスに新しいスキルがあったからだ。


「えへへ、気が付きましたか…」


「<生命改良Lv1>じゃねーか、よく習得出来たな」


 <生命改良Lv1>、命あるものを自分の望むカタチにするスキルだ。

 魔力を使わないスキルでどこでも使えるうえ、極めるとあらゆる病原菌や植物やらなんでも、好きな特性を持ったのを大量に生み出せるようになる。

 しかしこういうのは原理的に天使の領分で、俺達はかなり不得意なのだが。

 いや、俺が知る限りルシファーでさえ持ってないし、他の大悪魔も持ってないはずだ。


「前の世界で科学的キメラや化学的ヒドラを作った、マッドサイエンティストがいたでしょう。それを手伝って運よくコツを掴みました」


 いたなぁ、そんなマッド科学者。ナノ技術で作ってたんだっけか。

 キメラやヒドラなら俺でも<魔獣>関連スキルで造れるんだが、逆に言うと魔の眷属以外は全く造れない。応用力で雲泥の差だ。


「めっちゃ羨ましい、そのスキル欲しいんだよな」

「いいですよ、向こうについたら伝授しましょう!」

 マルバスが眼鏡をくいっとあげる。


 かなりやる気が出てきたぜ。

 レアスキルの習得は、この幻想宇宙のなかで数少ない楽しみといえた。


「あ、ベル様……そろそろ、目的の世界ですよ」

「よし、行くぜ!」


 それは真っ黒な球体だった。幻想宇宙では、世界はこんな形に見える。

 俺は躊躇せず、飛び込んでいった。





 ◆




 そこは、大広間だった。

 天井はゆうに10mはある。

 その大広間の中央に魔法陣があり、俺はそこに立っていた。

 見なくてもわかる。これは召喚の魔法陣であり、いわば狼煙そのものだ。

 虹のように鉱石の輝きがちりばめられ、雑多な香料の匂いでむせ返ってる。

 俺の前で、恭しくひざまずいている女が四人。

 一人だけが俺の前におり、少し後ろに三人が控えている。

 こいつらが俺達を呼び出した召喚者だろう。


 俺はなるべく怖そうな声で、威厳があるように女達に話しかけた。

 最初が肝心なのだ。舐められてはいけない。


「顔をあげるがいい、小さきものどもよ。魔王の座にある俺に呼びかけたるはなにゆえか? 命短し者よ、答えるがいい」


 中央の女がこわばった顔を上げる。

 おお、好みの美人だ。ちょっと反抗的というか、芯が強そうなタイプ。

 暗がりながら、青い髪とたゆんとした胸、でありながら細い均整の取れた身体なのが分かる。なぜだがわからないが、服もかなりきわどい。屈んでいると谷間が容赦なく見えていた。


 女の反応は、よい滑り出しといえる。威圧のオーラを出しながら、こう言えば大抵の奴はビビるのだ。主導権は握っておいて損はない。

 さらに、軽く<分析>もしておく。


 ……うーん、Lvは30前後が3人。中央の女がLv50くらいか。

 こいつが多分リーダーだろう。着ているものもちょっと豪華だし。

 Lvは基礎能力とスキルの合算からはじき出した粗い数字だが、期待外れだなぁ。

Lv30は人間の中ではそれなりの強者、Lv50は一国の中であれば有数の使い手レベルだが、この召喚者をどうこうしても、せいぜい町を一つ征服できる程度だろう。

 できれば人間の限界値、Lv100を超えてほしかった。

 とてもすぐに世界征服とはいかなさそうだ…。


 ん? そーいえば、何かおかしくないか?


「恐れながら申し上げます。リュシアーン様、時がきたのでございます。魔人再興のため古き預言に従い、我ら忠義を尽くします…。どうか、人間共を駆逐してくださいませ」


 おいおい誰だよ、リュシアーンって! 誰かと間違えてやがるな、無礼なやっちゃ。

 すぐに訂正しなければ。


「貴様、何を言っている? 俺はベルゼブブ。異界を飛翔し、数多の世界を蹂躙せし魔王とは俺のこと。そして隣に控えしが…」


 俺は身振りで大仰に横を指し示し、はっと気づく。

 なんだこの腕は…まるで子どもの腕だ!

 鋼のごとき、オウガのような腕はどこにいった?

 いや、身体全体が小さいぞ。これじゃせいぜい少年じゃねえか。

 しかもマルバスはどこだ!? 姿が見えねえぞ。

 すぐ近くにいるんじゃねえのか???


「オイ! 俺の他に呼び出したやつがいるだろ! そいつはどこだ!?」

「リュシアーン様……?」

「だから俺はリュシアーンじゃねぇッ!」


 女は明らかに戸惑った様子だ。

 俺はずかずかとリーダの女に近づき、肩を揺さぶる。

 びくりと女が震えるが、構いやしない。


「答えろ、俺の他にいるはずだ!」

「降臨されたのはあなた様だけです!」


 女も声を張り上げる。


「それと、その黒猫だけです!」


 そう言うと女は魔法陣の奥を指さした。

 振り返ると、黒い子猫が確かに魔法陣の中にいた。


 ……眼鏡も落ちていた。


 唖然としていると、女が動く気配がする。

 一歩飛び下がると同時に、女がナイフを抜き放つ。

 それを避けると、女はナイフを構えながら思いつめた表情で叫んだ。


「リュシアーン様でないのなら、死んで頂きます――!」

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