第十三章 初恋の森④
「『炎』だ!」
誰かが叫んだ。
一番手近にある橋から、こちら側へ、大勢の人間がなだれ込んで来ていた。
その中に、釣り人達の友人がいたらしく、事の次第を、まくしたてていた。
「逃げてきた研究者の話じゃ、元々、四階で小さな事件があったそうで……学生は皆帰らせてたそうだ。詳しい事情は知らないが、教授も避難していたらしい。だから火の手が上がる前に、みんな逃げてた……一人を除いて! なんでも、その事件とやらの始末をしてた生徒がまだ、残ってるとか……あの火勢じゃ、翼種でも近づくのは無理だ」
「ああ、あの
シュリセが、黒く燃え盛る像塔を見ながら呟いた。
像塔に取り残された生徒について、心当たりがあるようだ。
四階。
シュリセ達がさっきまでいた教室のあるところだ。
『四階で起きた小さな事件』とやらも引っ掛かったし、シュリセが何らかの事情を把握しているのも分かったが、ジャックはそれ以上に、建物が燃えていて、その中に一人の人間が取り残されているという現在進行中の事態に、心を奪われていた。
「白けたな」
エルフ達の態度は、ジャックとは対照的だった。
シュリセのその一言を最後に、なんと彼らは火災について、興味を完全に失ってしまったようだった。
「さっさと行こう。見て見ぬふりをしてただなんて言われるのも、気分が悪いからな」
そして、あろうことか、立ち去ってしまったのだった。
ジャックは、背を向け歩きだしたエルフ達に対し、何を思えば良いのか分からなかった。
人の命が危機にさらされているというのに、無関心を貫く彼らに対し、義憤を抱けばよかったのだろうか。
しかし、自分に一体、シュリセ達の何を責める権利があるというのだろうか。
あの炎は得体が知れない。
炎術を扱うような研究室は、像塔の中にはなかったはずなので、出火元も判然としない。
しかも、自然な発火であれば、あそこまで燃え広がるまで、像塔の外にいた人間が誰も気がつかないなんてことも、有り得ないはずだ。
降って湧いたかのような、大炎上。
まさか、ペッパーの妄想が現実になり、本当にテロでも起こったというのだろうか。
ならば、規制クラスの魔工物でもない限り、太刀打ちの仕様もない。
自分に何が出来るというのだろう。
何かしなければならないという義務感に追われ、いたずらに立ち尽くしている人間と、ただの野次馬に、果たして違いがあるだろうか。
消防隊の邪魔になる可能性まである。
ならば、シュリセ達の様に無関係を決め込んだ方が、事件と自身の双方の為にも、懸命と言えるのではないか―――
像の腹部に開いた窓から、一瞬、細い手が伸びるのを、ジャックは見た。
だが、すぐ見えなくなった。
手の主が、窓際で、倒れ込んでしまったのだ。
像の麓を囲み、成り行きを見守っていた者達から悲鳴が上がる。
ジャックの中で、何かが切れた。
トランクを掴んでいた左手に衝撃。
トランクの中身―――まさに、この火災を何とか出来る可能性のある、規制クラスの魔工品―――が、躍動していた。
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